22章 : 地下牢獄
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あれからどれくらい経っただろうか?
わたしはずっとこうしている。
何もすることも無く、ただこうしている。
体を動かそうとするとチャリ、チャリ、と音が鳴り、わたしの自由を奪う。
逃すまいと噛みついた四錠の鎖は、わたしの肢体を離そうとしなかった。
初めのうちは、だたを捏ねる子供のように暴れ回ったものだ。
わたしは常人とは異なる鍛え方をして来た。
この程度の鎖など簡単に引き千切れるものだと思っていた。
数日して、それは意味のないことだと気づいた。
この鎖は強靭な魔族を縛りつける為に特注で作られたものだったからだ。
俗にプロテクトチェーンと名づけられたこの鎖は、徳の有る高等神官や魔導師が長い年月を掛けて念を送り込んで作られたもので、あらゆる物理的攻撃や魔法を跳ね除ける特性を身に着けている。
一度取りつけられたら最後、この鎖を断ち切る為には彼らに匹敵する力を加えてやる必要があった。
だが、磔にされ、ロクに物も食っていない今のわたしには到底無理な話だった。
思考を止めると、黴と湿気が入り混じった臭いがわたしの鼻を突いた。
長い間この場所にいても、この臭いにだけは慣れることはない。
静寂がわたしの心を狂わせようと纏わりついてくる。
聞こえる音と言えば、時々、天井から滴り落ちる水の音だけだ。
サイネル将軍は無事なのだろうか? 時々ふと彼のことが思い出される。
他人の為に何かするなど馬鹿げていると言っていたわたしが彼の心配をするとはどうにかしている。
気が弱くなっている証拠だろうか?
フレディが作り出したゴーレムの攻撃に敗れ、わたしは命を失ったものだと思っていた。
だが、志半ばにして息絶えるつもりは無かった。
気づいた時にはこの場所に磔にされていた。
その時わたしが見た、あいつの醜い顔は決して忘れることはないだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―数日前―
「くく、やっと目を覚ましやがったか」
「あんたは……?」
「ん? まさか、俺様の顔を忘れたとは言わさねぇぞ? クソ女」
その男はわたしと同じく将軍の位を与えられた男だった。
――その名はラスタ。
わたしのことをなぜか目の仇にしている男だ。
ラスタはわたしの顎を掴むとぐっと突き上げた。
「いいザマじゃねぇか、あぁん?」
「……なぜ、あんたがここに居る? その様子じゃ助けに来てくれたとも思えないが……」
「あったりめぇだ。誰がテメェを助けるなんて言った? 冗談も程々にしとけよ?」
「ならば、捕まったわたしを嘲笑いに来たか。……まあ、それもいいだろう。それより、ライリス様はご無事か? せめてこれだけは教えて欲しい」
「あぁん? ライリスってのは誰のことだぁ?」
「馬鹿を言うのも大概にしておけ。自分の雇い主の名を忘れたとは言わさんぞ?」
「ライリス……? あ、もしかして、あのお転婆姫のことかぁ? あいつならとっくの昔に死んだぜ」
「死んだ……?」
この男は突然何を言い放つのだ?
「おっと、テメェは知らなかったんだったな。しょうがねぇな……、特別にオレ様が教えてやるとするか」
ラスタは得意げな顔をして、
「サイデルトキア市は今、魔族の支配下にあるんだよ」
「なんだとっ!?」
ラスタは嬉しそうにニヤリと笑った。
「くく、すべては前々からの計画だったんだ。サイネルのオッサンがフレディに苦戦することも、テメェが援軍に向かうことも、オレ様が周辺警備に就くことも――」
「それはいったい……? ――まさか!? あんた、魔族とグルだったのか!」
「お、察しがいいじゃねぇか!」
「それじゃ、すべては……」
「オレ様のお陰って訳さ」
と、ラスタは嬉しそうに笑った。
「…………」
「コウエンの奴に密書を見つけられた時はさすがにビビッたがな。あれにはあの夜の作戦の手筈が書かれていたんだ。まあ、奴が解読する前に作戦が遂行されたんで問題は無かったが……」
全身が総毛立った。
とんでもない男だ。確かに人の風上にも置けない奴だとは思っていたが、まさか、ここまで性根の腐った奴だったとは。
しかし、今回の一連の騒動はすべて魔族の作戦だったというのか?
下等魔族の軍団を囮にして油断させ、過激派ダァトに見せかけたフレディの軍団がこの国の主力を叩き、ガラ空きになった首都を一気に陥落させる。そこに内通者がいれば首都の内情も簡単に把握出来るというものだ。
だが――
「なぜ裏切った? あんたには人間としての誇りはないのか?」
その言葉を聞いた途端、ラスタの顔つきが険しくなった。
「ふざけるなっ!」
ラスタは思い切り拳を握り締めると、わたしの頬を殴った。
吹き飛ばされそうになったが、鎖がわたしの肢体を繋ぎ止めた。チャリ、と音がして元の場所に引き戻される。
痛む頬を押さえることも出来ないわたしはラスタを睨みつけるしかなかった。
「……その目だ。その目が気に食わねぇんだよ!」
「なんだと?」
「すべてはテメェのせいだ! オレ様は、生意気なテメェをこうしていたぶる為に裏切ったんだ!」
「…………」
もはや、返す言葉もなかった。
そんなことの為に裏切ったと言うのか? 多くの命を犠牲にしたと言うのか?
わたしはサイネル将軍のようにヒューマニストではない。
それでも、無意味に他人の命を奪う資格など誰にもないことはわかっている。
この男は憎悪の念に燃えて、人間としての誇りを忘れてしまったのだ。
彼はもはや人間ではない――魔族なのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
死にかけのわたしをここに張りつけたのはラスタだった。
毎日のようにここにやって来ては、鞭で全裸のわたしを何度も打った。
時には真っ赤に焼けたコテをわたしの体に押しつけた。
あいつは、激しい痛みに声を上げるわたしの声を聞いては、快感を覚えているようであった。
あいつはわたしをいたぶることで、胸に蠢く憎悪を掻き消そうとしているのだ。
だが、こんなことをしても憎悪が無くなる筈がない。
憎しみは憎しみしか生まないからだ。
それでも人間は憎むことを止めようとはしない。愚かなものだ。
まあ、わたしも他人のことをとやかく言えた義理ではない、が。
地獄のような拷問の中でもわたしは決して意識を失ったりはしなかった。
それがラスタに対する、わたしのささやかな反抗でもあった。
しかし、それもそろそろ限界のようだ。
ここ数日は、もはや、体に力が入らなくなっていた。
自我を保つのが精一杯だ。
いずれこの苦しさに耐えられなくなり、舌を噛み切ることだろう。
カツーン、カツーン、カツーン。
誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。
またラスタの奴だろうか?
いや、あいつの邪悪な気配は感じられない。
わたしは目を凝らして目の前に立った男の顔を見た。
「……あんたは……」




