12 ELEMENTS
これにて三章閉幕となります。
なんとか作中と現実の日付を一致して終わらせられて一安心でございます。
感動の再会を果たした私たち。二人でひとしきり笑い合ってから一応警戒のために部屋へと入ってから私を待っていたのは―――
「正座」
「うん?」
「透、正座」
「…うん?」
やっべぇ目が据わってる。たぶんこれ以上はぐらかすと不味いやつだと、私はすぐに言われた通り正座をすることにした。
うん?よく見たらマユ左足折れてない?スチールラックの残骸と針金で足固定してない?
「話せ」
しかし、我が親友は全く気にした様子もなく冷たい視線で見下ろしてくる。
あれ?さっきまでの涙はどこいったの?感動の再会からの抱擁でエンドロールじゃないの?
「聞こえなかったか、透。は・な・せ」
「えーっと、何をかなー?」
小首をかしげながらとぼけてみれば、はっきりとマユの額に浮き上がる青筋…。
ダメだ。これ、完全にキレていらっしゃるぅ…。
「話すから、座ろう?足折れてるでしょ?無理はいけないよ?」
そう言いつつ、このあとの説明を楽にするべく【ストレージ】から折り畳み椅子――いやさ床几を引っ張り出して、スススとマユへと献上する。
一瞬だけ驚いたように息を飲んだけど、マユはグッと何かを飲み込むと床几を広げてその上に腰かける。
さてさて何から話すべきだろうね?うん。わかってる、全部ですよね。はい!
ということで、全部語ったよ。
卒業式の前日に異世界に拉致されたことも、そこでどんな風に過ごし。結果、私が現在人間不振拗らせていることも。
帰ってきたらゾンビパニック真っ最中で、切っては投げ切っては投げしてきたことも。
今現在、マユの拠点でさっちゃんとブラッドくんと一緒に過ごしていることも。
そして、れーじくんが亡くなったことも。
れーじくんの死を知ったマユは、天井を見上げて「あのバカ…」と一筋の涙と共に漏らしただけで、それ以上は何も言わなかった。
もしかしたら、どこかで彼が助からないと予感していたのかもしれない。
「えっと、これが私の認識で五年ぶり。マユの認識では十七年ぶりに帰ってきた私のすべてだよ」
私はそう言って話を締める。マユはしばらく何かを考えるように、アゴに手を当てて黙り込む。私は、彼女のその姿を見て静かに背筋を正した。
ふふふ……。すっげぇ怖い。マユのこの仕草は完全にぶちギレる寸前で、それをどうにか抑え込もうと尽力するモノだ。そして、結局抑えきれずに説教を始めるまでがワンセットだ。
だらだらと冷や汗を背中にかきながら待つこと数分。マユはゆっくりと目を開くと、細く長くかつ大仰に溜め息を吐いた。
「――……礼司は、人として逝けたのか」
てっきり、怒鳴り声が飛んでくると身構えていたのだけど、彼女の口からこぼれたのはとても凪いだ言葉。
「うん。地球の、日本の作法とは違うけど。私が知ってる戦士への手向けで葬送したよ」
剣を手向ける戦士の葬送。略式とは言え、れっきとした敬意ある葬儀だ。地球の神様にとどくかはわからないけど、あのお人好しな女神様にはきっと届いた。
「そうか…。これが終わったら、迎えに行ってやらないとな」
「そうだね。その時は一緒に行こう」
だな。そう一言だけ返すとマユは何かを振り切るように首を横に振る。そして、まっすぐに私を見据えた。
「まぁ、それはそれとしてだ…。透、ここに突入してからどれだけ時間が経った?」
「ん?そうだね…たぶん、一時間ぐらいかな?脱出は叔母さんが迎えに来てからになると思うけど」
「徹子さんきてるのか…。いや、それよりも」
なぜだか少し焦った様子だね?マユのそんな姿はなかなか珍しい。
そんなことを考えながら彼女をながめていると、突然立ち上がって部屋の奥へと片足を引きずりながら歩いていこうとする。
「ちょっと!足折ってるんだから無茶しないで!?」
慌てて彼女に追い付いて肩を貸して、そのまま床几へとマユの体を押し留める。
「おっと…。すまん、焦ってた。あー…あそこにジュラルミンのアタッシュケースがあるだろ?あれ取ってきてくれるか?」
「うん?……なんか、ゲームとかでよく見るマークが描かれてない?あれ…」
マユが指差した方に顔を向けると、そこにはゾンビゲーム御用達のバイオハザードマークが描かれたアタッシュケースが…。
「いいから、取ってこい」
「イェッサー!!」
久し振りに聞いたけど、やっぱりマユのドス効かせた声怖いよぉ……。切れ長の三白眼だから眼光だけで人が死にそうだよ?
「よく嫁の貰い手が居たね」
「あと、イェッサーは男性の上司に対する敬礼だ――あとで、じっくりお話ししような?」
うわぁ。聞こえないように言ったのにしっかり聞かれてたぁ…。相変わらず地獄耳なことで…。聞こえなかったかフリをしてアタッシュケースのもとへと急ぐ。拾い上げてみると、見た目と反してすごく軽い。
何が入ってるんだろうかと思いつつも、拾ってきたケースをマユへと手渡すと、彼女は手渡したケースの下部に胸ポケットから取り出したカードを当てる。顔写真が貼ってあるけど、そこにあるのは知らない女性の顔。たぶん、ここの研究者の人だろう。
カードを読み込んだケースが、ピピっと甲高い電子音を響かせたかと思うとコンソールが露出する。いちいちSFだなあと見ていると、マユはコンソールに手早く数字を入力。すると、カチリと何かがはまるような音が響いた。
開いたアタッシュケースに入っていたのは、筒状の容器に入れられた赤い液体。それが八本ほどウレタンの緩衝材にはめ込まれている。
よくよく見ると、すでに使ったのか何もはまっていない窪みが二箇所。
マユはそこから一本を取り出すと、私に向けて差し出してきた。
「急いでそれを打て」
「んん?それはいいけど、これ何さ?」
「打ったら説明する!だから、早く!」
「わわ」
焦ったように語気を荒らげたマユが、その容器をこちらに放り投げてきたのをキャッチ。
しかし、使い方がわからない!
「……マユさんや。どうやって使うのだい?」
「…そういや、皮浸透注射器って普及したの五年前だったな。まず、それの上下見分けは付くか?」
そう言われて容器を見やる。円筒の片側にはおそらくボタンと思われる突起が付いており、その逆は円筒のボディと比べて一回りほど太くなっている。
「ん。オッケーだよ」
「よし。下側がスクリューキャップになってるから、まずは接肌部を露出させろ。あとは、内肘から三センチ話して下腕に当てて上のボタンを押せ」
「ほいほい…と」
言われた通りに蓋をはずす。すると、放射線状に並んだ小さな突起が姿を見せた。それを腕に当ててからボタンを押すと、カチリと音を立てて中に満たされていた赤い液体が体内に流し込まれていく。
じわりと何かが腕に染み込んでいく感覚があるから、たぶんこれで薬液が注入されているってことで間違いないのだろう。医療技術の進歩がすごいなー。
すっかり中の液体がなくなるのを見届けてから、マユはホッと安心したように息を吐く。
「言われるままにしたけど、これって結局なんなの?」
からになった容器を摘まんでプラプラさせてそう聞くと、マユは少し得意気に口許に笑みを作る。
「まぁ。念のためってやつだな」
「うん?」
茶目っ気を湛えたマユの瞳が私を捉える。
―――そして、彼女はその薬の正体を口にした。
「抗ゾンビ薬――人類の希望さ」
それは人類が勝利を決定付ける切り札を手にした事を意味していた。
◆◆◆◆
「ほんとに残るのか?」
あたしがそう尋ねると、少しだけ寂しそうに親友はうなずきを返してきた。
「うん。人混みに入ったら、たぶん戻しちゃうから」
ストレッチャーに身を預けながら、彼女の寂しげな笑みを見つめる。
彼女の事情は聞いた。異世界転移なんて物語じゃ良いことばっかだと聞くけども、それを実際に体験してしまった透はだいぶひどい目を見たと言う。
この四ヶ月。あたしもだいぶ孤独で過酷な経験を体験したけど、おそらく話だけでは伝わらないもっともっと重い経験をこいつはしたのだろう。
停止したエレベーターのワイヤーを伝いながら、無理やり着せられた防護服に身を包んだあたしをおぶりながらラペリングをしたこともだいぶ驚いたけど、上がった先に転がっていた多数の≪化け茸≫の骸を目にした時。あたしは一瞬その光景に声を失った。
その朽ち木のような体からは想像できないほど、あれらは"Z"の中でも特筆して身体能力が高い。初めて起き上がった≪化け茸≫と対峙したとき。私は手も足も出ずに左足を叩き折られたというのに。
透は、すべてをただの一太刀で撃退していた。
あたしを追って地下へとなだれ込んできたヤツらに関しては≪魔法≫でその全てを灰にした。そう、あっけらかんと――少し寂しげにも見え笑るみで言っていた。
どれほど無茶な研鑽を積めば、人はその領域に至るのだろう。痛みと暴力を嫌っていた心優しいあたしの友達は、どれだけの重荷を背負いながら世界を救ったのだろうか。
想像だにできない苦痛に苛まれながら。どれだけ涙を流し続けていたのか。
それを思うだけでじくじくと心が痛むし。それを押し付けた異世界人とやらの理不尽さに怒りを覚える。
「なあ透」
「なんだい相棒」
「落ち着いたらさ、旦那と一緒に会いに行くよ」
「おっと、楽しみだねー。結婚式にも行けなかったし、その時はおもてなしさせてもらおうじゃないの」
透はカラカラと楽しげに笑い声を上げる。そうやって笑えるまでどれほどの時間を要したのか。
一瞬。そんな考えが頭をよぎったが、フッと漏らした笑いと共にそれを吹き飛ばす。
「色目使ったらしばくからな?」
「安心しなよ。私はレズだ」
……男になって性的趣向が変化したってそういうことかよ。
「……すまんが、あたしはお前の想いに答えられそうにないわ」
「ハッハッハ!既に身を固めているのさっ!紹介しよう!私の恋人のさっちゃんです!」
そう言って透は、不安げにこちらを見つめていた緑のコートを着た女の子の肩を抱いて引き寄せた。
ふわふわとした髪の毛の、全体的に色素が薄いなんというか『守ってあげたくなる』女の子だな。
「大丈夫?このバカに無理やり迫られた?嫌だったらハッキリと言わなきゃこいつには伝わらないぞ?」
「へ?い、いえ!むしろわたしが迫ったのでっ!」
「おっとマユさんよ。ちょっと話し合う必要がありそうだねぇ!誰がバカか!」
人は見かけに寄らないなぁと、きゃんきゃん騒ぎだした透を無視して遠い目で空を見上げた。
こいつ、昔からよく同性にモテたからなぁ…。なんであたしらが学校のチョコレート獲得ランキングに名前を連ねればならんかったのか…。
まぁ、側で支えてくれる人がいるなら。あたしが心配することでもないか。
「とーる!ちょっとこっちに来てくれない?」
「了解叔母さん!ごめん、ちょっと席はずすね。マユ!余計なことさっちゃんに吹き込んだら怒るかんねっ!」
大柿一佐に呼ばれた透は、そんな捨て台詞を残して医療テントをあとにする。
残されたあたしと、透の恋人さんの間に沈黙の幕が下りた。
いや、初対面の者同士を残して一体何を考えてるのだろうあのバカは。
「……あー。さっちゃん、で良かったか?」
「あ…はい。はじめまして、東美 幸と申します」
深々と頭を下げた彼女の名前に少なからず驚きを覚える。『東美ホテルグループ』のご息女ときたか。
「さっちゃんは、北海道に来たくないのか?」
ご家族は全員北海道に避難している。その言葉を告げずに言ったが、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「えっと、わたしも…わたしは、行きたくないです」
その言葉には、明確な拒絶の意思がにじんでいる。一体何があったのか…それを聞くのは、あたしの役回りじゃないんだろう。
「そうか。えっとな、透はいい奴だ」
だから、あたしはあたしの思うことを語ろう。あたしが知る限りの、親友のことを。
「けっこう寂しがりだし、甘えたなところもある。それでも、覚悟を決めたらそれに一直線で――そんで、どうしようもないお人好しだ」
透とよくつるんでいたあたしと悦子と心海の三人が、満場一致でそう口にするぐらいにはお人好し。困ってる人を見つけたらそれが誰であれ手を差しのべずにはいられない――それこそ、世界をひとつ救ってしまうほどに。
「あいつと付き合っていくのは――疲れることも多いと思う。生粋の巻き込み屋だし、なんつーか変なカリスマまで持ってやがるからな」
黙ったままのさっちゃんに、あたしの願いを口にする。
「それでも、見限らないでやってくれ。支えて、やってほしい。色々と一人で抱え込みやすい奴だからさ。多少強引にでも、話を聞いてやってくれ」
そう言って彼女の目を見つめると、しっかりとうなずきを返してくれた。
「透のこと、頼むな」
「…!はい!」
彼女からの返答に、相好を崩す。
―――なぁ、透。お前が二度と祭り上げられないように。あたしが。あたしたちが"英雄"っていう虚像は引き受けるから。だから、おまえはこっちで頑張ってくれ。
ホッと息を吐いて、あたしは目を閉じる。
お前が、この呼び方を嫌ってるのは。話を聞いてて理解してる。それでも胸を張っていてほしい。こう、心の中で呼ぶことだけは許してほしい―――
「ありがとよ」
―――あんたは確かに、あたしにとって"英雄"なんだから。
11/4(月)投稿。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたら、ブクマや評価。感想などいただければ、作者のモチベーションがぐいぐい上がりますので、是非よろしくお願いします!!
予定としましては明日零時にゾンビの設定。それと幕間をひとつ投稿できればなー。そう考えています。
幕間の投稿が終わり次第、四章【帰還勇者の流儀】を投稿していきたいと考えております。
これからも拙作『帰還勇者のゾンビ世界イージーサバイバル!』をよろしくお願いいたします。
はみ出し設定小噺
⑫抗ゾンビ薬
≪化け茸≫を大量発生させていた『疫病研究センター』の研究員(全員死亡)が完成させていた人類の希望。
感染から三時間以内なら、ゾンビへの転化を防ぐ事ができる。また、投与からおよそ十二時間感染を防ぐ効果もある。完全にゾンビとなった個体に対しては無力。詳しくは設定にて。
見た目は鮮血にも似た赤い薬品で、初見でこれを打つには結構な勇気がいる。
胞子にまみれた施設内で真弓が生き残れたのもこれのおかげ。ちなみに、成分の関係で透に投与された分に限っては【炉心】によってレジストされ無効化されていた模様。




