12 ダンジョンアタック開始と魔法少女
始めてクリスと会ったとき、エリザベスはぽかんとなった。
この世のものとは思えないあまりにもきれいな少年がにっこりと笑うさまを見ていて、生まれてからこんなにドキドキしたのは初めてと感じるくらい心臓が高鳴った。
婚約者がこんなに明るく、楽しく、頭もよく、しかも優しい少年だったことにエリザベスはとても嬉しくなった。
物語の王子様以上に王子様らしい王子様と婚約できて、しばらくエリザベスは有頂天になっていた。
なにしろ、エリザベスの実家のスチュワート公爵家はワイズ王国でも王家に次ぐ、権勢を誇る貴族家であり、家族から使用人に至るまで、実務能力に長けた現実主義者だらけの家であり、その堅苦しい家の雰囲気に飽き飽きしていたからだ。
しかし、とても残念なことに、その実務家の血を色濃く受け継いだ非常に頭のいいエリザベスは間もなく気が付いたのだ。
この王子は善良だが、“頭の中がお花畑”であると。
さらに悪いことにそのお花畑の中から生まれた、普通なら“実現不可能な夢”をかなえる頭脳、様々な才能、さらに実行力を兼ね備えていることに。
『王族はめんどくさいから実力をつけて、冒険者になって城を飛び出すんだ』
クリスがよく口にしていたこの言葉を周りの人は幼い王子のかわいい夢だと思っていた。
しかし、仲のいい“親友”になっていたエリザベスが最初に気付いた。
言っていることが本気なだけでなく、この王子なら必ず実行に移してしまうだろうことに。
そして、師匠となったS級冒険者“轟雷のトール”がとある言づてを残して出奔した時、王家の関係者も全員気付いてしまった。
「もうお前に教えることは大してない。
お前さんは必ず俺を超える冒険者になる。
お前さんを見ていたら、俺の血がたぎって仕方なくなった。
先に冒険者に戻って、待っているから、お前も必ず来い!」
こんなことを言われたら、クリスならどんな手を使ってでも実行するだろうと。そして、自分達にはそれを止める手立てはないことを。
直ちに国王夫妻、リチャード王子、シトリン王女(クリスの姉)、そして、エリザベスも特別に加わった王家の緊急家族会議が行われた。
長時間にわたる真剣な話し合いの結果、『クリスが予定通り、婚姻によりスチュワート公爵家に婿に入ってもらい、冒険者活動も容認する』という結論を出した。
王国最大の公爵家はすでに“遠からずやり手の公爵以上の手腕を発揮する”と予想されるエリザベスに手綱を持ってもらうことで話がつけられた。
物語の王子さまと結婚する姫は、物語では“幸せな結婚生活”を送りました…という感じで語られているだけのことが多い。
しかし、“物語の王子様以上に王子様”らしいクリスと結婚することになる自分は物語の姫とはあまりにもかけ離れた結婚生活を送りそうな流れである。
幸か不幸か、エリザベスは日本で流行っている“悪役令嬢もの”のことなどまったく知らなかった。
知っていたら、『自分は悪役令嬢そのものだ!』と愕然となったに違いないのだから。
少々おバカではあっても、異性としても人間個人としても魅力的なクリスと結婚すること自体は嫌ではなかった、なかったのだが…。
“友人として信頼するがゆえに”クリスはしばしば、自身のおバカな面を隠そうともせずに、いろいろとやらかしてくれ、そのたびにエリザベスはその尻ぬぐいに奔走させられた。
魔術師としての腕を磨き、実質A級冒険者相当の実力者になったのもその一環としてだった。
“美少年が大好き”ということが分かった時も、かなり頭痛はしたものの、その美少年たちに『手を出そうとはしない』ことがわかっていたので、なんとか自分を落ち着かせることができた。
しかし、『婚約破棄事件を起こした挙句、騎士見習のユリアン少年を連れて駆け落ち』事件はさすがにエリザベスの許容範囲すら大きく超えていた。
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「その回復して飛び立つ小鳥を見ている優しい瞳に私は“キュン”と来たんだ!
あれは“一目ぼれ”としか言いようがなかったよ!」
クリス王子がキラキラとした瞳でユリアンくんとの出会いから別れまでを語ってくれるのを聞きながら、私とジニーは遠い目をし、エリザベスさんは終始ため息をついていた。
騎士見習のサットヴァ子爵家の次男でその人柄と能力を王立騎士団長に認められたユリアンは騎士見習となることを認められた後、魔法学園に通うことになった。
魔法学園で真の騎士にふさわしい教養や魔法など様々な技能も身に付けた方がユリアンの将来にもいいと子爵家や騎士団長と相談の上でのことだった。
ユリアンは頭もよく、学業や魔法の成績は良かったものの、騎士として一番大切な剣技がなかなか上達せず、悩んでいたのだそうだ。
そんな時に日ごろから尊敬しているクリス王子に口説かれたユリアンは“人間離れした美貌”と圧倒的なオーラに魅了されて、そのまま付いてきてくれようとしたのだとか。(クリス王子の話を三人で解析して出した結果)
しかし、クリス王子と共に“駆け落ち(笑)”したユリアンの噂を聞いたユリアンの幼馴染の冒険者の女の子が出奔直前のユリアンを“探知魔法”で確保し、ユリアンに自分とともに来るように直談判したのだそうだ。
ユリアンは自分のことを本当に大切に思う幼馴染の心と行動に感動し、しばし迷った挙句、その女の子と一緒に旅に出ることに決めたのだとか。
「出奔したとはいえ、王族を相手に幼馴染を守るために必死で直談判を挑んできたその女の子の熱い思いに私もユリアンも心を打たれてね。
仲良く2人は旅立っていったよ。あれこそが“真実の愛”だったんだね。」
ニコニコしながら、嬉しそうに語るクリス王子に私たち三人は顔を見合わせてため息をついた。
そして、いよいよ私たちの即席パーティ“仮面の騎士団”が結成された。
リーダーは(暫定)勇者である私。そして、金色の仮面を被った“仮面の騎士”のクリス王子。さらに、オブザーバー役として、“ダンジョン限定”で銀色の仮面を被った“仮面の魔術師”エリザベスさんの3人だ。
結成された当日にいよいよダンジョン攻略…はもちろんせずに、少々高級な宿屋を根城にして、綿密な打ち合わせをすることになった。
まずは“異世界から召喚された”私の自己紹介なのだが、これがかなり難儀なことになった。
私の住んでいた科学文明の進んだ日本…2人とも博識で、過去の“異世界召喚の事例”もかなり知っており、日本の説明自体はそこまで苦労はしなかった。
しかし、“魔法少女”と“宇宙刑事”特に“宇宙刑事”の説明には難儀した。
魔法少女は時間をかけて、『精霊術師が精霊の助けを借りて強くなる』事例と一致することがわかり、なんとか納得してもらえた。
そして、宇宙刑事は…日本から遠く遠く離れた“大陸”からのさらに文明の進んだ場所から“空飛ぶ船”に乗って、“憲兵騎士”が“遠方に逃げた犯罪者”を追ってきた…そこまでをなんどもやり取りを繰り返したうえで、納得してもらった。
『いやあ2人とも、本当に思考が柔軟で、地頭がいいね♪
本当に素晴らしい!』
さらに2人に『妖刀正村』を見せたら、二人とも顔色を変えた。
「こ、この剣は一体なんなのですか?!
まとっている魔力がすさまじすぎます!
ワイズ王国の国宝の間にもこんな業物はありません!!」
クリス王子も驚愕した顔だったが、エリザベスさんの驚きはそれ以上だった。
『そうだろう、そうだろう♪
なにしろ、それは、華蓮の母国の中でも飛び切りの“妖刀”だったものを浄化した後、我々が技術の粋を集めて強化したものだからね♪
ゲストランド王国でも“魔王を倒せる聖剣”を見たけど、この刀はさらにそのかなり上をいくよ。
あの剣で倒せるレベルの“魔王”なら、この“妖刀正村”で一刀両断にできるさ♪』
ジニーが自信たっぷりに断言し、その場はすごく盛り上がった。
『細かいことはダンジョンでの実戦で見せながら解説した方がお互いにわかりやすいと思う。あなたたちも概略を説明してくれたら、細かいところはダンジョンで見せて見せてくれるとありがたい。』
ジニーの言葉に従い、クリス王子とエリザベス嬢は簡単な自己紹介をしてくれた。
クリス王子は主に“光魔法”が使える“魔法剣士”なのだそうだ。
光魔法は主に防御・回復を得意とする魔法で、さらに不死者や悪魔などに強い効果を発揮するのだそうだ。
また、多くはないとはいえ、攻撃魔法もあり、クリス王子くらいの使い手になると、かなり強力な魔法も使えるそうだ。
なお、魔族とは魔法を扱えたり、強い魔法の影響下にある種族の総称で、必ずしも悪魔とは一致しないが、闇の眷属などは邪悪と言える種族も多いのだとか。
そう言った相手には光魔法は強い効果を発揮するのだそうだ。
なお、純粋な魔法使いとしての腕前は“A級相当”で、剣士としては“S級”で、まさに“剣の達人”と言えるらしい。
エリザベス嬢はいくつもの系統を魔法を使える魔法使いで、クラスとしてはA級だが、能力的にはA級でも上位になるようだ。
こうして、頼りになる仲間と一緒に私たちはダンジョンへと入ることになった。
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ワニナの街最大のダンジョン、ユニヴァーサルダンジョンは全60階層になる大型ダンジョンだ。
幸いなことに、1階層クリアするごとに転移魔方陣が設置されていて、その転移魔方陣が48時間以内であれば、1度地上に戻ってから途中から再チャレンジすることができるようになっているのだそうだ。
「個人のまとっている魔力を48時間は記憶できるようになっている」のだそうだ。
それを利用して、私たちのパーティは日帰りでダンジョン通いをしながら、少しずつ深い階層を攻略する計画を立てた。
そして、早速今日からダンジョンの攻略を始めたのだが…。
1~3階までの低階層は出てくるモンスターが弱すぎて、それぞれの武器や剣技、魔法のデモンストレーションで終わってしまった。
エリザベス嬢が炎や氷、稲妻の魔法を放っただけで、ゴブリンの集団はあっという間に壊滅し、クリス王子が剣を持って走り抜けると、スケルトンたちがばらばらになって崩れ落ちるのだ。
それでもそれなりに連携とかができるようになったかと思っていたころに事件が起きた。
4階層に降りてしばらく行ったとき、何人もの冒険者が我々の方に向かって慌てて走ってきていたのだ。
何かから必死に逃げてきているようだ。そして、彼らの背後からは剣戟などの音が聞こえてくる。
「おい!何があったんだ!?」
「浅い階に深層にしか出ないはずの凶悪なモンスターが出てきたんだ!
たくさん出てきたんだ!
お前らも早く逃げろ!
何人かの冒険者が頑張って抑え込んでいるが、俺たちのような初心者じゃ…て、仮面の騎士様?!」
私が問いただしていると、先頭の軽装の戦士と思しき青年がクリス王子に気づいて叫んだ。
「冒険者たちが苦戦しているんだな?!私が先に行って、斬りこんでおく!あなたたちも後から来てくれ!」
私はひとまず戦闘が行われている奥への走り出した。
少し走ると、何人かの倒れた冒険者をかばうように戦士たちが牛頭で鎧を着たモンスターたちと戦っており、彼らの巨大な斧での攻撃をなんとかいなしている状態のようだ。
「いくぞ!!」
私は“妖刀正村”を抜刀すると斧ごと牛頭のモンスターを次々に一刀両断していく。
およそ10頭以上残っていたと思われる怪物どもは2~3分程度で全て地に這うこととなった。
「驚いたな…。カレンどのは強いとは感じていたが、まさかここまでとは…。
本当に助かったよ。ありがとう。」
なんと、足止めをしていた冒険者の1人は私がワニナのギルドで会ったA級冒険者のベルゼさんだった。
ベルゼさんの前には何体か“焼け焦げた”傷が多々ある牛頭の怪物の死体が転がっているので、この人もそうとう奮戦されたのだと伺えた。
「まったくだよ。おかげで私は負傷した冒険者の治療を行うくらいしか出番がなくなってしまったじゃないか。」
“仮面の騎士”こと、クリス王子は言いながら倒れていた冒険者の治療にあたっている。
手際よく冒険者たちに回復魔法をかけているようで、それだけでもこの人がただものではないことを感じさせられる。
「クリス王子!どうしてこんなところに?!」
びっくりして声の方を見やると…なんで、ユリアンくんがこんなところにいるわけ?!!
(続く)