次元が違う
送られて来ていたメールの相手は、
"エリカ ヴァレンシュタイン"
ファルムス公国の女騎士、軍人で少佐なのだと言う。
メールには律儀に自己紹介の様な文だった。
後々のメールのやり取りで、連合軍での演習の為に挨拶文の練習をしていた為という事が分かった。
俺は最初半信半疑だったのだが、メールを交わし画像を送り合ううちにどうやら彼女が本物の異世界人という事をお互いに理解し、俺は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
軍の事、魔法の事、食事や文化などそれから色々な内容でメールを交わす。彼女が軍人だった事もあり、メールは夜の限られた時間でしか行われなかった。
中でも俺はエリカの世界の魔法についての話が印象に残っている。
「エリカの世界では魔法をみんなが使っているのか?」
「ああ、個人差はあるが10歳になるまでには何かしらの魔法を使えているのが普通だな」
魔法が普通。
俺はその言葉に期待せずにはいられなかった。
「そしたら俺も……使える様になるかな?」
「修平の世界では使える人が居ないというのが気にはなるが、やり方さえ教えれば、何かしらは使える様にはなるだろう」
それから俺は、興味本位にエリカに魔法の使い方を教わった。
彼女が言うには手に力を入れ、暖かくなる熱を感じたら目を瞑る。こうする事で、魔力を感じ易くするのだという。
目を瞑ると、皮膚との境目より外側に感覚が有るのが分かる。この感覚の大きさが魔力の大きさらしいのだが……俺には暖かくなるまでは感じたのだが境目の外側という物を全く感じる事が出来なかった。
それをエリカに伝えると、
「全く魔力を感じない? そんな事があり得るのか?」
「まぁ、俺の住む世界では使える人はいないからなぁ……そんなに不思議な事なのか?」
「ああ、魔力というのは生物が存在する為のエネルギーがどれだけ不安定か? という事に起因する」
エリカの言っている事は正直意味がわからない。
存在の不安定さ? なんだよそれ。
「だから、もしかしたら修平は……」
あれ? この後なんだっけ?
だった1カ月位のやりとりだったが、何の取り柄も無い俺は誰にも真似ができない特別な事をしている気分になれた。
たとえ、それがこの戦闘で一瞬だったとしても、国を背負って戦っているエリカを助ける事が出来た。
それでいいじゃないか?
なぁ、エリカ……そんな顔するなよ……。
この世の終わりの様な顔をするエリカに俺は心で語りかけた。
俺の走馬灯ももう終わる。
だけど……痛いのはちょっと嫌だな……。
バリッ……。
オークの戦斧が俺の肩に当たり、鈍痛が走る。
だが、オークの戦斧は肩に当たると共に砕けた。
その、砕けた戦斧は俺に思い出させる。
"修平は……物すごく硬いのかもしれないな"
俺はそう言っていたエリカのメールの続きを思い出した。
その瞬間エリカは驚いた様に叫んだ。
「修平! そのまま殴れ!」
おれは咄嗟に振り向き、痛みのない左手でオークの腹を思いっきり殴った。
バリッ、グシャッ……
屈強な鎧の見た目とは裏腹に、薄いプラスチックに白子の様な物でも殴ったかの様な感触。
クリーミーな物が溢れ出す様な感触と共に大きなオークはその場に沈む様に膝を崩すと、周りの兵士達の音が止んだ。
えっ? 俺、もしかして……。
"うぉぉぉおお!"
状況を理解した者から歓声に変わり、オーク達は後退りを始め、中には逃げる様に走る者も見られる。
そんな中、俺とエリカは呆然と向かい合い少し安堵の表情を浮かべ座り込んだ。
すると1人の兵士が慌ててエリカに駆け寄る。
「少佐、この方はお知り合いでありますか?」
「そうだ。なにか問題があるか?」
表情を締め、平然と言い放つ。
「いえ。ただあまり見かけない風貌でしたので……」
「そうか……まぁ、あまり気にするな。あと、ガルム怪我をした、連れて行ってくれ」
「はっ!」
兵士は胸に手を当て敬礼する。
ガルムとは騎竜の事だろう。指示をだした後、起き上がるエリカは、150cmちょっとくらいだろうか? イメージよりはかなり小柄な女性……というか女の子と言った方がしっくりくる見た目だった。
「修平、立てるか?」
エリカはそう言って俺に手を差し伸べる姿は百戦錬磨の騎士そのものだ。
そのガンドレッドを纏う小さな手を握り俺は起き上がると先ほどの攻撃のせいだろうか? マントの肩の部分が裂け、中の服が顔をだした。
「ふぅ。修平の世界は服も丈夫なのだな」
エリカはそう言って笑いかけると、肩に手を当て小声で"助かった、ありがとう"とエリカが呟いたのが分かった。
オーク達が去り、歓声が戦の終わりを告げる。
落ち着きを取り戻した俺はエリカと、駐屯地まで歩く事にした。
せっかく彼女に直接会えたのだ、少し話したりもしたいと考えていた。
「修平、時間はいいのか?」
スマホを取り出し時計を見ると、15時22分という文字が見える、18時位までに戻れれば問題ないだろう。
「ああ、あと2時間位なら問題ないよ」
「そうか、それなら私は先程渡したガルムの手当てをしたいのだが……」
ガルムというのはエリカの騎竜の事だった。先程の戦闘で脚にかなりの怪我をしていたのが気になるのだろう。
「騎竜? でいいよな? 結構酷い怪我をしていた様に思うのだけど大丈夫なのか?」
「ああ、骨折してはいるが、脚が繋がっていれば大抵直ぐに治る。軍用の竜はかなり丈夫に出来ているからな」
この世界には多種多様な魔法がある。その為怪我に対しての考え方も俺の世界とはまた感覚が違うのだろう。
向かった先の衛生班のテントの側では、他の騎竜も手当てを受けているようだった。
エリカは、一頭の竜の元に向かうと撫でるように声をかける。
「ガルム……今回も痛い思いをさせてしまったな……」
"グェ"
エリカの呼びかけに応えるようにガルムは小さく声を上げる。撫でる様に脚を摩るエリカの手が青く光ると、ガルムの脚の傷がみるみるうちに治っていった。
「凄いな……」
つい、声が漏れてしまう位にその光景に圧倒された。
「修平は怪我はしていないのか?」
そう言われると、エリカは俺の肩も摩る様に触れた。軽い打撲程度のダメージはある様だが別に支障はない。
「ふむ……」
そう言うとエリカは俺の肩に当てた手を光らせる。するとみるみるうちに痛みが引くのがわかった。
「修平は体質のせいか、大分傷が治りにくいみたいだな……これくらいの怪我なら問題ないが、大きな怪我はしない方がいい」
俺の防御の硬さと関係があるのか、エリカは少し複雑な表情を見せた。
「もう、怪我する予定はないのだけど?」
「それもそうだな。まぁ、オークキングのあの攻撃でこの程度で済むのであれば心配はいらないだろうな」
そう言ってエリカが優しい笑顔を見せる度俺はその深い優しさに惹かれていくのを感じた。
「ところで修平は、何故私を助けに来たんだ? 連絡は取り合っていたとは言え、命をかけると言うのは流石に違和感を感じるのだが……」
「それは、結果的にああなってしまっただけで、別に命を掛けるつもりは無かったんだけどね」
「なるほど……それはすまない事をしたな……」
責任感が強いのだろう、エリカは言葉の端端で謝罪する様な言葉を混ぜた。
「そうだ、修平。私は何か礼をしたいと思うのだが欲しい物はあるか? 命を救ってもらった身だ私に出来る事なら多少の無理も聞くつもりだ」
エリカは真剣な眼差しを俺に向ける。
一体何を言うのが正解なのだろうか? 俺は冗談まじりに返した。
「じゃあ……エリカが欲しい……かな?」
少し驚いた表情を見せると、少し覚悟を決めた様な含み笑いに変わる。
「すまない、軍に籍を置く身として私の一存では渡す事が出来ない」
あらかた予想通りの返答に安堵する。だがそのあとの言葉で俺は自分の軽率さに後悔した。
「だから、私の利腕1本で許しては貰えないだろうか?」
エリカはそう言うと、剣を抜いた。
へ? ちょっと待て、腕一本って切って渡すつもりなのか? 慌てて彼女を止める。
「エリカ、待ってくれ」
「どうした? 腕一本では不服か? ならば……」
「両腕とか言うんじゃないだろうな? 別に俺はエリカの一部が欲しい訳じゃないのだけど」
「では私はどうすれば……」
あまり表に出さない性格のせいか、エリカがそこまで恩というか、罪悪感を感じていた事に気付くことが出来なかった。
「あー、ごめん。ちょっと言い直すよ」
なるべく気楽に返し、俺は息を整えると、エリカの目を真っ直ぐに見て言う。
「俺は、エリカの全てに惹かれています」
照れながら、でも出来るだけ真摯に伝える。
エリカは気を張った無表情の中に、少し柔らかい雰囲気をみせた。
「だから、友達になってくれませんか?」
エリカは少し頷くと、
「わかった。だが、私は長い間軍人としてしか過ごしてきてはいない。だから申し訳ないが"友達"と言うものがよく分かってはいない」
俯いた彼女は、力強く言う。
「だが、精進すると誓おう」
真っ直ぐな彼女に圧倒されながら俺も言う。
「俺も友達がよくわからない……でもエリカとならもっと仲良く友達と呼べる関係になれると思う……」
だけど、二人とも何をすれば良いのかわからないせいか、それ以上の会話は無く最初に来た時の近くのエリカの部屋に移動する。
先に口を開いたのはエリカだった。
「修平、さっき言っていた友達というのは特に会話はしないものなのか?」
エリカは不器用ながら様子を伺っている様だ。
「いや、もっと話したりするんじゃないかな?」
「ならばもっと話をしよう。ところで、その友達ならなにを話せばいいのだ?」
「うーん、普段ハマっている物とか、日常的な話とか?」
俺だって美少女騎士となんて何を話すかなんてよくわからない。
「ふむ……では、修平はどの様な剣……いや武器が好きなんだ?」
やっぱり武器の話しかよ。だが変な気遣いも見える、それがエリカらしいのだろうな。
「刀とか?」
「"カタナ"とはどの様な武器だ? 名前から察するに、肩に付けたり……」
「いや……片刃の剣だな……」
意外にも刀の話に食いつき、その後もエリカの剣やピカピカの鎧の話で盛り上がると、時間はあっという間に過ぎていった。
「修平、なかなか楽しかったぞ! だがそろそろ帰らねばならないのではないか?」
俺は時計を見ると17時半を少し過ぎて居るのが見えた。
「そうだな……また来るよ」
「ああ、是非来てくれ。次来た時には街を案内しよう」
「あ、エリカも良かったらこっちの世界に来てみないか? 服とか用意するし」
「そうだな……是非行ってみたい。時間をつくる様にしよう」
「ありがとう、楽しみにしている」
そう言って、俺はエリカと最初に着いた壕に向かう。
「あれ?……ゲートが無い?」
俺はエリカを見る。
「ゲート? 出したままにしていたのか?」
「ああ、そのままにしていたのだけれど……これじゃ帰れない……」
俺は動揺し、ゲートがなくなっている事を受け入れられずにいた。
「心配するな。私が転移魔法を使えばいいだけの事だ」
「それだ! エリカが居てよかった……」
「本当だな、私が戦で死んでいたら帰れなくなっていたな!」
エリカは笑いながら魔法陣を描き始める。
「いやいや、笑い事じゃ無いからね!」
「ともかく、修平に死んでから恨まれる所だったな……」
そう言って、エリカはサラサラっと魔法陣を描き終えた。
「さぁ、これで修平の"パソコン"とやらに転移陣を送ったぞ。あとは向こう側で部下にでも開いてもらえ」
「……えっと……俺の部下?」
「ああ、家族とかでも構わないが? 修平の世界では"パソコン"は誰でも開く事は出来るのだろう?」
「……開けるけど……」
だが、個人のパソコンなんて勝手に開く奴は居ないし……開いてくれる様な友達もいない。
「どうした?」
「帰れない……パソコンは、俺しか開けないんだけど……」
「まさか……そ、そうなのか……」
俺もエリカもその場に放心した様に固まってしまった。