8 波涛
今回は前話の透視点。
―――本当のことを言うなら、鎧を着るのは嫌いだ。
ガチャガチャと音をたてて、体に色々なモノをまとわせられながら、内心で愚痴をこぼす。
―――でも、兜は。特に、フルフェイスと呼ばれるタイプを被ることは嫌いではない。
人体工学に基づいて作られた最先端のアシストフレーム――エグゾスケルトンを付けられ終わって、今は外殻を更に付けられている真っ最中。
本来なら腰の辺りに付いているハズのリアクターは結局完成が間に合わず、そこは通常のバッテリーが取り付けられている。まぁパワーアシスト機能は使わない予定だから、電力はほぼヘルメットにしか使われないから問題はないけどね。
ただ、通電させなければESの関節部がロックされて本当に拘束具に成り下がるらしいけど。
その辺りの詳しい話しは理解する気も無かったからほとんど聞き流したよ。
「とおるさん…」
ふぅと溜め息を漏らすとさっちゃんから声をかけられた。
いつもとは異なり、私のハンタールックのコートを身にまとっている彼女は顔のほとんどが隠されていて、表情はうかがえないんだけど、覗く瞳は不安げに揺れている。
……しかし、なんでこう『ばいん』と音がしそうなほど一部分だけ決定的にちがうんですかね?おかしいな、私が同じものを着てもそうはならないよ?
「大丈夫だから、そんな不安そうにしないで」
ニッと笑みを浮かべて、顔だけをそちらに向ける。うん、体は色々着けなきゃいけない関係で動かせないんだよ。
「はい。……どうか、無理はしないでください」
「わかってるよー」
色々と言いたいこともあったのだろうけど、さっちゃんはその全てを飲み込んで私に激励の言葉をかけてくれた。
うん。やる気が出るってもんさ!
「とーる。そろそろだから、メット被せるわ」
叔母さんがそう言って私に近付いて、フェイスガードが開かれたヘルメットを私の頭に被せた。
「いい、起動まで真っ暗だから不安になると思うけど、動き出したら網膜投射で外が見えるようになるわ。それと、常に視界の右側にドローンリンクによる戦況報告が映されるから、最低でも三分に一度は確認すること。それと、その上側に【30㎜機関砲】の残段が表示されるから確認を怠らないでね。試作兵装だからフルオートしか出来ないことに注意してね。弾が切れたらブザーが鳴るから【格闘剣】に素早く換装すること。その際、機関砲は投棄しても構わないわ」
しかし、網膜投射ときたか…。あれかな?吶喊するときは『人類を無礼るな!』って言いながら斬り込めって事なのかな!?スケベスーツは着てないけどね!
私がそんな由無し言に思いを馳せているうちに、上げられていたフェイスガードが下ろされて視界が真っ暗に染まる。
防音機構も働き始めたのか、外から一切の音が聞こえなくなった。
『とーる、聞こえてる?聞こえてたら返事を』
「聞こえてるよー」
ヘッドセットから聞こえてきた叔母さんの声に返答すると、ホッと息をつく音が聞こえてきた。
『なら良かったわ。……あなたに、こんな事を任せてしまう私を許してね』
「叔母さん。そこは、私を許すなじゃないのー?」
『クスッ。ええ、そうね。ンンッ!こんな不甲斐ない大人を、許すな』
私の叩いた軽口に、叔母さんが声真似だろう。低い声を出しながら応じた。
あの演説好きなんだよなぁ。尚、原作は未プレイな模様。
自分の全く高鳴っていない心音に耳を傾ける。大丈夫、コンディションは変わっていない。
鎧は嫌い。だって、動きに無理が出るから。
それでも、兜を被ることは嫌いじゃない。
―――自分の顔に浮かぶ狂相を、誰にも晒さずに済むから。
『―――ッ。時間になりました!【ゼロ】起動します!!』
その声と共に、視界が拓く。ヘルメットの両端に付けられたカメラからもたらされる外の映像が、ヘッドセット下部から照射された光によって網膜に直接映し出される。
うん。真っ暗だと認識してるのにモノが見えるってなかなかすごい体験してる。
蝶番の軋む音が響き、装甲車のハッチが開かれる。両脇に置かれていた機関砲のグリップを掴んで、ゆっくりと外へと歩を進める。
視界の右端には≪危険地区≫の地図らしきモノが映されていて、それは敵性反応を示す赤いドットで埋め尽くされて真っ赤に染まっている。
『時刻、一:〇〇!現時点を持ちまして、作戦コード【Sc0】フェーズワンを発動!【ゼロ】パイロットは速やかに状況を開始してください!』
さあ、ここからは闘争の時間だ。静かに息を吐いて魔力を回す。
作戦コード【Sc0】――シュガー・コーティッド・"0"。
―――張り子の虎を、本物の虎にしてみせよう。
踏み出した足が、地を蹴った。
限界まで体に掛けられた【身体強化】によって、私は一足で急造の野戦基地を飛び越える。
途端に視界に飛び込んできたのはボロボロになった廃墟と、地を埋め尽くさんばかりのゾンビの群れ。
鎧に包まれた私を目にして、ゾンビの中から歓声が上がるのを、肌を伝う振動から理解する。
どうやら、肌を晒さずとも獲物が来たのをやつらは察知できるらしい。
―――あは。
魔力が脳髄に達して、ビリビリと感じるのは戦いへの高揚。
限界まで回された【身体強化】の副作用が、私の感情を侵食していくのすら、既に心地いい。
走ってくるゾンビの姿に、私は舌なめずりをひとつして。
―――あはは。
手前ェらの目には、バカがひとりでのこのこ出てきたように見えるのかもしれないが。
おあいにく様。私は――手前ェらを狩る側だ。
両手に提げた機関砲を前に向ける。数グラムの重さが掛かるだけで対象を挽き肉に変える殺意の塊に火を入れる。
「アハハハハ!アヴェンジャーーッ!!」
誰にも聞こえない哄笑を上げながらトリガーを引けば、本来人に向けて撃つことを考慮していない暴力が、人間大の化物へと殺到した。
―――ガガガガガガッ!
撒き散らされた殺意で、ゾンビの体が弾けて真っ赤な霧に変わっていく。
跳ね上がろうと暴れる銃口を無理やり膂力で押さえ付け、鋼鉄の雨を降らしながらも私が駆ければ壁に叩きつけられた虫のごとくゾンビが散っていく。
ガリガリと削れていく残弾数。無理やり体裁だけを整えた武器は、みるみるうちにその弾を削っていく。
そして、近づくゾンビの勢いを削るには、あまりにもその寿命は短かった。
シュウと末期の息を吐いた機関砲が沈黙する。暴雨を降らせる雨雲の最後は、あまりにもあっけないモノで。
雨が止んだことを知ったゾンビが、歓喜の叫びを上げながら。私へ向けて削がれた勢いを取り戻すように殺到した。
両手に保持したデッドウェイトを投げ捨てる。不幸な個体が、豪速球もかくやの勢いで突っ込んできた箱に当たるが、そんなもので勢いは止められない。
「さぁて、旧日本軍お得意の戦法と行きますかぁッ!」
私が剣の柄をつかむ頃には、数体が既に取りついていたが、身を覆う砂糖に歯は通らない。
保持ボルトが少量の火薬で吹き飛ばされて、腰に佩いた牙が解き放たれる。
短く息を吐きながら魔力を回して【武装強化】を行使。総魔鉄製の一メートルに満たない刀身に、色付けられた魔力がまとわりついて灼熱を灯す。
「―――シィッ!」
短く息を吐きながら、両手で握った刃を振れば、まずは鎧に噛みついたゾンビの体が切り裂かれる。
焼き切られたその体から、血が漏れることは無い。
その体が地に落ちるのを確認せず、前へと体を進ませてゾンビの波へと体を打ち付ける。
音を置き去りとした切っ先が、物悲しげな泣き声を上げれば、そのたびに偽りの命を吹き込まれた死体がモノ言わぬ骸へと戻っていく。
傷を受けぬを幸いに、無理やり突っ込んだゾンビの波を掻き分ける。振り回した刃でその波を割り続ける。
「―――邪魔だァッ!」
次々にゾンビを排除しながら私は踊り続ける。
さっきから、何体かが野戦基地へ向かおうとするけど【身体強化】を全力で回して一足でその個体を切り捨ててはまた波を割る作業へと戻っていく。
「手前ェらが居たら、ひとり寂しく待ってる親友を迎えに行けねぇだろうがァッ!」
そうだ。一匹たりとも逃がしてなるものか。
ガンガン回る魔力に浮かされても尚。私は目標を見失わない。
―――あの日誓った思いを。私の願いを手繰り寄せろ。
「私の為に、往ねッ!」
振り回す剣閃の速度が増していく。近くのゾンビが減るたびに追加されていく新手の波を切っ先で払い続ける。
「其処を、退けェェッ!!!」
先程からESがミシミシと嫌な音を立てているが、それを敢えて無視して魔力を回す。
臨海を越えた魔力に充てられて【ゼロ】の装甲にヒビか入ったのか。
割れた外殻から【竜炉心】の放つ深紅の燐光が漏れ始めた。
「しゃらくさい!」
それをこちらの不具合と見たか、目を赤く染めたゾンビが飛びかかってきたが、剣を右手のみで持ちその頭を左手で掴む。
そして、魔力を回してゾンビの肉体へと――【炉心】持たぬただの肉へと魔力を流し込んでから投げ捨てれば、その体は一瞬赤く輝きボロボロになって内部から崩れ落ちた。
「あ、やべ」
その様子を目にしたことで、私は冷静さを取り戻す。とっさの判断で【コラプション】使っちゃった……。
簡単に言うと【武装強化】の応用のひとつなんだけど、今は説明している余裕がない!
慌てて辺りを見回してみるが、こちらに走りよってくるゾンビ以外には何も存在していなかった。
……どうも、気づかないうちにかなり奥まで来ちゃってたみたいだね。
飛びかかってくるゾンビを適当に剣で切り落としながらもホッと息を吐いていると、ヘッドセットから叔母さんの声が聞こえてきた。
『とーる!?聞こえてたら返事しなさい!とーる!!』
……もしかして、だいぶ前から通信してらっしゃいましたかね?
『とーる!何かあったの!?とーる!!』
「ご、ごめん!気付かなかった!!」
慌てて返事をすれば、しばらくの間沈黙が下りる。そして、長い嘆息がヘッドセットから聞こえてきた。
『……無事ならいいわ。あとで小言は覚悟してもらうけど。ゴホン。掃討率が八割を越えたわよ。今すぐ帰投なさい』
「……了解です」
おっとー?予定より多く狩ってたみたいだぞ?
うん。【コラプション】使った辺りから確かにゾンビの幕が薄いとは感じてた。ほんとだよ?
「とりあえず、すぐ戻るねー」
うん。私の役目は終わったみたいだし、さっさと撤退しようそうしよう。
「あとは、本職の方にお任せってね」
そうつぶやいて、適当に目につくゾンビだけを切り捨てながら歩いていく。
てか、よくよくモニター確認したら【danger】の赤字が躍ってるね?魔力にあてられて完全に【ゼロ】が限界みたいだ。……修理費とか請求されないよね?
……これ以上壊れる前に帰ろう!
◆◆◆◆
野戦基地へ戻ってきた【試製戦殻】の姿に、基地に残り散発的な襲撃を捌き続けてきた誰もが――大柿 徹子一佐は溜め息をついていたが――目を見張った。
基地の投光器に照らされたその姿は、出撃していった時と違って満身創痍であった。
塗装はほとんど剥がれ、装甲は破損していない箇所が見当たらない。
左腕に関しては、ほとんどの装甲が弾け飛んでいるどころか、その内部からESに包まれた人の手が覗く始末。
どれだけの激戦にその身を置いていたのか、誰もが一目でわかる状態であった。
一見すれば、敗残兵をも思わせるその姿。
しかし、その場の誰もが、その姿を笑うことなどなかった。
気付けば、その場の誰もが敬礼をしていた。
自衛官もそうでない者も。その姿に敬意を払わずにはいられなかった。
「美しい…」
それは、誰がつぶやいた言葉だったのか。しかし、それはここにいる者たちの。その壮絶な激戦を潜り抜けた兵器を目にした者たちの総意であった。
ゆっくりと歩を進める【ゼロ】に誰もが道を譲る。そして、その姿が装甲車に消えると共に、全員が口々に歓声を上げた。
涙ながらに万歳と叫びながらも、この瞬間誰もが心をひとつにしていることだろう。
【戦殻】さえあれば、我々は日本を取り戻せると。
亡国の兵達はこの日。たしかな希望の炎を胸に宿したのだった。
11/2(土)投稿。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたら、ブクマや評価。感想などいただければ、作者のモチベーションがぐいぐい上がりますので、是非よろしくお願いします!!
追記:ちょっと9話投稿が遅れます…。3時までにはなんとか…!




