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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第3編<
27/37

27章 : それぞれの戦い

 ライザとリーナは緊迫した面持ちでフレディに対峙する。


 フレディの身体は一般的な少年と差して変わらない。


 『岩魔装甲』を行なった後でもその体格には大きな変化は見られないのは同じだ。


 スピリチュアル・ゴーレムの三メートルを軽く超える巨体に比べれば、その半分にも満たないその体格は、知らぬ人間であれば子供の戯言と笑ったに違いない。


 だが「柔よく剛を制す」という諺があるように、その力は体格だけでは推し量れない。


 ツェ・ガアジニジニイ・アシュキイを眷属とした究極の装甲は、先程まで放っていた尋常ならざる殺気をも内に隠してしまったかのように少年の波動を無機質で不気味なものへと変えていた。



 フレディが飛ぶ。


 その速度はリーナが戦ったスピリチュアル・ゴーレムの速度とは比較にもならない。


「アツイニルトルイシュ・カアー!」


 少年がそう叫んだ時には、剣を振り降ろす動作を取ろうとしていたライザの全身が無数の刃で切り刻まれていた。


 遅れて、傍に居たリーナの悲鳴が地下室に響き渡る。


 武器を持たぬフレディのどこから刃が現れたというのだろうか。


 少年は寸暇をも与えない。


 痛みの余り身を屈めようとするライザに対し、またもや華麗な舞を見せた。


 悲鳴を上げることさえ許されぬライザは、アンサラーをその手から落とし、無言でその身を床に叩き付けた。それまで剣に溜め込んでいた負の想念が掻き消えていく。


「炎魔弾っ!」

 と、ライザへの更なる追撃を恐れたリーナが即座に援護に入る。


 が、無機質な少年は避けようとさえしない。鱗で出来た装甲は、彼女の攻撃を鏡で反射させた如く、自然に弾き返していた。


 着地した床一面に、爆発が起こる。


「うそっ! 当たりもしないってどうゆうことっ!?」


 爆風がリーナの頬に伝った汗を冷やす。


 魔法が効かないだけならまだしも、身体に当たりさえしないなんて。


 攻撃が当たった顔の鱗が爆発の光で照らされる。少年を覆っていた鱗は黄金のようにも黄銅のようにも見えた。伝説の金属と詠われたオレイカルコスを彷彿とさせる特性だ。



 意識を失ったコウエンを抱えて後ろに下がっていたブルームは、フレディの変化に驚いていた。


 長年の戦闘経験からすると、[地]属性の魔族は体躯が大きく強固であり、一撃はかなり重い。その反面、動きが鈍く攻撃も荒い。ゴーレムはその典型だ。


 フレディ自身は小柄な為、耐久性や破壊力に劣る部分を遠隔能力で補ってきた。大地にある岩を刳り貫いて飛ばしたり、眷属を呼び出して操作したりと、どちらかというと自身ではなく、何かを操作することで攻撃を行なうスタイルだ。その攻撃は厄介だが、本人さえ捉えれば倒せない相手ではない。


 しかし『岩魔装甲』を纏った少年は、近接型へとその攻撃形態を変え、[地]属性とは思えない程の速さで攻撃を加えてきたのだ。奴の召喚したゴーレムの攻撃でさえ、視認するだけでやっとというレベルなのに、それが子供騙しに見えるくらいの速度だ。これではさながら[風]属性の魔族と戦っているみたいではないか。本気を出した≪クリフォート≫の力とはここまで圧倒的だとでも言うのだろうか。



「マルクト。あれだけナマイキな口利いといて、これで終わり?」

 と、息ひとつ乱さない少年が侮蔑する。


 ニヤニヤしながらライザの前まで歩み寄ると、髪を乱暴に掴んで引き上げようとする。


 このままではライザが殺されてしまう、と焦ったリーナは必死になって魔法を連発するが、最初と同様にすべて当たることもなく弾き返されてしまう。相性の問題なのかと様々な属性の魔法を発動させてはみたが結果は同じだ。


「このっ! どうして、どうして当たらないのっ!?」


 焦りから次第にリーナの顔が真っ青に染まっていく。


「五月蝿いよ」


 フレディの姿が消えたかと思った刹那、リーナの身体が目にも見えない速さで切り刻まれる。


 音域の高い悲鳴を上げた後、ゼンマイの切れた玩具のようにリーナがその場に倒れ込む。


「そんなに焦らなくてもマルクトの次はおねーちゃんの番だから。庭園での恨みはもちろん果たさせてもらうよ」


 鱗に覆われた小柄な身体の中から鋭い瞳がリーナを睨み付ける。


「ううっ……」


 その威圧的な瞳に、リーナは身動きはおろか瞬きする自由さえ奪われてしまう。


 フレディは改めてライザの許へ移動すると彼の胸倉を掴み上げた。


「リスティやセラフィスには悪いけど、マルクトにはここで死んでもらうよ。ボクに楯突いたバツだ」


 フレディが右手を振り上げる。


「ライザぁ~~!」


 リーナの悲鳴と同時に、カキィィィィン!という音が地下室に響き渡る。


「えっ……!」


 リーナの眼前に映ったのは、引き裂かれたライザの姿ではなく、寸での所でフレディの攻撃を受け止めたブルームの姿だった。


 攻撃を、拾ったアンサラーで受け流すと共に、ライザの身体を抱き抱えていた。


 その素早さ、流石『夜風を屠る女豹』と言った所か。



 フレディが不満そうな眼でブルームを睨み付ける。


「邪魔しないでよ、おねーちゃん」


「この男はわたしの命の恩人なんでな。そう簡単に殺されては困る」


「へぇ、前に会った時とは何だか変わったね。人間臭くなったや」


「黙れ」


 一触即発な空気が地下室中に充満する。



 ブルームはライザを抱えたままさっと後ろへ飛ぶと、倒れ込んだリーナの許へ着地した。フレディへの警戒を解かぬままもう片方の腕でリーナを抱いて更に後方へと下がった。


 ライザとリーナを優しく床に横たえる。


「ブルーム、ありがとう」


「リーナ、礼には及ばない。それより、立てるか?」


「う、うん……、まだ何とか……」


 リーナは全身の力を振り絞って何とか立ち上がった。大好きなライザや命懸けで好きと言ってくれたコウエンの為にも、こんな所で死んではいられない。


「一体どうしたらいいんだろ……? あたしの力じゃあの子には攻撃を当てることさえ出来ないよ……」


「どうやら魔法は完全に無効化されてしまうようだな。魔法主体のお前や、負の想念を溜めるのに時間を要するライザでは相性が悪過ぎる」


「じゃあ、どうしたらいいの?」


「――ここはわたしが戦ってみる。その間にコウエンを起こして貰う事は出来ないだろうか?」


「コウエンを?」


「そうだ。お前達がフレディと戦っている間、奴の動きを観察していたが、どうにも腑に落ちないことが多過ぎる。奴の攻撃には何か裏があるような気がしてならない」


「裏……?」


「ああ。その仕掛けを頭の切れるコウエンに考えて貰いたい」


 リーナはこれまで数々のピンチを乗り切ってきたコウエンの聡明さを思い出す。


 ひとりだったらどうやっても倒せそうになかったゴーレムを倒せたのも、コウエンが弱点と思われるポイントを的確に指摘してくれたお陰だ。それ以前にコウエンがサイデルトキア市急襲を見抜いてくれたからこそ、今の自分はここに居る。コウエンに策を練って貰えれば何とかなるという、確信にも似た自信があった。


「勿論、彼も相当な深手を負っている。普段のようなキレが出せるかは分からないが……。わたしも愛用の剣を失い、身体も疲弊し切っている。いつまでも耐え凌ぐ事も、ましてや倒す事など叶わないだろう」


「ブルーム……、分かったよ。あたしに任せて」


「ああ、頼む」


 顔も向けずにそう言い残したブルームの背に対して、リーナは誓った。



 リーナにライザとコウエンの事を任せると、ブルームはアンサラーを構えながら、フレディへ向かって一歩前に出た。


「今度はおねーちゃんの番か。ラスタにーちゃんと言い、リスティ達と言い、みんなお遊びが過ぎるよ。さっさと壊して置かないからこんな事になるんだ。纏めて相手をしなくちゃならないボクの身にもなってよ」


「少年よ。そんな事を言っていられるのも今の内だ」


「ゴーレムにも勝てなかったおねーちゃんが面白いことを言うね?」


「黙れ、少年」


 卑下た笑いを見せるフレディを一蹴する。


 相変わらず気丈に振舞っていたが、ラスタに受けた数々の拷問や、ライザを庇った際に受けた炎撃のダメージが癒えている訳ではなかった。


 それでも今、ライザ達を助けたい、という気持ちで心が満たされていた。冷静沈着、他人は他人自分は自分のスタンスで生きてきた筈の自分にそんな感情が湧き上がってくるなんて本当にどうかしている。


 だが、不思議と嫌という感情は無かった。



 サイネル将軍の言葉が脳裏に蘇ってくる。


「「……お前さんには無いのか? 守りたいモノが?」」


「「これだけは言える。人は独りでは生きていけない。それだけは覚えておいて欲しい」」


 この時になって、将軍の言葉の意味が理解出来た気がする。


 自分の為ではない。誰か大切な人の為に命を賭して守りたいという気持ち。


 それは自分が幼少の頃に失ってしまった感情。


 母が自害し、この世界に絶望し魔族になった父を殺したあの日に置き忘れてきてしまった感情。


 その失った感情とは、どんなに温かくて、そして頼もしいものだったのだろうか。


 ――胸が熱い。


 凍り付いていた感情が溶かされ、美しい雪解け水が心を満たしていく。長い長い冬の時代が終わりを告げ、春の息吹を呼び込んでくる。


 絶望的とも呼べるコンディションや実力差なんか諸共しない力が沸き上がってくる。


 その力は無限大。


(――わたしはもう恐れない――)


 目を瞑ると、若かりし両親が自分を見つめていた。


 悲しい記憶の中の母と父はそこには居なかった。


 笑顔でわたしを見つめていた。


 二人は、ようやく気付いたんだな、という顔をしていた。


 胸が熱くなってくる。


(――お父様、お母様、ありがとう――)



 ブルームは目蓋を開くと魔剣アンサラーを自分流に持ち構える。独特の少し湾曲した切っ先がフレディに焦点を合わせ、ぴたり、と止まる。


「掛かって来い、少年」


「クク、じゃあ死んじゃえば?」


「その言葉、そっくりそのままお前にお返しする」


 フレディが飛んだ。


 常人には見えぬ速さで迫り来る少年の攻撃を、ブルームは寸での所で受け凌ぐ。


「アツイニルトルイシュ・カアー!」


 岩魔神フレディの必殺技がブルームを襲う。


「風・魔・演・舞・障・壁!」


 ブルームの華麗なる舞が竜巻となってフレディの攻撃を弾き返す。


「なっ……!」


「例えお前の攻撃が見切れずとも、わたしの防御が鉄壁でさえあればいい」


「小賢しい技だな……」


 少年は一瞬身じろいだが、すぐに姿勢を戻した。


「でもボクの装甲は攻守共に無敵さ。防戦一方のおねーちゃんの体力がいつまで持つかな?」


「戯言はいい。とっとと掛かって来い」


「後悔しても知らないからね?」


 こうして、フレディとブルームによる二度目の攻防戦が始まった。



 ◆ ◇ ◆



 ブルームが必死に時間稼ぎをしている中、リーナは更に後方へ下がってコウエンの介抱に努めていた。


 中断してしまっていた傷の手当てを改めて行なう。


 手当ての手際さではライザの方がだいぶ上だろうが、今はライザも身動きが取れない。自分で出来る精一杯の事をしようと思った。


 正直、フレディにやられたライザの傷も心配だった。


 だが意識を取り戻したライザは「今はコウエンの知略が必要なんだ」と血まみれの笑顔で彼女の行為を制した。


 今は自分も含めて誰一人五体満足な仲間は居ない。


 一番ダメージの少ない自分が、フレディ強襲により中断していたコウエンの手当てを終え、彼の意識を取り戻せるかに掛かっていた。


 リーナ自身も≪アツイニルトルイシュ・カアー≫と呼ばれる、岩魔神の視認出来ない攻撃による切り傷が体中に刻まれていた。すぐに薬草を巻いたが、特に左二の腕に負った深い傷からの出血が止まらない。夕日のように真っ赤な模様が巻いた薬草の上に浮かび上がっていた。


 ただ、リーナはニスタの市庁舎を出る前に、コウエンに彼の生まれ故郷の東ロスタリカ製チュニックを着せられており、それが彼女のダメージを最小限に抑えていた。


 このチュニックは、東ロスタリカ鉱山でのみ採れると言われる特殊なクリソタイル(温石綿)で編まれている。通常のクリソタイルとは違い、人体への毒性はなく、物理攻撃を極めて軽減させてくれる耐久性、耐熱性、耐毒性、絶縁性に優れた高価で貴重な代物だという。


 チュニックを着ていた部分への攻撃は、全身の骨を砕かんばかりの衝撃は受けたものの、骨折や切り傷は無かった。下手な鎖かたびら何かよりもよっぽど軽くて強固だ。


 こんな頼もしいチュニックだというのに、コウエンは装備していなかった。予備があるからと貰ったものだったのだが、まさか自分の為にこれを……?


 これをコウエンが着ていれば、庭園で身を挺して岩弾を食らった際にももう少し傷を抑えられたのではないかと思うと胸がチクリ、と痛む。


 後になって考えれば考える程、コウエンが自分の事をいかに大事に思ってくれていたかが分かってくる。


 感情がぐるぐると回り続ける。


 溢れる気持ちを抑えられない。


(……コウエン……)


 じわじわと目蓋に溜まってくる涙を誤魔化すようにコウエンの手を掴む。


 すると、意識を失っているはずなのに、ぐっと握り返された。


 リーナは、驚いて顔を上げる。


「……コウエン……?」


「……どうなさいましたか、リーナ……様……?」


「あ~~っ! また、様ってつけるんだから……」


「あっ……! すみません……、リーナさん」


 こんな時にでも、コウエンは相変わらずで思わず笑ってしまう。


 これが人を想う強さだというのだろうか。


 全身の骨を折られ、深い裂傷を負っているにも関わらず、コウエンは目を覚ました。


 不可能を可能にする力。


 これこそリーナが生み出した魔法と呼ばずして何と呼んだらいいのだろうか?


 誰もが魔法を使える訳ではない。


 魔法とは『人の想う力の強さ』だから。


 信じて頑張る者にだけ与えられる特別な力だから。


 リーナは決して諦めない。


 うじうじ悩んで、その場に立ち止まったりしない。


 逃げ出さずに、いつも前に向かって進んでいくから。


 リーナは両手でコウエンの手を握り願った。


「コウエン、お願い! 協力して……!」



 ◆ ◇ ◆



 その攻撃を凌ぐ事、幾十。


 ブルームの体力や精神力もそろそろ限界に達しようとしていた。


 コウエンに打開策を練って貰う間の時間稼ぎとして、自分は前線に立った。


 だが、幾重にも攻撃を仕掛けるフレディが殆ど疲れていないのに対して、元々ダメージの蓄積しているブルームの肢体は悲鳴を上げていた。


「アツイニルトルイシュ・カアー!」


「ぐはっ……!」


 岩魔神フレディの必殺技が、遂にブルームの防御陣を打ち砕く。


 ブルームは全身を切り裂かれ、そのまま吹き飛ばされる。体勢を立て直す事も叶わず、無様に壁にぶち当たり、ようやく止まる。


 ややあって、彼女の手から離れた仮初の武器魔剣アンサラーが床にストンと突き刺さった。


 それとほぼ同時に、身動きを奪われた彼女の口から大量の血がだらり、と流れる。


 憎たらしい笑みを浮かべながら、フレディがブルームの許へ歩み寄る。


「だいぶ粘ってくれたけど、これで終わりだね」


 フレディが右腕を振り上げる。


「ライザさん、今です!」


 コウエンの合図と同時にライザが飛び上がる。


 ライザは床に突き刺さった魔剣アンサラーを拾い上げると、フレディの背に斬り付けた。


 フレディは瞬時にライザの動きを察知したが、装甲に絶対の自信があり、避け様ともしない。


 カキィィィン、という音と共に、左肩に当たったライザの攻撃が弾き返される。


「五月蝿い蝿達だね……」

 と、フレディは余裕の面持ちで振り返ろうとするが、その動作は途中で止まった。


「えっ……!」


 身に纏ったフレディの装甲にとヒビが入る。左腕が肩の根元からゴトリ、と床に落ちた。


 落ちた腕は恨めしそうに指をピクピクと動かしていたが、ややもせず砂となって崩れ去った。


「……ど、どうして……」


 フレディは自身の鉄壁とも言える装甲が破られた事にショックを隠せない。


 パラパラと崩れ落ちる左肩を右手で抑えながら、ライザが攻撃して来た所とは反対の位置を見遣った。


 そこには、リーナの作り出した氷剣によって串刺しにされた鉱山虫が一匹。


 カブトガニのような風体にゴキブリの足を付けた様な不気味な昆虫だった。その丈三十センチ強。


 足をバタバタさせながら逃げようとしているが、背の中央を見事貫かれたその身体は抜け出すことはままならなかった。


 透明ではなく、赤紫のような不思議な色をしていた氷剣が虫を解こうとはしなかった。


 目玉が飛び出さん程に睨み付けるフレディに対し、リーナは満面の笑みでピースをした。


「へへっ! コウエンの読み通りだ♪」


「ようやく、カラクリを見破ったか……。遅いぞ、コウエン……」

 と、ブルームは顎に流れた血を拭いながら言う。


 コウエンは、痛む身体を鞭打ちながら、フレディのカラクリの謎を明かす。


「ブルームさんの仰られる通り、[地]属性の魔族の特性は、強固で破壊力が高い代わりに動きが鈍いのがセオリー。だが、あなたは俊敏で攻撃力自体は左程ではない。正に真逆だった」


「…………」


「また、あなたは遠隔操作を得意とする」


「…………」


「そこから導き出される仮説はひとつ。装甲を纏って戦っているあなた自身が本体ではなく、操り人形に過ぎないということ」


「……何が言いたいんだよ……」


「フレディさん、あなたの本体はリーナさんに縫い止められた鉱山虫ですね。……実は気になっていたんです。庭園で戦った際、ゴーレムが倒れた際の反動で井戸に叩き付けられた私は、ぶれる視界の中で、草陰に鉱山虫が居たことに……。仮初の本体がゴーレムの下敷きになった事で、あなたも流石に焦ったんでしょうね。常に息を潜めて見守っている筈が、思わず顔を出してしまった」


「ぐっ……!」

 と、装甲を纏った少年ではなく、鉱山虫が呻く。


 その声は、これまでフレディと呼ばれていた少年のような可愛らしいものではなく、しゃがれた老婆のような声だった。


「あたしの反魔法を練り込んだ戒めの楔の味はどう? フレディちゃん」


「後は本体を見つけ、隙を突いて捕らえればいいだけ。ライザさんを注視させる事であなた本体の隙を狙わせて貰いました。リーナさんの反魔法で遠隔能力を弱められたあなたは、装甲を纏った眷族を完全にはコントロール出来なくなる」


「そしてだ!」

 と、コウエンの説明を引き継ぐようにライザが魔剣アンサラーを振り上げる。


 力いっぱい振り上げられたその刃は、装甲を纏った眷属を真っ二つに切り裂く。


 あれだけ無敵を誇った最強の鎧が豆腐を切るように呆気なく切り裂かれる。


 装甲が岩片となって散り、守られていた少年の身体も、砂になって崩れていく。


「眷属を顕現させるには寄り代が必要だ。お前はそれに魔人クラスの能力を凝縮させた風魔雷神剣を選んだ」

 と、言うと、振り落ちる岩片の中から剣を掴み取り、静かに着地する。


 手には、伝説の四剣の一本と詠われた風魔雷神剣が握られていた。



 フレディは、自分の弱点を補うために、敢えて違う属性の魔剣を寄り代にすることで、自らの分身を形作っていたのだ。


 だからこそ小柄で。すばしっこくって。気まぐれな風のように自由奔放で。


 勿論それは、眷属に自分の能力を与えて作りこんだ仮初の姿。


 本体は、嘗てのクリフォート戦争で身体を失ない、鉱山虫に核を寄生して辛うじて生き長らえた、哀れな姿で。


 自身にはセオリー通りの強固な身体はあるが、俊敏性などまるでない、自由の利かない昆虫でしかなくて。


 それを気取られない為に、更なる眷属を身の回りに引き連れ、仮初の肉体で必死に取り繕っていたのだ。


 そんな凄技を平然と遣って退けるのが、高等魔族≪クリフォート≫一柱としての底知れぬ魔力故の恐ろしさだろう。


 だが、彼の生み出した幻想は、ブルームとコウエンの知略、そしてライザとリーナの協力によって打ち砕かれた。



 正体を見破られ、プライドを傷付けられたフレディは激昂した。


「おのれぇ~~! 人間如きが≪クリフォート≫である、儂を侮辱しよってぇ~~!!!」


 本体である鉱山虫フレディは、しゃがれた声で叫ぶと、リーナの楔を破壊しに掛かる。物凄い勢いで楔が揺れ、握っていたリーナも振り回される。


「えっ! えっ! ええっ~!!」


 突然のことでリーナも面を食らう。


「離れろ、リーナ!」


 ライザの声を聞いて、リーナは咄嗟に楔を握っていた手を離す。


 ほぼ同時に、甲と甲の隙間から突如飛び出した鎌のような腕が、ジャキン、と空を切っていた。あと一歩遅ければ、リーナの腕が切断されていただろう。


 間髪入れず、フレディが飛び上がる。刺さった楔のダメージの事などまるで億尾にも出さない。


「貴様ら、皆殺しにしてくれるわ!」



「ブルーム、これを!」


 ライザは、持っていた風魔雷神剣をブルームに向かって放り投げた。


 ブルームは華麗にキャッチすると、その剣を確認した。


(……これが、風魔雷神剣……)


 その造詣は、愛用の風塵の剣に良く似ていた。寧ろ風魔雷神剣を意識してこの剣を作ったのではないかと思える程に。


 昇る竜が描かれゴツゴツしたツーハンデッドソードである炎魔竜神剣とは違い、実に洗練されていて彼女好みだ。まるで不要なものはすべて風で凪ぎ落とされたかのように。


 細身の両刃で、刀身は風塵の剣と比べるとやや長い。意匠としてイカズチを象って作られた柄が素敵だ。


 剣自体の状態も悪くなく、とても長年フレディの擬態として使われてきたとは思えなかった。


 ラスタの片腕を奪い狂気に駆り立てた魔剣と同等の代物。扱いを間違えれば、人間としての意思を食い尽くされ、負の想念に虜にされてしまう。


 それでも、今の彼女には魔族の誘いなど跳ね除ける自信があった。


 剣に乗っ取られるのではなく、自分が乗っ取る事で、持ち主に使えさせる最高の眷属となる。


 彼女のスタイルで剣を構えると、手の甲から肘までを覆うように風を模した飾りが伸びて絡み付き、利き腕を覆い込む。


 甲を伝って、風の元素の力がブルームを満たしていく。


(……いける……!)


 そう思った時には、ブルームは既に飛んでいた。


 その姿はまさに風神。


 宙を舞う姿は風の如く。剣の軌跡は雷の如き速さでフレディを捉える。



 リーナに飛び掛かろうとしていたフレディは、刹那、身体の感覚が失われた事を感じた。


 目を見開いて醜い我が身体の状態を確かめようとしたが、どうにもおかしい。


 本来、目の下に無くてはならない足が目の前にある。


 それだけではない。強固に守りを固めているはずの甲羅が目の上ではなく下にある。


 そうだ。そうなのだ。


 身体がおかしいのではない。自分の目の方がおかしいのだ。


 目玉が飛び出して、身体が散り散りになっていく様を確認していたのだ。


 その時間は僅か一瞬。


 外からは視認すること叶わず。


 風の神は、地の魔人に走馬灯さえ見せようとはしない。



 それでも魔人の渋とさは並大抵ではない。


 魔人の本体は肉体ではない。あくまでも核なのだ。


 核を殺さぬ限り、寄り代を見つけた魔人は無限に蘇る。≪人間≫とは人を指すだけにあらず。


 鉱山虫の姿を維持する事を諦めた肉塊は、天井に貼り付くとそれを寄り代として鋭い岩片に変化させた。ブルームを四方から突き差さんとする。


「ライザっ! 出番だっ!」


 この時を待っていたとばかりに全力で負の想念を魔剣アンサラーに溜め込んだライザが剣を振り下ろす。


「魔剣アンサラーよ。今その力を解き放ちて、悪しき者どもを打ち払いたまえ!!!」


 ライザの渾身の一撃が、フレディの岩片群に直撃する。


 すべてを焼き尽くす地獄の業火。こればかりは避け様が無い。


「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 命を持った岩片達が断末魔を上げながら掻き消え、落ちていく。


 ただの破片となった岩は重力の力に従って、無機質に落ちるだけだ。


 そして、姿を現したフレディ本体。古代文字のようなものが刻まれた、禍々しい光を発する核が空中に姿を現した。


 ソレは、氷の魔人セラフィスが、ライリス様の胸から取り出した宝石によく似ていた。


 違うのはその色合いだけ。


 どす黒く輝くその色は、この世界の厄災の元凶のようにも感じられた。


 核は、暫く禍々しい光を発していたが、徐々にその力を失っていく。


「マルクト! ケセド! 儂を倒した位で調子に乗るなよ、この愚かなウジムシ共めが!!」


 一瞬、地下室中に禍々しい想念を爆発させた核は、そう叫ぶと、その生を終えたのか、コロン、と床に転がった。


 残ったのは、ライリス様のものと同様に、美しい光を放つ宝石だった。



 まずはリーナがその場にへなへなと座り込む。


 そして、ライザが剣を持ったままその場へ大の字になって倒れ込んだ。


 ブルームは倒れそうになったコウエンを素早く抱き抱えると、皆に気付かれないように静かに笑みを零した。


 桁違いの強敵である[地]の≪クリフォート≫フレディを、この四人が確かに倒したのだ。

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