4.
両親は旅や放浪を愛する人達だった。
父は猫獣人、母は人間。それぞれ冒険者として各地を転々とする中で出会い、結婚し、わたしが生まれた。
副都の端に家を買い、家族3人穏やかに暮らした。やや破天荒な母を包み込むように見守る父。仲の良い夫婦だった。
わたしは16歳でギルドに就職した。それを機に、両親はまた昔のように各地を巡り暮らすことを選んだ。わたしも賛成した。
寂しさはあったけれど、それよりも一人暮らしへの期待の方が大きかった。
手紙のやり取りは頻繁だっし、年に1度はお土産を手に帰ってきてくれた。
またいつでも会えると思っていた。会おうと思えばいつでも、そう思っていた。
ある日の仕事中、ギルドに両親の訃報が届いた。馬車で移動中、滑落事故に巻き込まれて死亡。
事実だとつきつけられても何の現実感もなく、ふたりの亡骸を引き取ったときでさえ、わたしはどこか遠い誰かの身に起きた出来事のように感じていた。
うまく眠れなくなったのはいつからだろう。
きちんと受け止めたつもりだった。葬儀やその他の手続きを済ませ、普段通りの生活に戻り落ち着いた頃。食事がおいしいと思えなくなっていることに気づく。何を食べても同じ味しかしない。塩味。それだけ。香りが分からないのだ。
風邪を引いたときのように、鼻が効きにくくなっていた。そのうちだんだんと眠れない夜が増えていった。
でもわたしはいつも通りに暮らした。笑って仕事をこなし、眠れなくてもご飯が美味しくなくても、両親が生きていた時と同じ生活をした。平気なふりをしていないと、足下がガラガラと崩れていきそうで怖かった。
そんな時、トカゲを拾った。
仕事帰りに道端にどんっと落ちていたのを拾ったのだ。
正直、困った。見て見ぬふりをして通り過ぎてしまいたかった。だってトカゲだ。しかもオオトカゲ。森から出てきてしまったのだろうか。
一応ギルド職員だし...という自覚がわたしの足を止めた。
深い灰色の肌と背中の黄色いトゲトゲがオシャレなトカゲだった。体長80cmほど。まだ子どもなのかもしれない。
印象的だったのは瞳。夕方の空の色。深い茜色の瞳にキョロっと見つめられると、見捨てておけなくなった。
トカゲは人懐っこく賢かった。
以前だれかに飼われていたのかもしれない。
だとしたら飼い主が探しているだろうと情報を流したが、名乗り出る人はいなかった。
はじめは適度な距離感で接していたけれど、いちいち仕草や眼差しがかわいくて手を伸ばした。偏見はないつもりだが、爬虫類をかわいいと思う日が来るとは思わなかった。
ひんやりした体が心地よくて、一緒にベットに入ると夢も見ずに眠れた。味気ない食事もトカゲと一緒だと食べる気になった。機嫌がいいとビタンビタンと床を打つしっぽがたまらなく愛しかった。
うちの子にしようと決めていたのに、ある朝トカゲは窓から逃げ出してしまっていた。脱力するような喪失感に襲われた。
何日も何週間も探した。また眠れない日々が始まり、以前よりそれを辛く感じた。茜色の瞳やあの体温が恋しい。
部署を移動して環境が変わって、忙しく働きながら日々は流れていく。きっといろいろな出会いや別れがあったのだろうけど、わたしのぼんやりした頭はあまり覚えていない。
知らぬ間に月日は流れ、でもわたしは何ひとつ変わらない。眠るのが下手なまま、美味しくなくても最低限の食事をし、時々あの子の優しい瞳を思い出しながら、今日もギルドのカウンターに座っている。