4 矜持
拙者。人類を無礼るなって台詞好き好き侍。
叔父さんの頭の回転が早いことは重々承知していた。だけど、まさかあれだけの言葉と私を観察しただけで正解を導き出すなんて想像してなかった。
『うん。やっぱり、正解みたいだね』
画面の前でカラカラと愉快げに叔父さんは笑っているけど、私は頭の中が真っ白になるぐらい驚いた結果。二の句を告げずに居る。
『さて、後藤二尉』
「は!」
『ここからはプライベートだから、席を外してくれるかな?』
「は!…はい!?」
『聞こえなかったのかな?』
「はい!いえ、本官は機密保持及びZ区内生存者の監視と―――」
『ふぅん?未だに透に未練がある、と』
「……はぁ!?」
驚きで何も言えない私を置いてきぼりにして、ごっさんと話し始めた叔父さんの顔が、すっげぇ悪そうな笑みを浮かべる。
『えぇっと…君の婚約者なんて言ったっけ?自衛隊のコンビニに勤めているスタイルのいい子。彼女というものがありながらも、Z区内にも"現地妻"が欲しいというのは……ねぇ、透。そんな男どう思う?』
「へ!?えーっと、無い。かな?」
『だ、そうだ後藤二尉。いやぁ、この事をうっかり何か買いに出向いたときに"世間話"の話題に挙げてしまったらどうしようか。……自衛官は出会いの場が少ないし、君もいい年だ。次は、あるのかな?』
いきなり話を振ってきたから、慌てて答えたけど一体なんの話をしているのか。
疑問に思って首をかしげていると、後ろに立っていたごっさんがビシッと音がしそうなほど綺麗な敬礼をしていた。
「は!本官はこれより臨時基地内の巡回任務に入りますっ!!どうぞ、娘さんとの再会をお楽しみくださいませっ!!」
『おっと、そうだったのか。引き留めて悪かったねー。全て忘れて任務に励んでくれたまえ』
「は!過分な心遣い、感謝いたします!!では!退席させていただきますっ!!」
そういい放ったごっさんは、キビキビとした動きで部屋を出ていってしまった。
クスクスと画面向こうで叔父さんはしばらく笑っていたが、すぐに向こうに居る誰かに話しかけ始める。
『さてさて。新藤一佐……いや、圭吾。処理は任せていいかな?』
『了解だ通幸。なに、Z区の通信事情の悪さは有名だからな。録画に失敗していたトコで誰も気になどせんよ』
『それもそうか』
『そうさ』
新藤圭吾さん…。たしか、叔父さんの腹心の人だったはず…。うん。なんか黒い会話を聞いた気もするけど、気のせい。気のせい。
『お待たせ透。さて、まずは色々と聞かせてもらう前に…陸幕長として君の提案に対する答えを伝えよう』
瞬間。叔父さんの雰囲気が変わった。それは義父ではなく、将官"大柿 通幸"としてのモノ。
彼は画面を通して私を強く睨み付け、烈火のような気炎を立ち上らせる。
『僕の一存で決めてしまって悪いけど、まず四国についてだが……透の助力は必要ない』
「……は?」
予想外な言葉を言われて若干すごんだ言葉が漏れる。そんな私を見て、叔父さんは余裕を崩さないまま、その目元だけに挑発的な笑みを刻む。
『あまり、日本を――自衛隊を舐めないで貰おうか一般人殿』
すぅっと細められたその目に灯ったのは、誰から見ても明らかな怒り。
『小娘一人の助勢無くして攻略できないなら、いっそ敗北した方がマシだ。我々は、自衛隊の力で四国を――そして日本を奴らから解放する』
それは、一体何に対しての怒りなのか。
世界の不条理さか。絡み付くしがらみか。自分達の無力さか。
それとも、私の置かれていた状況を想像してか。
『君に対しては、上陸許可も、同行の許可も絶対に与えない。もし破ったなら義親子の縁を切る。僕たちには、英雄なんて必要ないっ!』
誰からも掛けて貰えなかった言葉。私の戦う姿を見て、誰もが言わなかった。私の、一番ほしかった言葉。
『国難を排し、国民が戦火に晒されることが無いよう勤めることこそが我々自衛隊の本分ならばっ!ただの"大柿 透"という一般人からの言葉など、一考にすら値しない!――余り、僕らを見くびるな!!』
それは国土を喪失したとはいえ、それでも尚、護国鎮守に身を捧げる人間しか放つことのできない。侵しがたい、神聖さすら覚える魂の咆哮。
一息に言い切った叔父さんの顔から険が取れる。そして、どこまでも優しげな。そう、父として娘へ言い聞かせる声音で。
『だから、そんな顔をするな。君はギターでも弾いてればいい。いつもみたいに、笑っていてくれ。だって―――』
この世界に、勇者なんて必要ないんだから。叔父さんは、そう言って優しく微笑んだ。
◇◇◇◇
また、私は叔父さんの前で泣いてしまった。
仕方ないじゃないか。自分でも気付かないうちに涙が流れて止まらないんだから。
こんなにも自分が涙もろいなんて、知らなかったんだから。
さっきまでの真面目腐った雰囲気はどこへやら。ニヤニヤと笑みを浮かべている叔父さんに絶対いつかやり返してやると心に誓う。
自作の感謝の歌で絶対に泣かしてやるからなぁ…。
いつの間にか涙が止まったのはいいけど、叔父さんの笑みが挑戦的なモノに変わったから、絶対今の私は「ぐぬぬ…」とでも言いたげな顔をしているのだろう。うっわ、どや顔しやがった!
『さてさて、だいぶ落ち着いたし次の議題に行きたいのだけど、いいかな?』
「……」
『ふふふ。沈黙は肯定と取るからね。それから、ひとつ目の提案だけど、こちらから付けるいくつかの条件を飲むなら協力しよう』
「へぇ?」
『なに。お互いに理の有る話さ』
先程までの烈火のような雰囲気はどこにいったのやら。今や叔父さんの顔に浮かぶのは『どんないたずらをしようか』と目を輝かせている少年のような笑顔。
男はいつまで経っても少年。なるほど、その言葉は真実らしいね。
はぁー。と深く溜め息を吐き出してから意識を切り換える。こうやって取引という体を取ったそもそもの原因はこちらなのだから。
「オッケー。話をしてちょーだい」
『いいね。あとで聞かせてもらうけど、だいぶ場馴れしてるみたいで結構』
「そりゃあ、モノホンの貴族社会を体験してきたからね」
『うわ。胃が痛くなりそうだ。ンンっ!それじゃあ、こちらからの提案なんだけど、とても簡単なんだ。ただ透が行おうとしている真弓くんの救出作戦に、こっちも一枚噛まして欲しいってだけだからね』
「ん?こっちとしては願ったり叶ったりなんだけど?抽出してくれる戦力は?」
『こちらから出せるのは精々装甲車一台かな。ガソリンだって制限されてるからね。でも、あくまでも作戦の中核を為すのは自衛隊という体で話を進めることになる。君は外部協力者…いや、"存在しない事"が望ましいかな』
私が存在しない事が望ましいと来たか。真意は読み解けないけど、おそらく私の出したふたつ目の提案に沿うためと言うことだろうね。
まぁ、一応聞いておこう。
「ふたつ目の提案『不干渉』を満たすために私の存在を隠す。という意味でいいのかな?」
『その通り。干渉も何も、元より存在しなければしようがないからね』
「なるほど。で、私を使わない事を前提としてゾンビの群れを突破する事は可能なの?」
『不可能さ』
「ダメじゃん!」
何胸張って言ってるのかな、我が義父は!?
「てか、マユの居場所わかってるの?」
『そりゃ、こっちは色々と把握する義務があるからね。いわゆる"メディカルエリア"今や近隣にその名を轟かせる≪危険地区≫。最後に確認された信号がそこだから、そこしかないだろう?』
「そうだね。私が確認しただけでも千に届く数のゾンビが詰め込まれた地域だよ?装甲車一台程度でどうにかなるの?」
訝しげにそう問えば、予想していた質問だったのだろう。叔父さんの顔に浮かんでいた笑みが更に深められる。
『話は変わるけど、透は今の世界情勢をどれぐらい理解してるのかな?』
本当に脈絡なく話が飛んだね?
「アメリカとロシア、オーストラリアは健在。日本とイギリスとスイスが国土の喪失をしながらも統治機構は構築されてる。で、他の国は事実上無政府状態でゾンビの領域……。このぐらいしか知らないかな」
『そうだね。そして、その六ヶ国間では協定が結ばれている。【G6Z】――六ヶ国間ゾンビ対策協定と呼ばれているものがね』
話が見えないため、黙ったまま先を促すと咳払いをひとつ挟んでからから叔父さんの話は続く。
『これは未曾有の世界的災害であるゾンビに対して、生き残った国同士が協力しましょうね…ってガワだけ見れば仲良しこよしの協定なんだけど。…どっこい本質はまったく違う。なんだかわかるかな?』
「……乗り越えた先を見据えた条約が結ばれてるってことかな?」
私の答えは、はたして彼の望んだものだったのだろう。叔父さんは笑顔のまま――その目は笑ってないけど――ゆっくりとうなずいた。
『その通り。これだけ"人間"が消えた世界だ。今や地球上どの土地だって生き残ってる欲張り達には巨大なケーキに見えている。もちろん、日本の上部連中にとってもね。でも、いくらなんでも折角助かったのにまた戦争してたんじゃ意味がない。そこで、六か国間――正確には米・露・豪の三ヶ国が音頭をとって基準を儲けた』
「現状で国家的なダメージをほとんど負わなかった国が、ね」
間違いなくロクなもんじゃなさそうだ。
うへぇと顔をしかめると、そんな私を見て叔父さんは苦笑を漏らす。
『まぁ、国土が無事ってことは国の力がほぼ落ちてないってことだからね。簡単に言うなら"世界を取り戻すのに貢献したか"この度合いによって、得られるケーキは大きくなるって話で決定された――では、問題です。各国にとっての貢献とは何か』
「わかりやすいのは食料生産と軍事力。かな」
『その通り。では、各国の話をしておこう』
そう言って各国の【貢献】を話し始める。
アメリカ。言うまでもなく強大な軍事力と食料生産力。そして、工業力に資源産出と今や人類救済の最前線。
ロシア。どうやらここ数年で地球はぐっと平均気温を落としているらしく、ロシアもその煽りで食料生産力をだいぶ落としたらしい。
それでも、アメリカと比肩する軍事力と工業生産。そして、中国からの亡命者を囲いこんだ事によって"マンパワー"は他国の追随を許さない。
オーストラリア。南半球で唯一国家を維持しているこの国は、依然として食料生産力が高い。更に、豊富な地下資源に裏打ちされた資源産出の最前線。今や対ゾンビの武装となる金属のほとんどがここからもたらされている。
ここまでが、国土の防衛に成功した国の現状。他の三国はといえば。
イギリス。海洋国家の強みである精強な海軍を用いて今や輸送の主力を担っている。
いくら飛行機が残っていても着陸する場所が限られている現在。運輸の主力が海路となったからこそその貢献は大とされている。現状、満足に飛行機を飛ばせるのはアメリカとスイスだけだという。更に、黒海油田は産出量を落としたとはいえ未だに健在。
スイス。永世中立を守り続けた軍隊は未だに残っており、山岳に囲まれているからこそゾンビを抑え込む事に成功。その兵力を活かした傭兵産業を展開中。
では、日本はというと。
『現状、完全にお荷物だね』
苦笑いしながら、叔父さんは祖国の窮状を口にした。
『国土を守ったとはいえ残ったのは北海道だけ。メタンハイドレートの採掘技術をこの十年で完成寸前までこぎ着けたのに、今回の災害でそれもパァだ。食料も資源も他国に依存してる。まぁ、食料に関してはZ区内の生産地が軌道に乗り始めたから国内分はなんとかなるけど…とても他国に出荷するには至らない。お上は焦ってる。このままじゃ、ケーキのおこぼれどころか、良くて香港の二の舞。悪ければ日本という国が消える』
祖国の窮状を語っているはずなのに。叔父さんの表情は曇るどころか、楽しげな笑みが張り付いたまま。
『では、日本に残されたアドバンテージとは何か。――そんなの、昔からひとつしかない。かつてはそれを求めた国々に搾取されてきたが、今やそれらはゾンビに沈んだ。ならば、日本は立ち返るべきだろう』
―――技術立国に。
朗々と語るその口調に、少年の熱を込めて。
『人間がゾンビに負けたのはなぜか。軍隊でなぜ駆逐できない?アメリカほどの大国ですら自国から追い出すので精一杯だ。理由は明白だ。既存の戦力は"歩兵"を除いて余りにも小回りが効かなさすぎる。ゆえに陸では数に圧倒され、空からでは目標が多すぎて撃ち漏らし、海にはそもそもゾンビが居ない。核だって?切り分ける予定のケーキに汚物をぶちまける奴がどこにいる?』
今やその笑みには、純然な好奇心だけが浮かんでいて。
『ならばどうする?とても簡単だ。歩兵を強化してやればいい。非現実の世界を現実へと引きずり出せばいいだけだ。パワードアーマー。アシストフレーム。外骨格。言い方は様々だが要はゾンビの攻撃を通さない鎧をまとって生身の人間じゃ出せない力を付与して小回りが効く、いわば人間大の戦車まで小型化した陸上戦力を作り上げればいいだけだ』
だけど悲しいかな。そう言って、さも残念そうに眉間に指を当てて首を振る。
『理論は確立した。技術も完成している。しかし、日本には金がない。資源もない。それを量産に乗せるだけの力が無い。だから―――』
爛々と好奇心に瞳を輝かせ、ニィっと口角を釣り上げて笑みを深めた視線がこちらへと向けられた時。私はすごく嫌な予感を覚えて思わず背筋を伸ばす。
『大国に金と物資を吐き出させるためにも目に見える事実が必要なんだ――ねぇ透。ちょっと主演女優になって広報映画、撮ろうか?』
……投げたサイコロ。どっかに落ちてないかな?
10/30(水)投稿。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたら、ブクマや評価。感想などよろしくおねがいいたします。
ゾンビものだと大体ニューでクリアな爆弾使うけど、現実だとまずあり得ないですよねぇ…。
はみ出し世界観
④輸送事情
本編でも語られた通り、今や国家間での物資のやりとりの主力は海路による輸送となっています。
これは飛行場が内地に存在し、飛行機のエンジン音でゾンビが集まる為、常に兵力をある程度防衛に回す必要がありコストを考えると最も安上がりかつ安全だからです。
一応、日本も飛行場は残っていますが、高いコストをかけて空輸を行うほど、現在の日本には価値がないと判断されています。




