6 葬送
一章もあと少し。
日毎増えていくPVがほんと、励みになります。うれしい…ウレシイ…。
小さな女の子の亡骸を前にブラッドが悲しげな遠吠えをあげているのを見ながら、私は彼女を送る為の準備を始める。
私が司祭位(女に戻ったし、女祭位になるのかな?)を得たのは、少々血生臭い事情があってのことだが、お陰で地球のそれと違うけども亡くなった方の冥福を祈るためのしっかりとした作法を身に付けられたことは。残された人のために何かをできるということは、浅ましいがうれしく思う。
―――私が死んだときは、誰かが送ってくれるのだろうか?
脳裏にふと浮かんだ悲観的な考えを振り払って、【ストレージ】から葬儀に必要な物を取り出していく。
まず取り出したのは、精緻な模様の描かれたマフラーのような『ベルチカ』と呼ばれる細長い布。地球で言うところのストラに相当するもので、戦地などで簡易的な葬儀をあげる際も必ずこれを司祭は着用しないといけない。
もっと本格的な葬儀を執り行う時は、服装も決められているけどね。
次に取り出すのは、ぼんやりと銀色の光を放つ一巻きの包帯。
もちろん、医療用ではなくて亡くなった方を包む専用の物。エジプトのミイラを包む布って言えば分かりやすいかもしれない。
これはとある≪奇跡≫を願い命を落とした遥か昔のラフィールの聖人の方の髪で織られている聖骸布。死後に集まってくる悪しきものを払う力があり、また死者がそれに変じるのを防ぐ力がある。
その次に取り出したのは、今朝切った私の髪の毛。
これは、亡くなった方の年齢によって変わってくる副葬品で、輪廻転生をつつがなく死者が行えるようにと願いを込めた、日本で言う『六文銭』に当たる物。
成人男性には剣を。成人女性には槍をお供えする。これらは『立派に家族を守る存在でした。来世でも立派な人になってください』という意味が込められている。
そして、少年には男性の髭を。少女には女性の髪を『来世ではちゃんと育ってほしい』という願いを込めてお供えする。
私の【ストレージ】に自分が使えもしない量産品の剣と槍が沢山入っているのは、戦場で葬儀を執り行う事が多かったためだったりする。
あとは、亡骸を包むためにも使う敷き布や、作業に使う薄手の手袋と儀礼用のナイフ。そして、聖骸布を巻いた後に着せてあげる為の清潔で綺麗な服を用意すれば全ての準備が終わる。
「ブラッド。送ってあげよう」
遠吠えを終えて、じっと少女の亡骸を見つめていた彼に声をかけると、彼は小さく何かを語りかけるように少女に吠えてから私の後ろにおすわりをした。
少女の亡骸は、亡くなってから長い間ここに居たのだろう。肉はほとんど腐り落ち、蛆がわき、所々骨が見えてしまっている。
まずは、不躾にまとわりつく蛆をどうにかしないといけないね。
【竜炉心】から魔力を引き出して外魔力への干渉を開始する。
励起され、世界に満ちた外魔力がカタチを変え始めたのを肌で感じてから、少女の亡骸へと目を向ける。
―――【彼女の体内及び周囲】の【蛆虫、その卵及び少女の亡骸に巣くう腐肉食生の生物】全てを【肉の一片も残さない】様に【分解せよ】。
「破砕魔法を此処に」
私がそう口にした瞬間、自分の体からごっそりと魔力が抜け出していき、わずかな目眩を覚えたが、すぐに【竜炉心】によって体内に魔力が満ちていく。
私が普段から使っている魔法――【事象励起】や【魔力励起】と異なり、魔力と外魔力のみを使って世界を書き換える。
世界を侵す魔法の真髄は、私の指定した通りに少女の亡骸には一切爪を立てずに蛆虫たちを綺麗サッパリこの世から消し去った。
それを確認した私は、彼女の亡骸を損壊しないよう慎重に抱き上げて、広げた敷き布へと横たえる。
腐汁が体に付き、服に染み込んでいくが、気にせずにボロボロの衣服を彼女を傷付けないように気を付けながら儀礼用のナイフを使いながら脱がして、聖骸布を慎重な手つきで足先から順に巻いていく。
葬送を執り行う時。最も気を遣わねばならないのがこの作業。途中で亡骸を傷付けたり、聖骸布が足りなくなってしまうと死者が正しく眠る事ができないといわれているから。
少女の全身を数十分ほどかけて聖骸布で包み終え、ベルチカを外し汚れが付いた衣服を脱ぐ。
ベルチカはなぜか汚れないけど、神業だから気にしても仕方ない。
魔力を回して体を清めてから、先程まで身に付けていた服と同じデザインの服に着替える。
これも、簡略化された作法のひとつだから必ず行う。
もし、汚れた状態で聖骸布に包まれた亡骸に触れたなら、死者は冥界に現世のケガレを持ち込むことになり、門前で叩き返されて永遠に"死ねない者"として現世と冥界の狭間をさまようことになるという。
着替え終わってから、彼女に衣服を着せてから、来世での幸福と、死者の国での安寧を願って少女の額に口付けを落とすと、ずっと見守っていたブラッドも近付いてきて、少女の頬を優しく舐めた。
「小さき命が道に迷わないよう、灯火の神のご加護を」
聖印を切って祝詞を口にしてから彼女の体を副葬品と共に棺代わりの布で包み、抱き上げる。
すると、ブラッドが付いて来いと言いたげに一声吠えてから少女の部屋を後にする。
彼に導かれるまま家の庭へと出ると、そこには何かを埋めたような跡があった。
「ここに彼女のご家族がいるんだね?」
そう問いかければ、彼は肯定するように尻尾を一振りしてみせる。
私は彼に頷いて、魔力を回してその横に小さな穴を開け、そこに彼女の体を横たえてから土を被せる。
「おやすみなさい。そして、良き来世を」
魔力を回して、小さな墓石を作り出す。
静かに吹いた風に乗って、私の言葉は秋晴れの空へと消えていった。
◇◇◇◇
少女の埋葬を終えてから、私たちは改めて彼女の家を探索してみることにした。
ブラッドがひとつの部屋の前で立ち止まっていたことが気にかかったのだ。
まぁ、私が階段を上がる前に彼が不愉快げにうなり声をあげていたから、中に何があるかはだいたい想像つくんだけどね。
彼がうなり声をあげるのは、ゾンビを見つけた時だけだ。
彼の家族に何があったのか。それは、もう知りようが無いけれど。それでもああやって埋葬をしていたことからも彼は亡くなったか、それともゾンビへと変わってしまったかした家族をしっかりと弔ったのだろう。
だとすると、ここにあるゾンビはこの家の住人と全く無関係な存在と言うことになる。
「しかし、不思議だね」
ドアの前に立って、ブラッドにこう声をかけても、部屋の中からはゾンビのうめき声すら聞こえてこない。
一般的な造りの家だし、完全に防音処理がされているようにも見えないのにだ。
「まぁ、中を見たらわかるかな」
【ストレージ】からブッチャーナイフを引き抜いてドアを開く。
―――部屋へと踏み入った私たちの目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
正直かなり私も困惑してるし、隣で『不届き者に鉄槌を』と言わんばかりに殺気立っていたブラッドも、その光景に殺意を霧散させて戸惑っている。
たしかに、ゾンビはいた。いたのだが、その姿は異様だった。
壁を背にして座り込んでいるのだが、両手を頭の後ろで組んでいる。
さらに、その手はよく見ると鎖で縛られており、その鎖の口に噛ませることで口を閉じれないようになっていた。
しかも、両足は股関節付近でへし折られていて、それに使ったであろう鉄製のハンマーがゾンビの横には転がっていた。
そして、最も目につくのはそのゾンビの頭上にある血で書かれたのだろう『Listen!』という文字と、斜め下の机を指す矢印。
その先を目で追えば、机の横にはボイスレコーダーらしき機械と何かの鍵が置かれている。
「何というか…何だろうね?」
ブラッドと目を合わせてお互い首をかしげる。
何かの罠かもしれないけどとりあえず動けそうにないゾンビは無視してボイスレコーダーを聞いてみることにした。
……聞き終わった感想?
こっちに帰ってきてからわずか三日でサバイバルが終了した、かな。
◆◆◆◆
(以下は、ボイスレコーダーに残されていた男性の最期のメッセージである)
(―――ピッ)
『あー、テステス。ちゃんと音が撮れてるはず。撮れてるといいなぁ。
(咳払い)
このボイスレコーダーが、良識ある生存者の手に渡ることを望む。
俺はワタライ レイジ。この二年間を生き抜いた生存者だ。
これの横でくたばっているのがそうだ。
結構な有名人だったからな。もし、サインが欲しくて俺を探してた奴が見つけちまったとしたら、悪いことをした。 胸ポケットのメモ帳にサインを書いといたから持って帰ってくれ。文字通り最後のサインだ。
売らないでくれよ?
さて。時間も無いことだしまず、俺からの願いを。
俺は、ゾンビどもに噛まれた。おそらく、一日とたたずに死んで奴等の仲間入りを果たすだろう。
だから、もしもまた動きだしているか。または、俺にとって幸運なことに奴等になっちまう前に死体を見つけられたこれを聞いている奴。
是非とも俺か、俺だった物に引導を渡してほしい。
一応、両足をへし折って両手は鎖に繋いだうえで、口にその余りを噛むから安全に処理できると思う。
もしも、頭を吹き飛ばす事に抵抗を感じるなら俺の横にあるペットボトルの中身をぶっかけて焼いてくれ。
こんな世の中になったんだ。ゲロ甘くて情けない事を言うようだが、せめて最後まで人として生きて、人として死にたい。
人としてのプライドを最期まで持っていたい。
それが、俺の願いだ。
あー…あと、ここより奥の部屋にちっさい子の遺体を見つけた。
ちょい状態が酷かったが、もしあんたに良心が少しでも残っているなら彼女も弔ってやってくれ。
もちろん、タダでやってくれなんて都合の良いことは言わない。
こいつの横に、俺が拠点としていた自宅の鍵を置いておく。
これと、その中にある物全てが報酬だ。
ここからでも見えるだろう?あの20階建ての高級マンションが、俺の自宅だ。
しかも、最上階だ。自慢だった夜景は見れなくなってるが、こんな世の中じゃあり得ないほど快適に暮らせると思うぜ?
もしも、あんたが生存者コミュニティに属していても安心してほしい。
なんとか、全室の鍵を手に入れたから全ての部屋を使えるはずだ。中のゾンビも駆除済みで、家具はそのまま残してあるから引っ越しても問題なく暮らせるはずだ。
食料と薬品も大量に残してある。
特に集めた食料の大半は自衛隊御用達のレーションだ。流石は変態国家日本の誇るミリメシ。賞味期限も去ることながら味も一級品だ。
甘味も付いてたぞ。
あと、武器も姉さんがよりすぐった物が残ってる。そっちは見てのお楽しみってことで。
セキュリティに関しても安心してほしい。糞ったれたあの日から、今まで一度も外からゾンビや略奪者どもを招き入れたことは無い。
自動ドアはバカが車で突っ込んだせいで歪んで開かなくなってるから、裏口の防火扉から入ってくれ。めちゃくちゃ重いが頑張って開けてくれ。
電力も自家発電可能。
水道も使用可能な災害対策された建物だから今もライフラインの大半が残ってるならな。
まぁ、ポンプの稼働は止まってるからこまめに屋上のタンクに水を補充しなきゃいけないが。
ガスは使えないから、もしも火を使いたきゃそれは屋上で頼む。わかってるとは思うが119に掛けても消防車は来てくれないから火事には気を付けろよ。
あと、下手に火をおこすと目立つから略奪者を呼び寄せる。キャンプファイアや花火は諦めな。
衣類だけは、俺と姉さんと。あとは、かつての住人のものしかないから合わなければ探してもらわなくちゃならないが…。
それでも、久しぶりに人間らしい生活をしたいのならオススメの物件だぜ?
それと、残してきた俺と姉さんが集めた資料も有効活用してほしい。
地道なフィールドワークによって集められた有益なモノであることは断言しよう。
それと、もしも平和になったら。
かつての日常が戻ってきたら、このボイスレコーダーと部屋にある俺と姉さんの日記をどこかの出版社にでも持ち込んでほしい。
この過酷な日々を生き抜いた、俺たちの足跡を。
それに、もし売れたら将来印税が入ってくる。そう思ったら明日への勇気が沸くだろ?
ああ、財産が欲しいなら通帳は遺言状と一緒に金庫に入ってる。暗証番号は(0824)だ。
遺言状も、ゾンビが出てから書いたものだから安心しろ。ちゃんと裁判所が稼働してたら問題なく受け取ってもらえるはずだ。
ついでに、クズどもはさっさと捕まっちまえ。
ただ、姉さんのは手をつけないでくれると嬉しい。彼女の遺言に従ってくれ。
……まぁ、なんか姉は生きてそうな予感がしてるけどな。
さっきから眠くて寒くて仕方ない。
そろそろ、おしまいみたいだ。
あとは、あとは……。
そうだな。あんたはここまで幸運にも生き残ってきたんだ日本がマトモになるその日まで、是非とも生き残ってくれ。
あまりオススメはしないが、どうしても安全な生活が恋しいなら北海道を目指してもいい。
その場合は、過酷な旅になるだろうが…。
ああ。ダメだ。いつまでもしゃべっちゃキリが無くなる。
これが、俺が人間として残せる最後の言葉だ。
重ねてこれが、良識残る人の手に渡ることを、切に願って締めさせてもらう。
2035年9月7日。かつての日々に愛を込めて。ワタライ レイジ。
ああ。死にたくない。』
(――――ピッ)
10/13(日)投稿。
お気に召しましたら、ブクマや評価。感想などよろしくお願いいたします(強欲)
はみ出し設定小噺。
③魔法の種類
本作に登場する魔法は、大きく分けて三つに分類されています。
1【事象励起】
魔力を使って世界に働きかけて、様々な事象を引き起こす魔法。イメージとしてはハ◯゛レン。引き起こした現象は世界に残る。
作中登場:手から水を出す。土に穴を開けるなど。
2【魔力励起】
魔力を使い外魔力を自分の周囲に集める魔法。真なる魔法への前段階。
ピンポイントバリアとかできる。
作中登場:【身体強化】【治癒魔法】など
3【魔法励起】
魔力と外魔力を完全励起することで、世界を改変する真なる魔法。四段階のプロセスを経て顕現する。ひとしきり暴れると外魔力に戻るため、世界に残らない。
一章三話にて、透が言及していた通り火でゾンビを焼いても建物に延焼しないし、例え津波を起こしても塩害が発生しない。
イメージ次第ではどんなことでも起こしうる圧倒的な力。
ただし、【時を操る】【空間(世界)を生み出す】【物質の創造】【生命創造】【肉体の改変ならびに増殖】の五項目が禁則事項として定められている他、『翼が無いのに空を飛ぶ』や『エラがないのに水中で呼吸する』など肉体機能の有無によって出来ない事もある。
作中登場:【破砕魔法】
透は1と2の魔法を使うことを『魔力を回す』と言っています。3を使うときは確固たるイメージを固めるためにも『◯◯魔法を此処に』と宣言しています。