2 敵の尖兵と魔法少女
剣道を習ってそこそこの腕前という以外は何の変哲もない中学生の女の子だった私は、学校の帰り道にふと立ち寄った公園で奇妙なものを見かけた。
滑り台の近くを丸っこいものがプカプカ浮かんでいたのだ。
不審に思って近づくと,アメショのような模様の猫のぬいぐるみと思しきものが風にゆられて漂っているのだ。
目の錯覚かと思って頭を振ってみても、そのぬいぐるみの姿は消えないので、風船だろうかと思って近づいていくと…。
「うわ?!もしかして僕が見えているの?!」
なんと猫のぬいぐるみがしゃべったのだ。
夢かと思いもう一度首を振ってみると、明かに驚いた顔になったぬいぐるみは相変らず宙に浮いたままだった。
「もしかして、宇宙人さん?」
意を決して私はしゃべりかけてみる。
「いや、どうして発想がそっちに行くの?!妖精だよ、妖精!
僕は愛のために戦ってくれる人を探す妖精のコハクというんだ!」
普通の猫より一回り大きな丸っこいぬいぐるみの猫は『愛のために戦う』などという嫌なキーワードを強調しながら胸を張って断言した。
「そうなんだ。それは凄いね。それじゃあ私はこの辺で。」
自身の感じた嫌な予感を信じてその場を立ち去ろうとした私だけど…。
「ちょっと、待って!!普通の人には僕は見えないはずなんだ!
君は魔法少女の素質がある!僕と一緒に魔法少女になって、世界を救わないか?!」
嫌な予感は当たり、なんと『世界を救う』発言まででてきてしまった。
なんの変哲もない女子中学生には世界を救う仕事は重すぎます。
「ごめんなさい。私のようなただの中学生に世界を救うなんて無理だと思うの。」
はい、逃げました。
得体の知れないアメショもどきの猫妖精もどきの甘言に乗っかったらどこへ連れていかれるかわかりそうにないので。
え?冷めすぎてる?
うちの家族は父も母も姉もうっかりさんなので、私がしっかりするしかなかったのだ。
「待って、世界の、いやその前に“この町”の危機なんだ!!」
すたすたと歩き去ろうとしていた私の足はその一言で止まった。
この町にヤバイ事件が起ころうものなら、うっかりさんの私の父や母や、姉が巻き込まれて被害者になるリスクが激増するではないか!!
「OK!とりあえず話を聞こうじゃないの。」
それが私とへっぽこ妖精コハクとの出会いだった。
コハクの話によると“妖魔”と言われる怪物どもが妖精界を侵略してきたそうなのだ。
それは辛くも退けたものの、連中は人間界に力を蓄えるために逃げていったのだそうだ。
妖魔は人間の汚い欲望や悪想念を糧にして成長し、進化していくのだという。
上級妖魔はそれをわかっていて、社会に混乱をもたらし、そのことがさらなる人間たちの悪想念の増加をもたらすのだという。
そして、何人もの妖精が人間界に潜んだ妖魔を倒すために派遣されたのだ。
だが、妖精たちは単体ではほとんど戦闘能力を持たない。
そこで、心がきれいで、しかもサイキックな才能のある女の子をスカウトし、妖精の助力で魔法少女になってもらい、一緒に戦うのだという。
心がきれいでサイキックな才能のある男の子や大人ではだめなのか聞いてみると…。
「そういう人もいないわけではないのだけれど、女性、特に女の子がサイキックの才能があることが多い上に、思考も柔軟で魔法少女として成長してくれやすいんだよ。
なにより…。」
コハクが今まで以上にシリアスな顔になって力を込める。
「なにより“むさい男”とずっと一緒に行動なんかしたくない!!」
こいつ、すごくいい笑顔でげすい本音を言いきりやがった。
こいつにはいろいろ気を付けた方がいいかもしれないね。
「これから“幻想時空”を発生させるよ。魔法少女は基本この中で戦うんだ。じゃないと妖魔と魔法少女が本気で戦闘したら周りの被害が半端ないからね。」
コハクが呪文を唱えると、周りの風景から色が消えて灰色になった。
「この中では時間が止まっているからね。僕か変身した魔法少女が魔法を解除するか、戦闘が終わってしばらくすると幻想時空は自動的に消えて、元に戻るよ。
その時に爆弾みたいなものや高エネルギー体などが残っていると、元の世界に大きなダメージが行く場合があるから、その場合は解除前に爆弾とかを処理する必要があるけどね。」
ふむふむ。“幻想時空”はとても便利だけど取り扱い注意なわけだね。なお、魔法少女も解除だけでなく、幻想時空を発生させられるのだそうだ。ただし、妖魔が現れることで生じる時空のゆがみを利用するので、発生させられるのは“対妖魔限定”なのだそうだ。
「さあ、この変身魔法具を渡すから変身してみてよ。君の特性と能力に合った姿の魔法少女に変身できるよ♪」
コハクはそう言うと、私にハートマークをした赤い宝石の付いた可愛らしいペンダントを渡してくれた。
「さあ、ペンダントを首にかけて、『マジカルカレン・メイクアップ』と叫ぶんだ。」
私はちょっとどきどきしながら叫んだ。
「マジカルカレン・メイクアップ!」
呪文が終わると私の体を閃光が包み、まもなく光が消えると…。
おおっ?!なんだか体全体が軽いし、全身から力が湧いてくるようだ。
目の前のコハクは私を見て……なんだか固まっているようなんだけど。
そして、自分の体を見下ろすと、時代劇の戦国武将の鎧のような物を着ているように見えるのだけれど…。
そして、左の腰には日本刀らしきものが差してあった。
これって、日本武将系の魔法少女?
そんなことを思っていた私は背後から殺気を感じて思わず振り返る。
全体が灰色の中、緑色の何かがキシャアアアアとか叫びながら突っ込んできていた。
民話の妖怪の河童に似ているが、その何倍もグロテスクで、全身が筋肉で盛り上がっていた。
「妖魔だ!華蓮、気をつけて!」
魔法の効果からなのか、私の体は考えるよりも先に自然と動き、滑るように刀を抜いて、振り切った。
「ギイイヤアアアアア!!」
河童もどきは炎を上げながら断末魔の叫び声を上げるとその場に崩れ落ちた。
そして、灰色の空間は反転して、元の色のついた空間に戻った。
残ったのは……えっと、河童さん?らしきものが横たわっているんですけど…。
しかも、さっきまでのホラー映画系の外見から、どちらかというとゆる系みたいな雰囲気になっているみたいだ。
「う、うーん」
間もなく、河童さんはうめき声を上げながら目を覚まして立ち上がった。
「ありがとうございました!!」
見た目もゆる系でつぶらな瞳になった河童さんは私に土下座をしていた。
人の目をしのんで、近所の川に住んでいた河童さんは霧のような怪異に襲われ、意識を失ってしまっていたのだという。
その後の記憶がなく、気が付くと今の状況なのだとか…。
その後、いくつかの事件を解決したことで妖魔は妖怪と言われる存在や動物、人間の体を乗っ取って、怪物に変身して暴れまわることが分かったのだが…。
河童さんは私たちにお礼を言うと去っていった。
妖魔との戦い以上に身近に妖怪とかが住んでいたことの方にびっくりだ。
それにしても、コハク。どうして、ずっとひきつったままなのだ。
…と思っていたら、家に帰った後、鏡で変身後の自分の姿を見て、私自身がひきつった。
なにこれ?!魔法少女じゃなくって、単なる戦国武将の鎧を着た私じゃん!!
見た目に魔法少女の要素が一ミリもないじゃん!!
アニメとかなら原色のかっこいい鎧を着た女の子に描いてくれるところだろうけど、ただの地味な鎧を着た女の子じゃん!!
こうして、私の“魔法少女ライフ”は幕を開けたのだった。
~~☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆~~
北見華蓮 人間 女 16歳
レベル: 頑張ってるね♪
HP: この歳でこのレベルなら高い方かな♪
MP: 気合いだ♡ 気合いだ♡
攻撃力: すごいよ♪ ヒューヒュー♪
防御力: 守りはもう少し考えた方がいいかな♪
素早さ: お魚加えたどら猫♪ (簡単に)捕まえて♪
知力 : お勉強はともかく、判断力はナイスだね♪
精神力: 思い込んだら♪試練の道を♪行ける女の♪ド根性♪
剣術: 剣を取っては日本一に♪
【魔法】魔法少女魔法 :変身したらいろいろできちゃうぞ♪
【称号】
無理やり異世界に連れてこられちゃった人 ま☆ほ☆う☆少女♪ うちゅうけいじ♪
うん、見ているだけで頭痛がするようなステータスだね。
男性勇者の2人には大爆笑され、優しい聖女の篠田さんは必死で笑いをこらえていた。ちくしょう!
幸いなことにRちゃんの目論み通りに王国首脳部は私を“おまけの召喚者”と認識したようだ。称号の最後の“うちゅうけいじ”は漢字変換していたら、日本人の3人は私の正体に気づいたかもしれないね。
私たちはその後、お城の訓練場で軽く模擬戦をすることになった。
ステータスで確認するだけでなく、実地で能力を見てみたいと王様とマッチョな騎士団長のおっさんが主張したからだ。
レベル10の剣士勇者の真田、そして、レベル9の拳士勇者の柳田はみんなの予想通りに騎士団上位の騎士たちといい勝負を繰り広げていた。
「おお、この調子ならダンジョンで鍛えれば、すぐにでも魔王軍との実戦でも活躍してくれそうだ!」
王様や枢機卿、騎士団長たちも満足そうだった。
なお、戦闘に適していないと思われている私と聖女の篠田さんは見学だ。
「華蓮さん。気落ちなさらないでください。こちらの手違いで召喚した責任がありますから、お城で無理なく過ごしていただけるように手配しますね。」
私たちを召喚した召喚魔術師で第2王女のメリアが私を慰めようとしてくれている。
オーラからも分かったが、私より少しだけ年上の華奢な美少女は少々気弱で心優しいようだ。
「大丈夫ですよ。いろいろ戸惑いましたけど、皆さん親切で安心しました。
それに魔王を倒したら、私たちは元の世界に帰れるのですよね。」
「はい。ここのお城にある技術だけでは無理なのですが、魔王が所持する数々の魔道具と併用すれば、確実に帰れるはずです。」
メリアは胸を張って答えるが、その情報は恐らく腹黒な王様たちから吹き込まれたものであり、魔王を倒したところで本当に帰れるかどうかは怪しいものである。
「しかし、勇者のお二人ともお強いようで何よりです。
これなら、魔王を倒すのもそう遠いことではなさそうです。」
「そ、そうだね…。」
嬉しそうに勇者の2人を見ているメリアに私は苦笑せざるを得なかった。
なぜなら…。
『これくらいじゃあ、華蓮が元の世界で叩き潰してきた連中にすら全然届かないね。』
ジニーがやれやれと首を振っている。
模擬戦が終わり、全員が帰り支度を始めたとき、その時には私はさっとと訓練場から出ようとしていたのだが、後方に非常に嫌な気配を感じた。
「ほっほっほっほ♪呼びたての勇者にしてはそこそこお強いようですね♪
でも、だからこそ、今のうちに死んでもらっておきましょうか♪」
拳士の勇者の後ろに地面から黒い影がすっと立ち上がると、身長2メートルを超すマッチョな漆黒の大男が姿を現した。
そいつは全身からすさまじい覇気を発しており、並みいる騎士たちが気圧されて動けなくなっていた。
「おーっほっほっほっほっほ!!
わたくしは魔王軍13魔将の1人、土蜘蛛のゴリアテよ♪
さあ、我こそはと思わん、勇者や騎士はかかってらっしゃい♪」
(続く)