度会 礼司の最期
短めです。
口ずさむ歌は過ぎた日の記憶。
姉がいて、その親友がいて。そして、そこに若かった頃の自分が何食わない顔で一緒にいて―――
◆◆◆◆
「収穫がねぇ」
口から溜め息と共に漏れた言葉に思わず眉をひそめる。
姉さん――度会 真弓とはぐれてから既に三ヶ月が経とうと言うのに、行方知れずとなった彼女のほんのわずかな情報さえ得れていない現状に歯がゆさを覚えながら、拠点への帰路を急ぐ。
『波』に飲まれた以上、生きている見込みは無いとはわかっている。
だが、彼女を見失った現場に赴いても。その地点を中心に捜索範囲を広げていっても、亡骸はおろか装備品のひとつも見付けられないせいで死んだと諦めるに諦められない。
なぜなら、ゾンビは人間を襲っても食い尽くす事が無いからだ。
映画や漫画のようにゾンビに噛み付かれることはあっても、食われることはない。それが、世界各国の未だ生き残る研究機関によって下された結論である。
奴らは、食欲という本能に突き動かされた存在ではなく、何らかの目的をもって人間をゾンビにする為に行動しているらしい、と。
その何かがまだ発見されない。というか、恐らく菌糸類か寄生虫であろうと予測はされているのだが、そのナニかを突き止めることが出来ても、研究者が軒並みやつらの仲間入りしていてそれ以上わからないのが現状である。
せいぜいわかっているのは上記の事と、ゾンビに変じた人間は脳死と近い状態であり。体は生きていても人間としては死んでいるという事実。ゾンビとの粘膜接触は危険という事。
そして、姉さんとの地道なフィールドワークにて判明した事であるが、人間を見つけていない状態。パッシブな状態にあるゾンビの行動範囲はある程度決まっている。という事ぐらいだ。
つまり、姉が本当にゾンビに変じているなら彼女とはぐれた地点を中心に探し回れば、彼女のゾンビを見つけることができるハズ。
もしも他の生存者によってゾンビとなった彼女が討伐されていたら?
その可能性は切って捨ててしまっても良いものだ。
元より、ここは周辺で危険地区として知られており、生存者の出入りがほとんど無い。
―――市役所の奴らに頼まれでもしなければ、俺も姉さんもここに立ち入る事なんてなかった。
下手をすれば、ゾンビ数十体。いや百に届く数に囲まれかねないほどゾンビの数が過密している地域。
しかし周辺を探索しても姉さんが見つからない以上、彼女は――生きているにせよ、死んでいるにせよ――その内部へと立ち入った事に他ならないのだろう。
ならば、そろそろ覚悟を決めねばなるまい。
三ヶ月前の探索で誘導装置を失ったのが痛いが、なんとかして踏み込む他無いだろう。
そのためにはまず体を休めなきゃな。
この三ヶ月間、無理をしていた自覚はある。何度かゾンビともその他とも遭遇し戦闘も行ったため疲労が溜まっている。それだけでなく、つい一ヶ月前。この辺りで中規模の生存者コミュニティであった『モール』が何者かによって壊滅したこともあって、他地域からの生存者の流入が始まる予感がある。
そのため、姉の指示で要塞化している拠点も更なる改良をしておきたい。
「やることが多すぎる」
愚痴をこぼしたところで状況が好転するわけではないが、言わずにはいられなかった。
―――その時、誰かの声が聞こえた気がした。
なんだ?そう思うより早く自分の体が動く。
近くにあった古いアパートの階段を登り、ぐるりと辺りを見回す。
―――あれか。
見付けたのは、走る複数の人影とそれを追いかける数十体のゾンビの群れ。
思わず舌打ちが漏れた。物資の困窮からかおそらく彼らは危険地区へと近付いたのだろう。
あそこは手付かずになっているから、物資が残っていると踏んで。
愚かな選択だ。おそらく、他地域からの遠征組か移住組だろう。
判断を間違えばその命で支払うしか無い世界になったというのに。
そして、俺も又そんな愚か者のひとりだったようだ。
気が付けばもう自分の体が動いていた。今まで、姉さんと一緒だったときと変わらず彼らを助けるために。
『とーるとさ、また会えたときに胸張って会いたいからさ』
十数年前に居なくなった姉さんの親友。彼女に感化された姉さんの『お人好し』という行動原理はどうも自分にも感染していたようで―――
この判断が故に、俺は自身の命を支払うことになろうとは、このときは微塵も考えていなかった。
◆◆◆◆
―――痛い。痒い。熱い。寒い。
ぜぇぜぇと息を漏らしながら、俺は一件の空き家に転がり込んだ。
―――苦しい。冷たい。
玄関は血にまみれているし、略奪が成されたそこには、既に有用な物資なんて残っていなかった。
今さらどうかとは思ったが、半ば習慣として安全確保の為に部屋を見て回った折りに見付けた小さな子どもの物と思われる遺体。
略奪に入った誰もが、それを放置した事実が悲しかった。
そして、もう既に何もしてやる事の出来ない自分を恥じた。
―――気持ち悪い。気持ちいい。
頭の中に虫が入り込んだようなひどい頭痛を感じながら、足から漏れ出る血を使ってメッセージを壁に遺す。
これで、いい。
ハンマーは用意した。鎖も、あった。
ここで力尽きる前に、しっかりと自分を処理しなければ。
死んだあとの俺が誰にも迷惑をかけないように。誰も襲わないように。
ボイスレコーダーに声を吹き込む。
話を始めたら、次から次へと後悔が押し寄せてくる。最後の最後に泣き言を漏らしてしまったが、入っていないことを祈るばかりだ。
壁に背を預け、ハンマーを手に持つ。
思い出したのはかつての日々。
でも意外なことに、自らの活躍ではなくて。
『やっぱりさー。"オオガキコガキ"は奇跡的な名前だし残したいなー』
いつもの定位置だった駅前のベンチ。寒空の下で鼻と耳が寒さで真っ赤になったボブカットの少女がカラカラ笑う。
『でもさ、度会から"ライ"取って"オーライ"もなかなかよくない?』
ギターをチューニングしながら笑うのは、まだ若かりし頃の姉さん。今よりずっと長い髪の毛が空っ風に吹かれて揺れていた。
『ねね、れーじくんはどう思う?』
ジャン!とギターを鳴らして、屈託の無い笑顔で少女が問いかけてくる。
―――あの時、自分はなんと言ったのだったか。
俺の答えに姉さんは不敵な笑みを浮かべ、少女はガッカリだとギターを鳴らしながら肩を落とした。
『こんなに私と二人の間に意識の壁があったなんて…!これはもう離婚だよ!!』
『えー?私の女房の愛を信じての提案なのに、それが理解されないなんて悲しいなあ…』
そう言ってケラケラ笑いながら姉さんが歌い出したのは、軽快なカントリーミュージック。
ただ、それを聞いた少女は眉間にシワを寄せて、頬を膨らませた。
当時の俺が、何の曲か訪ねると。
『愛が偽物と気付いた男の曲だよ!ちくせう!!』
そう言いながら少女が奏でたのは、ことあるごとに口ずさむ曲で―――
「ああ、死にたくない」
一人きりの俺には、少しばかりクルものがある、誰かと共にあることを願う曲。
一人きりで自分を終わらせなければいけない俺には、その曲は少しキツかったけど。
「――――――――ッ!」
振り下ろしたハンマーがもたらした痛みで、現実へと引き戻される。
変わっていく意識が。終わっていく理性が強制的に戻ってくる。
両足の骨が砕けたのを確認して、両手を鎖で封じて頭の後ろに回し、わざとたわませて余った鎖を口に噛む。
すべての処理が終わった時。もう目を開けるのがつらいほどの眠気に襲われる。
まぶたを閉じる。世界が暗闇に包まれる。
―――それでも、そこにはかつての日常が映し出されて……。
眠り逝く俺の耳には、確かにあの日聞いた唄がこだましていた。
10/17(木)投稿。
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幕間は基本的に4,000字弱で書いていきます。
次はブラッドくんのお話。本日18:00に投稿します。




