12 オトモダチフィルム
二章ラストです。
私の胸を枕にして、さっちゃんがくぅくぅと寝息を立て始めてやっと私はホッと息をつけた。
停止していた思考が回復しても、ちょっと現状を受け入れきれない。完全にキャパオーバー。
結局サンタルチア女学院の敷地内に存在したゾンビを残らず倒したから、私が拠点へと帰ってきたのは日を跨いだ後となってしまった。
で、帰ってきたらブラッドを抱き枕にしてさっちゃんが熟睡してたのさ。
私を目にしたブラッドくんの、普段絶対に出さない情けない鳴き声を耳にするまで、その尊みに溢れた光景を見つめてたよ。眼福でした。
風邪引くよ~?って言いながらほっぺたペチペチしても起きる様子がないから、彼女をベッドルームへ運んだのだけど。私はこの時ちょーっと癒しが欲しくなった。
サンタルチアで見た光景で心にいくらかダメージ入ってたからね。
ちょっとだけならいいか。って思いながら、さっちゃんに膝枕しながら頭撫でてたの。
そしたら、さっちゃんが起きそうな気配を感じたから彼女に声かけたのね。
で、寝ぼけ眼のさっちゃんが「だっこ」なんて甘えてくるもんですから、膝の上に座らせてみたの。
次の瞬間、抱きついてきた彼女の言葉に頭の中が真っ白になったけどね。
だってさぁ!?すごく甘えた声で「とおるさん、好き」ってさぁ!?完全に告白ですよ!?
もうね、完全にパニくったよ!!
一瞬呆けて、気付いた時にはベッドに押し倒されてたしっ!思い出しただけで顔あっつい!!
そしたら、すごい勢いで降ってきたキスの雨。
寝ぼけながらの行動ってさ、我に返った時に結構クルから何度も止めようとしたけど、口を開こうとするたびに彼女に唇で塞がれるしっ!
そして、合間合間に彼女が囁く「好き」って言葉は、私の思考を完全に漂白した。
彼女がまるで悔いるように「愛してしまいました」って。泣きそうな顔でそう言うまで、ただ幸福感と甘いしびれに身を任せてた。
穏やかな寝息を立てながら、私を抱き枕にしているさっちゃんを見つめる。
彼女の想いは、間違いなく吊り橋効果とかそういう弱った心から顔を出したモノに違いない。
冷静になったら消えてしまう。一時的な気の迷いなのだろう。
―――そして、私の心に生まれたこの感情もきっと。
自覚したくなかった。まだまだ人を完全に信じきれない私にとって、これを自覚してしまうことは、甘くて切ない楽園で。それでいてこれは身を焦がす地獄。
彼女から向けられたそれを嬉しく思う反面。やめてくれと嘆き叫ぶような苦しさも覚える。
―――だから。
だから、自覚するのが嫌で。怖くて。色んな理由を付けて彼女を遠ざけようとした。
誰かじゃない。彼女と一緒に居たいと願う想いに蓋をして。
「だから、嫌だったんだよ」
人が二人集まれば、そこにはしがらみが生まれる。
だからこそ、私は一人で居ることを決めたのに。私の守った人間との関わり以外の一切を断とうと心に決めたはずなのに。
「ちくしょう……」
涙のにじんできた両目を掌で覆う。
自分の弱さがつくづく嫌になる。情けなくて仕方ない。
まだ、私の心は誰かを受け入れる準備が出来ていないと言うのに。一方で独りで居ることに耐えられない弱さを自覚してしまって。
気付けば、口からは嗚咽が漏れだしていた。
ぐちゃぐちゃと色々な感情が胸中で渦巻いて、コントロールが効かない。
独りがいい/独りは嫌だ。
放っておいて/放っておかないで。
離れて/離れないで。
私を見ないで/私を見て。
―――私を愛さないで。
異世界にいた頃から、私が求めて止まなかった心の澱みが涙となって溢れ出す。
壊さないよう気を付けながら。それでも、その温かさを感じたくて。眠っているさっちゃんを強く掻き抱いた。
さっちゃんによってこじ開けられた心が痛い。
溢れ出した温かな想いで、息が詰まりそう。
独善的で。不健全で。破滅的で。不健全で。
きっと、これは誰からも。私自身ですらも私を許さない、救えないモノだけど。
―――でも。それでも私はもう、止まれない。
「さっちゃんごめんね。今―――」
私ははっきりと自認した。
「今、君に恋してるよ」
歪で醜い。私の恋心を。
◇◇◇◇
きっかりではないけど、だいたい二時間ほどしてからさっちゃんが再び目覚める。
そして、目の前にあった私の顔をみるなりピシッと音が立ちそうな勢いで固まってしまった。
うん。たぶん夢だと思ってたんだろうね。だから大胆な事ができたんだろうね。
そのまま夢だと思って忘れてほしいとも思うし、絶対に夢だったってことにしてほしくないとも思う。
段々と状況を飲み込めてきたのだろう。
さっちゃんは、顔を真っ赤にして私から離れようとして――それを私が許さなかった。
「えっと、とおる…さん?できれば、わたしの言い訳などを聞いてほしいと思うのですが…」
……ああ、たぶん。今私すっげぇ意地悪な顔してると思う。
「それで、ですね?まず、しっかりと頭を下げたいなと…いえ、土下座したいなと思っているので、できれば放していただけると」
「い・や」
この二時間でなんとか心に折り合いもつけた。
うん。昔から覚悟決めたら一直線なの。
「ねぇさっちゃん?」
「は、はひっ!」
彼女の頭を撫でつつ、私は私の決意を明かすことにした。
熱烈な告白を貰ったんだもの。答えを返さなきゃ女が廃る。
―――まぁ、これでもしも彼女が意思を変えたなら。本格的に諦めもつく。
「私ね、何歳に見える?」
「へ?私よりちょっと年上くらいかな…と」
まぁ、そうだよね。
彼女が離れる事も。結果として記憶処理も視野にいれて。
「私ね。こう見えてもこっちだと三十四…いや、八月生まれだから三十五歳になるの」
私は、私の真実を明かすことにした。
そこから私が彼女に語ったのは、まるで夢物語にも思える話。
卒業式を目前にしてこの世界から私が居なくなったこと。
五年間呼び出された世界で救世主として――勇者と呼ばれて戦い続けた日々のこと。
私に降りかかった人間の悪意のこと。
私が目の当たりにした人間の汚濁のこと。
結果として、私は今現在人間を信じられなくなっていることを。
まだこっちの世界へ帰ってきてから一ヶ月も経っていないことを。
そして、私が沢山人を殺していて。こっちに帰ってきてもその事に対して、なんの感情も沸かない、サイコパスの様な人間もどきとなっていることも。
信じられないと言いたげな瞳で私を見つめてくるさっちゃんを腕の中から解放して、私は彼女に証明する。
手から水を溢れさせて。片手でベッドを持ち上げて、そのまま人差し指だけでバランスを取って見せて。そして【ストレージ】を開いて、そこから沢山の武器を取り出して見せ、無造作に腕を斬り落としてから、何もなかったかのようにそれを【治癒魔法】でくっつける。
種も仕掛けもない手品の数々を目の当たりにしたさっちゃんは最初驚いていたけど、どんどんと顔色を失っていき、とうとう顔を伏せたままになってしまった。
その様子を見てひどく安堵する私と、わずかに落胆した私がいた。
―――まぁ、どうせこの程度。
熱に浮かされた感情なんて。気の迷いから生まれた情動なんて。
―――所詮、この程度。
そう思えば、なぜか心がチクリと痛むけど。
やっぱり、人間なんて―――
そう考えた時、まるでぶつかるような勢いでさっちゃんに抱きしめられた。
「ごめんなさい…」
ダメだよさっちゃん。
「わたし、わたし…」
なんで、そんな顔してるのさ。
「とおるさんの事、何も知らなかった」
どうして。
「知ろうともせずに、気持ちを押し付けて!」
どうして…。
「勝手に期待して!恋い焦がれて!!」
どうして……。
「あなたの気持ちを無視して!一方的に私だけの気持ちを、想いを押し付けてしまって!!……一緒に居たいと。あなたの、心を欲してしまいました」
どうして、君が泣いてるのさ。
「気持ち悪いですよね?」
泣き笑う彼女が、私から体を離す。
「独り善がりで、自分に酔っていて」
ひきつった顔で、一歩。また一歩と離れていく。
「つらい話を聞いても、あなたの心の傷の事を聞いても。それでも…」
私が彼女に手を伸ばせば、それを避ける様に飛び退いて。
「わたし。良かったって、思ってしまった。あなたを見初めて。その心の隙間に入り込めて!傷付いているあなたには、わたしの付け入る隙があるって、考えてしまって!!」
吐き気をこらえるように口元を押さえたけど。でも、隠してもわかってしまうほど。彼女の顔はいびつな笑みが浮かんでいて。
「今のあなたなら、自分のモノにできるって。考えてしまっていて」
―――ああ、ちくしょう。
「こんなわたし。あなたと一緒にいる資格なんてな……んっ!?」
逃げようとするさっちゃんの体を捕まえて、聞いていられない言葉を紡ごうとする口を塞ぐ。
―――ちくしょう。
息をさせないように、余計なことを考えないように。彼女の唇を貪る様にキスをする。
―――ちくしょう、なんて……。
息苦しさにあえいで開かれた口の中へ舌を捩じ込んで、その口腔を蹂躙する。
―――なんて、いい女なのか。
しばらくの間、抵抗する彼女の体を壁に押し付けたまま、壊さないよう程度に力を込めて彼女に深く口付ける。
どれぐらいそうやっていたのか。
くたっと体から力の抜けたさっちゃんの口から私は舌を引き抜いた。
そして、息も絶え絶えで。その瞳から涙を流す彼女を見つめながら言葉を紡ぐ。
「ねぇ。私の話を聞いてどう思った?」
「……つらかったんだろうと、おもいました」
「じゃあ、私の心の中を覗いてみてどう思った?」
「あの……」
「言って?」
「すごく、こわいです」
震える瞳が、異常性を目の当たりにした、人間として当たり前の感情をたたえている。
「それで?」
「それで、とは?」
それでも、その奥に。きっとそんな恐怖程度じゃどうしようもなかった、彼女の欲の炎がちらついているから。
「まだ、私の事…。好き?」
そう問いかけると、彼女は私の唇に、重ねるだけのキスを返して。
「はい。もう、どうしようもないぐらい…。とおるさん。あなたが、好き」
それは、ともすれば狂気なのだろう。
「なんて、隙だらけの人だろうと。いっそのこと、依存させてしまいたいと」
だけど、確かに。
「あなたのことを恐れてもなお。わたしは、わたしはあなたが欲しいです」
それは、確かに私にとっての福音だった。
「そっか…。ねぇ、私結構さみしがりだよ?」
「いいですね。甘えてください」
「それに嫉妬深いし」
「どんとこいです」
「人間不振拗らせてるよ?」
「別にいいです。わたしだけを見てくれるなら。わたしだけのとおるさんで居てくれるなら、わたしが癒してあげますよ?むしろ、わたしだけを信じてくれればいいのでは?」
お互いに目を見つめあって、クスクスと笑いを漏らす。
「ねぇ、さっちゃん」
「はい、とおるさん」
お互いの瞳の奥に見えた感情を、一体なんと呼ぶのだろうか。
「好きです。私のモノになってください」
「わたしも、好きです。わたしだけのモノで居てください」
二人が自覚したのは、たぶん間違った状況で生まれた、間違えた感情なんだろうけど。
「「付き合ってください」」
この想いだけは、間違ってないって。
そう、私がこうなって初めて、信じることができた。
◆◆◆◆
とうとう、食料の底が見えてきた。
水だって、もうだいぶ心もとない。
「たぶん、もって一週間か…」
絶望的な状況。死神の足音が一歩ずつ近付いてくるのを感じて肌が粟立つ。
苦心して固定した、折れた左足の痛みだけがあたしがまだ生きていることを証明している。
―――これを感じないほどに弱った時。それが私の最期か。
あの日、あたしが拒否していたら。
あの場で彼らの命を見捨てられれば。
そんな、意味のない仮定と。虚しい怨嗟だけがあたしの中で渦を巻く。
―――ああ、もう、会えないんだろうな。
自分の醜さから目を背けるために、少しでも楽しいことを思い出そうとすると、いつも思い浮かぶのは二十年近く会えてない親友の顔。
あたしにギターを教えてくれた。誰にも何も告げないで姿をくらました、親友の笑う顔。
「見つけらんなかったかぁ…」
あいつを探すためにこの仕事に就いたってのに、あたしは初志を果たせず朽ちるみたいだ。
「まぁ、でも」
それでも、偶然見つけたコレを届けなきゃいけない。あの日からずっと、ここに閉じ込められていた人たちの遺したちっぽけな希望を。
もう、ここしか使いどころがないと。傍聴を恐れてずっと使うことのできなかった無線機を荷物の奥底から引っ張り出す。
電波が弟のマンションに届くよう願って。
あたしの部屋に隠してある対になる無線を礼司が見つけてくれることを祈って。
……バッテリーの残り的に、正真正銘の最後の切り札だな。
「メーデー。メーデー。……もし、私の声が聞こえたなら。私の声が届いたなら、聞いてほしい。礼司。聞こえていたのなら、そのまま聞いてほしい。」
返事が来ることを祈りながら、送信から受信へと切り替えてしばらく待つ。
こうしている間も目減りしていくバッテリーの残量に焦りを覚えながらも、乞い願うように返信を待つ。
そして、あたしの願いが届いたのか、電波を捉えた事を示すランプが灯る。
―――だが、そこから聞こえてきたのは予想外の声だった。
『……マユ』
「――…は?」
送信に切り替えていないから届いていないとわかってはいたが、あたしは思わず声をあげていた。
―――どうして。
『マユだよね?…ただいま。透、だよ』
―――なんで。
『絶対に死んじゃダメだよ。私が迎えに行くから。私が、助けてあげるから』
―――なんで、透がそこにいるんだ?
ブツリと音をたてて、バッテリーの切れた無線機の電源が落ちる。
あたしはしばらく。聞こえてきた声が信じられなくて無線機を見つめたままぼーっとしていた。
ただ、あたしの折れた足の痛みが。これが夢ではないと、雄弁に物語っていた。
10/24(木)投稿。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
もしお気に召しましたら、ブクマや評価。感想などよろしくおねがいいたします。
幕間を何話か投稿したのち、第三章【帰還勇者の人助け】が開幕いたします。
これからも、本作の応援を続けていただければ幸いです。
また、本日ちょっとした裏話を活動記録に投稿しますので、散文ですが興味のある方は、そちらもお読みいただければ幸いです。
それでは、これにて。




