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眠り猫は抱き枕を離さない  作者: しんら
7/30

6.

 

 結論だけ言えば、クラウドの笑顔が曇ることはなかったし体調を崩す様子もなかった。


 あのあと、それじゃあと立ち去ろうとした所を引き止められ、一緒に昼食をとることになってしまった。

 その日はわたしも残った具材を詰めたお弁当を持参していたのだ。目の前で感想を言われるのか。めちゃくちゃ緊張する。


「おそろいのお弁当...」とまたブツブツ言い出したクラウドを横目に、もぐもぐ口を動かす。


 嗅覚と味覚が鈍くなって以来、誰かと食事をするのが苦手になった。


 笑い合って楽しく食事する。

 以前は当たり前だったことが普通にできない。嘘をつきながら笑うのは苦しくて、友人や同僚の誘いを断るようになっていた。


 味に意識は向けず、飲み込むことに集中する。食事は栄養摂取のため。倒れたらまわりに迷惑をかけるし、仕事が続けられなければ生活もできない。だから最低限の食事は欠かさない。それだけ。


「リディアさん」


 その声に顔を上げれば、わたしの目を見て幸せそうに笑うクラウドがいた。


「おいしいです。すごく」


 どうしてか涙が出そうになって慌てて顔を逸らす。


「...お礼になった?」

「はい。とっても」

「苦手なもの聞いてなかったけど大丈夫だった?」

「ん、好物ばかりです」


 ちらりと盗み見る。おお、気持ちのいい食べっぷりだ。


「クラウド」

「うん?」

「お弁当、つくってよかったよ」


 食事はいつもひとりで、誰かのために作る機会はなくて、味に鈍感だから美味しいかどうか気にする必要もなくて。

 だからこんな風に、誰かのことを考えながら料理をするのは久しぶりだった。


 半分ほど食べたところで手を止めた。

 クラウドの方へ体を向け視線を合わせる。

 きちんと伝えたかった。

 声は、震えていたかもしれない。


「あの日」


 前世に逃げ込もうとしていたわたしを


「眠らせてくれて、どうもありがとう」


 こんな風に頭を下げて、クラウドは大げさだと思うかもしれない。

 でもわたしには、とてもとても大きな出来事だった。


 何も考えずただ純粋に眠った。夢を見ずに眠って起きたら、もうずっと薄ぼんやりと霞みがかっていた頭がすっきりしていた。


 あの人は自分と似ているけどわたしじゃない。

 両親はもう何年も前に亡くなってしまった。

 わたしには友人や仲間がいて、やりがいのある仕事がある。


 分かっていた当たり前のことをようやく受け入れられた気がした。


 気がついたら泣いていて、ぼたぼたと落ちる涙が膝の上の弁当を濡らす。


 付き合いの短い先輩が目の前で急に泣き出す状況にクラウドはさぞ困惑してるだろう。早く泣き止まないと。ごめんごめんとヘラヘラするんだ。ごまかすタイミングは今しかないぞ。



 不意に、ふわりと果実のような香りがした。


 クラウドがわたしの正面に立って身を屈めたところだった。手には空になったお弁当箱。

 ...この香り。あの日、眠りに落ちる直前にもした。鼻が悪いわたしが、どうして感じ取れるんだろうと思った。


「じゃーん」

「...へ?」

「全部食べちゃいました。どれもこれも美味しくて」

「あ、ああ。そう...?」

「ぼくのために、がんばってくれたんですよね」

「まぁ、うん」

「嬉しいです。幸せです。空も飛べそう」


 そんな子どもみたいなことを言うから思わず笑った。クラウドも無邪気に笑ってた。


 涙でぐちゃぐちゃの顔でも気にならなかった。

 さっきまで泣いてたくせに情緒不安定にも程があると思ったけど、なんだかとても清々しい気持ちだった。

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