(6)失われた国の王女
(エリカの母視点)
1人目の魔王を倒すために初代勇者を召喚した女神様の“召喚の儀”は、勇者を元の世界に返すことで完結するはずだった。
しかし、勇者は元の世界に帰れなかった。
ともに魔王軍と戦った最愛の女性が自分の身代わりになって魔王の最後の呪いを受けたのだ。
勇者は女神から与えられた勇者への褒美の“願い事”で、愛する女性の救命を女神に願った。
その願いは聞き届けられた。だが、本来死するべきだった人の命を救ったことで、世界に歪みが生まれた。
女神は予言した。
歪みが遠い先に第2の魔王を生む。この魔王を倒すために今度は人が勇者を召喚する。召喚したのが人であるため魔王を倒しても元の世界に帰ることができない2人目の勇者は、第3の魔王となり世界は滅びるだろうと。
初代勇者の必死の懇願に、女神は譲歩した。
もしも初代勇者の子孫が2人目の勇者を元の世界に返すことができたなら、世界の歪みは最後の子孫1人への呪いに変えてやろう。勇者を返す方法も教えてやろう。ただし、それを書き残してはならぬと。
最後の子孫を自分の身代わりにしてしまうことに苦しむ勇者に女神は小さな薬の瓶を渡した。最後の子孫にかかる呪いを解けるかもしれない薬だと。
「世界の破滅をかけても貫いたそなたたちの“真実の愛”に免じて、この薬を授ける」と言って女神はその顔に皮肉な笑みを浮かべていたという。
我が国の王族は、初代様から続くこの言い伝えとともに、幼い頃から不思議な歌を習うのだ。“この歌を2人目の勇者に聴かせよ”という言葉とともに。
お父様、お母様、兄弟たちが殺され私1人だけが敵国の王城に人質として連れてこられた時、ついに約束の時が来てしまったのだ。つまり自分が初代様の言い伝えにあった“最後の子孫”だったのだと思った。
当たり前のように国王に抱かれ、私はこの国の王の愛人にされた。15歳だった。
私は密かに避妊の薬を飲んでいた。“女神の呪いを受ける最後の子孫”を子供に受け継がせるわけにはいかないからだ。
この薬が少しずつ命を縮める物であることも知っていたが、それは仕方がないことだ。
ただ、勇者を元の世界に返すその時まで自分の命だけは持たせなければならない。そう思っていた。
しかし、それから2年以上が過ぎ、17歳になった私は女神の非情に打ちのめされた。子を身籠ったのだ。
初代様の予言の“最後の子孫”はこの子だ。
避妊の薬が完璧な物でないことは知っていた。だが、それを服用しながら妊娠に至るのはほぼ奇跡に近いことだと聞いていた。
ならば、これは女神の意思なのか。
子を孕んだことで私の命の残りはさらに少なくなった。もう、あまり長く生きられるとは思えない。
勇者はまだ召喚されてすらいない。おそらく勇者が使命を終えるまで私の命は持たないだろう。
女神様との約束を果たすためにはこの子を産まねばならない。
世界に破滅をもたらさないために、勇者を必ず元の世界に返す。それが初代勇者から続く女神様との約束なのだから。
あの人が泣いている。
今日も辛い役目をさせられているのだろうか?
あの人はこの国の“影の者”の中に潜み、私とエリカを守ってくれている。
“影の者”の仕事の中には罪の無い者を殺めるようなものもあると聞いたことがある。私とエリカのために、あの優しい人は今日もその手を血に染めているのだろうか。
あの人の念話は届く範囲が狭く、目で見える範囲にいないと届かないのだと申しわけなさそうに言っていた。分家の出身なので勇者の血はあまり濃くないのだと。
念話は勇者の魔法だ。勇者の血を受け継ぐ者に密かに伝えられてきたものだ。
あの人は気づいていないのだろう。あの人が心に強い感情を抱く時、それが遠く離れたこちらにまで伝わっていることに。
あの人は知らないのだろう。あの人の存在が私にとってどれほどの救いになっているのかを。あの人がいてくれたから、私が今日まで生きてこられたのだということを。
エリカはまだ念話を習得できていない。もう間に合わないかもしれない。
エリカはまだ5歳。こんなことになるのなら、自分の命を縮めるような薬など飲まなければ良かった。
もうすぐ私の命の炎は消えるだろう。
女神様から授かったエリカのための薬はあの人に託した。
どうかエリカを、私の代わりにあの子を見守ってやってください。あなたにばかり辛い役目をさせてしまって申しわけありません。
あなたをお慕いしておりました。