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過去⑧

 リオレイルがアーベライン侯爵家に滞在して一ヶ月。


 いまにも儚くなってしまいそうな程だったリオレイルは、すっかり回復していた。食事もしっかり摂れるようになって、肉付きも良くなった。毎日鍛錬したり、外を駆け回ったりとしているお陰か寝つきも良くなり、悪夢に魘されることも無くなった。

 その赤い瞳も美しく煌いて、もう陰など無い。笑みを浮かべて冗談を言い合えるほどに、侯爵家の人々とも打ち解けた。


 それが意味するのは、イルミナージュ王国に帰国する日が近付いているという事だった。




 テオバルトが客間に入ると、ソファーに座るリオレイルの後姿が見えた。いつも一緒にいるあの元気な少女の声は聞こえない。

 不思議そうに思う伯父に気付いたのか、リオレイルは振り返ると、人差し指を口元に当てた。テオバルトがソファーの正面に回ると、リオレイルの膝を枕にして眠るグレイシアの姿があった。

 リオレイルは愛しむかのように優しく、グレイシアの銀糸を撫でている。


「本を読んでいたら寝てしまって」

「そうか。グレイシアちゃんはリオレイルが好きなんだね」


 テオバルトがそう言うと、リオレイルは視線を床に逃がした。それが羞恥の為である事は、仄かに色付く頬からも分かる。


「……伯父上、ありがとうございます」


 テーブルを挟んだ、向かいのソファーに腰を下ろしたテオバルトは首を傾げる。テオバルトに視線を戻したリオレイルの表情は、ひどく穏やかなものだった。


「あの日、伯父上が離宮に来て下さらなかったら、僕はもう生きていなかったでしょう」

「……遅いと、怒らないのかい?」

「伯父上がお忙しいのは知っています。それなのに、僕の為にこうして国を離れて下さった。……そろそろ戻らなければならないのでしょう」


 幼い甥の聡さに、テオバルトは苦笑した。

 リオレイルが回復したなら、国に戻らなければならないと思っていたからだ。リオレイルは王位継承権を持つ王子であり、自分も国防を担う公爵である。いつまでも国を離れているわけにはいかない。

 しかしテオバルトは悩んでいた。アーベライン侯爵家の明るさと、豊かな自然、そしてグレイシアの存在でリオレイルは回復した。そこから離れたら、またリオレイルは辛い思いをするのではないか、と。


「離れても彼女達は僕の友人ですし、きっと彼女達もそう思ってくれるはず。父上方にも迷惑を掛けてしまいましたし、きっといまも心配なさっていることでしょう」


 そう話すリオレイルの声は、母であるテレサが元気だった頃のように穏やかだ。


「この国に来て、魔法だけが全てではないと分かりました。王太后様は僕の事をお認めにならないでしょうが、僕は僕に出来る事で国にこの身を捧げたいと思います。有難い事に剣技の腕前は守護団の方にも褒めて頂けたので、そちらに進んでもいいかと思っています」

「……そうか。リオレイル、ここに来て良かったかい?」

「ええ。僕はもう大丈夫です」


 そう笑うリオレイルの姿が妹に良く似ていて、テオバルトは目の奥が熱くなるのを自覚した。涙を零さないように、ただ頷く事しか出来ない。


「離宮には僕の側近を置くから、安心して欲しい。王太后も王都を離れているというし、もう君を傷つけさせる事はしない」

「ありがとうございます」

「僕もしばらくは王都の屋敷にいるし、何かあればいつだって飛んでいくよ」


 リオレイルは小さく頷くと、膝の上で眠るグレイシアに視線を落とす。少し開いた口元からは穏やかな寝息が聞こえている。


「またここに遊びに来られるでしょうか」

「もちろんさ。アドルフ達もいつでも遊びに来て欲しいと言っていたよ」

「……良かった」


 小さく落ちた呟きは、心からのものだった。

 それほどまでに、ここでの生活はリオレイルにとってかけがえのないものになっていたからだ。同年代のベルント達と子どもらしく騒ぐ事も、自分を慕ってくれるグレイシアと共に過ごす時間も、リオレイルにとって愛しくて仕方がなかった。


 グレイシアの銀糸を指に絡める。癖のない髪はすぐにさらさらと零れてしまう。その手触りが心地よくて、リオレイルはそれを繰り返した。

 その様子にテオバルトは口元に浮かぶ笑みを隠すこともせず、美しい絵画のような二人の姿を眺めていた。


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