第41話「潜入②」
「びっくりした?」
突然背後に現れたちびっ子は、嬉しそうに飛び跳ねた。外見は小学校中学年くらいだろうか。その様子はイタズラの成功に喜ぶ子どもそのものだ。
「お兄さん、新しいアルバイトの人?」
「ああ、うん、よくわかったね」
「ほんとに!?」
「ホント、ホント」
実際はまだ面接前なので、正式に採用されたわけではないのだが、嘘ではない。イタズラの驚きからなかなか抜け出せない貫一をよそに、ちびっ子は椅子の周りをぐるぐると回って、貫一を観察した。
「お兄さんはなんだかフツウって感じだね」
「それは褒めてくれてるのかな」
「どっちだと思う?」
「う~ん、それじゃあ、こっちの方が嬉しいから、褒めてくれてるに一票」
「せいかい! ボクはフツウな方がうれしいよ。だってそっちの方が楽しいでしょ。じいやはぜんぜんびっくりしてくれないし」
「ははは、なるほどね……」
貫一は目の前の男の子をもう一度注意深く見た。
服装は短パンにシャツ、そしてサスペンダー。いかにも私立の小学校の制服といった雰囲気だ。すそが汚れているのは天井裏から侵入してきたからだろうか。
もしそうだとすれば、かなりのおてんばだ。そして、いたずらをしても悪びれることなく堂々とした、どこかふてぶてしささえ感じるような態度。
おそらく、この子が家庭教師の相手なのだろう。
だとすれば、心証を悪くするのは得策ではない。
「お名前を聞いてもいいかな?」
「うん、ユウだよ。一文字でにんべんにあるって書いて『侑』」
「僕はカンイチだよ。つらぬくに数字のいちで貫一。せっかくだから何かして遊ぼうか?」
「うん! 何して遊ぶ?」
貫一はすぐにチャンスに気が付いた。
この子が彼女へ続く手がかりを握っている可能性も十分にある。だとすれば、今のうちに……。
「VRゲームはどうかな?」
「いいよ。ゲームは好き! 勉強より楽しいし」
「じゃあ、ADGsはどう?」
侑の表情が一瞬で曇る。その時、貫一は今回の調査も一筋縄ではいきそうにないことを悟った。
「もうやったけど、つまんなかった」
「どこがつまらなかったの?」
「だって、勝っちゃうもん」
「勝っちゃう? じゃあ強いんだ?」
「そうだよ、ボクはすっごく強いの」
「それなら、お兄さんがすご~く強かったら、戦ってくれるかな?」
「お兄さんならいい……かな。あんまり強くなさそうなカオしてるし」
「うぐっ、ま、前に大会で優勝したこともあるんだからね」
「大会がショボかったんでしょ。だけど、ホントにめちゃくちゃ強い人とはやりたくないよ。だって負けちゃうもん」
「えぇ……強い人とも弱い人とも戦いたくないの?」
「そう。だからやんないんだ。……あのオモチャも弱いし、もうつまんなくなっちゃったし」
その時、扉が開き、向こうから執事がやってきた。貫一をここまで案内してきた執事だ。
「おぼっちゃま、ここにいらっしゃったのですか」
「見つかっちゃった」
「屋根裏を通るのは危ないですからおやめくださいと、何度も申したではありませんか」
執事は天井に空いた穴と汚れた侑の衣服を見て、ため息を吐いた。
ちびっ子はとてとてと執事の方へと歩いていく。
「この後、直接面接をしていただく予定でしたが……」
「気に入ったよ。じい」
「それは何よりでございます」
貫一はイマイチ話が飲み込めない。だが、悪い話ではなさそうだと感じ、一息つく。
侑は貫一へと向き直って、笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「ボクの新しいオモチャになってよ」
その時、やっと貫一は理解した。
侑の言うところの“オモチャ”がモノではなく、人間だということ。
そして、このちびっ子が彼女へつながる手がかりなどではなく、渦中の当事者で、“オモチャ”が彼女である可能性について思い至ったのだった。




