8 鮮血
※本文は治療行為の描写であり、それ以上でもそれ以下の意味合いもございません。
翠「おめーの魔法ノクターン補正かかってんの?」
透「ぐぬぬ…」
三本の矢がそれぞれ敵の頭から生えたのを確認して私は残心を解く。
今まさに自らが敵と認識した人間を射ち殺したけど、私の心に何か波風が立つ様子は一切無い。
だからね、ブラッドさん。そんな心配そうに体をこすり付けなくても大丈夫だよ。
本当にもう、彼の優しさに涙腺が緩みそう。
「さて、あとはあの子をどうするかだけど…」
ブラッドの頭を撫でつつも考える。今は突然目の前に誕生した前衛的なオブジェクトを見て呆然としてるけど、再起動したら騒ぎだすに違いな―――
「まずい」
そう思って眺めていると、突然彼女が倒れた。
「ブラッド、先に行くね!」
そういえば、彼女の足からは流血が見られたはずだ。
もしも怪我を負ったのが太もも。特に内腿だとしたら、まずいかもしれない。
雑居ビルから飛び出して、倒れ伏した女の子の下へと急ぐ。
魔力を回して【身体強化】を併用すれば、二十メートルの距離などゼロ距離と変わり無い。
うつ伏せに倒れている女の子を抱き起こすと、彼女は大量の脂汗をかいて、短い息を繰り返し、気を失っていた。
思わず舌打ちが漏れる。あの◯◯◯野郎共、やってくれやがった!!
脚から今もなおだくだくと流れ出る鮮血は、女の子の履いたジーンズの右足側だけがどんどんと変色していく。
患部を確認する為にジーンズを引き裂けば、とたんに溢れ出る鮮やかすぎる赤。
考えうる限りで最悪の可能性が現実となった事に、思わず空を仰ぎそうになるのをぐっとこらえて【ストレージ】を開き、中から細い麻紐を取り出して、傷口よりも上の部分――ほぼ股関節――をグッと縛り、そのまま彼女を横抱きにして抱き上げる。
「ブラッド!さっきの場所に戻って!先に安全の確保をお願い!」
ショック症状は出ていても、まだ下がゆるんでいない。まだ間に合うはず!
こちらに走ってきていたブラッドが私の声を聞いて踵を返すのを尻目に私も走り出す。
魔力を…ダメだ。【身体強化】をして触れてる部分からわずかでも魔力が流れ込んだら、それこそ痛みでショック死しかねない。
慎重に運ばないと傷が開く可能性もかなり高い。二十メートル弱の距離が遠いなあ!
それとこの子失血を抜きにしても衰弱してる。栄養状態も宜しくないのか、髪の毛はパサついてるし、見た感じ肌も荒れてる。
まだ脂肪の消費が始まった様子は無いから、飢餓に陥ってはいないけど、一週間近くまともに物を食べてないかも。
なら、例え傷の治療を終えたとしても彼女の体力がもつかわからない。
つまり、普通の治療だと助かる可能性は低い。
ブラッドが吠える。結構大きな声で吠えたということは、少なくとも彼の耳鼻が捉えられる範囲にゾンビも人間もいないのだろう。
彼に感謝を伝えながら、雑居ビルに駆け込み、先ほど狙撃に使っていた二階の部屋へと入る。
抱きかかえていた女の子の体を揺らさぬよう、慎重にその体を床の上に寝かせて【ストレージ】を開く。
取り出すのは、万年筆のペン先が針に変わったような道具。ぶっちゃけると暗器の一種。
『慈悲の針』と向こうでは呼ばれていた、構造も万年筆によく似ているがこれは司祭の仕事道具で、注射器と言えないこともない。
次に取り出すのは、ある植物型のモンスターから抽出された体液の入った小瓶。
ぶっちゃけると毒の一種で、投与すると即座にその場所の痛覚を麻痺させる効果がある。
気化させて吸入させると全身麻酔としても使えるけど、回りきるまで時間がかかるから使わない。だけど、正しい使用方法はそっちだ。
ちなみに【ストレージ】に薬品を入れることはできないのだけど、なぜか毒物は保管しておくことができる。
地球人からしたら変な感じもするのだが、作成者である私がその性質を把握できていない以上、わからないものとして利用する他ない。
別段不都合は無いのだし。
「大丈夫。覚えてる…」
自分に言い聞かせるようにつぶやきを漏らす。
帰化吸入させて使う毒を直接人体にぶちこむわけだから、かなり緊張する。
空気に触れるとガンガン揮発していくから慈悲の針が必要だったのだけど、もしも量を間違えたりしたらかなり悲惨なことになる。
毒を小瓶から慈悲の針へと装填して、慎重に女の子の右太ももに針を刺し入れる。
心の中で秒数を計り、丁度三秒ほどで引き抜いて彼女の様子を観察する。
十秒ほどで彼女の呼吸が若干安定したので、とりあえずほっと息を吐いた。
緊張で額から流れた汗が目に入りハッとする。
まだ終わった訳じゃない。
そも、局部麻酔を施したのは彼女の体内に銃弾が残ってるか確認するためである。
「ごめんね。あとで綺麗に治してあげるから」
細身のナイフと酒精の強い酒。そして清潔な布を【ストレージ】から取り出し、ナイフを魔法の火であぶった後、その刃と両手を酒で清め、魔力を回して水気を払う。
次に酒を布に染み込ませてから彼女の右足に付いた血を拭ってから確認――また舌打ちが漏れた。
手早く彼女の傷口に刃を立てて、慎重にそこを切り広げる。異物が体内に侵入したためか微かにうめく声が聞こえたが、無視して侵入角を確かめて、切り開いた傷口を指で広げていく。
本当に、どの世界でも野戦治療は厄介極まる。
かのクリミアの天使様が、さっさと切り落とすことを推奨する意味を嫌と言うほど理解させられたからね。
開いた傷口の先、やはり大腿骨で銃弾は止まっていた。ナイフの切っ先を使って慎重にそれを摘出する。
「……な、に…し、て……る…の?」
痛みが引き、突然異物感を覚えたためか女の子が目覚めてしまったようだ。
「治療」
短く返答しながら、先ほど使った布のアルコールを魔力を回して蒸発させて、彼女の右足にかけ、未だ血を流し続ける患部を見えないようにする。
ついでに両手も水を作って血を洗っておく。スプラッターはダメな人多いからね。
女の子は、そんな私の言葉に青く変色した唇を僅かにゆがめ、力なく首を横に振った。
「あり、が…とう。で、も……も…う……」
その先を言わせまいと、彼女の唇に人差し指を当てる。
たぶん、痛みがなくても血が止まってないことは理解しているのだろう。そりゃあ、病院もずっと閉まってるこんな世の中。
普通に考えて、この傷じゃ助からないと思うのも当然だ。
残念ながら、私は普通じゃないけど。
彼女の後頭部に右手を差し入れて持ち上げて、不安げに揺れる瞳を見つめるながら顔を近付ける。
彼女にそこまで力が残っているかは疑問だが、上半身だけを覆い被さるように重ね、左腕を背中に回し、抱き締める様にその細い体を拘束した。
「もし、ハジメテだったらごめんね?」
「んぅ…」
そして、そのまま私は彼女と唇を重ねた。
驚きに見開かれた彼女の瞳を見つめながら、口の中で唾液を溜めつつ魔力を回す。
十分に唾液が溜まってから、ゆっくりと彼女の唇を舌で割り開いて口腔へと侵入する。
そして、魔力を込めた唾液を舌に乗せて彼女の中へと流し込んだ。
……言い訳させてほしい。別段、私は彼女に最期の思い出を上げようとか、自分の欲望を満たすために彼女の唇を奪ったあげくディープな方へと移行した訳じゃない。
これは、れっきとした【治癒魔法】の使い方のひとつである。
本来【炉心】を持たない人に魔法を使用すると苦痛を与える事になるのだが、なぜか情事を介して魔法を使うと、まったく違う感覚を相手に与えることとなる。
端的に言うと、メチャクチャ気持ちいい。らしい。
それなんてエロゲー?なんてウ=ス異本?それは房中術では?と思われることだろうが、私がこれを知ったのは偶然だ。
私が魔法使いとなった後、それの使い方を調べるために魔法都市と呼ばれてたとある貴族の領地に籠って調べものに明け暮れていたとき、私はソレと出会った。
貴族の人が、すっごいニヤニヤして『勇者殿もお好きですな』って言いながら手渡された『ウィル=スーン魔法異聞』という一冊の本。
ウィル=スーンって人は悪い意味で向こうで有名な昔の王様なんだけどね。
それと同時に【治癒魔法】に長けた魔法使いとしても、悪名高い人物だったらしい。
女の子の躾をするとき『ウィル王がさらいに来るよ』って言い回しがあるほど。
何をしたかって?ナニをしたんだよ!魔法を使って色々悪さをしたやつだよ!
うん。魔法異聞とか言って魔法書の体裁を整えていたけど、彼の下事情の自慢話だったよ!
ホントにウ=ス異本だとは思わなかったよ!?
後で聞いた話だと、これは【治癒魔法】とは区別され【閨魔法】というドストレートな名前を付けられた上で禁術指定されていた。
その時の事を愚痴混じりに話したら、話を聞いてくれた司教様がすっごいいい笑顔でその貴族の所に行ったけど。
結局あちらでは一度も使うこと無かったのに、まさか地球に戻ってきて使うことになるとは思わなかった。
どんな知識が役に立つかわからないねー(棒)。
だからブラッド!そんな目で私を見るのはやめて!!
現実逃避しながらも、彼女をホールドしたままその口腔へと唾液を流し込み続ける。
女の子が息苦しそうに体を揺するたび口を解放して、息が整ったのを確認するとまた唇を重ねる。
少し魔法が効いてきたのだろう。血の気が引いていた彼女の頬に若干朱が差す。
そして、なぜか彼女は私が差し入れた舌を、自らの舌でおそるおそると言った風につついてきたので唾液の分泌が増えるを幸いと私はその舌を自らのもので絡めとる。
ちゅぷちゅぷという湿った音が、荒れ果てた雑居ビルの一室でこだまする。
その音を聞きながら、私は女の子の背中へ回していた左腕を解き、縛ったままの麻紐をほどくために彼女の足にかけられた布の下へと左手を滑り込ませる。
すると、女の子は自由になった腕を動かして、私の服の胸元をしっかりと握りしめた。
唇を重ねたままの為、彼女の右足に指先を優しく這わせて結び目を探したためか。彼女がむずがるように足をわずかに動かすためなかなか結び目に指をかけることができない。
何度も失敗したが、無事結び目を見つけ私は慎重にそれをほどくために小指と薬指を彼女の脚にやさしく立てると、彼女の体がわずかに強ばる。
一気に塞き止めていた血流を解放しないよう徐々に徐々に紐を緩めていく。
その時、血の流れを確かめるため内腿の動脈付近に先ほど立てた小指と薬指を滑るように移動させるときゅっと彼女は目を閉じた。
なんかオカシイことになってきたと内心焦りを覚えるも、麻紐をほどき終えた私は傷口を確かめるために、左掌を太ももをさするように動かした。
「ん―――!」
傷が完全に塞がっていた事に安堵を覚えた瞬間、彼女の全身が再度強ばりシャツが伸びるのではと不安になるほど、それを握りしめた手がきつく結ばれる。
そしてくぐもった声をあげたかと思うと、クタリと彼女の全身から力が抜けた。
何か起きたかと思い、唇を離す。
互いの口許を繋ぐように伸びた糸の橋が千切れると、熱に浮かされた様に潤んだ彼女の瞳がそっと閉じて、そこから一筋の涙が頬を流れる。
そしてすぐに彼女はくぅくぅと可愛らしい息を立て始めた。
「……気絶しただけかぁ」
初めてこんなやり方で【治癒魔法】を掛けたこともあって、かなり緊張していたのだがうまくいったとわかりほっとした。
「あー。この後の事を考えたくない!」
助けてしまった以上、傷は治したしはいさよなら。なんて無責任な事はできないから、しばらくの間この女の子とも生活をしなければいけないと思うと気が重い。
「ブラッドさんどう思う?」
出入り口の付近で丸まっていたブラッドにそう問いかけると、彼は少し呆れたような雰囲気をまといながら小さく小さく鼻を鳴らした。
なんか納得いかなかったが、私は眠ったままの女の子を起こさぬように気を付けながら彼女をおぶる。
「さて、とりあえず今日中にマンションへいこっか」
そんな私の言葉に、ブラッドは仕方ないと言わんばかりに溜め息を吐くと立ち上がる。
再び雑居ビルから出て、歩くこと数分。
やっと、私たちは当面の拠点となる建物へとたどり着いたのだった。
10/14(月)投稿。
お気に召しましたらブクマや評価。感想などよろしくお願いいたします。
はみ出し小噺
④瓶詰め
地球兵站史の先駆けにして革命児。それまで『干す』か『焼き絞める』事が主流だった保存食産業に殴り込みを掛けた。
輸送性に難があり、馬車の振動で割れることが多かったのだとか。
缶詰め君のお兄さん。素人でも簡単に作れる。
家庭で作るときは、100均で瓶を買うと安上がり。その時は蓋の内側にパッキンの付いた物を買おう。
透ちゃんはナポレオンが考案したと勘違いしているが、ナポレオンは公募を懸けただけである。実際の考案者はアベールさんである。世界史を履修していなかったから、間違えて覚えていた。
透によって異世界に広められた。まだプレス加工が発達していないので蓋はコルク式の物。ガラスも現代ほど透明度の高いものではない。
しかし、地球の歴史同様軍需物資として爆発的に普及。『ナポレオン』という名前で親しまれている。地球から転移や転生する者が以降現れたら間違いなく混乱するだろう。




