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2-20.運命

 ステンドグラスが破壊された天井から差し込む光は、夕焼けの色に染まっている。

 リオレイルの瞳は染まるような燃えるような赤紅に染まっていて、それが夕映えによるものなのか、怒りによるものなのか、傍らのカイルにも分からなかった。


 大剣を片手に持ったまま手首を回すリオレイルは、しっくりと手に馴染む愛剣に自分以外の力が乗っている事を感じていた。探らずとも分かる、暖かな光――グレイシアの聖なる力が宿っている。


 リオレイルの冷たい視線から逃れるように、ルルシラが一歩後ずさった。砕けた色硝子の欠片が、その足元で音を立てた。


「リ、リオレイル様。わたくしと結婚なさると、頷かれたではありませんか」

「そこに私の意思はない。私の妻はグレイシアただ一人だ」

「グレイシア様は、魅了を使って――」

「妄言もそこまでだ」


 ルルシラの縋るような言葉を遮る声は、氷を映したように冷え冷えとしている。

 その静かな怒りにあてられたルルシラがまた一歩下がった時、気絶していた司祭が小さく呻くような声をあげた。


 ちら、とリオレイルの視線がそちらに動く。

 その瞬間、ルルシラがリオレイルへと手を伸ばした。手から溢れる”穢れ”は蔦を形取り、リオレイルへと勢い良く襲いかかる。


 視線をルルシラに戻したリオレイルは、一足でルルシラの懐に飛び込んだ。手にしていた大剣を横に薙ぐと、ルルシラの腕を肘上で斬り落としてしまう。


「ぐっ……!」


 その場に膝をついたルルシラの喉元に切っ先を当てたリオレイルは、切断面から溢れる”穢れ”に低く笑った。

 血など一滴も零れていない。腕の断面からは不気味な程に色の濃い”穢れ”が溢れ出している。


「その体、”穢れ”にまみれているな」

「そういう事ですか。……グレイシア様がルルシラ嬢の腕を掴んだ時に、彼女の腕が爛れたのですが……」

「グレイシアの聖気にあてられたのだろう。先程の平手がそうならなかったのは、ただ単純にグレイシアが手に聖力を纏わせていなかっただけだろうな」


 合点がいったとばかりに言葉を紡ぐカイルへ、リオレイルも頷いて見せる。

 ルルシラはぐっと唇を噛み締めて、リオレイルを見つめていた。睨んでいるようなその鋭い視線は愛憎が入り交じり、花嫁衣装には不釣り合いだった。


「私の”忌傷(いみきず)”に干渉したか。それだけの”穢れ”を操る力だ、造作も無かったのだろう。クラッセン領で起きていた”忌人(いみびと)”や魔獣が大量に発生していた件も、貴様の仕業だな?」

「……そうよ、魔獣達が大量に出れば、討伐の為にあなた達が出てくると思ってた」


 膝をついたまま、リオレイルを真っ直ぐに見つめるルルシラは、先程までとは打って変わって言葉を崩していた。急所に剣をあてられているにも関わらず、その表情に怯えの色は微塵も見えない。


「森の大樹の中に、魔石を置いたのも貴様だな?」

「ええ。手駒となる”忌人”達を増やす以外にも、私の力となる”穢れ”をもっと濃くする必要があったから」


 くすりと笑ったルルシラは、喉に突きつけられた大剣に自ら首をあてる。薄く切れたその一本線から溢れるのはやはり”穢れ”だった。


 その”穢れ”は蔦のように大剣に纏わりつくと、刃先からリオレイルの手へと意思を持つかのように伸びていく。リオレイルは後ろに跳んでルルシラから距離を取ると、”穢れ”の絡み付く剣を振り抜いた。剣の纏う聖気によって”穢れ”は簡単に霧散する。

 ルルシラはゆらりと立ち上がる、まるで”忌人”のように。無事な手で切り落とされた腕の断面に触れ、断面から指を潜り込ませる。引き抜くように”穢れ”を伸ばし――それは黒い腕を形取った。


「私ね、本当にあなたの事が欲しかったのよ。あなたは覚えていないでしょうけれど、前に陛下の夜会でお見かけしたの。それからずっと、ずうっと好きだった」


 ルルシラがにこやかに言葉を紡ぐ。

 その表情とは裏腹に、教会内は濃い”穢れ”に満たされていく。


 カイルがそっと動いて、気絶したままの司祭を壁端に引っ張り寄せた。あのままルルシラの側に居れば、”穢れ”に飲み込まれるかもしれないと思っての事だ。しかしこの距離でも無事で居られるかは分からない。


「あなたの周りを囲んで、他の令嬢と一緒にあなたの事を見つめていたの。あなたが私達を見ることはなかったけれど。あなたはつまらなそうな無表情で、時間が過ぎるのを待っているようだった。その時にね、あなたには”穢れ”の気配がある事に気付いたの。その背中に”忌人”から受けた傷がある……それを感じ取った時、運命だと思った」


 ルルシラが両手を広げてくるくると回る。

 踊るように軽やかなステップが踏まれる度に、ルルシラの掌からは”穢れ”が落ちて床が黒く滲んでいく。


「昔、私が”忌人”に襲われたのも、その時から”穢れ”をこの身に宿すのも、あなたを私のものにする為の運命だったんだって」

「そんな運命、願い下げだ。私にはグレイシア以外必要ないのでね」

「ふふふ、私と一緒になればこの世界を掌握する事だって出来るのに? この世界に生きる全ての者は”穢れ”や、それから生まれる”忌人”を恐れてる。あなたは”忌人”達の王になる事だって出来るのよ」


 ルルシラの言葉に、リオレイルは深い溜息をついた。大剣を片手に持ったまま、逆手で髪を手荒に乱す。


「……どいつもこいつも、どうして私を王にしようとする」


 隣国の王女を思い出したカイルは、リオレイルの言葉に苦笑するしかなかった。


「あなたにはそれだけの力があるからよ。あなたは王となるのが相応しいし、誰かに仕えるような人じゃないでしょう?」

「そんな願いは持っていない。私が望むのはグレイシアの傍に在る事、それだけだ」

「嘘よ。一国の王じゃないのよ、この世界全ての王となる事が出来るのよ? それとあんな女ただ一人を天秤にかけるというの?」

「グレイシアが望むなら、この世界の王ともなろう。だが心優しい私の妻はそれを願わないのでね」


 迷いもなく紡がれる言葉に、ルルシラは困惑の表情を浮かべるばかり。


「御託はどうでもいいんだ。貴様が何を望もうと、何をしようと関係ない。私の怒りを受け止める以外に出来る事があると思うな」

「……私を殺すつもり?」

「何を言っている」


 床に落ちた”穢れ”から、ゆっくりと”忌人”が起き上がってくる。ゆらりゆらりと体を横に動かして、リオレイルとルルシラ、そしてカイルを囲う壁となる。それだけの”忌人”が具現する様に、カイルは思わず息を飲んだ。

 しかしリオレイルは気にした様子もなく、ルルシラを見ていた。その口許に酷薄な笑みが浮かんだ。


「貴様、既に死人だろう」


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