戦いの意味は?
「エリカ、模擬戦だと俺はかなり弱いとおもうのだが?」
「何故だ?」
「だって、寸止めして終わりっていうのが模擬戦じゃ無いのか?」
「安心しろ、防御術に長けている将校クラス以上でそれはない。基本的には治らない怪我をする事は無いからな」
なるほど、回復魔法の有る世界ではフルコンの格闘技をする様なものか……って俺まずいんじゃない?
「修平の硬さなら問題ないだろう」
「いや、怪我治りにくいって……」
ベルム大佐は流している赤い髪をジェルでオールバックにする。戦いやすい様にする為なのだろう。
「この世界にもジェルがあるんだな……」
「ジェル? ああ、スライムの事か?」
「えっ? スライムなの?」
「男性の整髪料として人気のアイテムだ」
髪をスライムで整えたベルムは、部下から太く大きな槍を受け取る。
俺も、リュックの中から金槌を取り出した。
「なるほど、それがお前の獲物か……リーチは短いが近接に長けたいい武器だ」
いや、ただの工具なんですけどね?
「その軽装も、その武器を活かす為という訳か……」
いや、ただの制服ですけどね?
「エリカ、作戦はあるのか?」
「作戦? なんの事だ?」
ないのかよ!
「いや、俺が前にでてエリカが矢を放つとかさぁ、わかってる方がやりやすいというか……」
「騎士の一対一の戦いに私は水を差すような真似はせんから安心しろ」
そうか、騎士の一対一だもんな……。
……って俺だけでるの?
「あれ? エリカさん? エリカ様?」
「頼む、勝ってくれよ……」
エリカは聞こえていないのか、俺は仕方なくベルムの前に立つと、仕切りの者が準備OK? みたいな顔をする。
渋々俺は頷くと元気いっぱいに、
「始め!」
と言いやがった。
始まってすぐ、静寂なだが張り詰めた空気が流れる。
ベルムも予想出来ない相手に様子を伺っているのだろう。
だが、もちろんの事ながら魔法の使えない俺には、遠距離攻撃という考えは無い。間合いを詰めて殴るしかないんだ。
ベルムの槍デカいなぁ……どう見ても硬そうなんだけど。
さて、どうしようかな……。
「様子を見ている様だな……ならばこちらから行こう」
ベルムはそう呟き、槍を振るうと強い風が吹く。
これが風魔法と言うものか?
その瞬間、10mは離れていたであろうベルムが、目の前で槍を振りかぶる。
早い!
突きでは無く柄の部分を使いなぎ払う様に脇腹を打つ。
ダメージはハリセンで叩かれた程しか無い。その事を察したのかベルムは嬉しそうに吠えた。
「これを防ぐとはやるではないか!」
いやいや、普通に当たってますけどね……?
すぐ様ベルムは距離を取り次の体勢にはいる。
大佐と言えど、流石にオークキングよりは威力は弱いのだろう。
だが、ダメージはないものの、恐怖を与えてくるこの槍は厄介過ぎる……。
何か打開策はないのか……エリカの方にチラリと視線を送る。
パパパンッ
その瞬間、3連撃が俺を打つ。
だが、ダメージは同様ハリセン程度しか無い。
「ほう、これも受けるか……それでこそわざわざファルムスまで来た甲斐がある」
だから普通に当たっているんだって。
だけど、視線まで読まれている? 流石にこのまま無防備に叩かれるのは痛い……。
だが、どう見ても槍なのだが使うのは棒術か?
いや、そうじゃない、そんなはずはない。
奴はきっと、俺を試しているのだろう。
鋭利で太い槍、突かれると今のダメージの比ではないだろうな……。
俺は金槌を前に出し、左手を背中に当て右足をまえに。付け焼き刃だが突きに備える事を考えた。面積を狭めれば幾分かはマシだろう。
ベルムはニヤリと笑う。
「面白い。その構え、私に槍術を使えというのだな……だが、これを使う以上もう手加減は出来んぞ」
まさかの状況悪化。ベルムを煽る形になるとは……。
だが、どっちにしろこのまま突きが来るなら同じ事だ。
ズパンッ!
痛ぇ!
肩に激痛が走る。
なんだよ、全く見えないじゃねーか。
突きを終えたベルムの槍が青く光っているのが分かる。
これがベルムの技なのか?
ただこんなのを何回もくらうわけにはいかない。
何か考えろ。
どうせ食らうなら動けるうちに当てる。
俺はベルムに向かい一歩、また一歩と駆け寄る。
ズパンッ!ズパンッ!
ベルムの槍は俺の足を正確に突く、足に痛みが走り手を振るが躱された。
こいつに作戦など通じないという考えがよぎり躓く。
槍までてすら、あと10cm……。
だが、更にベルムの突きの威力は増し、心が折れそうなほど打たれている。
そもそも武将みたいな奴に勝つなんて不可能なんだ。だがベルムの方は予想外の反応を見せる。
「貴様ぁ、何故その技量がありながら反撃してこないぃぃぃ」
なんでベルムがキレるんだよ。
それに反撃しないんじゃ無くて出来ないんだよ。
「あーもぅ! クッソ痛ぇ!」
奴がキレた事に俺もキレた。ただの逆ギレでしかないのだが仕方ない。
「どこまでもコケにし腐りおって……」
ベルムの構えが変わる。体勢は低く、槍を水平に持つ。完全な威力重視技を出す気か?
流石に今以上の威力は俺も穴が空きそうだ。
「ちょ、ちょっとま……」
青い光が強くなっていく……マジでヤバ……ん?矛先?
えっと……これを避け……身体重っ!
ベルムの顔がかなり近い?
左手で……うーん、間に合わないから肘にしようか?
あ、当たる……。
その瞬間俺は後ろに突き飛ばされた。
あー、土……柔らかい……。
「しゅーへーっ!」
後ろからゆっくりとエリカの声が聞こえる……。
そう思った瞬間、俺は地面を転がっていた。
どこからか歓声とベルムを呼ぶ声がするのがわかった。
俺は負けたのか……。
重い身体を起こし確かめてみるが穴は空いていない。
エリカが駆け寄り、肩を抱いた。
「修平……良かった……」
「ごめんエリカ……あのおっさん強すぎるわ」
「何を言っているんだ、修平は勝ったんだ!」
エリカの言葉に唖然とする。
「へ? 俺はは勝ったのか?」
頭がはっきりとして来た俺はベルムを探す為立ち上がる。
演習場の壁際にベルムの部下達が集まり、金色の鎧の破片が散らばっているのが見えた。
「あれ……俺がやったのか?」
「ああ、すごい一撃だったぞ!」
マジかよ……。
「で、おっさ……いやベルム大佐は無事なのか?」
「心配いらない。意識が無いだけだ」
いやそれ、意識不明の重体じゃねーか。
何はともあれ、俺はエリカに抱きつき喜びを分かち合う……。
「修平殿……あのベルムを相手によくやったとだけ伝えさせて頂こう」
「ば、バーレンハイム准将! ありがとうございますっ……」
閣下は一度微笑むと、再び鋭く表情を締める。
「エリカ・ヴァレンシュタイン!」
「はっ」
エリカはその声に敬礼を返す。
「現時刻を持ってエリカ・ヴァレンシュタイン少佐を除隊とする」
閣下は鋭い眼差しをエリカに送り、演習場全体に響く様なこえで叫んだ。