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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第3編<
25/37

25章 : あの日の庭園にて

 木立の中を抜けると、一気に視界が開けた。


 目の前には、サイデルトキア市が広がっていた。


「ようやく着きましたね」


「うん。……なんだか、もう何年も来てなかったような気がする……」


「ほんとですね」


 ふたりは、少しの間、見入ってしまった。


 ほんの十日ばかり留守にしただけなのに、妙に懐かしく感じられた。


 いつもと変わらぬ街並みであるはずなのに、何がそう思わせるのだろうか。


 よく見ると、街を囲む城壁の一部は、あの日の夜に破壊されたままだった。


 コウエンの脳裏にあの夜の光景がありありと蘇る。


「…………」


 声を出さないようにぐっと下唇を噛み締めた。


 そこには無数の魔族が警備についており、部外者の侵入を固く拒んでいるようだった。


 改めて中央ゲートの方を見てみると、同じように警備の手が回っていた。


「警備が思ったよりも厳しいみたいですね。計算外だったな……」


「こんなことになってたなんて……」


 リーナは、目を丸くして驚いていた。


 コウエンから話には聞いていたが、実際に自分の目でもって確認した訳ではなかった。それだけに、この悲惨な光景が目に焼きついて離れなかった。


 自然とみんなの顔が浮かんでくる。みんな、無事なんだろうか? はやる気持ちを抑えることが出来ない。


「コウエン。今すぐサイデルトキアに潜入しよう!」


「今は無理です。夜が更けるのを待ちましょう」


「でも――」


「先程までは急ぐべきでしたが、ここはじっと待つべきです。何よりも自分達が捕まってしまったらお終いなのですから」


「……どうしても、駄目?」


「はい」


「……コウエンがそう言うなら、しょうがないか……」


 リーナは諦めたのか、がっくりと肩を落とした。気を紛らわせようと暖を取る準備をし始める。


(リーナさん、厳しいことばかり言ってしまって済みません。でも、すべてはあなたの為なのです)


 コウエンは無言のまま、彼女の背中に謝った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 リーナの想いはいつも回ってる。


 ぐるぐる。ぐるぐる。


 止めどなく回ってる。


 ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。


 なんか螺旋を描く輪みたい。



 ライザのことを知ってから、ライザに出会ってから、もうすぐ二年になるね。


 ライザのことを話すたび、ライザのことを見るたび、ライザのことを想うたびに――


 リーナね、すっごくテンションが高くなるんだ。


 ライザには「お前がいるとこっちまで元気になるよ」って言われるけど、ほんとはリーナ、元気なんかじゃないんだよ?


 それはきっと、リーナをリーナでいさせる為にしてること。


 傷つきたくないから、無意識のうちにしてること。


 だってね、リーナがどんなに話し掛けても、どんなに想っても、ライザにとってはただの仲間だから。それ以外の何者でもないから。


 それを現実として突きつけられることで、傷つくことを恐れてる。


 だからココロが勝手に怖がって、自然と元気なリーナにしてくれるんだ。



 マカオでチンピラにからまれたあの日。ライザは命懸けでリーナのことを守ってくれた。


 初めて目が合った時、戸惑って、恥ずかしくて、でも嬉しくて。「大丈夫かい?」と言われた途端、胸がドキドキして、何もしゃべれなくなって。


 あの時、リーナのココロにはもうライザが棲みついてた。他のことなんてどうでもよくなってた。


 修行のことも、叔父さんのことも、道場の友達のことも、みんなどこかに飛んでってた。


 ただ、ライザと一緒に居たい――そればっか考えてた。


 傷つきたくないからだなんてカッコイイこと言ったけど、ホントはライザのことを想うだけで元気になれるんだ。


 えへへっ。都合良過ぎるかなぁ?



 だけどティアナが現れてからは、ふたりが一緒に居るのを見るだけで、不安で、嫌われたって思って、勝手にショック受けてる。


 待ってよ? リーナは別にライザのカノジョなんかじゃないんだよ?


 ライザが他のコと一緒にいたって関係ないんだよ?


 なのに、なに勝手にショック受けてるの? ばっかみたい。



 リーナの想いはぐるぐる回る。


 ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。


 考えているのは、ライザのことばかり。


 大好き。ホントに大好きだよ。


 ホントは今すぐ自分の気持ちを伝えたい。


 そして、抱きしめてほしい。強く、強く、骨が砕けるくらい強く――



 でも、それをためらうのは――


 チャンスがあっても、言えないのは――


 傷つくことが怖いから。今の関係が壊れることが怖いから。



 リーナに足りないのは勇気。


 そんなこと分かってる。


 だからいつも後一歩が踏み出せなくて。うやむやにしちゃって。後ですっごく後悔してる。


 切ない片想い。いつになったらあのひとに届くかな?



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――さんっ!」


「リーナさんっ!」


「起きてくださいっ! リーナさんっ!」


「うぅ~~ん……」


 もう少しだけ、まどろんでいたい。大好きなあの人の夢を見ていたい。


「リーナさん、夜も更けました。これから潜入しますよ」


「へっ!?」


 リーナは、慌てて飛び上がった。


 辺りを見回してみると、陽も沈んで、すっかり夜の帳が下りていた。月が顔を覗かせている。


「いつの間に……? リーナ、どれくらい眠ってた?」


「六時間くらいでしょうか? だいぶお疲れだったみたいですね。ぐっすりと眠られていましたよ」


「もしかして、コウエンは全然寝てないんじゃない?」


「いえ。先程、少しだけ仮眠を取らせてもらいました」


「そう。それならいいんだけど……」


 じっとコウエンの顔を見る。


 まぶたの下には薄っすらと黒い隈が出来ており、眠った様子は窺えなかった。


 ずっと走りっぱなしだったから、少しでも眠らないと辛い筈なのに……。


「どうなされたんですか? 自分の顔に何か……?」


「ううん、何でもない。それじゃ、行こっか」


「はい」



 ◆ ◇ ◆



 夜。


 空は少し曇っていて、隠密行動には打ってつけの環境である。


 人気のない街を、気配を殺して走り抜ける。


 かなりの速さで駆け抜ける為、聞こえる音といえば自らが風を斬る音だけだ。


 五分。十分。十五分――不安に駆られる気持ちを必死になって抑えながら、ひたすら走り続ける。


 敵の懐に飛び込むのであるから、それなりの覚悟がないととても気持ちが追いつかない。


 しかし、何かがおかしい。


 ふたりは走るのをやめて路地裏に入ると、辺りの様子を窺った。


「全く人の気配がありませんね」


「うん……」


 大通りや主要な建物の周りには低級魔族が警備に就いていたが、街の人々の姿は一切見当たらなかった。


「街の人達はどうしちゃったんだろ? みんなもう寝ちゃってるのかな……?」


「そ、そんな筈はないと思いますが……」


「じゃあどうしてどこも明かりが点いてないの? おかしいよ」


「もしかしたら、みんなどこかへ連れて行かれたのかもしれませんね」


「連れて行かれた?」


「はい。強制労働などに狩り出されている可能性があります。そうなると少々やっかいですね……」


「どうして?」


「もしライザさん達も捕まっているとしたら、一緒にどこかへ連れて行かれている可能性が高いからです」


「あっ、そうか!」


 リーナは納得したのか、ぽんと手を叩いた。


「……ここで考えていても何も変わりません。とにかく、城まで行ってみましょう」


「うん……そだね」




 数分して、城の前まで辿り着いた。


 精神を集中して辺りの様子を窺うが、街中を走っていた時と同じく、一切、人の気配は感じられない。


 街の周辺ではあれだけ魔族が警備を敷いていたのに、ここでは魔族の姿どころか気配すらなかった。この場所は守る必要もないということだろうか。


 改めて目の前の廃墟を見つめる。


「……本当に不気味ですね……」


「うん……」


 丘から見た時には目を疑ったものだが、確かにこの前まであった荘厳な建物は見るも無残な姿に変貌していた。外壁は所々崩れ、乾いた血の跡がどす黒くこびり付いている。高々と掲げられていた国旗は焼け落ちて無くなっていた。


 視界を照らす月明かりは僅かで、闇が自分達を引き込もうと蠢いていた。


 あの夜、いったい、この場所で何があったというのだろうか。



「――!?」


 突然、リーナが何かに驚いたようにビクッと身体を震わせた。


「どうしたんですか?」


 リーナの反応を見て、横にいたコウエンの方が驚いてしまった。


「……いま、何か聞こえた!」


 リーナは耳に手を当てると、微かな物音を聞き取ろうと意識を集中させている。


「……? 自分には何も聞こえませんでしたが……」


「ほんとだよ! 確かに聞こえたんだから!」


「…………」


 コウエンは半信半疑ではあったが、彼女に従って自分も耳を澄ませてみた。


<……だれか……>


「これは――!?」


「ね、聞こえたでしょ?」


「は、はい。この声はいったい……?」


 耳に響いてくるというよりは、頭の中に直接響いてくる感じのものである。


 一度聞き取れるようになると、その声は絶えず脳裏に響き続けた。


<……だれか……だれか……>


「こっちだ!」


 リーナは、咄嗟に声の聞こえた方に向かって駆け出していた。


「リーナさん! 待ってください!」


 コウエンは慌てて彼女の後を追った。



「ここは……?」


 謎の声に導かれるようにして辿り着いた場所は、城の裏庭だった。


 ここだけは辛うじて被害を受けておらず、ふたりで紅茶を飲みながら語り合ったあの日のままだった。


「どうしてこんな場所から……」


 リーナは不思議に思った。こんな庭園のいったいどこに人がいるというのだろうか。


 コウエンは辺りの様子を窺った。


 敵の懐に飛び込んでいるこの状態では不用意に明かりを使うことは出来ないが、闇には慣れてきた今ならその必要もなさそうだ。



 刹那、茂みの中から一斉に何かが飛び出してきた。


「し、しまった!」


 辺りを見回すと、数え切れない程の魔族に囲まれていた。


「まさか、さっきの声って……」


「……敵の罠だったのかもしれませんね」


 コウエンは冷静にそう吐き捨てると、ベルトに結わえてあった鉄の棒をふたつ取り出した。そのまま両手を挙げると、思いっきり振り下ろした。するとチャキン、という音とともに一対のトンファーが姿を現した。彼は即座に戦闘態勢を整える。


 リーナは突然のことに眼を丸くした。


「コウエン、まさか戦う気じゃ……!?」


「リーナさん、自分だって軍人の端くれですよ? 戦えないと思ってもらっては困ります」


「でも……」


「いいから見ていてください」


「う、うん」


 リーナを敵から守るようにして戦闘態勢に入ったコウエンは、華麗な戦いを見せ始めた。


 トンファーによる攻撃はライザ達の攻撃のように敵を一網打尽にするものではない。それでも、攻撃を食らった敵がうずくまったまま二度と身動きを取ることはなかった。急所を的確に狙っている証拠だ。


 そのさまは、優美な翼を広げ、巧みに獲物を狩る鷹を思わせた。


 リーナは彼の戦いぶりに息を呑んだ。祝勝パーティーの時に彼が命を救ってくれたという話を信じられずにいた自分を恥ずかしく思った。


 能ある鷹は爪を隠す。コウエンの才能には感心させられるばかりだ。


(よし、あたしも頑張らなきゃ!)


 すっかり勇気付けられたリーナは、積極的にコウエンの援護に回ることにした。得意の魔法で敵を撹乱させ、その隙にコウエンが並み居る敵を確実に仕留めていく。


 初めてのことだったが、ふたりの連携は面白いほどに上手くいった。


 ライザと一緒に戦っている時と同じように、守られているという確かな安心感がリーナの力を最大限に引き出させていた。



 だが、敵の数は一向に減ろうとはしなかった。絶対的な数が多すぎるのだ。


 次第にコウエンの息が荒くなってくる。


 彼の実力は認めているものの、さすがに心配になってきてしまった。


「コウエン、だいじょうぶ?」


「ええ。これくらいのこと、なんでもありませんよ」


 そうは言っているものの、彼の表情は明らかに険しい。激しい動きを続けてきたせいで酸欠状態に陥ってしまっているようだ。


 リーナの頬を一筋の汗が伝う。


(……これからどうしたらいいの……?)



 ふいにどこからか子供の声が聞こえたような気がした。


「え……、そこにだれか居るの?」


 リーナは、魔族達の中にその声の主を求めた。


「おにーちゃん達、なかなかやるね」


 魔族の中からちょこんと姿を現したのは、彼らとは似ても似つかぬ外見をした可愛らしい少年フレディだった。


「こども……?」


 きょとんとした顔で見つめているリーナに対し、すべてを理解したコウエンが息を飲んだ。


「あなたは《クリフォート》ですね」


「えっ!?」


 驚いたリーナは、目の前の少年を凝視した。こんなあどけない少年が《クリフォート》とはとても思えない。


「ぴんぽーん♪ おにーちゃん、よく分かったね!」


「じゃあ、ホントに……?」


「ええ。彼が隠している波動をよく探ってみてください。その辺の奴らとは桁が違います」


「当然だよ! 昨日おとといに魔族になった人間とボクを一緒にしないでよね! これでも三千年は生きてるんだから!」


「さんぜん……」


 外見とは裏腹なフレディの実年齢を知り、リーナは困惑する。


 コウエンは、フレディの別の言葉に注目していた。


「魔族になった人間だって……!」


「そうだよ! こいつらみ~んな、この街に住んでいた人間たちさ!」


 それを聞いたリーナは、ようやく事の重大さを理解した。


「じゃあ、街の人がみんな居なくなっちゃったんじゃなくて……」


「どうやら皆、魔族に変えられてしまったようです」


 リーナは、ごくりと唾を飲み込んだ。


 今まで倒してきた魔族達が街の人間だったかと思うと、胸が苦しくなるのを抑えられなかった。大手を振って見送ってくれたニスタの市民達を裏切ってしまったような気持ちでいっぱいになる。


「警備なんてつまんない仕事任されちゃって飽き飽きしてたんだ。ねえ、ボクと遊ぼうよ。もちろんいっぱい楽しませてくれるよね? すぐに死んじゃったら……、怒るよ?」


 フレディは無邪気な笑みを漏らすと、精神を集中させ始めた。


「生きとし生ける大地の精霊よ、今、ボクのしもべとなりて、その姿を現さん! ……スピリチュアル・ゴーレム、出ませい!」


 刹那、大地が砕け、浮き上がったかと思うと、物凄い速さでフレディの前に集結し始めた。フレディは自慢の眷属スピリチュアル・ゴーレムを召喚したのである。


「な、なんなの……?」


 リーナはその場で硬直した。


「こ、これがゴーレム……!」


 コウエンは、思わず仰け反ってしまった。


 文献で見たことはあったが、実際に見るのはもちろん初めてである。その威圧感は尋常ではない。更に無邪気な子供と巨大なゴーレムというそのミスマッチさが不気味さを助長していた。


 最初は戸惑ったものの、それでも明晰な頭脳ですぐさま敵の一長一短を弾き出した。


 横で青ざめているリーナに気付いたコウエンは、彼女の不安を和らげるように優しく諭し始めた。


「リーナさん、聞いてください」


「え……」


「ゴーレムの力は計り知れません。たった一撃が致命傷になる可能性が高い。それでも、奴は巨体なだけに隙も多いはずです。冷静に攻撃をかわし、弱点を突けば、必ず勝てます。落ち着いてください」


「……うん、分かった……」


 リーナは、彼の言葉を聞いて、それまで自分を支配していた不安がすっと消えていくのを感じた。彼の言葉には何よりも説得力があるのだ。


 フレディはスピリチュアル・ゴーレムの右肩に飛び乗ると嬉しそうに笑った。


「いっくよ~、それ~っ!」


 無邪気な声とは裏腹に猛烈な勢いでゴーレムの右拳がふたりに襲い掛かった。


 コウエンとリーナは瞬時に左右に分かれて攻撃をかわす。その余波は辺りにいた魔族を一瞬にして汚い花火のように破裂させていた。


 寸暇なくゴーレムの左拳がコウエンを狙う。


「くっ……!」


 皮一枚の所でかわしたが、風圧が肩当てを砕き、彼の視界を奪った。刹那、ゴーレムの右拳が彼目掛けて飛んでくる。


「コウエン!」


 リーナは即座に印を切ると、ゴーレムの瞳に目掛けて氷の矢を放った。


 矢がゴーレムの右目を射抜く。


 バランスを崩したゴーレムの拳は、軌道を僅かに外して庭の大木を砕いた。


 獲物を仕留め損ねたゴーレムは、ゆっくりとリーナの方に向き直った。


 リーナは、得意げにフレディにウインクをした。


「ふふ、氷の矢の味はどうだった?」


 リーナの強気な発言を聞いて、フレディが嬉しそうに笑みを漏らした。


「ふーん、おねーちゃん、なかなかやるじゃない。じゃあ、この攻撃は避けられるかな?」


「どんな攻撃でも望むところだよ!」


「飛べ、ゴーレム!」


 ゴーレムはジャンプすると、猛烈な勢いで地面に着地した。大地が砕け、リーナの足場を奪わんと襲い掛かる。


 地を蹴ったリーナは、ゴーレムの腕を鉄棒のようにしてぐるりと回ると宙に浮かび上がった。そのまま印を切ると、ゴーレムの体目掛けて火炎弾を放った。


 轟音を立てて直撃するものの、ゴーレムは何事もなかったようにその場に立っていた。


「な、なんて固さなの!?」


 宙で驚いているリーナ目掛けて、ゴーレムの右拳が飛んでくる。


「きゃっ!」


「リーナさん!」


 コウエンは咄嗟にゴーレムの背後に回りこむと右膝目掛けて思い切りトンファーを叩き付けた。


 どんなに強固な体をしていても関節だけは脆いものである。


 ゴーレムはバランスを崩し、拳は軌道を外して空を切った。同時に肩に乗っていたフレディが地面に叩き落される。


「えっ!?」


 フレディが顔を上げた瞬間、目の前にはゴーレムの巨体が迫っていた。


 ドゴォォォォォォン!


 フレディはそのまま、三メートルはあろうゴーレムの巨体の下敷きとなった。


 あまりの衝撃のために、ゴーレムが倒れた半径数メートルに渡って地割れが発生し、ふたりは紙屑のように吹き飛ばされた。


 リーナは大木に引っかかり、コウエンは古井戸に思い切り打ち付けられた。


「ぎゃっ……!」


 コウエンは、悲鳴にもならないような声で叫ぶと、そのままぐったりとうなだれた。


「コウエン!」


 リーナは、慌ててコウエンの元に歩み寄った。優しく抱きかかえてやる。


「しっかりして、コウエン!」


 コウエンは笑みを見せる。


「心配しないでください。軽く背中をぶつけただけです」


「でも……」


「大丈夫ですよ。少し休ませていただければ、また歩けるようになります」


 コウエンは真っ直ぐな瞳でリーナを見つめた。


「……分かった」


 リーナは、彼の言葉を信じることにした。今や頼りになる彼をすっかり信用し切っていた。


「何よりも、あのクリフォートを倒せてよかったです」


 見ると、術者の制御を離れたゴーレムは、本来の岩石に戻り、辺りに四散していた。


「ホントだね! まさかあたしたちだけであんな岩の怪物を倒しちゃうなんて思わなかったよ! ライザもきっと驚くと思う!」


「そうですね」


 刹那、ゴーレムの残骸から飛び出したフレディが、リーナ目掛けて岩石の矢を放った。


「危ない――っ!」


 コウエンは、咄嗟に自らの背を盾にしていた。


「ぐっ……!」


 胸部に矢が突き刺さる。


 それを端緒に、次々と彼の背中に矢が突き刺さった。


 フレディはだらりと垂れ下がった左腕を押さえながら、立っていた。


「ちょっと油断しちゃったよ……、ボクがこんなケガをするなんてさ……」


 その顔からはそれまでのような無邪気さは消え、怒りに満ち溢れていた。


 リーナは、目の前が真っ白になった。


 次第にリーナの顔から血の気が引き、気づいた時には悲鳴を上げていた。


「いやぁ~~!」


 その声に気づいたのか、コウエンはゆっくりと顔を上げるといつものようににこりと笑った。


「リーナさん、どうしたのですか?」


「どうしたのって……」


 コウエンの背中には無数の矢が突き刺さっている。それなのに、何でもないと言うのか?


「心配しないでください。自分はこれでも軍人の端くれなのですよ? こんなモノ、何でもありません」


「なに言ってるのよ! どう見たって――」


 コウエンはリーナが話そうとするのを手を出して静止させる。


「リーナさん、ここは自分が食い止めます。あなただけでも先に逃げてください」


「でも……!」


「自分も、後から必ず向かいますので」


「…………」


「いいから、行ってください……」


「いやっ!」


「リーナさん……」


「リーナは逃げないもん。コウエンと一緒じゃなきゃいやっ!」


 すると、コウエンは優しくリーナの頭を撫でた。


「自分は、ずっとリーナさんのことが好きでした」


「え……」


 突然のコウエンの告白に頭が真っ白になる。


「……あなたはこの庭園でたくさんの笑顔を見せてくれました。それは自分にとって掛け替えの無いものでした。だから、あなたを死なせたくはないのです。……その笑顔は、自分の命を賭してでも守りたいものなのです……」


「コウエン……」


「リーナ……さん……」


 コウエンは真っ赤な鮮血を吐き出すと、静かにその場に倒れ込んだ。


「…………」


 リーナは、この時初めて、コウエンの秘められた想いを知った。


 こんなにも真っ直ぐに誰かに告白されたことなどなかった。


 自分はいつも追う立場で。叶わぬ恋に身を焦がすばかりで。


 叶う筈がない。そう考えて苦しくなるようなことがあっても、やっぱり諦めきれなくて。


 そして、彼も同じように叶わぬ恋に身を焦がしていた。


 すべてを知っていた上で、守ってくれていた。側に居てくれていた。想いを打ち明けてくれた。


 コウエンの想いもまた、リーナに引けを取らないくらい強く真っ直ぐなものなのだ。


 それだけではない。彼にはリーナに足りなかった唯一のモノ、傷つくことを恐れぬ勇気があった。


 それを知ったリーナは、胸が熱くなるのを感じた。


 だが、嬉しいという感情とともに、怒りが込み上げて来た。


 リーナは、ぱっちりとした瞳に、涙を溢れさせながら叫んだ。動かなくなった彼に強く訴えた。


「なら、生きてよ。本気でリーナのことを想ってくれてるなら、こんなとこで死なないで、リーナを振り向かせてから死んでよ! 何もしないで、ただ、相手の為に死んでくことが愛だなんて間違ってるよ!」


 なんとも不思議な気持ちだった。


 今、コウエンの告白に応えられるような感情など持ち合わせていない。それでも、自分と同じように誰にも引けを取らぬ程の強さを持つ彼の想いが、志半ばで潰えようとしていることが許せなかった。


 祈りを込める。


「ライザ、あたし達を守って……!」


 リーナは、コウエンを抱えると、目の前にあった古井戸の中へ飛び込んでいた。

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