11 恋心
勢いだけで書けた事に驚きながらも浄化される心…あ^~
遠ざかっていくバスへと手を振りながら思う。
彼女たち――『グラウンドホテル』はこの世紀末に有りながらもいい生活環境を保てているのだろう。
その証拠に去り行く茜さんたちの目には、嘘で固められた私の境遇を慮る感情が浮かんでいたのだから。
うん。首尾よくマユの救出まで終わったらある程度――少なくとも今回の嘘――を明かして彼女らの『ご近所さん』として生活するのも悪くないかも。
私は彼女たちと一緒に生活することは……間違いなく不可能だけど。それでも、さっちゃんや――もしかしたら、マユも望むのなら彼女たちの合流先として考えておく事も念頭に入れておこう。そうしよう。
その未来を想像すると、少しだけ心が痛いけど。それでも、ブラッドだけは私と共に来てくれると確信がある。
彼と二人で彼女ら『グラウンドホテル』のご近所さんとして暮らして。そしてたまには茜さんたちと騒いでみるのも、私の価値観を修正する環境としては悪くない気がするから。
「まぁ、その前に」
私は、くるりと体を『地獄門』へと向ける。
この場所は残る生存者達が物資の補給や、もしかしたら移住先として使うことができるかもしれない。
もしかしたら、全てが終わったあと。また教育機関として再興するかもしれない。
「だから、君らは邪魔なんだ」
コートにべっとりと付いた男の血の臭いに引き寄せられたのか。それとも、バスの上げたエンジン音に釣られたか。
地獄門を越えんと、敷地内に散っていたゾンビが徐々に集まり始めている。地獄から這い出そうとする亡者の群れは、次々と数を増していく。
すっかり茜色だった空が色を変えたからか。遠くから獣めいた叫び声すら聞こえてきた。あれが《叫び屋》なのだろう。
このまま私が外に出れば、折角数を減らしたゾンビがまた生存者達の―――大切な女の子の命を脅かすことだろう。
「それは面白くないね」
相変わらず、優柔不断だと自嘲する。
人と関わりたくない。彼らのために力を使うなんてまっぴらだ。
そういくら声高に叫んだところで、私の心に二十三年の人生で根を張ったどうしようもないお人好しが叫ぶ。
―――彼女らを助けよう。
そして演じ続けた末に、いつの間にか心に住み着いていた新しい勇者もそれに同調する。
―――無垢なる命を助けよう。
どうしようもない私の思考と私の心とが奏でる二律背反な旋律だけど。
意外と、それに身を委ねる事に拒否感はない。
「だから、私が君たちを排除します」
視界を塞ぐフードを脱いで、呼吸を邪魔する襟を解放する。
魔力を回して身体中に魔力を漲らせながら【ストレージ】を開いてブッチャーナイフを右手に。そして、腰に佩いた鞘から左手で剣鉈を引き抜く。
二つの刀身に【武装強化】を施せば、それぞれの切っ先が燐光と紫電をまとい、チリチリと空気を焦がした。
「これだけ数がいても魔法を選べないのは遺憾だけど――踊ってあげるから、せいぜいリードに付いてきてね?」
近付いてくるゾンビめがけて無造作に手にした凶刃を振るえば、ひうんと悲しげな音を残して首が空に舞う。
残された体は首もとで焼き付き、血の一滴もこぼさない。
ガンガン回る魔力が外魔力へと干渉を始めて、その場の空気が歪んだ刹那。
私は一陣の疾風となり、ゾンビの海を切り裂いた。
◆◆◆◆
夜を迎えてもとおるさんが帰ってこない。
何かあったのかと不安に思い、ソワソワとしているとブラッドさんがわたしに鋭く吠える。
まるで『落ち着け』と言われているようで、ちょっとだけムッとする。
わたしは、ブラッドさんの占領するカウチソファに腰を下ろして、彼の尻尾をもてあそびながら彼に問いかけた。
「ブラッドさんは、とおるさんの事心配じゃないの?」
わたしの子どもっぽい行動に呆れたような視線を送りながら、彼はまるで『何をバカな』と言うように鼻を鳴らすと、それきり興味を無くしたようにゴロリと体を横たえてしまった。
彼の行動に、とおるさんとブラッドさんの間にある確かな信頼関係を感じて心が重くなる。
―――わたしには、まだ無いのに。
そんな風に人ではない彼に嫉妬してしまう自分に気付いて事にハッとする。
「わたしって、こんなに浅ましい人間だったかな…」
ブラッドさんの背中にぼふりと体を倒しながらぼやく。彼は、ちょっとだけ迷惑そうに身じろぎしたけど結局わたしの体を受け止めたままでいてくれた。
こんなに優しいワンちゃんに嫉妬している時点で、わたしは相当とおるさんにまいっているのだろう。
「―――好き」
それでも、自覚してしまったこの感情に歯止めが効かない。
凛々しい横顔が。あどけない笑顔が。しどけない横顔が。
「―――好き」
わたしを支えてくれた腕が。わたしを撫でてくれた掌が。わたしを受け止めてくれた温もりが。
「―――好き」
スッと通った鼻梁が。切れ長で一重の精悍な目が。耳朶をくすぐるハスキーな声が。
「―――とおるさんが、好き」
抱きしめられた時に回された腕が。耳元にかけられた温かな吐息が。わたしの初めてを奪った、柔らかな唇が。
彼女が向かったのは、わたしが身を寄せていた場所。わたしの母校サンタルチア女学院。
―――もし、生き残ってる人を見つけたら。とおるさんは連れてくるのだろうか?
きっと、連れてくるのだろう。だって、見ず知らずのわたしを体調が戻るまで看病するような優しい人だから。
きっと。わたしと同じように傷付いた人を見つけたら、手を差し伸べずにはいられないような人だから。
彼女が新しい生存者に肩を貸している情景を思い浮かべると、心がモヤモヤする。
わたしと同じように、献身的な看病を受けるのかと考えるだけで胸が痛くなる。
わたしと同じようにその腕に抱かれるのかと考えれば―――
「……泣きそう、だなぁ」
本来は、生存者をとおるさんが見つけて帰ってきたのなら、わたしは喜び。そして、自分一人が逃げ出した事を悔やまなくてはいけないのに――とおるさんを取らないで。そんな浅ましい独占欲が真っ先に顔を出す。
これがもし、わたしがお付き合いをしている人なら。この感情に対して、共感を得ることができるかもしれない。
でも。わたしと、とおるさんはそうじゃない。"まだ"なんて枕詞を付けることもおこがましい。
しかも、女同士という。以前の価値観からしても極めて不健全な想いだ。
それに、そもそもこれはわたしの一方的な片想い。
―――受け入れて、もらえるハズがない。
そう現実的な事を考えれば、それだけでじわりと目尻に涙が溜まっていく。
凛としていて、女性なのにどこか男性らしさも感じさせる人だから、昔から自分と同じような感情を向けられる事も多々あっただろう。そして、それを上手くあしらうのにも慣れているにちがいない。
対するわたしはと言えば、異性にも。ましてや同性にも今まで一度たりとも恋心を抱いたことの無い一目惚れも初恋だ。
熱に浮かされただけの小娘なんて、百戦錬磨(だと思う)のとおるさんからしたら、簡単に袖にできるに違いない。
半ば衝動的に「ここにいたい」と伝えても、次の日には頭を下げられてお互いに冷静さを欠いていたとなぜか謝られる始末。
そして、わたしが起き上がれる様になってからは、一緒に居る時間がぐっと増えたせいか。わたしの心を焦がす恋の火は大きさを増すばかり。
―――とおるさんと離れるぐらいなら、いっそこのまま溶けてしまいたい。
夜に一人きりがつらいから。そう言って彼女に頼み込んで同じベッドで眠る事が幸せすぎて。ぎゅっと抱きしめられながら毎晩そんなことばかり考えてしまう。
そして寝物語に語ってくれた、そう遠くない未来の話。
とおるさんは、いつか友人を探すために危険で有名なメディカルエリアへの侵入を考えているらしく、偵察や下準備でわたしを一人でここに残すこともこれから増えるだろうと言っていた。
おそらく、ブラッドさんも連れていくだろうとも。
その時。わたしはこのマンションで一人きりで過ごすことになると。一人で、待つのはつらくないかと。そう、わたしを案じてくれた。
確かに、この広いマンションに一人きりは寂しい。でも、とおるさんは決して『帰ってこない』とは口にしない。
だから、誰かと一緒にいられる場所に行くことも考えて欲しい。そう、言っていたけど。
それでも。彼女と一緒に居られる方がいい。そう、わたしは思ってしまった。
一人きりで過ごす光景を想像して、それはとても心細くて泣いてしまいそうなモノだとは思ったけれど。夢にまで見てしまったけれど。
それでも。その想像も、夢も最後は必ずとおるさんが「ただいま」って帰ってくるものだったから。
―――それでも、一緒に居たいって思えるんだ。
かつて読んだ恋愛小説に曰く、離れている時間がお互いの想いを深めるという。
それを信じるなら、彼女の帰りを待つというのも良いものに思えてくるから不思議だ。
でも。それでも。
「はやく、帰ってきて。ただいまって、聞かせて…」
そう呟いて、わたしは重くなったまぶたを閉じた。
『―――ちゃん。さっちゃん』
名前を呼ばれた気がして、少しずつ意識が浮き上がっていく。
目を開くと、ぼんやりとした視界の先にわたしの顔を覗き込むように見つめるとおるさんの顔が見える。
そして、わたしの頭のしたには柔らかくて温かなどんな枕よりも気持ちのいい感触。
どうやら、今わたしはとおるさんに膝枕をしてもらっている様子。
『ただいま』
だけど、とおるさんの声はちょっとだけぼんやりと聞こえてくるうえ、最近は朝方に冷え込むようになってきたと言うのに、体を撫でる空気はポカポカと暖かい。
―――ああ、まだ夢を見ているんだわ。
そういえば、ブラッドさんの背中に抱きついたまま昨日は寝落ちしてしまったはず。
それに、夜の探索はとても危険だと聞くし、とおるさんが夜に帰ってきたなんて有り得ないはずだ。
「おかえりなさい。とおるさん」
そう言いながら、とおるさんの頬に手を伸ばすして撫でれば、彼女は照れたようにはにかんだ。
「とおるさん」
夢の中のわたしは、自分でも信じられないぐらい甘い声を出しながら両手を彼女に向けて広げる。
「だっこ」
そして、とおるさんの目を見ながらそう言えば、彼女は少しだけ頬を上気させてクスリと微笑むと、わたしへと体を近付けてきた。
―――やっぱり、夢だわ。
自分のわがままを微笑みながら受け入れてくれるその姿に、わたしが夢から覚めていないことを確信する。
とおるさんに抱き上げられたわたしは、膝の上に腰を下ろされた。いつもなら、顔を真っ赤にして恥ずかしがるけど、どうせ夢だし、もっと大胆になろう。
そう思ったわたしは、そのままとおるさんにもたれかかりながら、彼女の頭の後ろに腕を回して抱きついた。
『どうしたの?』
まるで頭のなかに直接響くように、彼女の声が聞こえる。わたしは、そのままとおるさんの耳に口を近付けて、彼女から香る甘い匂いを感じながら囁く。
「とおるさん。すき」
夢の中のわたしが大胆にとおるさんへと想いを伝えれば、目の前に見える彼女の耳が徐々に赤く染まっていく。
「とおるさんのことが、すきなの」
『そ、そう?私も、さっちゃんのこと好きだよ?』
彼女からも好きと言われて、わたしの胸がぽかぽかと温かくなる。
「とおるさん。すき。すき、だいすき」
甘えるように彼女へと体を預けていくと、ポスリと軽い音を立ててお互いの体が倒れ込む。
どうやら、夢の中のわたしは本当に大胆らしい。
ベッドにとおるさんを押し倒したわたしは、体を起こす。
わたしの下にある彼女の顔は、まるで恥ずかしがる少女のように真っ赤に染まっていた。
「とおるさん。かわいい…」
そして、わたしはそのまま彼女に覆い被さって、あの日を――出会った日を思い出しながら彼女の唇に自らの唇を軽く押し当ててキスをした。
夢の中とはいえ自分からした経験なんてないから、彼女から与えられた情熱的なモノはできなかったけど。
それでも、何度も。何度も。押しては返す波のように何度も彼女とキスをする。
「とおるさん。すき。すきなの」
口を放すたびに彼女への想いを伝え、何かを言おうとするたびに彼女の唇を塞ぐ。
夢の中でまで、とおるさんに冷静でいてほしくはなかったから。
「すき。すき…」
彼女の唇を舐めたり、吸ったりすれば彼女の体がピクリと跳ねる。それがなんとなく楽しくて、ちゅうちゅうと音をたてるようなキスを何度もする。
逃がさないように彼女の首に回した腕に力を込めて。重なった体から感じる彼女の体温がわたしの意識を深い眠りへと誘うのを感じてもなお。
「んちゅ…。とおるさん、あなたが好き。あなたを…愛してしまいました」
わたしは、自分の意識が夢も見ない深い眠りへと戻るその時まで、とおるさんに想いを伝えながらキスを繰り返した。
―――わたしの目が覚めて、自分のやったことに気付くまで、あと二時間。
10/24(木)投稿。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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百合を加速させよう。




