第0話「決闘」
青く染まった決闘領域の内部で、鴉の男と探偵が向かい合っていた。
探偵は赤髪長身の女性だった。トレードマークでもあり、武器でもある仕込み杖を片手に、向かいの男を睨みつけていた。
探偵は男の得物へと目を向けた。
誰がどう見ても短剣だ。鞘には鴉の模様が彫り込まれている。
探偵が抑えきれない敵意を滲ませる一方で、鴉の短剣の男は力みのない自然な姿勢で余裕さえ感じさせる佇まいだ。
決闘は既に一合の立ち合いを終え、2ターン目。
1ターン目では、次の準備を整える探偵に対し、鴉の男が先制攻撃を入れていた。
攻撃技のカードを駆使して相手のライフを0にすることが目的である決闘において、男は一歩勝利に近づいていると言っていいだろう。。
探偵は仕込み杖を正眼に構えた。
彼女の武器の特徴はその圧倒的なダメージ効率にある。
一撃の火力を上げ、一瞬で高いダメージを与える。それがこの武器のコンセプト。手数で勝負する短剣とは正反対だ。
「さぁ、今日も頼むよ。たんと持っていくといい」
探偵は仕込み杖に語り掛け、持ち手を握り直す。
前のターンに使用した≪溜め足≫の効果によって、探偵は相手よりも一枚多くのカードを使用できる。攻撃の準備は万端だ。
『オープン』
『デュエル!』
機械音声が戦闘の開始を知らせる。
先に動いたのは探偵、≪錬磨≫を使用し、デッキからカードを探して手札に加える。その隙を鴉の男は見逃さず、1ターン目と同じ≪影縫い≫で攻撃した。
幻痛と毒による痺れに顔をしかめる。
探偵はやや体勢を崩しながらも、返す刀で男の腕を狙う。攻撃技≪小手斬り≫だ。
そして、探偵が杖を振るのとまったく同じタイミングで、男も短剣を振るった。
キン、と甲高い音が鳴って、二つの武器がぶつかった。
「ワイルドカードで強化した毒を食らってそれだけ動けるとは、噂に違わぬ達人だな」
「その口ぶり、やっぱりあんたも適合者か」
「ああ、そうとも。祝福を賜ったのさ、我らが主直々にね。君もそうだろう? どうして主に弓を引くのだ。理解できないね」
至近距離で刃を交える二人の間で火花が散る。
「……こんな目に遭うのは私だけでいい」
探偵は吐き捨てるようにつぶやくと、強引に男を押し出し、そのまま地面を強く蹴って、真正面へと飛び込んだ。
「≪陽炎断ち≫」
探偵が技の名前を宣言すると、目の前で、半透明のカード二枚がひらりと舞った。
彼女はためらうことなく、空中で二枚のカードを“食べた”。
瞬間、仕込み杖が山吹色の炎を帯びる。
火の粉舞う仕込み杖の刃を空中で大きく振りかぶり、男を正中線に沿って両断した。
「お前たちのボス、私をこんな体質にした赤いコートにシルクハットの男。あいつをしばきあげて、元に戻る方法を手に入れるまで、負けるわけにはいかない」
探偵は自らの目的のため、刃を振るった。
しかし、同時に、隠しきれない強者との決闘の喜びも感じていた。
自然と口の端が歪む。
そして、鴉の男もまた、多大なダメージによろめきながらも笑っていた。
「これはまたいよいよ素晴らしい」
二人は各々の武器を手に走り出す。
まさしく決闘にとりつかれた決闘者の姿。
そこに探偵の助手の姿はない。
これは、決闘に取りつかれた探偵と、何も知らない助手見習いの1か月の記録である。