動揺
「ほら!ドロシー!あそこだ!」
「オッケー!ノイくん!そこ頼む!」
私とノイくんのペアは少しずつ息が合ってきていた。さすが同い歳だけあって、喧嘩もたくさんするけどいろんなことを分かって気にかけてくれる。男の子の友達というのは初めてで、こういうものなのかなと私は心がぽかぽかしていた。
「この調子かもね!マスターにも認められるかも!」
「マーカスさんは、認めてくれやしないよ……」
「え?どうして……」
ノイくんがマスターのことを話し始めるのは初めてのことだった。いつもだるそうにしているけれど、ここまで物憂げなノイくんを見るのも初めてだ。
「あの人、女性恐怖症なんだ。俺とドロシーのペアなんてずっと認められないし、なんなら俺とドロシーが恋仲になって規約違反でドロシーを追い出すことを考えてる」
「こ、恋仲?! そんな……。う、嘘でしょ……」
「……恋仲っていうのは、片方が〝そういう気持ち〟になったらもう負けなんだよ」
そう言うとノイくんは私の手をいつもより強く握った。私はこの意味が分からなかった。
「ねえ、ノイくん」
「な、なんだよ……」
「マスターは、女性恐怖症なのにどうして女性のギルド入団を許可してるの?」
「本人は女性恐怖症のこと、認めてねぇんだ。プライドが高い人だからな。だから女性をギルドに入れては酷い追い出し方をしての繰り返し……。まったく……どうしようもないマスターだぜ本当に。俺は師匠がギルドマスターになることを反対したんだ。ブラック・アカデミーの創設時に。ヤーニングさんをマスターに推してたんだよ」
初めて聞くことばかりで、私は正直動揺を隠しきれない。
「マーカス師匠は、本当は優しい人だったんだぜ?……でも詐欺にあって、三回も詐欺にあって、人間不信な今のマーカス師匠になってしまった。女性が苦手なのは、詐欺師が三人とも女性だったからだ」
「詐欺に……」
「そう、詐欺。……具体的には、結婚詐欺だな」
「結婚詐欺?! 」
「はは。今のマスターからじゃ結婚や恋愛なんて想像もつかないだろうな。……詐欺ってのは、被害に遭った方が失うのは金だけじゃねーんだぜ」
重たい空気が流れ、私は何も言えなくなってしまった。
「さあ!もう一狩り行くとするか!ドロシー!俺達のペアは認められなくても、今日の功績はきっと認められるぜ!」
ノイくんは何かを諦めたかのような、爽やかだけれどどこか切ない表情をしていた。
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今日はノイくんがマスターと修行とのことで、私はヤーニングさんと買い出しに街へ出ていた。
実質デートだ。デート!ヤーニングさんとデート!
「えっと……こっちの分はもう終わったな。あとはこの店だけか。ちょっと歩くな……」
「はいっ!ヤーニングさん!」
最後に向かう店は、街から少し外れたところにあったので私はるんるん気分でヤーニングさんと道を歩いていた。
「その……ドロシー……?」
「はい!ヤーニングさん?」
「……慣れたか?ギルドには」
ヤーニングさんは気まずそうに目を逸らしながら言った。そう、私がここに来てから、いろいろなことが起こったし、ギルドの内情もよく分かっていた。
「お陰様で慣れましたよ。私、ヤーニングさんがいてくれればどこまでも着いていきます!」
「ノイから……いろいろ聞いてるんだろ?」
相変わらず気まずそうにするヤーニングさん。
「聞いてはいますけど……」
「それでも本当にこのギルドにいたいと思うか?」
「私は……ヤーニングさんが居てくれればそれで……!」
「マーカスがああなった原因が俺にあるとしてもか?」
「え……?」
マスターが結婚詐欺に遭った原因がヤーニングさん?一体どういうこと?
「ドロシー。俺はな、お前が思ってるほどいい男じゃねえぞ?こんなところにいるより、はやくロンバルへ帰って、ご師匠さんやお姉さんと一緒に幸せに暮らすべきだ」
私は何も言えなくなってしまう。突然そんなこと言うなんて……ヤーニングさん、ひどい……。
「そ、それより……。マスターがああなった原因がヤーニングさんにあるっていうのは、どういうことなんですか?」
「はー……。あんまり子供に話したい内容ではないんだがな」
「私もう十四歳です!子供じゃないです!結婚詐欺のことはノイくんから聞きました!」
「……おっと。そこまでもう聞いてるのか。まあ、ノイも全部は知らねえからな」
「私はどんな話でも聞きます!聞かせてください!」
「その前に、買い物済ませようぜ。ドロシー。店に着いたみたいだ」
私はそわそわした気持ちのまま、ヤーニングさんと目的の店へ入った。