1 計画
二章開始です!
◆◆◆◆
―――いやだいやだいやだいやだ。
弾が当たった足が痛む。血が抜けていき体が震える。涙で濡れて前が見辛い。鼻水が詰まって息が苦しい。
下卑た笑いが後ろから聞こえ、頭をよぎるのは壊された友人たち。
―――いやだいやだいやだいやだ!
ゾンビになって街をさまようのが。
人としての尊厳を奪われて壊されるのが。
そして何よりも、そんな自分の浅ましさが。
この二年近く、わたしが過ごしたのは狭苦しい鳥籠だった。それでも、そこはわたし達の箱庭だった。
初めてする農作業はきつく、苦しいものだったけど。自分達の手で作った食べ物は美味しかった。
お風呂に入れなくて水で体を洗う日々だったけど、友人たちと身を寄せ合っていれば暖かかった。
かつての様にやらされる訳ではなく、自ら進んで行う勉強は苦しいけれど楽しかった。
―――そんな日々が昨日突然崩れ去った。
ゾンビと言う災害にも似たモノで失われたのであれば。納得は出来なくとも受け入れただろう。
だけど。わたし達を襲ったのはゾンビではなく。同じ人間だった。
今自分を追いかけているモノと同じく、自分達女を獲物としてしか見ていない、男たちだった。
自分が助かったのは、ただ運が良かっただけ。
たまたま屋上に上がっていた私だけが、地獄と化した女学校から逃げ出せた。
初めは、助けを求める心づもりだった。
まだ人の善性を信じて行動に出た。
そしてたまたま通りかかった、同年代ぐらいの男の子たちに助けを求めて――わたしは、自分がどれだけ良い環境に生きて。いや、生かされていたかを強制的に理解させられた。
助けを求めたハズが、わたしは彼らに組伏せられていた。
外でスるのはどうこうと言い争う彼らの声を聞きながら、わたしは確かにかつてあった日常が崩れていく音を耳にした。
そして手製の槍で脅されるままに訪れた、ホテルの廃墟で。
―――この世界の在り方をまざまざと見せつけられた。
「あ……」
とうとう、腰が抜ける様にして荒れたアスファルトに倒れ込む。
わたしに、絶望が追い付いたことを朧気ながら理解した。
それでも逃げようと顔を上げれば、そこには醜悪な笑みを浮かべ、はいたズボンを下ろそうとする男たちが居て―――
先頭にいた男の頭に、棒状の何かが生えたのを最後に、わたしの意識は暗闇へと落ちた。
◇◇◇◇
拠点を手に入れてから三日。相も変わらずゾンビが歩き回っておりますが、私は元気です。
どうも!色々と覚悟が決まった透ちゃんだよ!
まぁ、助けた女の子が未だに目覚めないから拠点に引きこもってるわけだけど。
拠点に引きこもってるけど、マユとれーじくんの残した資料でやっと帰ってきた世界が今どうなっているかについて知ることができた。
まず、ゾンビ。
あれ、あちらでわたしが見てきた様な動く死体とは言えない代物だった。なんと、一応生きてはいるらしい。ただし、脳に何かが寄生して脳死した状態のまま肉体だけを動かしてるに過ぎないとか。
それで人を襲うのは同じものに寄生させる為で、動物を襲わないのは完全に人間のみを寄生対象としているかららしい。
それでも動きは遅いし、多少力が強くなった程度。
その程度の敵になんで、人類負けたの?その答えも彼女達の残した資料に書かれていた。
ひとつは、夜にだけ活性化される特殊個体の存在。
日中は他の個体と同じように徘徊するだけなのに、夜になるとゾンビを集める叫び声を上げながら走る個体――通称『叫び屋』というのが居るらしく、夜にそれに見つかるとアッという間に数十から百体ほどのゾンビに襲撃されることになるようだ。
そして、そうやって集まったゾンビは『波』と呼ばれる大集団を形成し、時に堅牢な防御施設をも破壊する事すらあり、ゾンビ発生数日で首都圏の防衛に当たっていた機動隊含む警察の大部隊が失われたのもそれが原因みたい。
だから、夜に出歩く生存者ってほとんどいないみたいだね。
もうひとつは、ゾンビの飢餓による凶暴化。
普段は人を『襲う』ことはあっても『食べる』ことの無いゾンビだけど、この状態になると普通に食われるらしい。
燃費がいいのか、普段は特に何を食べずとも動けるけど、だいたい半月に一度は何か食べなきゃいけないそうだ。そして、基本的に彼らが口にするのが生きている、死んでいるに関係なく『感染していない』人間らしい。
うん。ゾンビパニックが起こったにしては街中に人の死体が無いなーって思ってたんだけど、そういう事情があったみたいだ。
飢餓に陥ったゾンビは、白目が完全に赤くなり肉食動物みたいなうなり声を上げて襲いかかってくる。
更にリミッターが吹き飛ぶため、元が人間であったとは思えないほどの身体能力を発揮するという。例え自身の体が損壊したとしても、気にすることなく襲ってくるそうだ。
ちなみに、放っておくと共食いを始めるそうだが、その『食われる』個体は決まっているそうで、それも特殊個体として扱われている。
通称『生け贄』という個体で、どれだけ傷を負っても、次の日には再生する奇妙な個体だとか。
それがいないと、まだ飢餓に陥っていない個体を食い殺し始めるから、見つけ次第討伐しておくことで徐々にゾンビを減らす事ができるのだとか。
この『叫び屋』と『飢餓状態』の二つ。そして、首から上しか有効な討伐手段が存在しないといういかにもな特性によって、人類はゾンビに敗北を重ねる事になったのだとか。
……うん。まぁ、私の敵じゃ無いけど。
ゾンビの実態を知っても尚、言い切れるだけの下地が私にはある。
ぶっちゃけ【身体強化】さえしておけば素手でも余裕だと思う。というか、余裕だった。
うん。ちょっと実験と偵察も兼ねて一昨日の夜に抜け出してゾンビを狩ってみたの。
しかも、丁度良く(?)飢餓状態の個体が見つかったので、喧嘩を売ってみた。いや、喧嘩を売ったと言っても奴らの索敵範囲に入れば襲ってくるんだけども。
結論。こっちから動かずとも勝手に飛びかかってくるから、すごく討伐が楽でした。
魔力回して【身体強化】を発動しながら突っ立ってるだけの簡単なお仕事でした。
尚、帰ったら心配して私を探していたブラッドに押し倒された模様。昨夜はまるで監視するようにブラッドが寝床に入ってきて、そのまま一緒に寝ることになったよ!毎晩続きそうな予感がするよ?
ブラッドに心配かけたのは申し訳ないけど、必要な事だったから許してほしいところではあるのだけどね。
なぜなら、目下最大の目標がマユの救出または救済だからである。
れーじくんの日記を読んで判明したんだけど、マユが消息を絶った場所が、言わばゾンビの巣窟だからであり、遅くとも二週間後に私はそこへと踏み入るつもりだから。
今も資料室にこもってその時の作戦をたてている最中だし。
この街の中心部。かつて大学病院の存在した場所を中心とした半径一キロメートルの範囲。
通称≪危険地帯≫。
ゾンビモノのお約束通り、ゾンビにより怪我を負わされた人の多くが病院へと集まった結果えらいことになってしまっているようで、よほどの事情が無い限り二人とも近付きすらしていなかったらしい。
正直ゾンビだけを先に一掃して、ゆっくりと腰を据えて彼女を探すという事も可能だ。
だけど、今回私はその手段をとる気は一切なかったりする。
理由は二つ。
ひとつは、もしもマユがゾンビとなっていた場合一掃してしまうと彼女を探せないこと。
そしてもうひとつは、魔法を使えないからだ。
いや、この数日で魔法が使えなくなったって事じゃないよ?今日も今日とて私の【竜炉心】はガンガン魔力を産み出して光ってますし。
ではなぜかというと、広域殲滅に使える魔法が軒並みド派手だからです。
一番地味なものですら【焼尽魔法】っていう認識範囲内の対象を全部燃やす魔法になるからね!いくらゾンビだけが燃えるって言っても何百、何千と燃やしたら目立ちすぎるよ。
一番派手なのだと延々と局地的な雷を降らすものになるし。雲の有る無しに関係なく。
え?【粉砕魔法】はどうだって?あれねー。実は無機物には普通に使えるんだけど、有機物に使うには色々とクリアしないといけない条件が多いのだ。サイズとかね。
で、派手なことすると生存者の目を引くわけでして。
そうなったら?当然の帰結として私に目を付けられるよね?それで働かされるの??
やだよメンドクサイ。
生存者と遭遇するのが面倒だから夜に動くつもりなのに、なんでわざわざ自分から目立つ必要があるのか。
いくら自分の力を出し惜しみしないってきめたとはいえ、自分から厄介事を抱え込むのは遠慮したい。
だからそれを念頭に置いた上で、作戦の工程表を練り上げていく。
あちらで学んだ事だけど、工程表とか立案書って結構大事。全部が全部その通りに進む訳じゃないけど、ある程度。最低でも日時と成功・失敗の条件だけでも決めておくと安心感が違う。
……まぁ、今回は小規模な作戦だから周知する手間が省けるけど、大規模な作戦では苦労したなぁ。貴族出身者って言うこと聞いてくれないのよ。マジで。
次々と嫌な思い出が掘り返されて遠い目をしていると、扉の外から『ワンッ!』というブラッドの声が聞こえたことで正気に戻る。
ご飯の時間かな?と時計を確認するも、まだ資料室にこもってからそう時間も経っていない。
「なんだろ?」
首をかしげながらドアを開くとブラッドが私の服の裾をくわえて、グイグイと医務室の方へと引っ張った事で彼の言わんとする事を察した。
「なるほどね。……さてさて、眠り姫とのご対面と洒落込みますか」
どうやら、女の子が目を覚ましたようだ。
◆◆◆◆
まっくらだった目の前が、だんだん明るくなっていく。
―――朝だ…起きなきゃ…。
なんでだろう。寝起きは良いハズなのに、今日は妙にまぶたが重い。
―――二度寝しちゃおうか…。
秋が深まってきて、最近はお布団から出るのがつらい日が多かったのに、今日はなんだか部屋があったかい。
ポカポカとした空気と、やけにふかふかした布団から感じる魔力が、せっかく浮上したわたしの意識をもう一度夢の世界へと誘おうとする。
―――ダメダメ。今日はお洗濯の当番だから、早く起きなくちゃ。
そう。そうだった。昨日わたしは屋上の掃除当番だったから…屋上……?
「―――ッ!」
わたしの意識が急激に覚醒した。
そして、目に飛び込んできたのは知らない天井。
悲鳴をあげようとしたのに、喉が痛くて声が出ない。
そう、そうだ!わたしは、わたしは学校から脱出して、それで助けを求めた先で―――
「ぃ…や…」
ここはどこ?なんで、声が出せないの?どうして体が動かないの!?
意識を失うまでの事が一斉にフラッシュバックしてきたせいか、呼吸が乱れてくる。
逃げなきゃ。その考えだけが頭のなかでぐるぐると回って体を動かそうとしているのに、全然動いてくれない。
―――もう、わたしも、コワされてしまったの?
そう考えるだけで、体がガタガタと震えだして涙が溢れる。
友人を助けることもできず、男達の欲望を満たす為だけの道具に成り下がるしかない自分が悲しくて悔しくて―――
「落ち着いて。ここは安全だから、ね?」
どこかで聞いた覚えのある声と共に、わたしの左手がぬくもりに包まれた。
頑張って首を動かすとそこには、ぎゅっとわたしの左手を両手で包んで微笑む女の人がいた。
よく見ると、わたしの左腕には点滴のチューブが繋がっている。
「大丈夫。落ち着いて」
その女の人が右腕を優しくわたしの背中に差し入れて、上体を起こしてくれた。
その時彼女の顔がぐっと近くなり、なぜだかわたしは顔が熱くなり、恥ずかしさを覚えて目線を下げてしまった。
―――なんでだろ…。ドキドキする。
トクトクと心臓が高鳴る。ちらりと彼女を見ると、安心したように優しい笑みを浮かべている。
でも。どうしてか、わたしは形の良いちょっと薄目の唇にばかりに注目してしまって。
「ん?なんかついてる?」
わたしの視線に気付いたのか、彼女がソッと自らの唇に触れたとき。
『もし、ハジメテだったらごめんね?』
その言葉と、彼女の柔らかな唇の感触を思い出して―――
「え!?ちょ、ちょっと!?」
恥ずかしすぎて、わたし。また、気を失ってしまいました。
10/18(金)投稿。
お気に召しましたら、ブクマや評価。感想などよろしくお願いいたします。
ところで、ゾンビものの小説書いといて二章になるまでゾンビの設定を明かさなかった奴がいるらしいっすよ?




