第10話「先達」
登場人物
貫一/依頼人から依頼人兼助手へジョブチェンジした。はじめてのおつかい中。
蒲田/刑事。箕の知り合い。
箕と決闘を行った翌日の午後三時頃。
カンイチはとあるラーメン屋の前にいた。
「『ラーメン刻屋』……ここが箕さんの言ってた店か」
昨日、カンイチはログアウトした直後に、箕から初めての指令を言い渡されていた。
それはこの件について警察に相談すること。当たり前と言えば当たり前のことではあった。しかし、当のカンイチはあまり気乗りしていなかった。
「相談するって言っても、一度断られてるもんなぁ」
カンイチは自分で聞き込みを始める前に、一度、交番に相談していた。その時は、半ば門前払いのような形で、真剣には取り合ってもらえなかったのだ。
ただし、今回は箕から事前に話を通してもらっている。少しは真剣に聞いてもらえるかもしれない。
カンイチは両頬を叩いて、ラーメン屋の戸を開いた。
「らっしゃいませ~」
店内には客は一人だけ。カーキ色のジャケットを羽織った男。
カンイチは男の隣のカウンターに腰を下ろした。
「蒲田さんですか?」
「倉門さんっスね。初めまして、蒲田っス」
男はジャケットの内側から、警察手帳をちらりと覗かせた。
どうやら、この男が箕の知り合いだという刑事で間違いない。
「長月さんから聞いてますよ、何か話があるとか」
「そうなんです、実は……」
「へい! つけ麺激辛一丁お待ちっ! そちらのお客さんは何にいたしましょう」
「きたきた、申しわけないっスけど、話は食べた後にしましょうか。うまいんすよ、ここのつけ麺」
店員が、カンイチの注文を待っている。蒲田の前のつけ麺が湯気を立てている。赤いつけ汁からの、濃厚な肉とカプサイシンの匂いがカンイチの鼻孔をくすぐる。
「……同じものをお願いします」
「あい! 辛つけ一丁!」
ほどなくやってきたつけ麺は、とてもおいしかった。でも、もし今度来るときは辛さを一段階落とすだろう。
「うまかったでしょ。長月さんのところに寄った日は、ここのつけ麺を食べるのが決まりなんスよ」
「箕さんとは長い付き合いなんですか?」
「それなりっすかね。たまにウチの捜査に協力してもらう代わりに、警察……というより俺がちょいちょい面倒を見るって感じっす」
「警察に協力ですか!?」
「なんだかんだ、すげー人なのは間違いないっすからね。いろいろとあれな部分もあるっスけど。ほら、大変でしょ、長月さんの相手は。雑用とか押し付けられたり」
「そうですか? 別に気になるほどじゃないですけど」
「あれ、そうっすか? ……実はこっそり反省してたんスかねぇ」
「でも、いきなり助手をやれって……。自分に務まるか……」
「あぁ……長月さんのいつものヤツっスか」
「やるしかないのはわかっているんですけど、どうしても不安で……」
「大丈夫じゃないっすか。もっと自信持てばいいんスよ。あなたは長月さんのお眼鏡にかなったんスから。不安になる前にまずは話しましょ。あるんでしょ、話」
「……そうですね。ちょっと長くなりますけど大丈夫ですか?」
「他のお客さんが来るまでにお願いしまっス」
カンイチは頷き、空になった鉢を握りしめながら、彼女と最後に会った日のことを思い返した。
それから十数分。
「なるほど、行方不明者の捜索っスか」
概ねの事情を聴き終えた蒲田は、目を閉じて頷いた。
「捜査していただけるんですか」
「申しわけないっスけど、それは厳しいっすね。警察として動くには事件性が低いっス。……なんだかんだ警察は忙しいっすからね。俺はともかく」
「そうですか……」
正直に言えば、カンイチもあまり期待してはいなかった。それでもショックは大きい。蒲田が悪いわけではないけれど、お門違いの苛立ちがカンイチの胸に湧き上がってしまう。
「なんで、個人ではちょいちょい調べとくっス。進展があれば長月さんを通してお伝えするってことで」
「えっ!? 捜査はできないんじゃなかったんですか!?」
「あくまで警察としてはっスよ。長月さんとこからの話ッスからね、大手をふってとはいかないっスけど、俺の空き時間くらいは提供するッスよ」
「ありがとうございます!」
「そんな大げさに感謝する必要はないっス。これも俺の出世のためっスよ。長月さんから話をもらって、思わぬ大手柄! ってこともあったッスから」
「蒲田さん……」
「そんなに目を潤ませないでほしいっス。やりづらいなぁ……」
蒲田は頭をポリポリと掻いた。
「あ、そうだ、せっかくだから、先輩として長月さんとうまく付き合うコツを教えるっス」
「そんなものがあるんですか?」
「ずばり、長月さんとうまくやっていくコツは『適当』っスよ」
「え、そんな適当な……」
「付き合いが長くなれば、いつかわかるっスよ。それじゃ」
そう言い残すと、蒲田はニヤリと笑って席を立つ。
そのままひらひらと軽く手を振りながら店を出て行った。
カンイチが刑事の蒲田とあいさつした翌朝。
箕のマンションの一室へ、カンイチはやってきていた。
「眠い」
「寝起きでしたか? それはすいませんでした」
「違う、これから寝るところだったんだ」
「今、朝の九時ですよね」
「何か文句でもあるのかい」
「……いえ。昨日警察の方とお会いしてきたので、次は何をすればいいか確認したいと思いまして」
「自分で考えたまえ」
「もうちょっと具体的にお願いします」
「一昨日言ったじゃないか、君は犯人なり参考人なりをここに連れてきてくれればいいんだよ」
「ですからその方法は……」
「それを考えることも含めて助手くんの仕事さ。」
箕はゲーミングチェアにもたれて、眠たげに目をこする。
箕がこれ以上答える気がないのは、誰の目にも明らかだった。
カンイチは箕に聞こえないように、小さくため息をついた。
「さぁ早いとこ行った行った! 私は眠いんだ。おやすみ」
「寝るって、まさか床で寝るつもりですか」
ベッドや布団が用意されている様子はない。
カンイチがここを初めて訪れた時、箕は床に転がって眠っていた。まさか、いつもそんな状態で寝ているのか。それはそれで逆に尊敬してしまいそうだ。
「いや、椅子の上で寝る」
「良かった……。いや全然良くない、体壊しますよ」
「別にこっちの体が多少壊れても構わないさ」
「良くないです。彼女を探してもらわなくちゃいけないんです。いざって時に倒れられたら困ります。ちょっと待っててください。ベッドメイクしますから」
「はは、強引だな、君は」
床に散らばるゴミを脇によけて、部屋の隅から折り畳み式のベッドを引っ張り出す。
カンイチがベッドを準備している様子を、箕はあぐらを組みながら眺めていた。
「……ベッドの上で眠るのは10日ぶりだ」
「もっと体を大事にした方がいいんじゃないですか」
「それは余計なお世話だね。調子に乗らないように」
「調子に乗ってなんかいませんよ。俺がやりたかったからやっただけです」
「そういうのを余計なお世話というんだよ」
箕は元々着ていた部屋着のまま、ベッドへと向かった。
「俺は事情を知ってそうな人を探してきます。……ぜんぜん当てはないですけど」
「……まずは彼女の友人を探すといい」
「え?」
「私は寝る。早く出たまえ。デリカシー不足の助手め」
あなたには言われたくない。そうカンイチは思ったが、口には出さなかった。
「……ありがとうございます」
代わりにお礼の言葉だけを返して、カンイチはマンションを出た。
「友達を探せ……か」
カンイチは、箕からもらった助言をもとに、大学へと足を向けた。
月、水、金の週3回投稿予定。
次回は第11話「聞き込み再チャレンジ」。2021/02/17(水)投稿予定です。
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