10 化茸
三章終わったらゾンビの設定公開します。
閉じられていた強化ガラス製の扉をこじ開けてその中へと侵入を果たした私が最初に感じたのは、異常なまでのほこりっぽさだった。
うん。毒物もほとんど自分が無効化するのはわかってるからね。最初に私が立ち入らせてもらったの。
もちろん、危険が無いと判断できるまで他の人には待機してもらっている。
―――何かある。
直感がそう告げる。そして、それを裏付けるように【竜炉心】が異常なまでに魔力生産に動いている。
これは、毒物を検知したときに見せる反応で、体の中に何らかの危険物資が入り込んできた場合に自動で発動する【炉心】の権能のひとつ。
つまり、ここに漂っている"ほこり"はただの物質じゃないということで―――私は静かに息を吐くと魔力を回し始める。どういう理屈かはわからないけど、自動防疫と魔法は併用することができるのである。だいぶ魔力の消費が跳ね上がることが難点だけど、地球の外魔力が濃いことで目をつぶっても問題ないぐらいなんだけどね。
一方、その弊害として【ソナー】や【レーダー】っていう索敵に有用な魔法の使用に制限がかかってるんだけど……。現状、最も使いたい魔法なんだけどねー?
うん。嘆いてても仕方がない。たぶん微調整を繰り返せば使えるようにはなるんだろうけど、今からやるのでは時間が足りないからね。
魔力を回して【身体強化】を励起。耳を重点的に強化することで建物内の音を拾っていく。
―――カカカカカ。
私の耳が拾ったのは、そんな何か軽いものを何度もぶつけ合わせたような軽快な音。
例えるなら、カスタネットを何度も鳴らしているようなそんな音だった。
生存者が何らかのサインをこちらに送っているのかとも考えたのだが、即その考えを棄却する。生存者が救難信号として発しているにしては小さすぎるし、カスタネットを持ち込んだ人が居るとは思えない。
―――クリック音?
私の脳裏によぎったのは、あちらで戦い。そして打ち倒した【ノイズ・ウルフ】という魔物の姿。ちなみに【学習】を通して翻訳していたので実際はもっと難解な発音の名前なんだけどね。
まぁそれはいい。今それを思い出したのはこの音を聞いたからだ。
この魔物を始めて見たときの感想は『絶対に狼』ではない。だった。虎ほどもある体毛の一切無い体躯はもちろんの事、何よりも特徴的だったのがその顔である。どことなく人に似た醜悪な顔つきをしているのだが、何よりも目を引くのは額から突き出たひだのあるコブ。
初見でゴブリンの進化した姿かと間違えるぐらいにはひどい見た目をしていた。
そして、そのコブこそがノイズ・ウルフ最大の能力たる【ノイズ】の発生器官でもあった。ガラガラヘビの尾の先端のように、こすり合わせる事で音を出すのだ。詳しく言えば、空気じゃなくて外魔力へと干渉するんだけどそれはさておき。
攻撃手段としても利用していたが、最もよく使っていたのは索敵――イルカとかがするエコーロケーションとよく似た事をして集団で狩りを行う。そんな、魔物。
―――つまり、これは。
ゾンビ以外の脅威の発生。そう考えた時、それは暗闇の中から現れた。
その姿を見た瞬間に、肌が粟立つのを感じた。気持ち悪い――というよりも、生理的に受け付けない見た目をしていたから。
首から下は、いたって(こう表現して良いかは別として)普通のゾンビ。ただ、ボロボロになった衣服の下から見える肌は、まるで枯れ木のように細くささくれだって見える。
問題は、首から上。
どう表現するのが最も正しいのだろうか。見たままを口に出すのならば、顔があるはずの部分がボコボコと膨れ上がって、大量の腫瘍で埋め尽くされたと表現すべきか。時折、膨れ上がった顔を揺すっては先程聞いた"カカカ"という奇妙に軽快な音を出し続けている。
目や鼻や耳はすっかり腫瘍に埋もれて見えなくなってしまっているが、唇を引き剥がされたような口にある黄ばんだ乱杭歯だけが、その膨れた腫瘍の合間から覗いているのが不気味さを高めている。
「……バイオかと思ったらラスアス世界だったってことかな」
余りの嫌悪感に眉根をひそめながら言葉を漏らすと、唇の無いハズの化物の口が一瞬歪んだように見えて。
『―――――――ッ!』
放たれた大音声は、既に言葉を喪失した獣じみた咆哮。そして、腫瘍からガチガチと先程よりも濁った音を発したかと思うと、その見た目からは考えられないような速度で飛びかかってきた。
―――まぁ、それでも遅いけど。
魔力を回してそれの背後へ回ってから、頭――はちょっと遠慮したいから背中に右手を添える。
―――【コラプション】
魔力を右手へと集中。一瞬強く赤い光を掌がまとうと、そのままそれの体へと光が吸い込まれるように消えていく。
完全無欠の透さんオリジナル魔法【コラプション】。人体――正確には脊椎を無理やり武器に見立てて魔力を流し込むことによって、対象を内部から崩壊させる【武装強化】の応用技術で、武器の通らない敵を一撃で粉砕するときに編み出した魔法のひとつ。
化物の体が一瞬だけビクリと痙攣し、体内から赤い光を放ちながらボロボロと崩れていく。そして、その頭部から空気の抜けるような音と共に、大量の粉――胞子を撒き散らしながらそれは息絶えた。
「ゾンビぃの、正体見たり化け茸って?」
体に付着したその胞子を魔法で焼こうかと一瞬考えたが、どうせこれが大量に舞う建造物に踏み込んだ時点で結果は同じだろう。
私は、とりあえず外に様子を伝えるべきだと考えて、渡されていたトランシーバーの電源をいれた。
「こちら突入しました透です。どうぞ」
『とおるさん…?えっと、よく聞こえております。何かありましたか?』
おっと、さっちゃんとの直通でしたか。少しイチャイチャしたい欲にも駆られたが、残念ながらそんな状況ではない。
「さっちゃん?ちょっと叔母さんと代わってもらえるかな?どうぞ」
『!わかりました』
たぶん、私の声音から何かあったと察したのだろう。すぐに叔母さんの声が聞こえてくる。
『今代わったわ。なにか見つけたの?どうぞ』
「見つけたけど、今は聞きたいことがあるからあとで。……防護服。それもドラム缶みたいなあれって今持ち込んでる?どうぞ」
『……もしかして、化学防護衣の事かしら?どうぞ』
「たぶん、それ。無いなら突入するべきじゃない。どうぞ」
トランシーバーの先から息を飲む音が聞こえてくる。
『とーるは、問題ないの?…どうぞ』
「私は問題なし。この手のハプニングには対処できるからね……ゾンビの正体は間違いなく菌糸類。人間と茸を混ぜ合わせたような化物と交戦したよ。どうぞ」
『いよいよ持ってゲームの世界ね……。了解。確か防護隊が持ち込んでたハズだから、一旦退却して人員ごと借りてくるわ。一応聞くけど、とーるはどうするの?どうぞ』
わかりきってることだから"一応"って言葉を付けたんだろうね。叔母さんの呆れている顔が目に浮かんだため苦笑を漏らしながら応答する。
「進むよ。てか、たぶん化け茸は一体じゃないから、下手に外に出るとヤバイのも一緒に出ちゃいそうだよ。このまま生存者の探索を続行。できる限り新種の撃退をします。終わり」
これ以上の問答は不要と判断してトランシーバーの電源を落とす。さてさてどうしたものかとため息を吐くと、見計らったようなタイミングで四方からクリック音が聞こえ出した。
「……人気者はつらいねぇ」
つぶやいてから【ストレージ】を開き、ブッチャーナイフを引き抜く。……廃病院ででっかい刃物とか、自分の方が完全にフィールドエネミーな気がしたけどね、うん…。
頭に三角形の被り物するべきだろうか?
「わぁお」
そんなバカな事を考えていると、通路の奥やバリケードの向こう側からユラユラと膨れ上がったキノコヘッズが姿を見せ始める。ついつい感嘆の息を漏らしてしまうほど、その数は多かった。
『『『――――――――ッ!!!』』』
私を見つけたそれらが上げたのは、餌を見つけた歓喜の声か。それとも仇を見つけた怨嗟の声か。
まぁ、どちらでも今からヤることは変わらないねとブッチャーナイフを構えて、そのまま私は天井へと跳ね上がる。
「うるさい化け茸ッ!スタンプして潰してやんよ!」
服も赤くなきゃ、髭もないけど。気分は跳ね回る配管工兄。思い切り狭い空間で叩きつけられたスーパーボールのごとく、そこそこ広いロビーの中を縦横無尽に跳ね回る。
時には茸頭を踏みつけ潰し、時にはすれ違い様にブッチャーナイフで首を飛ばしながらも殺到する化け茸たちを捌いていく。
しかし、どうしてこんなに量がいるのかね?もしかして、何かここで研究なさってた?
由無し言を考えながらも次から次に化け茸の骸を築き上げていく。
結局、三十分ほどはひたすら茸と無双ゲーしてたよ。
「ラスト!」
最後の一体の両足を刈り取り床に引き倒してから――少し、確かめたいことがあってわざとそいつから距離を取る。
もちろん、まだ骸へと戻ってないからそれは動くわけだけど、普通ならこのまま這いずって動くハズの化け茸は、なぜかそこでビクビクと体を震わせるばかりで動かない。
しばらく見ていると、予想通り切り離したハズの両足が、少しずつではあるが再生を始めていた。
そこまで確認してから、最後の化け茸の首筋へとブッチャーナイフを落とす。
「見ないなーとは、思っていたけど。なるほど、進化してたのは≪生け贄≫か…」
今日の作戦中も、一度たりとも目にしていなかった≪叫び屋≫同様に特殊個体として度会姉弟の資料に上がっていた存在。
今まで結構な数ゾンビを相手取ってきたけど、別に私はそのすべての首を刈り取って倒してきたわけではない。
というよりも、相手するのが面倒で足だけ切り飛ばした上で放置することの方が多かったり。
それはさておき、ゾンビとの交戦経験は地球帰還一ヶ月ちょいにしてはなかなかの数をこなしてきたんだけど、その時に一度たりとも≪生け贄≫と遭遇することは無かった。
この個体は、まだ謎が多いと資料にあったが判明している特徴はベヒモスという呼称の由来ともなった他のゾンビに餌として自らを食わせるというモノと―― 一撃で屠らなければ数分で再生するという驚異的な再生能力。
さすがに、どれだけ無感動かつ無感情にゾンビを排除してきたと言っても、そんな異常を目にすれば忘れることは無いだろう。
だが、それがもしも進化のためにどこぞの家屋へと引きこもっていた為に見つからなかっただけだとしたら?
「……生存者の探索が地獄になるね」
無論。既に探索を終えた建造物に、そのエリアに拠点を構えている生存者達が踏み込むことは無いだろう。
しかし、ゾンビ発生から二年経った今。生存者達は物資を求めて他の地域への移住をし始めている訳でして。
「まずいんじゃないかな?これ」
この化け茸は、噛みついて来るだけでなく胞子を撒き散らすこともできる。【竜炉心】がガンガンレジストを行っていると言うことは、間違いなくこいつはゾンビの素ということだろう。
空気感染させる手段を、ゾンビは獲得したという事実に、一瞬背筋がゾッとする。
「あー…さっちゃんとブラッドだけにでも禁じ手解禁させるか…」
大きな溜め息を漏らしながら、私はさらに奥へと進んでいく。
どうすれば親友をこの危険物質漂う場所から救出するかに頭を悩ませながら。
11/3(日)投稿。
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