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3 寂寞

即落ち二話!(おい)

人によっては不快感を感じるかもしれないシーンが前半多くなっておりますので、気分が悪くなった方は適度な休憩をとりながらの読破をお願いいたします。


 とぼとぼと肩を落としながら、一階・食品売り場に残っていた最後のゾンビの首を落とす。

 ポーンと首が飛んでいって、残された体が崩れ落ちるのを尻目に、私は大きな溜息を吐いた。


「わかってた、わかってたさ……」


 どうもー。先ほど上がったテンションが尽きた。それも、完膚なきまでにぺちゃんこの透ちゃんだよー……。

 観葉植物が植わっていただろう中身の無くなったプランター横の床に、ズルズルと力無くへたりこむ。


 少しだけ何があったか独り言を漏らすね。誰も聞いてないけど、吐き出さなきゃやってらんない。


 テンション上げて屋上入り口から店内に入ったの。

 それでね。上から順番に、ゾンビたちの首をチョッピンしながら色んなお店を回ったの。

 フードコートは望み薄だから無視したよ!向こうで見た難民キャンプの跡地みたいになってたし。


 でね、次の階から見て回ったけど、なぁんにも残ってないんだなぁ~これが。

 物も。人も。


 まず服飾店。

 マネキンすら無かったよ!前に来店した人はマネキンごと一式買っていったんだろうね!豪気だなぁ!!裾あげのミシンって商品だったんだね!知らなかったよ!!

 すごいね!庶民の味方のお安い店も、普段なら絶対入らないお高いブランドショップも空っぽだったよ!

 ブランドバッグって高い割りに物入らないのにサバイバルで役立つのかな?

 バックヤードって初めて入ったけど、感動なんて無かったよ!ゾンビが詰め込まれてるだけだったからね!!


 あと、すごく不愉快な跡もあった。

 そのままにしておくのも忍びないから、魔法で綺麗に片付けたよ。

 苦しかったよね、怖かったよね。助けてあげられなくてごめんね。

 泣いてあげられなくて、ごめんね。


 正直、服飾店の詰め込まれていた階を見て回っただけでテンションが底をついた。


 夢も、希望も。なかったよ……。

 パンドラの匣には絶望すら残ってなかったみたいだ。


 小説の品揃えがすごくて、足しげくかよった本屋さん。

 本棚も残っていなかった。床が所々焦げていたから、たぶん読まない本は燃料に使ったんだね。


 叔母さんと一緒に、独り暮らしに必要な家具を見に来た家具屋さん。

 ここで寝泊まりとかしてたんだろうね。赤茶けた汚れが一番多かった。


 叔父さんとよく来た楽器店。

 ショーウィンドウに並んでた楽器は、ひとつ残らず壊されていた。

 ここの店長さんが、私の初恋の人だった。


 放課後に友達と遊びに来たゲームセンター。

 ……目を背けたくなる光景だった。

 ひとつひとつ(・・・・・・)集めてから、魔法で焼いた。

 延焼しないのが魔法の良いところだけど、気分的にはこのショッピングモールごと焼いてしまいたかった。

 集めた中に、見知った顔がなかった事だけが救いだった。

 人間の残酷さとか、残虐性はあちらで飽きるほど見てきたけど。それでも、恋しかった故郷で同じような光景は流石にきつかった。

 そんな光景を目にしても吐き気を覚えはしても、涙を流せなくなった自分が、心底嫌になった。


 それでも、まだ諦めが付かなかった私は、超理論を展開して心を慰めてたんだ。

 現実逃避したかったんだ。


『もしかしたら、ここは平行世界かもしれない』


 物語ではよくあるでしょ?帰ってきたと思ったら実はよく似た世界で、ってパターン。

 異世界があったんだし、その可能性もなきにしもあらず。って証拠を探したの。


 でもね、見つけたのはそんなささやかな妄想すら打ち砕く現実だった。


 それはね、二階のインフォメーションセンター横にある警察官詰所の掲示板に貼られていた。

 よく、指名手配犯の顔写真とかがあるやつ。


 日に焼けて色褪せてて、破られて半分しか残っていなかったけど。


『探しています』この文字がはっきりと読めた。


 それは、行方不明者の捜索を呼び掛けるチラシ。


 私を、探す、チラシ。

 この世界が、私が帰ってきたかった世界だと示す、証拠を見つけてしまった。


 そして、その奥。汚れきって荒れ果てた警察官詰所の中。

 カウンターに置かれていた、誰にも変更されることの無くなったブロックカレンダーを目にして――――


 後はもう、無心でゾンビを狩っていた。

 正確には数えていないけど、百近い数が居たように感じる。もしかしたら、もっと多かったかもしれない。

 もう、店内を見て回りたいとは思えなかった。つらすぎる事実に目を向けていられなかった。

 それほど、このショッピングモールは。いや、あれだけ焦がれた日常は終わってしまっていた。


 抱き寄せた膝に顔をうずめて小さくなる。

 このままゾンビにかじられたって、もう構わない気がしてきた。


「覚悟、決められてなかったな」


 生きようとするモチベーションが、呟きに乗って口から抜け出していく。

 一人きりなのが今は、少しだけ寂しかった。



 ◆◆◆◆



 鼻がひくりと動く。やることもなしと眠ってしまっていたのだろう。

 微睡みから目覚めた彼を包む世界の色が、すっかり赤く変わってしまっていた。


 ひくひくと鼻を動かして、追っていた匂いを探してみると、もうすぐそこに居ると言うのに、なぜか止まってしまい微動だにしない。


 ―――何をしていると言うのか。


 クサレどもに彼は襲われないが、やつらがニンゲンを襲っていることは知っている。

 もしかしたら、どこかしら傷を負って動けないのもかもしれない。


 ―――それは、よろしくない。


 折角見つけたのだ。この耐えがたき飢えを満たしてくれそうな存在を。

 また(・・)目の前で失ってしまえば、いくら精強な彼の精神とて耐えられなくなる。

 事実、彼の飢えはすでに限界だった。


 なれば。と彼は横たえていた体を起こす。

 迎えに行けば良い。

 歩き出せばカチカチと爪が固い地面にこすれて僅かに彼の鼻にしわが寄る。

 もしかしたら、この音に警戒してしまうかもしれないと考えて、獲物を狩る時の如く慎重に足を進めると、柔らかな足裏は彼の歩く音を消してみせた。


 ―――逝ってくれるな。


 そう願いを込めながらゆったりと歩き出した彼は、大口を開けた建物の入り口へと軽やかに巨躯を滑り込ませる。


 この先に待つニンゲンが、自らの飢えを。

 心の乾きを癒してくれることを望みながら。



 ◇◇◇◇



 何かが、近付いてくる気配がする。

 生存者だろうか?正直判別する気力も沸かないが、戦場にずっといた私の体と、いつでもいやに冷静な思考が情報を拾い、そして精査し始める。


 音はほとんどしないが、肌に感じる空気の流れがわずかに揺らぐ。

 ひくりと鼻を鳴らす。感じたのは獣の臭い。


 野犬かと考えたが地球にはほとんど野良犬はいない。そういえば、近くに動物園があったからもしかするとそこから逃げ出した動物かもしれない。


 出来れば、腹を空かせた肉食獣で。私を餌と見てくれないかな?なんて考えが一瞬よぎった。


 ああ。でも、生きたまま食べられるのは痛そうだ。

 抵抗するポーズでも見せたら、殺してもらえるだろうか。


 気配の主が、私の前まで来て動きを止める。

 じっと、こちらを見つめる視線を感じる。

 すんすんと鼻を鳴らす音に、なぜだか冷や汗が吹き出した。


「中途半端だなぁ、私」


 自嘲する。

 もういいや、生きるモチベーションが保てないなんてさっきまで考えてたくせに。


 いざ、死ぬことを考えたら震えが止まらない。


 ハァと生暖かい息が顔に吹き掛けられて、情けないことにビクッと体が震えた。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしたい。


 生きたい(しにたい)死にたい(いきたい)


 感情が、抑えられない。

 膝をさっきよりも強く抱き寄せる。

 自分の膝小僧を見つめていた視界が歪み、ボロボロと涙が溢れ出す。

 パニックを起こして、考えがまとまらない。

 絞首台に立って、首に縄がかけられているような状況だというのに。次の一手を決められない。


 死にたい(いきたい)死にたい(いきたい)死にたい(いきたい)、生きたい、生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい―――


 べろり(・・・)


 私の手の甲に押し付けられた、若干冷たい感触に思考が停止した。


 な、舐められてる……?精神的な意味のそれではなく、物理的に?


 驚いて思考停止したままの私を無視して、なおも近付いてきた気配の主は、ペロペロと私の手を舐め続ける。


 それは、優しい舐め方だった。

 食欲も、情欲も感じさせない。まるで、自らの子をいたわる様な優しさを確かに感じた。


『怖くないよ』そう、気配の主が懸命に伝えようとしている気がする。


 おそるおそる、膝にうずめたままだった顔をあげる。

 涙で歪んだ視界が、気配の主を捉えた。


 そこに居たのは、大きな犬。

 全身がふさふさとした黒と茶色の混じった毛に包まれていて、土と泥に汚れているけど元々はよく手入れされていたことが伺える。

 私が顔をあげたことに気付いたのか、手を舐める事を止めてじっとこちらを、くりくりとした黒い目が見つめてくる。

 目の回りに蓄えた黒い毛がまるで垂れた目尻にも見えて、精悍ながらも優しさを思わせる顔立ち。

 頭のてっぺんから、上向きにピンと伸びたとがった耳だけが、周囲を警戒するように動いている。


「シェパード、かな?」


 呟くと私の頬に冷たい鼻を押し付けてながら、彼(彼女?)はクゥンと愛しげな鳴き声を上げた。

 まるで、私を探していて。『やっと見つけた』とでも言いたげな鳴き声だった。


「ふぐっ…」


 堤防が決壊する。

 こちらへと帰ってきて初めて。かつての日常の欠片を見つけた気がして。


 ゆっくりと手を伸ばせば、こちらの意図を察したのか彼はゆっくりとこちらへと近付いて来てくれて。

 がっしりと太く、たくましい首に両手を伸ばせば抵抗すること無く私に身を寄せてくれた彼にしっかりと抱きつく。


「―――――っ」


 そのまま。彼の首に顔をうずめて涙を流す。

 彼は何も言わないけど、されるがままにこちらへと体を預けてくれる。


 暖かな血の通った確かな感触が、今は何よりもありがたかった。



 ◆◆◆◆



 彼は、自らの首にすがり付く確かな暖かさに安堵を覚える。


 ―――なんと、いびつな(メス)だろう。


 彼女を初めてその視界に捉えた時に背筋に走った寒気を思い出す。

 今くぐもった泣き声をあげている存在は目の前に居るだけでも震えが来るほど、圧倒的な強者としての匂いを漂わせていた。


 生物としての格が違う。それが、彼が彼女に真っ先に覚えた感想であった。


 しかし、意を決しておそるおそる近付けばどうだ。

 まるで尻尾を丸めた子犬のように、弱々しく体を震えさせるばかりではないか。


 彼は困惑した。

 強靭な肉体を持ちながらも、それに心がまったく伴っていない彼女の有り様に。


 ニンゲンのほとんどが、オカシクなって。僅かに残ったニンゲン達も、そのほとんどがまるでケダモノの様に変じてしまったこの世界で、滂沱の涙を流す彼女がどうしてこうもマトモ(・・・)なままなのか。


 ―――しかし、良いことだろう。


 思い起こされるのは、かつて彼が過ごした日々。

 愛すべき隣人も、かつて居た同種の友も、彼らの隣人も笑顔を浮かべていた過日。

 もう随分と遠い出来事の様に思えて、とうとう隣人達の顔も思い出せなくなってしまっているが。

 それでも、確かに満たされ。飢えとは無縁だった、暖かな思い出。


 心を蝕んでいく飢えが満たされれば、多少オカシクても我慢する気ではあった彼にとって、望外の喜びと言っても良い。


 ―――この女は、まだ過日に生きている。


 彼は思う。

 彼女は、自分よりも強いのだろうと。

 おそらく、余計なお世話でしかないのだろうと。

 それでも。彼女に寄り添う誰かが、必要なのだろうと。


 ―――守らねばなるまい。


 体ではない、心を。

 彼は、その事を痛いほどに理解していた。


 思い起こされるのは、かつての隣人。彼女よりも遥かに小さく、儚げであった少女。

 混乱が始まったあの日。クサレが溢れ出した憩いの場から、彼女を必死に助け出した。

 しかし、やっとの思いで帰り着いた(いえ)に広がっていた光景を目にして、少女は狂乱してコワレタ。

 そして、ついにその瞳は何も映さないままに彼の愛した小さな隣人は、冷たくなった。


 彼が飢えに苛まれる原因となったあの日に。

 今はもう、思い出せないかつての名前を呼ぶ隣人たちが残らず居なくなったあの日に。

 彼は【心】という不確かなモノを理解するに至ったのだから。


 ―――(おれ)は、ここにいる。


 そう意思を込めて一鳴きすると、首にうずめられたままの彼女の頭が僅かに揺れる。


 おそらく伝わったのだろうと思えば、彼の胸の裡にじんわりとした暖かさが広がった。


 ―――今、己は満たされている。


『寂しさ』と言う名の彼を蝕んでいた『飢え』の波が凪いでいくのを感じて。

 随分久方ぶりに彼の尾はゆらゆらと揺れた。

10/12(土)投稿。

お気づきかもしれませんが、透ちゃんは精神的に病みかけです。

妙にテンションの上げ下げが激しいのはそのせいです。


やっと、出会えた透の相棒にして、二話目から登場してきた第二の主要キャラクターです。

『彼』としか呼ばれていないこの子の名前はなんでしょうか!

是非予想を感想まで!(乞食)ブクマと評価と共にいただければ幸いです(たかり)

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