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45.月夕

 王城での断罪が終わり、ここは王都にあるアーベライン侯爵の屋敷である。


 月夕(げっせき)に照らされたサロンで、ソファに並んで座っているのはグレイシアとリオレイルだけだった。

 他の家族は気を利かせているのか、別室でカイルとセレナと話している。婚約をしているとはいえ、未婚の男女が一室にいるのはどうかとグレイシアも思うのだが、それだけリオレイルが信用されているという事なのだろうと思った。


「ねぇ、リオン。……あの、謁見前に……アデリナ様と何を話していたの?」

「ああ、呼ばれた時か」


 アデリナは離宮での幽閉が決まっている。

 これより先、リオレイルに接触してくる事はないだろうが、グレイシアはやはり先程の件が気になっていたのだ。

 気になってはいたが、余り深く追求もしたくない。リオレイルがアデリナに靡かないだけ自分を想ってくれていると理解はしているけれど、それでも気になってしまうのが女心なのかもしれない。


「惚気てきただけだ」

「……惚気?」


 予想外の言葉に目を瞬く。リオレイルはそんなグレイシアの様子にくつくつと低く笑っては、片手を肩に回して抱き寄せた。指先では艶めく銀髪に触れている。


「カイルに言われてしまった。あれではただの惚気だと」

「待って、そんな話をするような雰囲気だったの?」

「さぁ、どうだろうな。俺としてはただ事実を述べただけなんだが、カイルに言わせれば惚気だったらしい」


 婚約者が一体何を言ったのか、グレイシアとしても非常に気になるところだった。しかしそれを聞いても自分が平然としていられるだけの自信も無い。

 それを読んでいたかのように、リオレイルは肩を揺らすと口を開いた。


「アデリナ王女からは王配につくよう言われたが、愛してやまない可愛い婚約者がいると言って断っただけだ。この程度が惚気になるのか?」

「わたしに言われても……」


 カイルが惚気だと言ったなら、もっと違うことも口にしているのだろうとグレイシアは思った。しかしそれを指摘しても藪をつつくだけになりそうで、口を噤む。

 それにしても、やっぱりアデリナ王女はリオレイルに惹かれていたのだ。それを改めて聞かされると、グレイシアの胸にはなんともいえない、もやもやとした感情が影を落とす。


「俺は君以外を娶るつもりはない。グレイス、君にはそれを理解していて欲しい」

「それはもちろん分かっているわ。あなたが……どれだけわたしを想ってくれているか、ちゃんと理解しているつもりだもの」

「もう虫除けとは言われないで済みそうだな」

「忘れて頂戴」


 自分の気持ちに蓋をして、惹かれている気持ちを押し隠そうとしていた過去を指摘されてグレイシアの頬には熱が集う。その頬にリオレイルが口付けをするものだから、グレイシアの鼓動は跳ねるばかりだ。


「もう少しゆっくりしていたいのだが、今日は帰らなければならない。アウグストに残務処理を任せてしまっているからな」

「また来てくれるのでしょう?」

「勿論。君と話したい事が沢山あるんだ。伝えたい言葉だって、まだ伝え切れていない。俺の想いも、もっと君に知って貰いたいと思っている」


 低音に熱が篭っているようだ。心地良い声に、グレイシアは思わず吐息を漏らす。そっと手を伸ばし、リオレイルの頬に触れたグレイシアは優しくその場所を撫で擽った。


「わたしも、あなたと話したい事があるわ。でもそうじゃなくても、こうして一緒に過ごしたいと思っているのよ」

「また可愛らしい事を言う」

「そうかしら。あなたは可愛いなんて言ってくれるけれど、わたしは……本当は嫉妬深いし嫌な女かもしれない」


 狡いとグレイシアも自覚している。こう言えば、彼はきっと否定をしてくれるだろうから。でも先程のアデリナ王女の話を聞いてから、心の奥で揺らぐ黒い感情は消えてくれない。


「嫉妬なんて、いくらしてくれてもいいんだが」

「面倒でしょう」

「まさか。君以上に嫉妬深い男がここにいるのに」


 リオレイルは肩を揺らすと、頬に触れるグレイシアの手を取った。ほっそりとした手を覆うレースの手袋を口で脱がすと、そのまま指先に口付ける。手袋は音も無く床に落ちていった。


「俺の執着に比べれば、君の嫉妬なんて可愛いものだよ、グレイス」


 触れられる指先が熱い。そこに心臓が移ったかのように、どくどくと脈打っているかのようだ。

 グレイシアは美しい琥珀の瞳に囚われているかのように、動けなかった。視線が重なったまま時間が止まってしまったかのよう。


 ――コンコンコン


 その静寂を破ったのは、控え目なノックの音だった。

 弾かれたようにグレイシアはリオレイルから離れると、足早に扉へと向かう。背後ではリオレイルが可笑しそうに笑っていた。


 ノックの主は、どこか申し訳なさそうなカイルとセレナだった。

 従者と部下に促されたリオレイルは、渋々といった様子でイルミナージュへ帰還したのだが……その後、暫く逢えない時間が続くとは、グレイシアは思っていなかった。


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