武器にまつわる物語――モビーディック
総合評価100pt記念の幕間。
……記念にしては暗い話かもしれませんが。
これは、私の弓にまつわるお話。
私の抱えた、後悔の物語。
◇◇◇◇
私がその村に立ち寄ったのは、ドラゴンの試練を越えて魔法使いになってから。
『勇者』と、私が呼ばれるようになってからのこと。
先の遠征で、私が仕留めた鯨の化物。【虚ろ口】と呼ばれるその魔物の素材を使って何か作れないかと考えたことが切っ掛けだった。
訪れたのは、前線からかなり離れた場所にある小さな村。そこに、年若いながらも変わった武器を作るドワーフの鍛冶屋が店を構えていると風の噂で聞いたからだ。
ドワーフ。ファンタジー小説ではよく目にする存在で、ぼうぼうの髭と背が低くとも鍛え上げられた肉体を持ち、鍛冶と酒をこよなく愛するとされている種族。
ただ、この世界で初めて出会った彼らはとてもじゃないが相容れない存在だったため今までは意図的に避けていた。
しかし今回に限って言えば私は一刻も早く新しい武器を欲していたこともあって、自分の好みに従うわけにはいかない。
事の発端は、【竜炉心】を得たことで魔法使いになったことだ。
それによって私に与えられた加護、【武装強化】の効果が跳ね上がったのだが、同時に使った武器の損耗率も右肩上がりになっていた。
ミスリル芯の剣や、ちょっと事情があって司祭となった時に与えられた総魔鉄のスレッジハンマー等、使用に十分耐えられるモノもあるにはあるのだが、弓や槍といった戦争において主力となる武器が軒並み使えなくなってしまった。
途方に暮れている時に私が見つけたのは、魔物の素材で作られた武器。魔物由来の素材を使って作られる武器や防具は魔力を通しても損壊しない武器となり、それを作り出せるのはドワーフだけということだ。
それも【炉心】を持ったドワーフだけが作れるという。
最初はドワーフの王に頼もうかと思ったのだが彼は【炉心】を持っておらず、作れないと言われた。
そこで、紹介されたのがドワーフの国を離れてこの村に住むというドワーフだった。
どうも、腕は良いが使うことを想定しない武器ばかりを作るため異端児として知られているらしい。
本当に大丈夫なのかと心配に思ったのだが、彼以外に適任者がいないとまで言われては、そこに出向く以外選択肢が存在していなかった。
「ここだな」
一見すると、到底鍛冶屋には見えないみすぼらしい家。その戸を叩く前に、私は勇者としての仮面を被る。
―――最近では、演じすぎた為か本来の私と勇者としての私の境界が曖昧だけど。
壊さないようにドンドンとドアを叩くと、家の奥から「うるせぇっ!」と怒鳴り声が聞こえてドアが開かれた。
―――野郎、外開きのドアをためらいなく開きやがった。
ひらりとかわしながら、内心で舌打ちする。
件のドワーフは、そんな私を驚いた目で見上げたあとガハハハと野太い声で笑い声をあげた。
「やるじゃねえか。大抵の客はこいつでのびちまうんだがよ」
どうやら、確信犯だったらしい。
「おうおう。儂のお茶目をかわしたんなら、坊主は客ってことだろうよ。上がっていきな。話だけは聞いてやる」
笑いながら扉の奥に戻っていくドワーフの背中を見つめながら『早まったかもしれない』と私は大きな溜め息を吐いた。
◇◇◇◇
「おう。俺んちにゃあ茶なんざ洒落たもんはねえから期待すんな」
そう言い放ち、ドワーフは卓袱台に似たローテーブルの前にドカリと座る。私は、何も言わずに彼の対面へと腰を下ろした。
これはドワーフの文化で、片方が座ればもう一方も座らなければならないというマナーのひとつだ。
お互いに話し合う時、一方が立ったままというのが失礼に当たるらしい。
「そんで?儂の所にきたってこったあ、あんたは魔法使いってことか?」
「ああ。その認識で間違いない」
「そうか。そんじゃ、素材を出しな」
持ってきてんだろ?そう片眉を上げて、髭を扱きながら男に言われて、私は頷きを返しながら【ストレージ】からそれを取り出した。
「おうおう。奇妙なとこから取り出すのな、お前さんは」
そう溜め息を吐きながらも、取り出された素材を舐めるように観察しだす。そして、一通り確かめ終わったのか、彼は感嘆の息を漏らして素材をローテーブルに丁寧な手つきで置いた。
「おうおうおう!こいつぁど偉い代物じゃねーか!【虚ろ口】なんざ吟遊詩人の吹かしだと思ってたぜ!」
そう言い放ち、ガハハハとさも愉快げに男は笑う。私は、一目でそれがどの魔物のモノか言い当てられた事に驚いて目をむいた。
「……わかるのか?」
「おうよ。儂らドワーフは色んな石ころ扱うからよぅ。気ぃ利かせた神様の一柱から生まれつき【物質鑑定】の加護を与えてくれんのよ!だからどんなもんでも一目見りゃあそいつがなんなのかわかるってぇ寸法よ!!」
異世界小説鉄板の鑑定技能はドワーフの専門分野だったらしい。
「硬ぇのにしなやかだな……なるほど、あばら骨だな。そんで?こいつで儂は何を作りゃあいい?」
「……作ってくれるのか?」
ドワーフの王からも『奴の気が乗るかは運次第だ』とまで言われていたのに、あっさりと決まってしまったことに拍子抜けした。
「おうよ。こんな素材見せられて燃えなきゃあドワーフの男じゃねえ。【炉心】持ちは滅多に鍛冶屋にならねぇからな。俺だけが扱える素材だって思うだけで髭がザワザワしやがる」
豪放磊落な笑い声を上げながら、まるで新しい玩具を与えられた少年のように目を輝かせるドワーフを見て、こちらも毒気を抜かれてしまう。
こっちで出会うドワーフ全員が、鼻持ちならない性格の奴ばっかりだったためか、こうイメージ通りのドワーフと出会えた事がなんとなく嬉しかった。
「んで。こいつで何を作るよ?」
「ああ、そうだな。……弓を作ってもらえないか?」
そう彼に提案すると、髭を扱きながら「なるほど」と呟いて思案顔になる。
「相わかった。しかしよ、こいつの素材を使うとなりゃあ、弦も特別な素材で作りたくなるのがドワーフの情ってぇもんよ。どうせ持ってきてんだろ?さっさと出しなっ!」
恫喝するような口調のくせに、ソワソワと体を揺すって落ち着きの無い様子に苦笑しながら【ストレージ】より彼のお眼鏡に叶うであろう素材を取り出す。
「化け魔鯨――【虚ろ口】の口髭だ。こいつで満足かい?」
「カァーーッ!たまんねえな、おい!まぁ一両日もありゃあ傑作を作ってやるよ!楽しみにしてな!」
そう言い放ち、ガハハハと豪快な笑い声を上げたのだが、笑い終えると彼は気恥ずかしそうに頭をかいた。
「おう、それでよ。モノは相談なんだがよ。俺がこいつを仕上げたら、お前さんがよう、名前ェ付けてやっちゃくんねぇか?」
彼の言葉に、心底驚く。
武器の名付け。それは、ドワーフにとって重要な意味を持つことだからだ。
異性にそれを伝えることはプロポーズであり、同性に頼めば、変わらぬ友情を結ぶと言う意味合いがある。
「いいのか?」
驚愕に目をむきながらそう聞けば、彼は神妙な顔つきで頷いた。
「おうよ。儂の見立てじゃあ、お前さんは儂より遥かに魔力量が多いだろ?鍛冶屋としちゃあ情けねえ話だが、お前さんも問題なくこいつを武器として生まれ変わらせる事が出来るハズよ。なのに、儂を頼ってくれたってぇ事が少しばかり嬉しくてよ…。だろ?勇者サマよぅ」
名乗った覚えなど、なかったハズだがどうも彼は私が何者なのか見抜いていたらしい。
あと、武器を作れるのは自分でも初めて知った。
だが出会い頭に私を『坊主』と呼んで、一度も『勇者』にへりくだる事の無かった彼の姿勢は―――単純に、嬉しく感じたんだ。
「透」
「あん?」
「勇者じゃあない。透だ」
だから、私も名を名乗ることにした。
こちらに召喚されてから、名乗ることのすっかり減ってしまった自分の名前を。
「おう!トールだな、覚えた!!儂は"鍛骨の"ジョージョーだ!ヒューマンはドワーフの名前にゃあ馴染みがねぇだろうから、ジョーとでも呼んでくれや!」
髭もじゃで、普段ならその表情が読みにくいハズのドワーフなのに、はっきりと晴れやかに笑っていることがわかる。
「お前さんに弓を渡し、その名が告げられたその時より、儂らは無二の友じゃ」
大の男数人でも引けねえ弓を作ってやるよ。そう言って、笑いあったこの時の誓いは―――
果たされることは、無かった。
◇◇◇◇
陶器の様につるりとした真っ白い弓を撫でる。
私が再び村に訪れたとき、もうすでに村は無かった。
賊に襲われて焼き払われた村のなかで私が見つけたのは、真っ黒に燃え尽きたジョーの亡骸に抱かれた。煤にまみれ、黒ずんだ村の中であっても尚白いこの大弓。
それから、私は"賊狩り"と渾名されるほど賊を狩ったけども、そのほとんどはこの弓で行ったことだ。
―――そして、この世界でもこの大弓で賊を狩るに違いない。
「モビーディック」
あの日、彼の亡骸の前に跪きながら付けたこの弓の名を口にする。
これは、この弓にまつわるお話で。
無二の友となれなかった私の、後悔の物語。
10/18(金)投稿。
読者の皆様に感謝を込めて。




