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part 04 二人の秘密

 その瞬間、電車全体が音と衝撃に包まれた。ジリジリと非常ベルが鳴り響くと同時に、床下からギギギィとブレーキ音が体を貫く。


「只今、非常停止ブレーキが始動しました。乗務員の指示があるまで、お客様はそのままお待ち下さい」


 周りの乗客たちが礼子を責める。


「おめー、馬鹿じゃねーのか。自分が何したか解ってんのか!!」


「──!!、──!!」


 礼子は乗客たちの罵倒を無視して語り続ける。物語を綴るように。


「私、柚子葉以外の人に何て思われても良いの……」


 電車が少しずつ減速していく。


「私だって、皆と同じ薄墨色の学生カバンで通学したかった……」


 礼子は私ではなく、赤ちゃんに一人語っている。


「私も今まで親戚にもらったお年玉の貯金全部出したよ……、それで制服はなんとか買えた。でも鞄は買えなかったよ、十万円、鞄一つにそんなにお金出せるわけ無いじゃない。妹も高校ぐらいは出してやらないといけないし」


 あの鞄がそんなに高いなんて知らなかった。私が捨てたいと思っていた鞄。


「もう鞄は諦めていた、学校の用具は適当な袋に入れていけば良いと思ってた。でも、入学式の前の日、お母さんがあの鞄をくれたんだ」


 泣き喚いていたブランド女も黙っていた。


「明らかに偽物のブランドバック、要らないって思った。絶対高校で悪目立ちするし。でも、お母さんは無理して私立の進学校に入れてくれたんだ。私は喜んだフリをした」


 電車の中が、少しずつ静かになっていく。


「案の定、入学式からずっと私は一人だった。周りはお金持ちの子ばっかりだし、柚子葉はその代表だった」


 電車もう、走るぐらいの速度に減速していた。


「私は一人でも良いと思っていた。だから偽物のブランドバックも、気に入ったフリを続けていた。誰にも本心を語らずに……」


 野次馬達全員も黙って聞いていた。


「でも、そんな時に柚子葉が部活の見学に誘ってくれた。部活も柚子葉と同じテニス部にした。でもこれが失敗だった……」


 そこで、電車は停止した。


「運良く試合で勝った私より、柚子葉の方がずっとテニス上手いし……、だから、私が電車を止めて、大学の推薦取り消しになれば代わりに柚子葉が──」


「──そんな!つもりで!電車を止めたの!」


 そう、私は嘘つきだ。


 私は、礼子のすぐ横に立つと、テニスラケットを壁に叩きつける。


 ラケットは砕け散り、黒いテープで巻かれた根本しか残っていない。


「でも、みんなそうでしょう。見て見ぬフリをする。それで今日は幸せに過ごせる」


 礼子が野次馬達を眺め回すと、全員が目を逸らした。礼子の目がブランド女の所で止まる。


「私はただ……、今日をあなた達の様に過ごしたかった」


 ブランド女が、ビクリと震える。


「あなたの様に、好きな人と二人並んで電車に乗り、おしゃべりをして、花火を見に行きたかった」


 私は礼子の言葉を黙って聞く。


「今日一日だけ、柚子葉と友達のフリを続けて、花火を見たら、柚子葉とはお別れ。明日からは一人で駅の階段を登ろうと思っていた」


 コホリ、と、赤ちゃんの咳が聞こえる。


「それだけだったよ…… 私だって電車を止めたく無かったよ」


 最後に礼子は赤ちゃんの頬を撫でると、力なくしゃがみ込んだ。あのブランドバックも捨てた。彼女が持つ物は何も無い。


 誰も何も言えず、長い時間が過ぎた様に感じた。だが実際には数秒だったのだろう。


 すぐに、二人の乗務員が現れた。


 片方は国鉄の制服と革靴をピッチリと着た男だ。


 もう片方の男は制服を着ているのはズボンだけ、上半身は裸で制帽の代わりに捻じりはちまきをしている。足はサンダルだ。こいつは頭がおかしいとすぐに分かる。


 私はこの二人が何かを喋ろうとする前に、先制する。


「赤ちゃんが病気なんです。救急車を呼んで下さい!」


 制服の乗務員は赤ちゃんの顔を見ると、すぐに状況を察したようだ。


「駅に無線で知らせて、救急車を手配します」


 そう言うと、制帽の駅員は運転席の方に走っていった。残ったのは頭がおかしい方だ。ついでに言うと、はちまきをした頭はハゲていた。


 ハゲ──ではなく、はちまちが言う。


「どいつが電車止めやがったんじゃい」


 私の手には、もうグリップだけになったテニスラケットが有る。そのグリップには礼子にもらった黒い補修テープが巻かれていた。


 もうテニスの事は頭から消えていた。私ははちまきに言った。


「私が電車を止めました」


 礼子が立ち上がろうとするのを止める。乗客達の注目が私に集まるが、誰も何も言わない。


「ほら、非常ブレーキにテニスラケットのガットが絡まってるでしょ、私が友達と喧嘩して、ラケットを振り回していたら絡まっちゃんたんです。無理やり引っ張って取ろうとした、レバーも一緒に引いちゃって」


 レバーに絡みついているガットは、礼子が非常停止ブレーキを引いた後に私が着けたものだ。


「へー、じゃあブレーキの横に座ったキレイな子の方は関係ないってワケ?」


 こいつ私に喧嘩売ってんのか。なぜ礼子にこだわる?


「彼女は関係ないです。私、高倉柚子葉が電車を止めました」


 はちまきが更に追求を続けようとすると、ブランド女がその言葉を遮った。


「アタシが電車を止ました」


 そう言うとブランド女が手を上げた。他の人達も次々と。


「赤ちゃんが可愛そうで」


「ひどい咳が」


 礼子の訴えから目をそむけていた野次馬達だ。皆が手を上げ、自分が電車を止めたと主張していた。


 イイ感じだ。そう、これで誰が電車を止めたかはウヤムヤに──。


 しかし、はちまきは空気に流されなかった。


「で、正味の話、誰が電車止めたんや?」


 一瞬で映画のラストシーンの様な空気が消えた。そう上手くは行かないよね。


 『退学』『賠償金』そんな言葉が一瞬頭をよぎるか、私は覚悟を決める。


「本当に私が止めたんです。ほら、このラケットのガットを良く見て下さい」


 その時、赤ちゃんが泣き始めた。はちまきがベビーカーの中を見ると、赤ちゃんは急に泣き止んで右手を上げた。


「だぁー、だぁー」


 まるで、自分が電車を止めたと主張しているようだった。


「そうか、坊主がとめたんか」


 赤ちゃんは更に右手を振り、笑顔を振りまく。


「だぁー」


「なら仕方、ないなぁー」


 空気は無視する運転士も、赤ちゃんの笑顔には負ける。運転士さんも笑顔になる。

 この笑顔は無敵だ。

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