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17.剣戟

「それで……まだあの事件の詳細は分かっていないの?」

「“穢れ”を溜めた魔石が王都のあちこちに置かれていたのが発端だが、魔石自体は珍しいものではない。宝石として磨かれる前の原石は魔力を帯びやすいからな、その辺りに転がしておけば多少なりとも“穢れ”は溜まる」

「でもそれに触れるのは危険だわ。王都にそれを置いた人は、安全に魔石に触れられて、神聖女(かみせいじょ)様のご加護下にある王都に魔石を持ち込めるということでしょう?」

「ああ、だからそんな事が出来る奴は限られるし、すぐに犯人が分かると思った」


 会話の合間に剣戟の音が響く。

 ここはアメルハウザー公爵家の修練場だ。今日はリオレイルの休日なのだが、忙しい彼は午前中には領地の仕事をしていたようだ。午後から時間を空けてくれて、いまはグレイシアの手合わせに付き合ってくれている。


 今日もグレイシアはドレス姿だ。ワンピースのような普段遣いのものではあるが、刺繍の施された裾は足首まであって動きにくい。臙脂色の落ち着いた色合いは高く結い上げられたグレイシアの銀髪によく映える。

 リオレイルは襟元を緩めた白シャツに黒のスラックス姿だ。屋敷で寛ぐ時は大体こういった服装なのだが、既にグレイシアは騎士服より見慣れてしまったかもしれない。


 二人とも手合わせに使っているのは木剣だ。

 グレイシアはドレスの下でぐっと足を踏み込み、距離を詰めようとするが、リオレイルはそれを簡単にかわしてしまう。振るわれる剣を受け止めるも、それは段々と早くなっていて剣のぶつかる音が高くなる。


「まず君が冤罪なのは間違いない。君を見たという証言をした騎士二人は犯人に命じられたのかもしれないが、既に死亡している」

「なん、ですって……?」


 リオレイルの剣は早くて重い。受けるだけで精一杯になってきて、グレイシアの呼吸が乱れていく。


「あの二人は虚偽の証言をしたとして牢に入れられていたのだが、その日の夜に毒で死んだ」

「それは、自殺と、いうこと……っ」

「さぁな。まあ虚偽だと分かって証言するのだから、それなりの覚悟はあっただろう」


 一際高い音が響き、グレイシアの木剣が弾き飛ばされる。しっかり握って剣を手放すことまではならなかったが、空いた胸元にリオレイルの剣先が突きつけられていた。


「……参りました」


 悔しそうに降参すると、グレイシアはその場に座り込んでしまった。乱れた息を整えようと意識して深呼吸をする。

 対するリオレイルは汗ひとつかかず涼しい顔をしている。現役の騎士であり、騎士を束ねる団長というのはこんなにも強いのか。

 メイサが汗を拭いてくれる中、ミントの浮かんだ水を飲む。口から広がる清涼感が体を落ち着かせてくれるようだ。


「軸がぶれていないのはいいな。剣が軽い分、速さを追求しているのもいい。……君の剣は魔獣や“忌人”に対する為に磨かれたものなのだな」

「ありがとうございます。対人の経験も有りますが、領地での脅威となるのは魔獣が殆どだったから」

「君の剣は戦って勝つというよりも、守る為の剣だな。合っていると思うし、それは実家の影響だろう」

「そうね、わたしの剣は守護団のものだから」


 グレイシアの呼吸が整うのを見て、リオレイルは手を差し出す。グレイシアはそれを借りて立ち上がると、手を引かれるままに修練場を後にした。



 リオレイルが向かったのは、屋敷の裏手にある可愛らしい東屋だった。屋敷に来て最初にグレイシアが浄化をした花壇の側にある。あの時浄化した白いダリアはもうその身を散らしてしまっているが、今はまた違う花が目を楽しませてくれている。


 東屋のソファに促され腰を下ろすと、リオレイルもその隣へと腰を下ろした。

 メイサがお茶を用意してくれて、二人の前にお菓子と一緒に置く。失礼しますと声をかけて、グレイシアの纏めていた髪を下ろすとねじりを加えたハーフアップに直してくれた。それから少し離れたところに控えてくれる。


「先程の続きだが……虚偽証言の騎士が死に、次にアデリナ王女が諮問会に呼ばれたそうだ」

「あの騎士の証言を、どこで手に入れたか……ね?」

「そうだ。アデリナ王女が言うには『騎士達自らが、自分の元にやってきた』と。その証言を鵜呑みにし、調べもしないで糾弾に走った事の非は認めているらしい」

「騎士達の身元は?」

「二人とも子爵と男爵の息子だった。可もなく不可もなく、特段目に付くような家でもない」

「……彼らは証言をする時、酷く青褪めた顔をしていたわ。自分の行動に自信のある様子ではなかった。どうしてそこまでして、わたしを陥れようとしたのかしらね」

「恨まれる覚えは?」

「彼らは初めて見る顔だったけれど、アデリナ王女殿下に嫌われている自覚はあるわよ」


 大袈裟に肩を竦めて見せると、グレイシアは紅茶のカップを手にした。ほんのりと温もりが伝わって、指先を温めてくれる。そこでようやく、グレイシアは手が冷えている事に気付いた。


「王女殿下は自分が一番じゃないと……な人だから」

「聞いている。小国の使者が持て囃されているのを見て、癇癪を起こしたそうだな? 消えない傷が顔に残ったと聞いたが」

「よく知っているのね。でも傷はちゃんと消えたのよ。神聖女様がお力を尽くしたから」

「君が傷付けられなくて良かった」


 紡がれた声の優しさに、思わずリオレイルの顔を見た。グレイシアを見つめるその琥珀は柔らかく凪いでいて、グレイシアは鼓動が早鐘を打つのを自覚する。


「わたしにそんな事をしたら、父母が何をするか……それは王女殿下も分かっているのよ。今回の事だって、謀反だ出奔だと大変だったんだから」

「謀反なら手伝うし、出奔するなら纏めてうちで面倒を見よう」

「もう、冗談はよして。それより魔石を置いた犯人については分かっていないの?」


 指先が温まったのを感じると、グレイシアは紅茶を一口飲んでからカップを戻す。タワーで用意されたお菓子の中から、クッキーを一つつまんだ。

 リオレイルは甘いものが苦手で、いつもお菓子に手をつけない。今も紅茶だけ楽しんでいる。


「魔石に触れられるのは聖女くらいだ。聖女なら王都に魔石を持ち込むことも出来るだろうが、それについては神聖女に一任されている」

「神聖女様に。……それなら大丈夫ね、悪いようにはならないわ」

「随分と信頼しているんだな」

「神聖女様にはお会いした事があるの。昔の事だけど、とても優しくて……なんだか、温かな人よ」

「そうか、君が言うならそうなのだろう。では聖女はそちらに任せるということになるが……正直、聖女が見つからないとこれ以上の進展は難しいだろうな」


 リオレイルのいう通りだった。

 バイエベレンゼから離れているグレイシアに出来る事も少ない。こうしてリオレイルが調べて教えてくれるだけでも有り難いことだった。


「そんな顔をするな。大丈夫だ、君が無事にバイエベレンゼに帰れるようにする」

「……ありがとう、リオレイル様」


 帰りたい気持ちと、そうではない不思議な感覚。そんな気持ちを押し隠すよう誤魔化した笑みを浮かべるも、その笑みはすぐに固まってしまった。

 リオレイルがグレイシアの銀髪を一房取って指に絡ませているからだ。楽しそうなその表情にグレイシアは咎める事も出来ない。リヒトが呼びにくるまでの間、耳まで赤くするグレイシアの反応を楽しむように、リオレイルはグレイシアの髪を弄り続けたのだった。


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