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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第3編<
26/37

26章 : 魔族と神

 ブルームは、数分もしないうちに毅然とした態度を取り戻していた。


 彼女は本当に強い女性だ。


「これからどうしたものか……?」


 ライザは辺り一帯をぐるりと見回した。


 何度見ても地上に出られそうな場所はどこにもない。


 視界に入ってくるものと言えば、謎の壁画だけである。


 時々、自分達が歩いてきた方向からビュウ、と風が吹き抜ける。


 その風は、どこかに抜け穴があるのかもしれないという希望を与えてくれるが、ほとんど視界の利かないこの場所では、それを探すことも不可能に近い。



「ライザはこの城の秘密について、何か知っているのか?」

 と、服の代わりになる布を見に纏ったブルームが口を開いた。


 いつのまにか「ライザ」と名前で呼んでくれていたり、それまで言葉の節々に込められていた硬さが消えているような気がするのは考えすぎだろうか。


 ライザは、敢えて詮索せずに彼女の問いに答える。


「城って……? ここはサイデルトキア城の中なのか?」


「そう。恐らくは城の地下だ」


 それを聞いて、ライザは驚きを隠せなかった。


「城の中は見回りの時に一通り回ったつもりだったけど、地下室らしき場所はどこにも見当たらなかった――」


 そう言い掛けて、以前ブルームが城の裏庭にある庭園で何やら探していたことを思い出した。


「もしかして、前にお前が庭園で何かを調べていたのって、この地下室を探していたのか?」


「ああ。わたしはコツコツと仕事を引き受けながら、世界各地の遺跡や城を探索しては、人間と魔族との関係について調べてきた。そして、すべての接点がこの土地、サイデルトキアに集約していると確信した。すべてはこの場所から始まっているとな」


「そうか、それで今回の仕事を……」


 初めて、ブルームの旅の真の目的を理解出来たような気がした。



 ブルームの奴は、決して、皆が言うような無感情な人間なんかじゃない。


 彼女はきっと、尊敬する父親が魔族に豹変したこと、その彼を殺すことでしか止められなかったことを自分の責任として強く悔いているんだ。


 だからこそ、自分自身を痛めつけ、傷つけることで、父親を殺したという罪を償おうとした。


 彼女にとっての痛みとは「魔族になった人間を殺して生きる」こと。


 だけど、この世に魔族がいる限り、彼女の懺悔の日々は続く。殺しても殺しても彼女の心は荒んでいくばかりで、何年経ってもその償いが終わる日がやってくる筈がない。


 そこで彼女の気持ちは、人間と魔族に関する秘密を暴くことに向いた。


 二度と誰も魔族にならなくなれば、それは父親に対する替えがたい償いとなる。


 そう信じた彼女は、人間の愚かさに絶望しながらも、必死になってここまでやってきたんだろう。


 それでも、実際に秘密を見つけることなど出来ないんじゃないかと薄々感づいていた筈だ。父親の変貌を目の当たりにして、『現世に絶望して自分自身を見失うこと』が人間を魔族に変えるファクターであると知っていたのだから。


 だからといって、それを受け入れることなど決して出来ないんだろうな。自分の手で父親を救う手段を見つけなければ、自分の父親が救われることはないと思っているのだから。その為に今、自分が生きているのだと思っているのだから。


 父親の変貌を彼の心の弱さのせいではなく、自分のせい、世界のせいと考え、必死になって父親を救う術を探して生きてきたブルーム。


 他人の為に何かをするなんて信じられない、と言ったのは彼女だけど、そう考えたら、彼女ほど誰かの為に命を賭してきた人間は居ないんじゃないだろうか。



 ライザは、気付けば、思っていたことを口にしていた。


「お前は、そこまでして父親の変貌を認めたくなかったんだな。だから、魔族の真実を暴こうとして……。確かに俺やライリス様とは考え方は違う。それでも、お前のその気持ちは誰よりも尊いモノだと思うよ」


 すると、ブルームは慌てて否定した。


「ば、馬鹿なことを言うな! 誰がそんなことを言った! わ、わたしは――」


「はいはい、皆まで言わなくていいよ」


 ライザは苦笑した。彼女は、意外に顔に出やすいタイプのかもしれない。


 なんだ、可愛い所もあるじゃないかと、無性にからかってみたくなってしまった。


 ライザは、真剣な目をしてブルームを見つめた。


 彼の様子を察したブルームの顔が強張る。


「ライザ……?」


「ブルーム、俺はお前のそういう所が好きだよ。愛してる」


 次の瞬間、ブルームはチェルケシヤの実のように真っ赤になってしまった。


「な、な、なにを言っている! そ、そんな急に言われても、わたしは――」


「なんてな、愛してるは冗談だよ」


「~~~~!?」


 ブルームは、アンサラーを取り上げると、ライザの首筋に据えた。


「ライザ、あんた一度死んで見るか?」


「え、遠慮しておきます」


「まったく……! 人が真面目に話しているのに話の腰を折るんじゃない。今度したら本当に殺すからな」


「分かったよ」


 ブルームは、フン、と鼻を鳴らすと、ぶっきらぼうにアンサラーを返してくれた。


 今までの彼女なら、こんな風に感情を顕わにすることなど一度もなかった。この調子なら、今後はきっと仲良くやっていける気がする。


 気を取り直したブルームが、話を再開する。


「ライザ達がニスタ高原で戦っていた時、遂にこの地下空洞への入り口を見つけた。さすがに中を詳しく探索する余裕はなかったが、少し見て、サイデルトキア城には魔族誕生の秘密が、いやこの世界そのものの秘密がここに隠されていると確信した」


「魔族誕生の秘密だって……?」


「各地の伝承を調べていく中で共通して見られたキーワードは、クリフォート戦争と落雷を受けた三本の柱だった。三本の柱については、そこにある壁画のことを考えてくれればいい」


「この壁画に何の意味があるんだ?」


「同じような絵をどこかで見た記憶はないか?」


 ブルームは逆に問い掛けてきた。


(同じようなもの……?)


「…………国旗か」


「その通り」


 現在の国旗にはその面影は見られないが、ガーザ帝国と交戦していた時代にはこの壁画と同じようなデザインをしていた、と何かの歴史書で読んだことがある。


 クーデタ後、サイデルトキア王国も恒久平和を掲げて、現在の『手と手を固く繋ぎ合った絵柄』にそのデザインを変えたのだ。


「だけど、この絵とクリフォート戦争との間に何の関係があるんだ? 特に接点はなさそうだけど……」


「カームニス共和国の外れにあるケシュア族の集落を訪れた時に、彼らの口から『オツ・キイム伝承』について聞いた」


「『オツ・キイム』……? 生命の木のことか?」


「ああ、その通りだ」


「それなら俺も聞いたことがあるよ。彼らの伝承によると、この世界は一本の樹から生まれたんだよな。その枝葉から人間達が生まれていったという。確かに面白い考え方だとは思うけど真実味に欠ける話だな」


「なら、それが本当のことだとしたら……?」


「え……!」


「一部の高等神官や大魔導士の解釈する所では、現在この世界に存在しているすべての事象は、存在する以前には「別の何か」として世界に存在しており、流転を続けながら現在に至っていると云う。その事象を辿っていくと、最終的には必ず「万物の根源」に辿りつく。


 魔術もその一端だろう。無から有を作り出すことなど出来ない。出来るのは有から別の有を作り出すことだけだ。


 リーナの発火魔術は、大自然の大気を素材として想念を圧縮、爆発させているのだし、ライザの魔剣アンサラーにしても、生き物の負の感情を剣先に一点に集め、相手にぶつけているだけに過ぎない。とは言え、それなりの資質や努力が必要なもので、誰にでも出来る芸当ではない訳だが。その資質や努力にしたって、それを元として、魔術の発動、という新たなモノを生み出していると考えることが出来る訳だ。


 いずれにせよ、万物は流転しているだけなのだ」


 ライザは、ブルームの博識ぶりに驚いていた。


 リーナが魔導道場で勉強してきたような「世界の構成要素」という初歩的なことだけではなく、神官ファレスの奴が紐解いていそうな難しい概念についてまできちんと理解している。色々調べてきたと言ってはいたが、まさかここまでのものとは思っていなかった。


「話が少し逸れてしまったな。本題に戻そう。


 ケシュア族が云うところの『オツ・キイム』とは、この「万物の根源」を指しているのだとわたしは考えている。


 ここからは若干、既成の概念を取っ払う必要がある。

 そうだな……、わたしやライザのように生物として肉体を持つもの以外、例えば庭園に生えている花でも、我々が吸っている空気でもいい。それらも「人間」である、と考えながら、聞いてほしい」


「分かった」


「そう考えれば、四大元素である[火][水][風][地]であれ、[光]と[闇]であれ、すべてが「人間」であると言えるだろう。


 ケシュア族の『オツ・キイム』とは、まさにそれら全てを「人間」として考えた思想なんだよ。

 彼らの伝承によると、『オツ・キイム』の世界には「国」という概念がなく、代わりにコミュニティを意味する「柱」という言葉が使われていたという。世界には三つの主要な「柱」があり、それぞれを統治していたのが[混沌]と、ソレから生まれた[光]と[闇]だった」


「仮にそれが正しいなら、確かにあの壁画は『オツ・キイム』を表しているとも言えるな」


「ああ、その通りだ。そして、[混沌]が治める中央の柱には、この世界を構成している[太陽]と[月]と[地球]が住み、[光]が治める光の柱には[風]と[地]が、[闇]が治める闇の柱には[火]と[水]が住んでいたという。

 この十人は支配者ロード階級と呼ばれ、彼らを元として生まれた人々には、世界を構成する神として崇められていた。そしてクリフォート戦争は、そのうちの[闇]のロードが反乱を起こしたのが発端だと言われている」


「反乱だって? なら、あの戦争は、魔族同士の戦いではなく神同士の戦いだと言うのか?」


「わたしはそう考えている。


 [光]と[闇]。ふたりは同時に生まれた双子の兄弟であるはずなのに、[光]は常に敬われ、[闇]は常に疎まれ続ける。[闇]は[闇]であることをやめたいと思っても、立場上はそんなことが許されるはずもない。


 マクロコスモスとしての客体的な彼は[闇]であらねばならず、ミクロコスモスとしての主体の彼も[闇]であることを意識していなければならない。


 なぜなら、ふたりは対として存在することで始めて、自分という存在を維持することが出来るからだ。[闇]が[闇]であることを否定すれば、[光]が[光]として存在することも出来なくなり、この世界は存在しえなくなる。そうなれば、[闇]が自身を維持することも当然出来なくなる。


 ……それでも、[闇]は、[闇]であることを拒んだ。

 その考えは、他のロードからしてみれば、この世界を破滅させる重大な反逆に繋がる訳だ。当然、黙っていられる筈もない。


 その結果、彼らの間で、この世界全土を舞台とした至上最悪の大戦争が起こった。世界は傷付き、人々が巻き込まれて傷付き続けた。いつになっても終わらぬ神達の争い。それを呪った人間達は、彼らを『大いなる災いの悪魔クリフォート』と呼ぶようになった。


 これが、ケシュア族に伝わる『オツ・キイム』と世界の成り立ちに関する伝承だ。

 この世界で二番目に偉い神が、自分の存在を否定したっていうんだから、全くおかしな話だと思うよ」


「……なるほど……」


 発想の転換。


 ブルームは、今まで誰も考えつかなかったことを考えている。


 ライザは一瞬唖然としてしまったが、彼女の説が急に正しいもののように思えてきた。


 我々が『魔族』と呼んでいるモノが、人間が堕落することで生まれるのだとしたら、『神』が堕落することで『クリフォート』と呼ばれる高等魔族が生まれたとしてもおかしくないのではないか、と言っているのだ。


 ブルームは、自論を続ける。


「その話を裏付ける根拠として、現在のサイデルトキア市、ペトラ砂漠、ボイス=クリフォートの三箇所を考えてほしい。恐らくこの三箇所に柱があったはずだ」


「な、なんだって……!?」


「さまざまな伝承や古い地図などから得た情報を総合すると、サイデルトキア市を中央の柱として、ペトラ砂漠が光の柱、ボイス=クリフォートが闇の柱となる」


「…………」



 確かに言われてみれば、ぺトラ砂漠に関してはダァト密教徒が古くから神聖視している領域である。


 火のない所に煙は立たぬとはよく言ったものだが、ケシュア族の『オツ・キイム伝承』がその発端となっていると仮定すれば、かつてそこに神の住む光の柱があったということになり辻褄が合う。


 ボイス=クリフォートについても、かつてそこに闇の柱があり、セラフィス達が住んでいたのだとすれば、現在でもそこを根城にしていることに納得がいく。


 サイデルトキア市についても、外敵から身を守るために城塞を厚くする形式を取っていたのではなく、この場所自体が中央の柱というひとつのコミュニティとして単独に存在していたのなら、合点がいく。


 すべてが合致している。それはパズルのピースがひとつに組み合わさったような感覚だった。



 ◆ ◇ ◆



 刹那、天井に亀裂が走った。


「なっ……!」


 話し込んでいたふたりの間に、一気に緊張が走った。


 ブルームは反射的に蒔を剣代わりに拾い、ライザもアンサラーを構えると、不測の事態に備えた。


「まさか、ラスタの奴がこの場所を嗅ぎ付けたのか?」


「可能性は高いな……」


 天井は、長年溜まった埃を吐き出すように噴煙を撒き散らしながら、細かな岩片を降り注いでくる。


 ライザは上方への警戒を怠らない程度にブルームの様子を窺った。剣の代わりに素早く薪を構えたブルームは流石《夜風を屠る女豹》だと思うが、それでも本来の動きの十分の一にも満たないような感じだった。こんな状態でラスタと戦ったとしても、まともに戦えないのは目に見えていた。


 ライザはブルームを気遣うようにして、全力で魔剣アンサラーの力を開放し始めた。ブルームは彼の意図する所を理解したのか、一歩下がると、自分の身を守ることに専念したようだった。



 突如、天井が大きく砕け、何かが飛び出してきた。


「きゃあ~~~~!!!」


「リ、リーナ!?」


 天井から飛び込んできた少女の姿を見て、ライザは目を丸くした。ラスタの巨体が飛び出してくると思っていた所に、小柄な少女が現れれば誰でも驚くというものだ。


「ライザ!」


 飛び出してきた少女は、目の前に自分の王子様が居ることに気付き、声のトーンをひとつあげた。


 落下の恐怖を忘れ、彼に抱き止めてもらうために大きく手を広げた。


 ライザはアンサラーを捨てて地を蹴ると、空から飛来した少女を見事抱き止めた。


「ライザ、ライザ、ライザ……!」


 大好きな人と予期せぬ再会を果たした少女は、我を忘れて、強く強く彼に抱き付く。


 やや遅れて、ぐったりと項垂れた状態のコウエンが落下してきていた。


「コウエン!?」


 遠目でも、彼の様子がおかしいことは理解出来た。


 だが、この状態ではコウエンまでも受け止めることはできない。


 そこは機転を利かせたブルーム。無言のまま跳躍すると、綺麗にコウエンを受け止めていた。


 ライザは、ほっと一息をついた。


「助かったよ。ブルーム」


 ブルームは、コウエンを静かに横たわらせると、「特に礼を言われることをした訳じゃない」とぶっきらぼうに答えた。全く彼女らしい返事だと思う。


 ライザに抱き付いて喜んでいたリーナだったが、コウエンのぐったりした姿を見て、ようやく我を取り戻した。一気に顔が真っ青に染まっていく。


「ライザぁ~! コウエンが~! コウエンがぁ~~!」


 リーナは涙を溜めながら、ライザの袖をぎゅっと掴んだ。


 ライザはリーナの頭にぽんと手を乗せて軽く撫でてやると、大丈夫だよ、と笑顔を見せてやった。


 それで少しは不安が拭えたのか、袖を掴んでいた力が緩んだのが分かった。


 それを確認したライザは、早速コウエンの容態を調べ始めた。


「全身の骨折に加えて、背中には十二箇所の刺し傷か……、これは酷い」


 とてもじゃないが、このまま放っておいて助かるような傷ではなかった。


 正直、今生きているのが不思議な位だ。


 即座にコウエンの服を脱がすと、地下水で傷口を洗ってやってから、ブルーム用に余分に用意していた薬草を塗っていく。


 彼を手伝うようにして、ブルームは布を軽く火であぶって急造の包帯を用意する。


 リーナは、地下水を染み込ませた布でコウエンの顔を拭いてやりながら、必死になって彼の復活を祈った。


 こんな状態で不謹慎かもしれないが、ライザは、久々にリーナとコウエンに再会できたことに胸が熱くなった。


 ブルーム、ラスタ、リーナ、コウエン。どのような形にせよ、これで四人の仲間と再会できた。残るはティアナとファレス、サイネル将軍の三人だが――


「でも、どうしてリーナ達がここに……?」


「そ、そうだった! ライザ、早く逃げないとあいつが――」


「あいつ?」


 ライザの問い掛けと同時に、地下室全体を覆うようなドロリとした殺気が広がった。


「「……!!」」


 ライザとブルームは同時に上へと視線を向けた。


 そこには、陽炎のように宙に揺らめく人の姿があった。


 ソレから感じられる威圧感は尋常なものではなく、とても直視出来ない。


 空気が薄い。まるで高山に登った時のように息苦しい。喉が新鮮な酸素を欲している。


「あんたは……!」


 ブルームは宙より舞い降りたソレを見据えた。


 ソレは、片手をダラリと垂れ下げたひとりの少年であった。


 少年もブルームの姿を見つけると、嬉しそうに笑った。


「あれ、おねーさんじゃない。捕まえておいたはずなのにどうしてここに居るの?」


「……ぐっ……」


 ブルームは悔しそうに下唇を噛んだ。彼女の脳裏には、ダルテスベルク東方での惨敗が浮かんでいた。


 ライザは、目の前の少年を見て、瞬時に彼の正体を見抜いた。


「お、お前は《クリフォート》なのか……?」



 すると、少年はもっと驚いた顔をして、ライザを見た。


「やあ、マルクトじゃないか。キミまでがまだ生きているなんて驚きだね。リスティが見逃したのか? 全く何考えてるんだろ?」


「マルクト……?」


 確か、あの深紅の瞳をした少女も彼のことを「マルクト」と呼んでいた。ふたりとも、昔のライザを知っているというのだろうか。



 リーナは、少年の代わりにライザの問い掛けに答えた。


「ライザ、この子は大地を操る《クリフォート》フレディだよ。コウエンとふたりでライザを探していた時に出くわしたの。それで、偶然あった古井戸に逃げ込んだんだけど……」


「そうか、ここは城の裏庭の真下なんだな?」

 と、すべてを理解したブルームが、リーナに問い掛ける。


「うん、そうだよ。古井戸から真っ直ぐに落ちてきたから間違いない」


「そうか。それならば、この地下迷宮から脱出することもできる筈だ」


 ただし、あくまでも目の前の少年を何とか出来れば、の話だろうが。


「ブルーム、リーナ。コウエンを連れて下がっているんだ」


 ライザは、アンサラーを構え直すと、剣に集中し始めた。


 彼の周りの足場が揺れ、小石が巻き上がる。フレディに負けじと劣らぬような負の想念が彼の周りに集まっていく。


 状況を察したブルームは、足手まといになるまいとコウエンを抱えると、その場から後退した。


 しかし、リーナはその場に立ち尽くしたままだ。


「何をやっている! 下がっていろと言ったのが聞こえなかったのか!」

 と、ライザが怒鳴るが、


「あたしは逃げない。最後までライザと一緒に戦うんだから!」

 と、リーナは真っ直ぐな瞳をしてそう告げた。


「馬鹿言うな! そんな状態で――」


「戦えるよ? あたしはライザのパートナーなんだからね」


 それは、先程までコウエンの容態を心配して右も左も分からなかったような、精神的に弱い子供のような少女の顔ではなかった。


 一人前にライザのパートナーとして戦おうとする、決意に満ちた女性の顔だった。


 そんな彼女の見たことのない顔を見て、ライザはドキリ、とする自分が居ることに驚いた。


 が、慌ててかき消すと「よし、いつもの通りいくぞ!」と返事をしてやった。


 リーナは嬉しそうにウインクすると、戦闘体勢に入った。



 そんなふたりを見て、フレディの顔が怒りで歪んだ。


「へえ~、ボクとやろうってんだ。――ナマイキだよ、マルクト」


 フレディはそう小さく呟くと、被っていた帽子を投げ捨て、片手で印を切りながら、呪文を唱え始めた。


「大地を統べる精霊ツェ・ガアジニジニイ・アシュキイよ。今、ボクの眷属となりて、我が眼前の敵を滅ぼさん!」


 呪文の斉唱を終えると同時に、フレディの全身にめりめりと魚のような鱗が現れ始めた。


 鱗は、少年の呻き声とともに徐々に彼の体を覆っていく。暫くすると、完全に鱗で覆われた魔人がその場に立っていた。唯一鱗で覆われていない両目だけが、ギロリ、とこちらを睨み付ける。


「『岩魔装甲』か」

 と、岩場の影に隠れていたブルームが言葉を漏らす。


 ラスタが炎で全身を覆った『炎魔装甲』と同じく、四大元素のひとつである「地」を完全に己が眷属として身に纏う究極の装甲である。


 生粋の魔族ではないラスタのそれと違う部分は、ラスタは炎魔竜神剣を触媒として発動させていたのに対し、フレディは何の触媒も無しに呪文の斉唱のみにて発動させたことである。


 それは同時に、フレディの潜在能力が底知れないことを表していた。

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