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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第3編<
28/37

28章 : 新たなる目標

 城の庭園へと這い出た四人にとって、まずは傷の手当てが先決だった。


 ライザの薬草によって応急処置はしたものの、コウエンを筆頭として皆のダメージは尋常ではない。


 脱出に際し、ラスタやセラフィス等の高等魔族クラスが現れなかったのは僥倖だろう。統率という言葉を身体に叩き込んでやりたくなる程にバラバラに飛び掛ってくる低級魔族をあしらい、サイデルトキア城を抜け、一昼夜のうちにはサイデルトキア市を脱出できたのだ。



 問題はどこで身体を休めるかだった。


 西方のダルテスベルグ市は既にダァト密教徒によって陥落しており、その勢力がサイデルトキア市の近辺まで及んでいる可能性もあった。


 南東のニスタ市はもちろんサイデルトキア王国の残党勢力が未だ健在だが、体制が整わぬ今は敵の追撃隊をむやみやたらと向かせたくはなかった。


 ライザが結論として導き出したのは、自分が囮となってロスタリカ共和国へ繋がる北方の山道へと誘き出している隙に、リーナ達をサイデルトキア市の周辺を時計回りで迂回させ、ニスタ市へ向かわせる作戦だった。


 リーナには反対されたが、今、自分以外に誰がこの役をこなせるだろうと考えたら、皆の中でも答えは自ずと決まったようだ。



 作戦は成功した。


 過去に何度か通った記憶もあったのも確かだが、コウエンから預かった周辺地図が大きく効果を発揮したのだろう。地の利の無い追撃隊にとっては、見慣れぬ獣道は大自然によって作られた迷路に等しかった。


 以前、周辺の村に停泊した際に依頼を受け、顔馴染みになっていた村民達と協力して、各所へのトラップの配置を行なった足止めや、高低差を利用した攻撃等によって、追撃隊を見事に分断した。



 リーナ達は、ライザが囮になっている隙に、迂回ルートの最初の目的地である、サイデルトキア市の北東の小さな山村カリアに入った。


 この村は、サイデルトキア市への街道も整備されておらず、遠方から目視によってその村の存在を確認することは難しい。目立った特産物や名所も無い為、年々若者が流出していき、老人ばかりが住む静かな村だ。


 ただ、普段と違うのは、先日のサイデルトキア市襲撃によって、出身者や難民となった人達が少しずつ集まってきていることだった。


 リーナ達は医者を探したが、この村唯一の病院は、負傷した難民達によってごった返しており、とてもじゃないが相手をして貰える感じではなかった。


 宿も同様であった為、村の片隅に打ち捨てられた廃屋のうちのひとつに陣取ることにした。




 特に傷の深いコウエンの手当てを優先して行なった。


 燃やせそうな物を集めてリーナの魔術で火を付ける。


 村中を回って探した貴重な水瓶を集め、布を煮沸消毒して傷の手当てを行なっていく。


「ブルーム様、ありがとうございます」


「礼は自分の強靭な精神力に言ったら良い。並みの人間なら、この攻撃を食らった時の衝撃でとっくに死んでる」


 地下室では十分な視界が得られなかった為、外へ出て改めて思い知らされる事になったが、コウエンの傷の深さは尋常では無かった。


 ここまでの数日、意識を保ってこられたのが不思議な位だ。


「ふふ。どうしてもまだ死ぬ訳にはいかなかったんです」

 と、コウエンは爽やかな笑みを見せた。


 ちょうど戻ってきたリーナの足が止まる。


 まともな衣服や装備を失ったブルームの為に村中から使えそうな服や鎧を掻き集めていたのだが、少々タイミングが悪かったのかもしれない。


 コウエンもリーナが戻ってきた事に気付いたようで、こちらを見て顔をほころばせた。


「リーナさん、お帰りなさい。魔族と遭遇しませんでしたか? 傷も十分に癒えていないと思いますので、余り無理をなさらないでくださいね」


「うん……、ありがと」


 コウエンは起き上がると、傷の手当て用に沸かしていたお湯を使って紅茶を入れようとしていた。


 相変わらず他人優先なその姿に、その場にいた皆は思わず苦笑しながら、彼の行動を静止させた。


「コウエンったら、もうッ!!」


「……リーナさん、すみません」


 三人共、思わず笑ってしまった。



 ◆ ◇ ◆



 表向きには一緒に笑っていたリーナだが、心が騒ぐのを止められなかった。


 ぐるぐると渦巻く。


 何気ないコウエンの行動の節々から感じられる、自分に対する愛情の深さ。


 そこには一切の押し付けがましさはなく、純粋にリーナを思っての気持ちに溢れていた。


 見返りを求めない愛というものは、言うは易く行なうはかたし。それでも、そんな諺も彼の前には通用しない。


 リーナは、あの庭園でコウエンに生きて、と願った。


 その言葉を感じてなのか、彼は生死の境を彷徨いつつも、再びリーナに笑顔を見せてくれている。


 人を想う力の凄さとはなんと凄い物なのだろう。


 だが、ちょっとだけ辛くもあった。


 彼が自分を想ってくれる気持ちに負けない位、自分はライザの事を愛しているから。


 どうしても、その気持ちに応えられないから。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 コウエンが皆に紅茶を振る舞ってくれたのは、ライザがカリア村に到着し、皆と合流してからだった。


「ライザ様、お疲れ様でした。お陰でだいぶ傷を癒すことが出来ました」


「馬鹿言うなよ。四、五日で回復するような傷じゃなかっただろ?」


「ふふ、そうかもしれませんね」


 ライザは、コウエンの相変わらずの腰の低さに感心しつつ、カップを受け取った。


「リーナさんも、どうぞ」


「ありがとう、コウエン」


 リーナはコウエンからカップを受け取ると、両手で包み込むように持ってふーふーと息を吹き掛ける。


 涼しい顔をして紅茶を啜るブルームとは違い、猫舌な彼女には相変わらずちょっと熱いのだ。


 紅茶を冷ます時間も考えて、話題を振ってみることにした。


「ライザとブルームに会えたし、次は残りのメンバーだね。誰もラスタやライリスさまとは会えてないの?」


 リーナの何気ない質問に、ライザとブルームの手が止まる。


「ん、どうしたの、ライザ?」


「…………」


 ライザには、なんと伝えたらいいのか、言葉がうまく見つからなかった。


 それは、これまで敢えて伏せてきたことだった。必死に逃げ回っている時に追い討ちを駆けるようなことをしたくはなかったからだ。


 俯くライザに対して、ブルームが代わりに口を開いた。


「……ここは、わたしから代わりに説明した方が良さそうだな」


「……?」



 ブルームは、ラスタの事、そしてライリス様とティアナの事を出来るだけ簡潔に説明した。


 とても信じられないような話がいくつも飛び出し、リーナとコウエンの顔が徐々に青く染まっていく。


 語り手がラスタであればまだ冗談半分に聞けたのだろうが、ブルームが話しているという事が、その言葉に一層の現実味と信憑性を持たせていた。


「……うそ……、うそだよ……」


 リーナは、持っていたカップを床に落としてしまった。絨毯に紅茶の染みが広がっていく。


 その染みの大きさは、三年間という長きに渡って一緒に旅をしてきたラスタの変貌に対するショックを表しているようだった。


 ラスタが魔族に魂を売り渡しただなんて、とても信じられる訳がない。


 そして、(勝手に!)ライバル視してきたティアナの変貌に対しては、戸惑いと共に喜びに似たような感情が湧き上がっていた。


 そんな不謹慎な自分に気付き、また自己嫌悪の渦に飲み込まれてしまいそうだった。


「……ライリス様……」


 流石にコウエンも動揺を隠せなかったらしい。


 震えながらカップを握り締めるその姿からは、色々な感情が交錯しているのが感じ取れた。


 護衛という仕事はきちんとこなしつつも常に一歩離れて見守っていたブルームとは違う。もちろん、ライリス様が好いていたライザとだって違う。


 コウエンにとっては、ライリス様は長年仕えた主であり、何者にも変え難い存在なのだ。その忠義の心はサイネル将軍にだって負けはしない。



 二人の動揺した姿を見て、心の奥に仕舞い込んでいたライザの脳裏にも、改めて色々な事が駆け巡っていた。


 ここ数日というもの、余りに色々な事があり過ぎた。整理が着かぬ頭が煮え切ってしまいそうだった。


 説明を終えたブルームは、皆の心境を察するように、黙ったまま静かに紅茶を啜る。


 暫しの沈黙が、その場を支配することになった。



 静寂を破ったのはコウエンだった。


「……それで、ライリス様の中から氷の魔人が核を取り出したというのですか……?」


 コウエンの質問に、頭を垂れていたライザがゆっくりと顔を上げる。


「……ああ、確かにこれに似ていた……」


 ライザはフレディであったものを改めて取り出した。


 古代文字が一文字描かれており、曇りないその美しさから、その宝石の純度の高さが窺えた。


「これが魔族の核……? 私も幾つかは見た事がありますが、こんなにも形が整っていて、純度の高い物は初めて見ました」


 驚いたコウエンは、暫くフレディの核に釘付けになっていた。



 ◆ ◇ ◆



 刹那。


 遥か南方にて、巨大な塊のような飛行物体から眩い光が放たれた。


 それは、一瞬にして、南方全域を覆った。


 雲を突き抜ける程に高い火柱が上がる。


 大地が、世界が揺らぐ。


 それは、地動説を信じる天文学者から言わせれば、大地を支える亀や象がひっくり返ったのではないかと思える程の激しさで。神の天罰が下された、そんな無慈悲ないかづちで。



 たくさんの人達の意思を――


 決意を――


 強さを――


 願いを――


 あらゆるものを――


 一瞬にして、非情にも消し去った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 激しい揺れと突風により、廃屋がガタガタと揺れ、古くすすけていた窓硝子が勢い良く砕け、宙を舞った。


 未曾有の出来事に、村中から発せられたどよめきや悲鳴が、場を支配した。


 心が凍り付き、勝手に思考を止めようとしてくる。


「あ、ああ……」


 それは、間違いなく、ニスタ市がある方角だった。


 咄嗟に外へと飛び出し、状況把握に努めようとしたライザとブルームに対し、コウエンとリーナは力無くその場へと膝を付いた。


 舞散る硝子の破片の落下が、コマ送りのように長く感じられた。



 妻を、夫を、父を、母を、子を。


 皆、きっと大切なモノ、守りたいモノがあったはずだ。


 だが、彼らは生を奪われた。


 魔族達による一方的な攻撃によって奪われた。


 それはどんなに悔しかっただろう。



 留守の間は任せてほしい、自分達と一緒に最後まで戦い抜く、と誓ってくれたニスタの兵士達の頼もしい笑顔が頭から離れない。


 彼らは信じてくれた。その想いがふたりにとっての大きな力になっていた。


 それなのに、彼らの「希望」とも呼べるライリス様を連れ帰る事も出来ず終いで。深手を負い、今は逃げるのに精一杯で。


 彼らの為に何もしてやれなかった自分の無力さに嫌気が刺す。


 すべてがもうどうでもいい。自分など一緒に消えてしまえばよかったのだ、と負の感情が溢れ出して、心に纏わり付いて、離れようとしない。



 そんな様子に気付いたのか、屋内に戻ったライザは、リーナの頭にぽん、と手を置いていた。


 ちょっといじわるな時もあるけれど、本当はとても優しい。そんな彼の暖かな手が、リーナの頭を撫でていた。


「ライザ……、ライザぁ……!!」


 リーナは、込み上げる涙を抑えることもできず、ライザに抱き付きながら、大声を上げて泣いた。


 今はそれしか出来なかった。


 少しでも考えてしまったら、現実を見詰めてしまったら、ココロが折れてしまいそうだったから。



 ライザは、無言で泣きじゃくるリーナを優しく抱きしめてやった。


 掛けてやれる言葉なんてある筈がない。


 ふたりがニスタ市庁舎で交わした約束を知っている訳ではなかったが、サイデルトキアという国の、最後の砦が失われた事を理解できない程、愚かではなかった。



 ふと脳裏に響く声。


<思い出して……すべてを……>


 太陽のような温もりがふわっとライザを包む。


「えっ……」


 何かに惹かれるように窓を見上げる。


 硝子が割れた窓や崩れた壁の隙間から温かな眼差しが漏れてきた。


 ここ数日、必死で逃げ回っていたので空など見る余裕がなかった為かもしれないが、永遠に続くかに思えた長い長い夜を終え、地下において命懸けで求めた太陽が、今初めて彼らに微笑んでくれたような気がした。



「……なんだ……?」


 するとアンサラーが急に熱を帯びたような感じがした。負の想念を溜めている訳でもないのに一体……?


 抱き寄せていたリーナをそっと離す。


「どうしたの、ライザ?」


 眼を真っ赤に腫らしていたリーナも、異変に気付き、ライザの顔を見上げた。


 ライザは我が剣を抜いて見ると、アンサラーの背に元々あった膨らみが広がり、十の穴に変形していた。


 いや、正しくは九つだろうか。一つの穴には既に宝石が埋まっており、本来の膨らみに取って代わっていた。


 その宝石とはまさに掌にあるフレディの宝石とほぼ同じだったのだ。中央に刻まれた古代文字が異なるのみである。


「なんだよ、これ……? まさか……」


 ライザはフレディの宝石をアンサラーの穴の一つにはめて見た。


 カチリ、と音がして綺麗に装着された。


 すると、アンサラーに開いた穴は元の膨らみとして埋まり、これまでとは少し違った輝きを得たような気がした。


 宝石がはめられた二箇所にはその刻まれた文字が浮き上がっている。


 ライザは改めてアンサラーを構え直してみる。


「ん……? これは……?」


 これまで負の想念を集める寄り代でしかなかった魔剣から、何か違ったものが発せられるようになった気がした。


 新しい気を辿るように精神を集中させる。


 すると、剣がフレディの宝石に描かれていた古代文字を強く浮き上がらせながら、切っ先がこれまでに無かったような色合いになっていく。


 これまで文献で見た事も、勿論唱えた事も無いような魔術の文節センテンスが物凄い勢いで流れ込んでくる。


 リーナも、思わず我を忘れてライザの剣を見入る。


「これって地属性の魔力……じゃない?」


「……大地の……力……なのか……?」


 自分がこれまで操った事がなかった地属性が、使えるようになったという事なのだろうか。


 確かなのは、フレディの宝石の力によって、魔剣アンサラーが地属性の魔力を手に入れた事。そして、この剣があの宝石と何か関係があるということだろうか。宝石は全部で十あり、全部を揃えて欲しいと言わんばかりだ。


「これは興味深い。オツ・キイム伝承と何か関係があるのだろうか?」


 と、探究家の顔を見せたブルームは、神妙な面持ちで剣に浮かび上がる古代文字を見つめた。


「……そうか」


 ブルームの仮説を知らないリーナとコウエンは首を傾げていたが、ライザはある種の確信を得た気がした。


(……この剣は、あの壁画が描く三本の柱を貫く雷……)


 神と魔族は表裏一体であり、この世は現実としてオツ・キイム理論によって成り立っている。


 そして、その構成において、魔剣アンサラーを持つライザ自身が何らかの関わりを持っているのは考えるに難くないことだった。


(……この宝石が、俺の失われた記憶の断片を取り戻すよすがとなる……)


 長年追ってきた自身の謎の一端に初めて大きく触れたような気がした。


(……ティアナ……、俺は負けない。自分の謎を解き明かし、絶対に君を見つけ出してみせる!)



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その夜、薄暗いランプの明かりの中、廃屋で食事を終えた四人は、改めて今後の方針を考えることにした。


 ブルームが問う。


「ライザ、これからどうする?」


「……残念だけど、迂回してニスタ市へ向かう意味は無くなってしまったと思う。そして、今の俺達じゃ、あの謎の雷攻撃やセラフィス、暴走状態のラスタに立ち向かうのは無謀過ぎる。良くて相打ち。みすみす命を捨てに行くようなものだ」


「そうだね……」


 リーナは先のニスタ市消滅という惨劇を思い出し、声のトーンが低くなる。


 そんなリーナを元気付けるように、コウエンが声を上げる。


「私達は死んでいった同胞の為にも、ここで死ねません。絶対に魔族等の侵攻を止めなくちゃいけませんね」


「その通り。だから方針を百八十度変えて、このまま北へ進み、ロスタリカ共和国へ向かう」


「ロスタリカへ?」


「ああ。もはや、サイデルトキア王国がどうこうというような小さな話じゃない。世界規模で魔族や≪クリフォート≫に立ち向かわなくちゃいけない状態だ。勿論、サイデルトキアを見捨てるって訳じゃない。何とかして、魔族達に立ち向かうだけの体制を作り上げなきゃいけないんだ」


「なら、あたしの叔父さんに相談してみたらいいよ! 叔父さんって意外にロスタリカでは名の知れた人なんだからね!」


 リーナは目をらんらんと輝かせながら、得意げにピースをする。


「私の実家はしがない農家でしかありません。共和政府に対して、コネクションはありませんが、資源や物資等ではご協力できるかもしれません」


 コウエンも出来うる限りの協力をしてくれそうだ。


「ふたりともありがとう。出来れば、北の大国カームニスともうまくコネクションが持てれば最高なんだろうけど」


「わたしはガーザ王家の縁戚。ロスタリカ政府からは追われる身だが、逆にカームニス方面ならば多少明るいかもしれない」


「そうなのか、ブルーム?」


「ああ。あんたにはまだ語っていなかったが、私が十代に自分を磨いた場所がカームニスだ。あそこは極寒の地で不自由も多い分、サイデルトキアやロスタリカのように平和ボケしている暇など無いような殺伐とした国だ。魔族でさえ恐れをなし、我が物顔で歩いているのを見たことが無い。そんな民衆を束ねている王はなかなかの腕っ節と強力な軍隊で国を統治している。私もそれに手を貸す形で、過去にかの国から依頼された仕事は数知れない」


「なるほどね、ありがとう。それじゃあ、決まりだ」


 自然と力がみなぎってくる。自分達はまだ負けた訳ではない。世界はこんなにも可能性に満ちている。


 ライザは立ち上がった。


「まず目指すは、ロスタリカ共和国の港湾都市マカオだ!」

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