2 武器
まだまだストック排出。
干し肉とビスケット……堅焼の木片みたいなパンをコップに満たした水で流し込んで、ようやくお腹がくちくなった。
「これは、サバイバル余裕ですわ……。いや、サバイバルになるかすら怪しい」
魔法が使えるのほんとに嬉しいね。
これだけでネクロでモフモフな世界に放り込まれたと感じてたのが、一気にサンドブロックゲームにまで難易度が低下したようなもんさ。
え?ゾンビがいる?
いや、私腐っても勇者してましたし。
ゾンビどころか、魔王倒しましたし。
【ストレージ】が使えるってことは、中に入った武器もそのまま使えるってことでして。
次々に取り出して行けば、魔王討伐に使っていた妖精の剣を除く全ての武器がずらりと目の前には並ぶ。
いやぁ。聖剣とか言われてたけど、あれね。ただの超・頑丈なだけの謎素材で出来た剣なんだよね。
どれだけ乱暴に扱っても折れない、曲がらない、刃こぼれしないだけ。そもそも日本人大好きな日本刀みたく寄らば切ります!って代物ではなく、切れ味はなまくらなんだよね。
ではなんでスパスパ何でも切れてたかというと、実は女神様より授けてもらった【加護】に秘密がある。
うん。異世界転移モノによくあるいわゆる"チート"を頂いてたのだ。
私が女神様より授けられた加護は三つ。
ひとつ目は【頑健】。すっごい頑丈になるよ!ついでに治癒力も上がって、毒も効かなくなる。殴られたら痛いし、切られたら血が出るけど見た目よりダメージが無かったりする。痛いし苦しいけどね、心とか。
ふたつ目は【学習】。簡単にいうと、ものすごく物覚えの良くなる代物。ついでに、言語理解もこれにちなんでるみたい。半年程度の訓練で騎士団相手に勝てるようになったからくりがこれ。受験勉強してる時に欲しかったな!
で、最後のひとつが聖剣の秘密【武装強化】。私が手にした武器に、私を通して魔力を流し込むとその機能を強化するってモノ。
例えば剣なら≪切る≫って機能が。鎚なら≪重さ≫が。弓なら放たれた矢の≪貫通力≫ってな具合に。
で、これ外魔力を無理矢理私の体を通して擬似的に魔力に変換するから、すごい体に負担のかかる代物なんだよね。
【炉心】を持たないと魔力を体に流し込まれるのってすっごく痛いんだ。
初めて【治癒魔法】で内臓を治療したとき、何回も気絶しました。
因みに、魔物達は普通に魔法を使える。一番弱かったゴブリンでさえ【身体強化】を使えるからね。
これはなんでかって言うと、これまたよく目にする名前であろう≪魔石≫を体内に持ってるから。そもそも魔物って名前が『魔石を持った生物』の略称だからね。
この魔石が他の生き物でいう炉心の役割を果たすの。一応、これ自体も有用な資源として扱われてて、小指の爪程度の大きさでもすごい高額で取引されてた。
≪魔術≫を使う上で必要な【発動体】の加工に必須だったこともあって、おこづかい稼ぎにはもってこいだったよ。
ちなみに、魔石もストレージに入ると魔力に変換されます。故に誰でも魔術師キットは地球には持ち帰れませんでした!
それはさておき、本当なら【武装強化】ってここぞってときにのみ使う必殺技…というよりも自爆技的な加護だった。
初めて使った時は、両手両足ついでに胴体が肉離れ起こして内出血で紫になった。
でも竜炉心を手に入れて、自身で魔力を生産できるようになってからは変わった。
常に魔力生産が行える体になって、自前で武器に流し込む魔力を用意できるようになってからはバンバン使ってた。
『勇者の手にした聖なる剣。竜の鱗も野草が如く』って吟遊詩人さんたちは歌ってたけど、実際は私の加護ありきの切れ味だった。
ぶっちゃけると私が刃物を手にすると全部聖剣(仮)となるのだ!!
代わりに、魔力を通しやすい物以外に無理に使うと耐久力が一気に無くなる。具体的には魔力を流した瞬間砕け散る。
魔力圧崩壊っていう現象で、うまく使うとお手軽なミサイル攻撃みたいなのができたりするよ。
それで、どれだけ無理に扱っても壊れないって理由で世に聞こえる『聖剣』を使っていた。
まぁ、魔王倒した瞬間に放心しちゃって落としてきたんだけどね!
まぁ、つまり。私が武器を持つってことは【武装強化】ありきの話となってくるわけでして。
となると、これだけ武器を並べたはいいものの実際に使えるものは驚くほど少ないの。
弓はいい。これ自体魔力との親和性が高い魔物由来の素材で出来た物だし、武装強化で肝心なのは矢の方だ。
その他の剣とか槍とかはほぼ、軍で採用されてた量産品。たぶん一回使えれば良い方で、魔力を流した瞬間に砕け散る。
鎚は総魔鉄製で頑丈だし使うぶんには問題なさそうだけど、長柄のいわゆるスレッジハンマーだから取り回しに難アリ。
重さ?【身体強化】するから問題ありませんとも。
「と、なるとメイン武器は選択肢がこれに絞られるのよね」
手に持ったそれは、どう見ても"剣"ではなかった。
刃渡りはおおよそ80センチと大降りで、肉厚の刀身は素材となった"アダマンタイト"特有のヌラヌラとした輝きをたたえている。
"なかご"を包む柄にはトレントという木の魔物の素材を使い、よく手に馴染むグリフォンの革を滑り止めとして用いた逸品。両手持ちでの運用も加味して、片手剣ながら柄は若干長くなっている。
―――そう、それはどう見てもでかくなった中華包丁であった。
オーケー。誰に、ってわけじゃないけど言い訳させてほしい。
中華包丁にしか見えないけど、これは精肉の現場で使われてる『ブッチャーナイフ』こと肉切り包丁です。
ちなみに、これ一本作る素材の値段だけで小国が買える。更に、買ったうえでおおよそ十年の国家予算がお釣りでもらえる。
いやね。アダマンタイトって実は鉱物じゃなくて、アダマイタイって亀の魔物の甲羅なの。でね、その亀すごーく美味しかったの。
でもでも、甲羅を捌くのにミスリル芯の剣が何本も無駄になるほどかったいの。カッチカチなの。
だから、その亀捌く為だけに作られたのがこの包丁。作成者、私。
……聖剣(包丁)かぁ。
見た目はすごく武骨で、重さも申し分ない。
ロングソードぐらいの長さながら、振り回すだけで十分な破壊力も得られる。
魔物由来の素材だけあって、魔力との親和性も高いし、何よりも頑丈。
でも包丁。
「フレッシュミート!って叫びながら使ったら私がボスじゃん」
洋物ホラーによく出てくるよね。ブッチャー。
ま、まぁさておき丁度良く武器は決まったね。
うん。食事と武器が揃った事でだいぶ精神的な余裕が生まれてきた。
これで、やっと先のことを考えることができる。
考えるべきは、私の今後の身の振り方だろう。
正直なところ私は強い。
見た目は背の高めな女性に見えるけど中身は全然違う。
五年という歳月に磨かれた近接戦闘能力を持ち、それと同じぐらい様々な技能も持っている。
また、おそらく。たぶん、きっと私だけがこの世界で魔法を使える。こっちに帰ってきてから使ったのは生活の知恵みたいなものだけだけど、魔法って言うのはこっちで言う大量破壊兵器と同じようにあちらでは運用されていた。
ぶっちゃけると、一人で国を相手取った戦争も不可能ではない。と、思う。
一人で生きていけるだけの下地が、今の私にはある。
正直、どこぞで発生しているであろうコミュニティに身を寄せるのは勘弁願いたい。
圧倒的な武力と、輸送能力を背景に人をまとめあげ、新しいコミュニティを自ら立ち上げる?それも嫌だ。
じゃあ、片っ端からゾンビを駆除して回って日本だけでも秩序を取り戻して、再び救世主として活動する?
それもごめん被る。
絶対に待っているのはろくな未来じゃない。どう動いたところで他者と深く関われば便利に利用されるだけ。
そして、少しでも失敗すれば失望を隠さない視線が浴びせられることになる。
『信じてたのに』『助けてくれるって聞いたのに』『嘘つき』『詐欺師』。
望まれて救世主となった世界でもそうだった。
想像するだけで脂汗が額ににじみ、体中の震えが止まらない。
嫌だ。利用されるだけの未来なんて。
嫌だ。勝手に期待されて、勝手に失望されるのは。
嫌だ。多数の人間に、勝手に命を託されることが。
もう、勇者の看板は背負いたくない。
それでも、寂しい。
せっかく故郷に帰ってきたのに、誰とも関わりを持たないことが。
一人ぽつんと過ごす夜は。
涙を流したときに、誰にも慰めてもらえないことは。
一緒に、誰かと笑い合えないことは。
「決めた」
自分でも、都合良い事を言う自覚はある。
けれど、予想より多くの傷を負った心をまずは癒したい。
その為に、暮らすのは一人か。うん、相棒となる動物と一緒に。人と一緒に暮らすのは、まだまだ覚悟できないから。
それで、一人で問題なく暮らせる拠点を、どこか山奥にでも構築して、そこでスローライフを目指すのを第一目標にしよう。
幸いといっていいかはわからないけど、小屋を建てたことがあるし、砦の建築にも携わった経験すらある。
で、付かず離れずぐらいの距離感でまともな生存者と徐々にコミュニケーションを取れるように。できれば、ギブアンドテイクでビジネスライクな浅い関係を構築しながらちょっとずつ交流を持とう。
それで。それで、何日か、または何年かかるかはわからないけど。
心の傷が癒えたら、会いたかった人たちを探しに行こう。
叔父さんと、叔母さん。母と死別した私を引き取って愛情たっぷりに育ててくれた彼らを。
男っぽいとよくからかわれたけど、それでもかしましくも輝かしい学生生活を満喫させてくれた友人たちを。
もう、生きてないかもしれない。すでに、ゾンビの仲間入りしてそこらを徘徊する存在に成り果てているかもしれない。
そうなってた時は、私が彼らに救いを与えよう。
暗い未来が待ってたとしても、私は生きたいから後は追わないけどね。
うん、そうだ。それがいい。
何が起きても自己責任で、何がなんでも自由な生活を送ってやる。
うん。そうと決まれば早速行動しなきゃ。テンションも上げていこう!
久しぶりに地球産の洋服だって着たい!しかも、都合良くここはショッピングモールじゃないか!!
向こうで買い物って、大体軍隊にくっついてきた行商人からしかなかったからね。物流ほとんど止まってるし、そのせいで何でも高いから嗜好品なんて望むべくもなかったし。
こっちに戻ってきたらやりたいって考えてた事もたくさんある!!時間に追われる事もない!ゆっくりやっていこう!!
「よし!やるかっ!」
さて。まずはショッピングだ。店員さんは「うー」とか「がー」しか言わないし、全品十割引だからお金は要らない!!
その店員さん皆襲いかかってくるから装備はきっちりと準備しなきゃね!
武器はさっき決めたからよし!
防具!
まずは絹の服と革のズボンと靴下!実はどれも魔物素材のハンドメイド品(自作)!下手な金属製品より固くて丈夫!
次に手袋とブーツ!どちらも魔物の革をふんだんに使った逸品。特にブーツは靴底にはスライム素材をあしらった高性能品!!
足音はおろか接地音すらほとんどしない!!
鎧はむしろ邪魔だからいらない!魔法があればどうにかなるっ!
諸々の覚悟はあとからついてくると信じて!!
「ショッピングの時間だァ!!」
いざ!ゾンビひしめく店内へ出陣じゃあ!!
◆◆◆◆
くんっと鼻を鳴らす。夜通し駆けて来たためか僅かな疲労と眠気を覚えたが、彼はさして気にする風もなかった。
―――此処か。
微かに薫る風に、久方ぶりに感じる匂いを覚えて立ち止まる。
此処はなんと言う場所だったか。愛する隣人と共に合ったときには、中に入った事は一度たりとも無かったため、足を踏み入れることを躊躇する。
くんくんと鼻を鳴らし匂いを辿ると、あのクサレどもの臭気と混じってはいるものの、見上げた先に朧気ながらその匂いを感じることが出来た。
―――入ることは、得策とは思えない。
よくよく匂いを嗅いでみれば、時々立ち止まりながらも迷い無い足取りで下へ下へと移動していることがわかった。
―――なれば、待とう。
隣人を喪ってから久しい。今さら一日足らず何かを待ったところで飢えが酷くなる事もあるまい。
だから彼は待つことに決めて、ドカリとその巨躯を地面に横たえる。
微睡んでいく意識の中。身を焦がすような飢えが満たされる未来を想像しながら、彼は楽し気に鼻を鳴らした。
10/11(木)投稿。
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設定はみ出し小噺
②≪魔物≫
本文にあった通り『魔石を持った生物』の略称。
そう透には聞こえていただけだが、異世界の言葉でも略称となるらしい。
総じて力の差はあれど、これに分類される生物は押並べて魔法を使うことができる。
ただし、通常の動物でも【炉心】を持っていれば魔法が使える為、打倒し、魔石の有無で判断するしかない。
≪魔王≫によって産み出された、人類種の天敵たる生命体であり、傭兵や村人のお小遣いである。