4 相棒
一章が終わるまでは、土日18:00にも追加で投稿したいと思っております。
ブクマと評価を増やそうとする作者の姑息な生存戦略です。
結局、私は店内がすっかり夜闇に包まれるまで彼にすがり付いたまま泣いていた。
こっちに帰ってきてから、私泣いてばっかりだよ。向こうじゃ最後の方は涙なんか出なかったのにね。
それにしても、この子イケメンなワンコだ。イケワンだ。
こうやって抱き付いてて、完全に顔をうずめてるのに時々私を気遣うような気配を感じる。
手加減してるとはいえ、結構ぎゅっとくっついてる私の力は成人男性よりちょっと強いだろうに、嫌がるそぶりを全然見せないもの。
うん。この子のお陰でぺしゃんこに潰れてたモチベーションが何とか復活した。
また夜を迎えてしまったことだし、とりあえず寝床の確保に動こう。
店内のゾンビは全部倒したから、従業員エリアに行けば、比較的汚れの少ない場所で休めるはずなんだよ。
まだ残っていても片手の指で数えるほどだと思うし。
もうわかりきっていることだけど、私はゾンビを『人間だったモノ』としては捉えているけど、『人間』としては扱っていない。
そういう葛藤は全て向こうに置いてきた。じゃなきゃ戦場で休むなんてできなかったし。
生きている者が、ゾンビとなって再び歩き始めた人に出来ることは、もう一度眠らせてあげることだけ。
≪魔法≫だけでなく≪奇跡≫を祈っても、再び彼らの意識が戻るなんて事は無い。
「よしっ」
そう呟いて、一度だけぎゅっと彼のちょっとゴワゴワした首筋に顔を押し付けてから顔をあげて、暖かさに名残惜しさを覚えたけど、首に回していた両手をほどいて立ち上がる。
「ありがとね」
そして、いつの間にかおすわりをして、体を離した私を見つめている彼と改めて目を合わせる。
うん。大丈夫だろうとは思うけど、いざ口にするとなるとやっぱり緊張する。
それが、人間のように考えが顔に出ないワンコ相手ならなおさら。
それでも、今の私には彼が必要だ。
静かで無口でもいいから、私の隣に居てくれるパートナーが居なければ、自分でもわかるぐらい不安定な状態の私は楽な方へ――自分で命を簡単に絶ってしまう。
それも、ひとつの選択肢としてはあり。だとは、思う。
それでも、帰ることを渇望し続けた自分の心は生きたいと私に訴えかけてる。
誰かの為に使い潰され、やっと取り戻した等身大の自分を簡単に手放していいのかと責め立てる。
それでも、私の脳裏にはショッピングモールの中で見たゾンビと、凄惨な光景と―――
モフリ。
ぐるぐると嫌な事ばかりを考えて立ちすくんでいた私の足に、いつの間にか彼は立ち上がって体をこすりつけていた。
私の腰ほどまで届くほどの大きさなのに、ほとんど重さを感じさせない優しい動きで、彼はモフモフゴワゴワとした体をすりつけると、満足げにわふっと鳴き声をあげる。
それがまるで『ここは危ないから、早く動こう』と催促しているようで。
「一緒に、居てくれるの?」
私は思わず、そう口にしていた。
『ワンッ』
周りを警戒してかそこまで大きくないけれど、しっかりと強い意思を感じさせる鳴き声は、彼が私の問いかけに肯定してくれたに違いない。
「そっか、そっか……」
鼻の奥がツンとする。
もしかしたら、この子も寂しくて、誰でもいいから一緒に居たいだけなのかも知れない。
それでも、私と一緒に居たいと。誰でもなく私がいいと思ってくれたのかもしれないと思うと、胸がじんわりと暖かくなる。
彼は何も言わないから、勝手な想像だけど。
それでも何故か、その考えが間違いじゃないと確信できた。
「ふふ。私は透と言います。これからよろしくね。えっと……」
これから、長いか短いかはわからないが彼と共にこの世界で生きていく事になるのだから、名前が『彼』とか『ワンちゃん』『ワンコ』ではあんまりだから名前で呼ぼうと思ったのだけど、困ったことに彼は首輪をしていない。
「名前、付けても良いかな?」
そう言うと彼は、何かを期待するような目で私を見上げてきた。
……うん。実はさっきから『こう呼びたい』って名前が頭の隅でずっとちらちらしている。
だって、荒廃世界でシェパードだよ?正直運命感じちゃうレベルだよ?まぁあれは核戦争後に荒廃した世界だからシチュエーションが微妙に違うけど、廃墟を人と犬の二人で出歩けるとか不謹慎ながらテンションが上がってくるよ?
まぁでも、さすがにあの名前はなんというか、『お前非常食な』ってパートナーに言っている気がしてちょっと気が引けるし、だからと言ってそのモデルの一つではただ単に『犬』って呼んでるだけだから、それもどうかと思う。
あっちはそもそもオーストラリアンキャトルドッグだから犬種も違うし。
なら、彼に私が贈るべき名前はその更に原典からとった物にするべきだ。
ちょっと皮肉屋で毒舌家だけども、優しくて賢い『少年』の相棒だった老犬。……当時中学生だった私には刺激が強すぎて原作はだいぶ飛ばし飛ばしでしか読めてないけど。
「ブラッド。うん、ブラッドが今日から君の名前だ」
精悍で優しい彼にはぴったりだと思ったのと、少年と老犬のように息の合ったパートナーでありたいと願いを込めて。
そんな願いが通じたのか。は、わからないけど、ブラッドと呼ばれた彼は嬉しげに尻尾を振って見せる。
こうして、十五年振りに帰ってきた地球で。私はブラッドという掛け替えのない相棒を得たのだった。
◇◇◇◇
地球で迎えた二度目の目覚めは、とてもすっきりとしたものだった。
久しぶりに嫌な夢を見なかったのもうれしい。
ブラッドは余程疲れていたのか、私が昨晩用意した毛布の上に丸まっていてまだ寝ている。
犬のイビキって意外と小さいね。
あのあと、何がゾンビを呼び寄せるのかもわからないから、私とブラッドは従業員以外立ち入り禁止と書かれた扉をくぐり、二階部分にあった休憩所で干し肉をかじってから毛布にくるまりながら、お話を聞いてもらっているうちに眠ってしまったようだ。
【ストレージ】からお弁当箱とか毛布とかを取り出す私を見て、ブラッドは目を丸くした後しきりに私の胸の辺りの臭いを嗅いでいた。
うん、犬ってあんな表情もできるんだね。
あ。もちろん、ブラッドにあげた干し肉は水に浸して塩抜きしたよ。犬は人間と比べて発汗機能が弱いから塩気を与えすぎるのは良くないからね。
手から水を出した私にまたまた驚いていらっしゃったけど、まだまだこんなもんじゃないぞー?
いつもの味気ない保存糧食が、ブラッドと二人で食べると不思議と美味しく感じた。
懸念していたゾンビは結局現れなかった。
そして同時に、私はある疑問を抱く事になった。
『ゾンビに人間って負けるの?』
という疑問だ。
あちらでもそうだが、こちらのゾンビも生前持ち合わせていたはずの俊敏さも、思考を巡らせる悪辣さも持ち合わせていない。
確かに少しだけ走っていたものの、全身の筋肉を使ったモノではなく足の力だけしか使わない、はや歩き程度の速度しか出ていなかった。
更に言えば階段を上ってこないことから、高所に逃げれば追うこともできないはず。
加えて、こちらのゾンビは武器を使わないし、散発的な行動しか起こしていない様に見える。
二、三体のゾンビに襲われたところで、戦闘慣れしていない一般人でも少なくとも同数か、倍の人数で対処すれば倒せはしなくとも、転がして逃げる事も十分に可能なように思える。
私が異世界へと旅立った時点で、確か自衛隊の総数が予備人員も含めておおよそ三十万人。
警察官の総数もおおむね同じぐらいの事から、直接鎮圧に乗り出すことの出来る人間は六十万人。それが各地に散らばって配備されていると考えれば大体ひとつの県につき警察はおおよそ六千人近くが居たと考えられる。
自衛隊はよくわからないけど、ひとつの基地にだいたい二万人程度が配備されていたと考えよう。
全員に装備が行き届いてなくとも、彼らは対人鎮圧のプロ。例え警棒しか持っていなかったとしてもゾンビの攻撃前に十分対処できるだろう。
ましてや自衛隊は鎮圧に加えて野戦陣地構築のプロなのだ。時間があれば絶対に状況を有利に傾かせられるハズ。
それにいくらゾンビの総数が多く、多勢に無勢の状況だったとしても、それぞれの隊員に被害が生じたら、いくら日和見主義を貫いているお偉方も科学の粋を集めた最強の武装――銃の使用許可を出すことだろう。
私の乏しい戦争史の知識から言っても、銃という代物は集団戦闘という概念を終わらせたと言い切れる。
数の有利をひっくり返す事が出来るからこそ、地球の戦争形態は散兵戦が基本となったのだから。
そんな彼らが、完全に敗北を喫するなどあり得るのだろうか?
確かに、部分的に負けることはあるだろうけど、ノーライフエネミーゆえのスタミナと痛みを感じることがない程度のアドバンテージしか持たないゾンビに数ヶ月で負けるのか。
あ、数ヶ月っていう証拠は無いよ。
ゾンビが腐って無いから、そう思っただけで実際にはもう少し時間が経ってるかもしれないけどね。
「君に聞けたら良かったんだけどねぇ」
そうブラッドに話しかけると、寝転んでいた彼は首をもたげて不思議そうに首をかしげる。
うん、わからないとは思うけど、君が名前を頂いた老犬はしゃべるのだよ。
「とにかく、今はわからないことが多いし、まずは拠点の確保かな?」
とりあえず、ゾンビ問題は放置。
うだうだ言ったところで、何かわかるわけもないし私にとっては巻き藁と変わらないしね。
それよりも緊急の課題は、活動拠点の確保だろう。
巻き藁と変わりないとはいえ、四六時中襲撃を心配してろくな休みも取れない環境に身を置くことは遠慮したい。
かと言って、生存者が作っているであろうコミュニティに身を寄せるのも無しだ。
私自身、他の人間との関わりを未だ持ちたくないのもあるが、問題となるのはブラッドの存在。
彼の名前候補というわけではないが、彼が『食肉』として見られる可能性を考慮して、である。
こんな世の中。早々に肉という代物は消費されている。
少数の愛犬家達が声高に叫んだところで、大多数の人間は彼の事を『食料』として見る可能性は高い。
いくら精強なシェパードとは言え、複数人に囲まれて袋叩きに合えば抵抗もままならないことは想像に難くない。
もしも、私が上手くコミュニティに入り込めたとして。もしも、そこにかつての顔見知りが存在したとしても。彼を食肉として供出を迫られたり、もしくは分断されてその間にその命を奪われでもしたら。
―――私は、私自身を抑えられる自信なんて無い。
だからこそ、人数に関わらず私はコミュニティに属することは出来ない。
たぶん、ブラッドもそういった気配を他の生存者から感じ取ったからこそ、私に接触してきたと思うしね。
ブラッドを抱き寄せて、彼の体をモフモフとしながら考える。
ベストなのは、ゾンビも人間も居ない場所で二人きりの生活を送ること。
だけど、それには土地勘も、資源も、そしてこの世界の現状すらわかっていないのでまだ無理な話。
ならば、どこか空家を拠点とするか?
それも、難しい。生存者が居て、かつてのように最悪ネット環境さえあれば生きていける状況ではないのだ。
モノを手に入れるには自ら作るか、奪うしかない。
そんな状況で、家主を失った家屋は商店の次に標的になったに違いない。
鍵が壊され、窓は割られ、そして物資は根こそぎ持ち去られている。
そこが拠点として耐えうるかと、考えればそれもまた否。である。
「うーん。やっぱり街を探索しながら、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないね」
完全に投げっぱなしの行き当たりばったりな宣言だけど、一応はこれで目標が定まったと言えなくもないだろう。たぶん。
「ふふふ…ブラッドくん。今からとても大切なことを行うよ?」
ひとしきり彼の毛並みを堪能したのだけども、どうしても気になることがあったんだよねー。
両手をわきわきと動かしながら彼に近寄っていくと、自分が何をされるのか察したのだろう。
彼は、諦めたように遠い目をすると、溜め息を吐いた。
……本当に、器用だね?
【ストレージ】から取り出したるは、あっちの世界に存在するある植物の根っこ。
それを魔力を回すことで一気に乾燥・粉砕して粉末状にすれば準備は完了である。
「さぁ、シャンプーの時間だよー!!」
お互いに汚れがひどいから、きれいになってから出掛けようねー!!
10/12(土)投稿。
お気に召しましたら、ブクマと評価のほどよろしくお願いいたします。
名前の候補としては『ドッグミート』と『ドッグ』を透ちゃんは考えていましたが、結局『ブラッド』に落ち着いたようです。
とある映画タイトルに似た短編集に収録されている映画化もされた、作品から取りました。
映画の方はなんというか、カルト作ですが原作はポストアポカリプス好きなら楽しめる作品ですので、興味のある方は探してみてください。