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48.花畑

 グレイシア達は王都を離れ、領地である辺境まで帰ってきていた。

 事件のあらましを聞いた次兄とその婚約者は酷く憤り、今からでも王城に乗り込んでしまいそうだったので、それを止めるのに守護団の半数が数日使い物にならなくなってしまった程だ。


 穏やかな領地での生活は、事件の事で傷ついたグレイシアを癒してくれる。自分でも気付かなかったけれど、それなりにショックは受けていたらしい。

 夢見が悪くなり、食欲も落ちた。家族に心配をかけたくはないが、これもきっと時間が解決してくれるのだろう。


 思えば、リオレイルの屋敷にいる時はこんな事はおきなかった。

 冤罪で糾弾されている夢も見なかったし、悪意に晒される夢も見なかった。拘束されて鞭をふるわれる夢も。


(きっとリオンが傍にいてくれたからだわ。……いつ逢えるかしら)


 小さくついた溜息は風に溶け消える。

 いまグレイシアは、思い出の中の花畑にいた。あの時とは色彩も違うけれど、それでも色鮮やかな花々はグレイシアを慰めてくれた。

 半年後にはイルミナージュに渡り、リオレイルの妻となる。いまはその準備期間で楽しい時間な筈なのに、リオレイルに会えないだけで心が冷たくなっていくようだった。



 リオレイルはこまめに贈り物と手紙をくれる。

 だけれど逢いにはきてくれない。


「……わたしってこんなに思い悩む性質だったのね。こんなの、わたしらしくないわ」


 何度目かの溜息をつくと、グレイシアは意を決して立ち上がった。

 逢えないんじゃない。


「逢いに行けばいいのよ」



 そうと決めたらすぐに動くべきだ。

 旅支度をして馬に乗ろう。そう思ったグレイシアが踵を返すと、そこには紺にも見える黒髪を風に揺らした、琥珀と赤の瞳が美しい、美貌の婚約者が居た。

 いつもの騎士服で、襟元を軽く寛げている。


「……白昼夢かしら」


 小さく落とした呟きを拾ったリオレイルはまるで泣いてしまいそうに眉を下げ、肩を揺らす。

 地を蹴り一気に距離を詰めると、その力強い腕の中にグレイシアを収めてしまった。


「……グレイス、逢いたかった」


 掠れるような声は熱を帯びている。

 現実だと理解したグレイシアは彼の背中に両腕を回して、自分からもきつく抱きついた。


「逢いに行こうとしていたのよ、いま。荷物を纏めて馬に乗って、リオンの元に行こうとしていたの」

「不甲斐ないな、君にそんな思いをさせてしまうなんて」

「そうね、魔法陣があるからいつでも来てくれるかと思ったのに、あなたったら全く逢いに来てくれないんだもの。寂しかったのよ」


 伝わる温もりと、優しい鼓動に促されるようにグレイシアは素直な想いを口にする。リオレイルの腕に力が篭められると、グレイシアはくすくすと笑った。


「……逢いたかったんだ。だけど、君に逢えば……欲のままに奪ってしまいそうで」


 リオレイルは抱き締める腕の力を抜くと、グレイシアの銀糸や額にそっと唇を押し当てていく。


「事件が収束して、君が俺の婚約者となった事を改めて実感すると……もうだめだった。今すぐにでも君を娶って、俺のものにしたい。十二年、君を待った」


 いつもの余裕ある姿ではない。そんなリオレイルを見るのは初めてで、グレイシアの全身が朱に染まる。赤くなる頬にも口付けられると、グレイシアは呼吸を求めて口をはくはくと動かすばかりだ。


「……十二年待てたのに、この半年は酷く長い。でも逢わずにいられる程、冷静でもなかったんだ。我慢できずに逢いにきてしまった」


 不意に強い風が吹く。下ろしているグレイシアの銀髪が風に靡いて煌いた。


「愛している、グレイス。君だけをずっと、永遠に想う事を誓う」


 風が止み、静謐さが満ちた。リオレイルの紡ぐ言葉は何処までも真情でグレイシアの心に響く。

 リオレイルの胸元から顔を上げたグレイシアは、そのオッドアイの瞳を真直ぐに見つめた。


「わたしも愛しているわ。リオンだけをずっと、あなただけを心に誓う」


 誓いの言葉は自然と紡がれた。口元には笑みが浮かぶ。

 神聖ささえ感じさせる美しい微笑みに、リオレイルは促されるよう顔を近付け、そして唇を重ねた。グレイシアは拒まない。


 角度を変えて、触れ合うだけの啄ばむような口付けを幾度も交わす。互いの温もりが溶け合うまで、その優しい行為は続いた。


「……もっと逢いにきてくれると嬉しいわ」

「そうする。俺のほうが君不足に耐えられそうにないしな」

「でも無理はしないでね。お仕事が忙しいのは分かっているもの」

「転移で一瞬だ。……結婚式が終わったら長期休暇を取るつもりだからな、その為に仕事に励んでいるのもあるが」

「長期休暇?」

「新婚旅行というものが流行っていると聞いたが」

「連れて行ってくれるの?」

「君を喜ばせるのが俺の楽しみだからな」

「もう、馬鹿ね」


 愛しげに髪を撫でられると、擽ったさにグレイシアは笑う。抱きつく腕から力を解くと、リオレイルも腕檻から解放してくれた。

 そのままリオレイルの腕に、両腕を絡めて抱きつくと屋敷へと促す。


「結婚式のこともリオンと話したいの。今日はゆっくりしていける?」

「ああ、夜までは居るつもりだ。君のドレスはもう決まったのか?」


 二人並んで、花畑を歩く。

 風は柔らかく、空はどこまでも青い。


 ふと幼い笑い声が聞こえた気がして、グレイシアは肩越しに振り返る。

 花冠を頭に飾った幼い少年と少女が、嬉しそうに笑って消えた。


これにて第一章が終わりとなります。

ありがとうございました。


このあともどうぞお付き合い下さると嬉しいです!

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