1魔法
ストック放出期間。
ちょいちょい暗い話をぶちこんでいくスタイル。
―――気持ち悪い。
目の前でナニかが口を開いている。
そこから漏れ出したのは怨嗟の声。
『お前が間に合わなかったから』
『助けてくれるって信じてたのに』
『嘘つき。嘘つき』
未だ火の消えぬ広場で響くのは、甲高くヒステリックな罵声。
私の目の前で、年若いだろう亜麻色の髪をした女が、男の骸にすがり付いて泣きわめいている。
それは、魔物の群れに占拠された大都市を解放した戦いの帰路でのこと。
たまたま立ち寄った開拓村が盗賊に襲われていたのを聞いて、見過ごすのも忍びなく私は助太刀に入った。
賊が間抜けだったのか。または襲い始めた時に私が通りかかったのか。
今となっては知る由も無いが、最小限の被害で賊を撃退できたのは確かだ。
この世界の開拓は、過酷を極める。
ただでさえ魔物が蔓延っているにも関わらず、世情が混乱し兵の巡回が減ったを良いことに賊が増える一方。まるで害虫が如く駆除しても駆除しても。どこからともなく沸いてくる。
私が戦場に投入されるまでは、領地開発も自重されていたのだが、喉元過ぎればなんとやら。
前線が押し上げられる程に、戦地から遠い領地を持つ貴族達はこぞって開発計画を推し進めた。
結果。ろくな防備も整わない入植直後の開拓村が魔物や賊に襲われ、壊滅するなんてさして珍しくも無い話となっていた。
だから、本来ならば間に合ったこと自体が奇跡なのだ。
助けなど入らずに、蹂躙されるのが常。
だけど、彼女の村はたまたま助かった。助かってしまった。
目の前で、女がすがり付いている骸は、彼女の家族なのかもしれない。将来を誓いあった仲なのかもしれない。もしかすると、すでに夫婦となっていたのかもしれない。
自分だけが助かってしまったがゆえに彼女は悲嘆にくれているのだろう。
常ならば、涙を流し、別れを受け入れるしか無いのだろうが――そこには国の謳う英雄が居た。
誰も死なせないと聞いたから。
皆を救ってくれると聞いたから。
人々の希望だと。世界を救ってくれる存在だと――聞いたから。
都合の良いプロパガンダを聞かされて、耳心地良い言葉で飾られた激励を受けて、彼女達は過酷な開拓の旅へと臨んだのだろう。
石が投げられる。
嘘つき、嘘つき。信じてたのにという言葉と共に、広場を囲む助けた人たちから。私に向けて石が投げられる。
―――気持ち悪い。
聞こえのいい言葉を信じて、勝手に救いがあると信じた癖に。
助けたのに――全員を救えと言うのか。
助けたのに――たった一人で何ができる。
助けたのに――私が、悪いのか。
ドロドロとしたものが腹の中に貯まる。
ぐつぐつと煮えたぎるような怒りが渦巻く。
石を投げつけられて、罵声を浴びせられる度に心が削られていく。
泣き出したい私の心の内を代弁するように聞こえたカラスの鳴き声が、物悲しく空に響いた。
◇◇◇◇
バサバサという羽音と、私へと向けられたいくつもの視線を感じて目が覚めた。
ひとしきり心の内を曝け出して、一人で泣きわめいたまま私は眠ってしまったらしい。
顔をあげれば、うずくまったまま眠っていた私の周りにはカラス達がたむろしていた。
「ごめんねー。まだ、生きてて」
そう声をかけると、興味を失ったのか彼らはカァと一鳴きして飛び去っていく。
いやはや。どの世界でもカラスは寂しげな死体を放っておけない性分なのは変わらないらしい。
あっちのカラスは青いうえにメチャクチャでかかったけど。
彼らが近くにいたためか、夢見が悪かったけどカラスに罪はない。ある意味すごく優しい生き物だからね。
「んー。いい朝ですねー」
取り戻した双子山(丘ではない)を誰かに見せつけるように背伸びをする。うずくまるというか、時代劇の切腹をしたような体勢で寝ていたためか、足は痺れているし、関節は悲鳴をあげているけど。
どっこいしょと声を出しながら、痺れた足を無理矢理動かしてあぐらをかく。
脚甲を外さないまま、正座に近い形に足を畳んでいたせいか、鈍っていた血流が一気に解放されて足の痺れが更に悪化した。
「ぐおぉぉぉ…」
自身の迂闊さを呪いつつ、苦労しながら脚甲を外してブーツを脱ぎ去る。ついでに、これまた付けっぱなしだった籠手を外して素肌を外気に晒す。
普段日光に当たらないからか、ビックリするほど生っ白い肌に当たる冷たい風が少しだけ気持ちいい。
ついでに、通気性が悪いからかツンと汗の臭いが鼻をさした。
「よく水虫にならなかったなー」
一応、脱げるときには脱いでケアは怠らなかったが衛生観念なんて発達するきざしもなかったあの世界。
水虫は『皮爛病』と呼ばれ、回復魔術や奇跡にて治療しても再発を繰り返す事から、兵士・騎士問わず戦士階級の皆々様から恐れられていた。
……女として恥ずべきことだが、私も一度かかりました。
ともあれ、しっかりと手足と脱いだ防具を清潔に保てばそうそうかかりはしない病気だし、ちゃちゃっといつも通りケアしてしまいますか!
「それそれ~」
そう口にしながら魔力を回せば、掌からトポトポと音をたてながら水が溢れ出す。
それを使って手と足をしっかりと揉み洗ってから、また魔力を回せば瞬時に水気が飛んでさっぱりしながらもしっとりとしたお肌が……。
ん?
あれあれ?
つるりと朝の日差しに輝いている手足を眺めながら、なんかおかしいな?と首をかしげる。
ボタンをかけ違えたというか、なんか重要な事を見落としたような…。
しばらくムンムンとうなりながらも、手は普段通りの手順で色んな物で汚れた防具を洗い清めていく。
悶々としたままであろうとも、慣れとは便利なもので洗浄から乾燥までをしっかりと私は完遂した。
「本当なら水とか野戦では貴重なんだけどねー。本当に、魔法って便利……ってああ!!」
その時。トールに、電流走る!
「そうだよ!なんで私≪魔法≫使えてるのさ!?」
もう普段気にせず使ってるせいで、こんな当たり前な事に気付かなかった!ウカツ!!
私帰ってきたよ!?ここ、地球!ノットラフィール!!
ノーモア、マジックな科学文明の地球だよ!?
急いでシャツを脱―ごうとして、予想以上の汚れと臭いにえずきかけながら、なんとか脱ぎ捨てる。
そして復活したお胸の間を確認すれば、ちょうどささやかな谷間のまんなかに、ほんのりと赤く光る刺青に似た痣がある。
「嘘…光ってる」
その痣は、私が魔法使いたる証明。
世界に満ちた≪外魔力≫を体に取り込み、魔法を使うために必要な≪魔力≫へと変換が今も行われている証拠。
―――【竜炉心】が稼働して、魔力を生産している。つまり―――
「私は、地球でも魔法を使える…?」
魔法。
地球ではすでにおとぎ話やフィクションの中にしか存在しない、超常の力。
体内に満ちた魔力を使うことで、現実を歪めて超常現象を引き起こす隔絶された力。
そういえば、私は脱ぎ捨てたブレストプレートをどこにやった?
ふとした疑問を抱けば、脳内にそれに仕舞われている物品の目録が流れていく。
両手をお椀の形に揃えて、魔力を回せば、こんこんと溢れ出す清らかな水。
視界が、歪む。
気付けば、私の頬を涙が伝っていた。
正直、諦めていた。
魔法は、地球に存在しないと思っていたから。
だから、嬉しかった。
これだけは、私が自分で望んだ結果。あの世界で自ら獲得した唯一の物だったから。
―――大丈夫よ。魔法は、あなたを助けてくれるわ。
あちらで得た、唯一の友達の言葉が聞こえた気がして。
私はハラハラと流れる涙をそのままに、ただ裡から溢れ出す喜びを噛み締めた。
◇◇◇◇
「うん。落ち着いた」
結局、私は太陽が頭上に昇るまで幸せな気持ちのまままったりと座ってた。
正気に戻ったのは、からりと乾いた風にむき出しの背中を撫でられたからである。
うん。上半身素っ裸のままだった。
「使えるのはわかってるけど、緊張する~。コホン。【ストレージ】オープン!」
……声に出す必要無いんだけどね?
うっは、中二病乙。と自嘲しながら魔力を回せば、丁度痣の真ん前の虚空にぽかりと小さく穴が開く。
そこへと右手を突っ込んだ。
「うわ。裸でしたら衝撃の光景だなー」
いつもは、胸ポケットから取り出すイメージで隠しながらやってたせいか、直に見ると衝撃映像だなー。
まるで体内に手を突っ込んでいるみたいだ。
ちょっと引きそうな光景ではあるが、なんとか目を引き剥がして脳裏へと意識を向ければ、ずらりと目録が浮かんでくる。
その中からお目当ての物を探し当てて、穴からズルリという音がしそうな勢いで手を引き抜けば、お目当ての物――新品の絹の長袖シャツが手に握られている。
いそいそとそれを着れば、肌寒さが和らいだ。
これは、私があちらで作った魔法の【ストレージ】。この中には、あちらで得たほとんどすべての財産が納められているので、使えることがわかると正直かなりほっとした。
……金塊とか入ってるからねー。価値があるかは別として。
まぁ、万能とは決して言えない代物であるのだけどね。中に入れる為の制限がメチャクチャ多いのだ。
サイズの制限とかはないのだけども、生き物は入れることができないし、致命的な欠点として食べ物をそのまま入れられない。
どうしてか、そのまま食べ物を入れた瞬間に魔力に変換されてしまう。
一応、抜け道として魔鉄というファンタジー金属製の箱に入れておけば保存できるんだけどね。
因みに、包帯とかは入っているけど薬品は一切入っていない。
治療は魔法で行えるっていうのもあるけど、原因不明な問題として生薬や水薬は入った瞬間に薬効が消える。食料と同じように箱に詰めても関係なく。
一回手に入ったエリクサーがただの水になったときには流石に泣きそうになったよ……。
目下の問題として、地球産のケミカルな薬品類を。特に低用量ピルを保管できるかなんだよね。体が女の子に戻ったということは、ツキイチのイベント(出血アリ)も復活するわけでして。
私、すっごい重いの……。お薬飲まなきゃ一週間近く続くの……。
ともあれ、何が言いたいかというと。
「ごはんが食べられる!!」
いや、サバイバルだよ?アフターアポカリプスな世界と化した日本だよ!?
荒廃具合を改めて目にしてわかるけど、どう考えてもごはんの入手が難しい世界だよ!?
今や結婚したい男性ランキング一位が(たぶん)食料生産者となっているこの世だよ!!
明日の種籾より、切実に今日の飯種を心配しないといけない今!時は世紀末!!ケーーン!!
あ、私は覇王様派だけど。
こちとら一大決戦を乗り越えてきたせいで、丸三日くらいなんも食べてないのに、お金を出してもごはんが食べられないなんて!!
いや、実は魔法使いになってから燃費はすこぶるよくなったから、一週間ぐらいなら水のみで生活できるんだけどね?
それでも、何かを食べるって大事なことだよ?主に精神がすさむから。
いそいそと【ストレージ】から総魔鉄製の食料保管箱(命名、弁当箱)を取り出して開けば、そこには見慣れた保存食が!!
「くすんっ。地球に帰ってきたのに…。ファーストフードが恋しいよぅ…」
ハンバーガー食べたいなぁ。そう呟きながらもそもそと口にした干し肉は、涙の味がしましたとさ……。
いや、塩漬け肉だから当たり前だけどね。
10/10(木)投稿
お気に召しましたら、ブクマや評価のほどよろしくお願いいたします。
設定はみ出し小噺
①【ストレージ】
実際のところ、透のオリジナル魔法ではありません。
【竜炉心】が持つ機能のひとつを利用しているだけで、厳密には魔法ですらありません。
もっと言うなら、実はこれ、消化器官です。
外魔力の存在しない世界に放り出されても魔力を食べ物や、魔力を含んだ物質から取り込むための器官となっています。
魔力を持たない物=消化できない物が残されるため保管庫として使えるわけです。脳裏に浮かぶのは目録こそが透の作った魔法だったりします。
しかし、ラフィールで【竜炉心】を得た者が生まれもってそれを持つドラゴンと透以外におらず、ドラゴンもこの機能を使わなくなって久しい為か、存在を覚えていなかっただけです。
その勘違いが解かれることは、おそらく永遠にないでしょう。