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 僕の計算の教科書の四十五ページ真ん中には、黒の明朝体で「魚」という誤植がある。

 言ったら取り替えてもらえるはずだけど、僕はわざと黙ったままにしていた。僕は計算が苦手だ。あと左右がわからないし、時計も読めない。だから計算の時間は大体ぼーっとしてるけど、正直それは退屈だった。だけど今は、魚がいるのだ。

 魚は四十五ページの真ん中から、ふわっと空中へ飛び上がる。それで前の席の子のうなじや、先生の耳たぶにくっついてみたりする。僕は笑いそうになるけど、がんばって我慢する。そうすると魚はますますやっきになって、縦横に伸びてみたり、いっぱいに増えたりしてふざける。僕は魚を捕まえてまた四十五ページに貼り付ける。魚は拗ねたフリをする。魚は僕の友達だった。

 僕はいつもみたいに魚をぱっと捕まえて、四十五ページに戻したつもりだった。だけどほんとは、一ページ隣に貼り付けてしまっていたんだ。魚は「京」にくっついて「鯨」に変わってしまっていた。鯨はするんと飛び出して、ぐぐうと大きくふくらんだ。僕は思わず呼びかけた。

「魚! 魚! どこへいくの!」

 鯨はくるりと回った。どこかへ行くわけではなかったけど、教科書に戻ってくることもなかった。鯨は学校の中を回遊するようになった。僕は友達があんまり関わってくれなくなって少し寂しかった。

「魚、帰ってきてよ」

 僕は前よりずっとずっと大きくなっている鯨を見てそう呟いた。鯨はこっちを見もしない。僕は悲しいような腹が立ったような気分になって、「京」の部分にかじりついた。そうすると「京」がぐるぐると口の中に入ってきて、目が回ってしまう。僕はその場にばたんと倒れた。

 目を覚ますと六時半になっていた……時計が読める! 僕の掌には小さな「魚」がいた。

「ありがとう、魚」

 僕は言った。魚は僕の手の上でくるくる泳いだ。

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