6 遠征
サブタイトル悩む…。(追記修正しました)
さっちゃんの意思を確認してから、一週間の時間が過ぎた。
媚びるような声で「ここにいちゃ、ダメですか…?」そう言った彼女の瞳には、ひどい自己嫌悪の色が浮かんでいた事を思い出しながら苦笑を漏らす。
「かわいいもんだけどねぇ…」
私は駆けながら苦笑を漏らす。打算の無い関係なんて、それこそ長い付き合いの下にしか築くことは出来ないというに、彼女は自身のそんな弱さを許容出来ないたちだったらしい。
貴族連中に比べたら、さっちゃんのワガママなんて子犬が『まだ遊ぶ!』ってじゃれついて来た程度のモノだ。
やれあれが欲しい。やれここを守れ。そう言われて願いを叶えても『大義であった』とふんぞり返り、失敗したら『役立たずが』と影で言ってくるからねー。貴族。
それと比べてさっちゃんのなんと、清らかなことか。
ベッドから起き上がれるようになって、第一声が。
「何か、仕事をください!」
だったからね。
無理しなくていいよー。まだ本調子じゃないでしょー。ってやんわりとさとしても頑として聞き入れてくれないのだもの。
最終的に私が折れて、現在家事をお任せしちゃってます。
彼女が動けるようになってからは、色んなことを話し合って最終的に私と一緒にいるか、それとも他生存者コミュニティに属するかの結論は保留となった。
うん。さっちゃんはすっごい反対したけど、これに関しては私も譲れない。
というのも、今回出した彼女の結論は弱った彼女につけこんだモノ。そう言えなくもないからだ。
精神的に弱っているときに優しい言葉をかけると、それになびきやすくなるからね。私が結論を急ぎすぎたゆえのミスだ。
それに加えて、半ば色事じみた行いをしていたという負い目もあります。はい。
とかく、さっちゃんには体をしっかり休めつつ出来ることをしてもらって、そして精神的な余裕がある程度できるまでは結論を急がないよう言い含めた。
……なぜか、その日からさっちゃんが距離積めてくるんだけどね…。弱ったときにふと漏れただけのお願いだと思ってた"添い寝"もこのところ毎晩だし。
そろそろ、理性がヤバイですよ?
「シッ」
由無し言を頭に浮かべていても、気配を感じた瞬間に長年の闘争で培われた直感は働く。見通しの悪い場所であってもなにするものぞ。瞬時に狙いを定めて手に持った棒手裏剣を投擲する。
「ガッ……」
そうして、空き家の影から出てこようとしたゾンビを無効化しつつも決して足を止めない。
私は今、さっちゃんとブラッドを拠点に残してひとり終わった街を駆けている最中だ。
うん。サンタルチア女学院へと向かっているのである。
◇◇◇◇
昨日の夜のこと。ご飯として準備したレトルトのカレーを食べ終えると、私はこう宣言した。
「ちょっと明日でかけてくるね~」
さっちゃんがベッドから立てるようになり、自分の身の回りのことを出来るようになったのはその前の日のこと。とりあえず、介助の必要がなくなったと判断した私は、兼ねてから考えていた計画のうちひとつを実行に移す事にした。
「んくっ…。えっと、はい。準備しておきます」
突然そんな事を言われたさっちゃんは、驚きながらも口の中のカレーを飲み下して、覚悟を決めたような顔をする。
うん。なんか決意させちゃってるけど、そうじゃないよ。
「だーめ。さっちゃんとブラッドはお留守番」
「はい…?」
何を言っているんだという視線が正面に座るさっちゃんから突き刺さる。うん。最近遠慮がなくなってきたよね。
一方、ブラッドはたぶん私が声をかけたときから気付いていたのだろう。まるで『彼女はまかせろ』とでも言わんばかりに一吠えすると、お皿に入ったお肉との格闘へ戻る。
「えっと、一人で外に出るのですか?本気ですか?」
「本気も何も、決めたことだからね」
「そんな…!危険ですっ!!」
私の一方的な宣言にさっちゃんが声を荒らげる。よく見るとその肩が小刻みに震えていることから、たぶん学校から逃げ出した時のことを思い出してしまったのだろう。
そして、本気で心配してくれている事も伝わってくる。嬉しい。
テーブル越しに、ぎゅっと握られた彼女の手を取って、なるべく安心感を与えられるよう微笑んでから口を開く。
「心配してくれてありがとう。でもね、そんなに心配しなくて大丈夫。これでも私、ブラッドと出会う前は一人だったんだから」
実は、まださっちゃんには私のすべてを伝えた訳じゃない。彼女が別コミュニティに所属した時の事を考えて、私が異世界からの帰還者であり、様々な能力を持つことは明かしていない。
そのせいで未だに『一緒にお風呂』という野望は果たせていないのだ。思いっきり【竜炉心】光ってるからね。
それでも、私がだいぶ強いってことだけはそれとなく伝えてあるし、実際にマンションの外。堀に近付いていたゾンビに矢を射かけて倒すところも見せた。
次から次にゾンビを一射一殺していくのを目を丸くして見ていたよ。
結局それでも渋ったから説得はベッドの中にまでもつれ込んで、さっちゃんを抱きしめながらになったことを追記しておこう。
やらしいことは、してないのよ?
ちょっと思考を溶かすように甘やかしただけで。
うん。それで最終的にふたつの条件を飲むことで彼女はやっと折れてくれた。
まずは、絶対に帰ってくること。これはまぁ当たり前だよね。私も目的を果たすまではくたばるつもりもない。
もうひとつは帰ってきたときに教えてくれるそうな。残念ながら、最後までその内容を教えてくれることは無かった。
飲めないなら絶対に付いていく。黙ってでも付いていきます!なんて言われたら流石に飲む以外無かったよ。
朝出発するとき最低二日は戻らないことと、目的地がサンタルチア女学院であることを伝えたら、すっごく心配されたけど。
最終的に一週間私が戻らなかったらブラッドと彼女が探しに来るということで落ち着いて、半泣きのさっちゃんの「いってらっしゃい」に背中を押されて、私は実に二週間ぶりの探索へと出掛けたのでした。
◇◇◇◇
息を殺し、弓を引きながら少し狭まった視界に見えるゾンビへと狙いを定める。
張り詰めた弦を手放せば、真っ直ぐに矢は飛んでゾンビの首へと突き刺さる。
狙い通り脛椎を砕いたのだろう。道を塞いでいていたゾンビは物言わぬ亡骸へと還った。
無力化を確認できたので、弓を構えるために下ろした荷物を再び担ぎ直してから駆け出した。
今回、生存者との遭遇も十分考えられるため私にしてはずいぶんと物々しい格好になってしまった。いつもは【ストレージ】に収納して手ぶらで動いてるから、武器を装備しながら歩くのもだいぶ久しぶりだ。
基本的な衣服は、相変わらず魔物素材の頑丈な上下と、特性のスライム材を靴底にした消音ブーツ。ただ、今回メインに弓を据えているためハーフフィンガーグローブを手には着けている。あと、下着は地球の物。肌触りが全然違うよ。
一番の変更点は上半身から膝上までを覆っている暗緑色のコートだろう。勿論魔物素材のハンドメイド品。
かなり目深にフードを被れるのと、襟を立てて前をベルトで留めると口許を覆うマスクとしても使えるようになっている。
顔を隠すことは勿論、冬に吐き出される呼気を隠せることから潜入に狩りにと活躍してくれた愛用品のひとつ。内ポケットも多いから、色々と隠せるよ!
ゾンビなハザード第四作目に登場する商人みたいな見た目になっているはず。
うん。服についてはまぁいいんだ。問題は背中に背負ってる荷物と手にした弓がだいぶ邪魔ってだけで。
バックパックなんて持って出る気はなかったんだけど、さっちゃんが用意してくれてたんだよ…。半泣きのまま押し付けてくるから断れずに持ってきたんだー…。
おおよそ五日分の水と食料が詰められたそれは、ベトナム戦争時にアメリカの使った大容量タイプ。弓を引くときに邪魔になるから著しく行動の制限がかかる。
いや、【ストレージ】や魔法の事を伝えてない私が悪いんだけど。
矢筒も腰に回すと干渉するから、バックパックの横にくくってあるし。
そして、意外とかさばる今回のメインウェポンの弓はいつもの大弓ではなく、拠点武器庫にあったコンパウンドボウ。一応、一番弦の強い物を選んだのだけど、私が使うにはいささか軽くてちょっと心もとない。【武装強化】もかけられないから、たぶん装甲車を抜けないのも痛いかな。
かといって【身体強化】を併用してら、たぶん機械部分がイカれるから、生身で使うしかない。
一応、サブとして魔鉄の剣鉈と棒手裏剣もどきを持ち込んでるけど、これらもバックパックが邪魔で万全に使えているとは言いがたい。
あとあと知ることになるんだけど、ソロで探索をする場合セーフハウスを用意して荷物を減らすのが基本なんだそうで。
そんなことを知るよしもないため、『れーじくんはどうやって荷物運んでたんだろう』って真剣に悩みながら道を駆け抜ける。
それにしても、私としては助かっているけどゾンビとの遭遇が妙に少ない。サンタルチア女学院の正門へと続く山道に入るまでは、結構住宅も密集しているからもっと多いと踏んでいたのだけど、さっき倒したのでやっと五体目。
なんか、嫌な予感がする。
そう思い走ること十分。私は、なぜゾンビと遭遇しなかったのか。
その理由をたどり着いたサンタルチア女学院の正門前で知ることとなった。
「これは……」
時獄門と呼ばれた鉄製の門扉が、完膚なきまでに破壊され、強制的にこじ開けられている。
破壊に使われたであろうブルドーザーはバケットを支えるシリンダーが中程で折れたからか、門を抜けた先に放置されていた。
たぶん、これが門扉を破ったときに出した音に引かれてゾンビが雪崩れ込んだのだろう。その先に広がっていたのは、正に地獄だ。
至るところに頭を潰されたり、おそらく車に轢き潰されたのであろう死体に戻ったゾンビが転がっている。轢かれたモノの中には、下半身を潰されただけで、まだ動いてるのもいるけど。
グラウンドに作られた畑は踏み荒らされ、その真ん中には至極悪趣味なオブジェクトがいくつも立っていて、そこに腹を空かせたゾンビが群がりかじりついている。
校舎の玄関も破られて、ゾンビが殺到している。その群れの中に特徴的な制服を着たモノが居ないことから、彼女らの末路が想像できてしまい吐き気を催した。
「おい、あんた誰だ?」
地獄めいた光景を目にしてわずかに放心していたせいで、後ろから声を掛けられるまで人が近付くのに気付かなかったらしい。
アドバンテージを取られたことに苛立ちを覚えたが、どうせどうにでも対応できると開き直って、私は後ろを振り返る。
「そういう、貴女たちは?」
そこに立っていたのは、六人の女性ばかり。
私が彼女たちを見やると、六人全員のからだがびくりと震えた。
……失礼な。ただちょっと、剣呑な視線を送っただけじゃないか。
六人の中から、おそらくリーダーであろうと思われるがっちりとした女性が私の前へと歩み出る。一瞬、後ろに回った他の女性に恨みがましい視線を彼女は送ったが、一度深く溜め息を吐いてから彼女は顔を上げる。
「あんたがこれをやったのかい?」
「…そう見えたなら眼科をお勧めするよ。たぶん営業してないけど」
そう肩をすくめながら答えると、彼女は「それもそうだ」とばつが悪そうに頭をかいた。
まぁ、それはそれとして。
「丁度人手が欲しかったから、ちょっと手伝ってくれる?」
「何を…ってのは、聞かなくてもわかるが。こっちはあんた含めて七人しかいないぞ?」
ハッと短く鼻で笑ってから、バックパックを下ろしてくくりつけた矢筒だけを腰に付け直す。
そして矢を弓につがえ、近付いてきたゾンビへと狙いを定める。
「何を勘違いしてるか知らないけど」
ヒュンと空気を切る音を残して飛んでいった矢が頭に突き刺さり、それはドサリと崩れ落ちた。
「貴女たちに頼みたいのは後始末だけ」
一時間もしない内に、外にいたゾンビは私の手によって残らず死体へと戻った。
10/21(月)投稿。
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