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(5)髪を切ろう

陽菜子ひなこ視点)


 エリカちゃんのために自分に何ができるのかをずっと考えていました。


 “真実の愛”の相手を探す? 1年の間に? どうやって?


 まったく見当もつきません。


 それならばと、他にできることを探して思い付いたのは、(思い出を作ろう)というものでした。




 いろんなものを見せてあげたい。いろんなことをやらせてあげたい。エリカちゃんが行きたいと思う所にも連れていってあげたい。


 だから、まず初めに髪を切ろうと思いました。


 重い前髪を切って、回りがもっとよく見えるように。


 背中の長い髪も短くして、いろいろなものに好奇心一杯に瞳を輝かせるエリカちゃんに似合うもっとかろやかな髪型に。




 それに、顔を上げてたくさんの人に会わなければいけないと思うのです。



 女神様は私の所にエリカちゃんを連れてきました。それに意味が無いはずはありません。


 おそらくいるのです。私の近くにエリカちゃんの“真実の愛”の相手が。



 1年しか無いのです。うつむいている暇はありません。髪で顔を隠している場合じゃないし、人の視線を怖がってなんかいられません。



 可愛くて優しくて気高くて、でも本当は泣き虫なこのお姫様と一緒にいられるのは、たったの1年しか無いかもしれないのですから。





 親戚のおじさんおばさんたちに母親にそっくりだと言われる自分の顔が、私は好きではありませんでした。


 でもなぜか今、あの人たちの言葉が私の中でどんどん小さく軽くなっていくのを感じていました。


「親子なのだから私が母に似ているのは当たり前。お祖母様にそっくりのこの顔が私は好きよ」


 今ならそう言い返せるような気がしました。






 ◇◇◇◇◇







(第3者視点)


 お祖父様とお祖母様におねだりして、さっそく看護師さんたちお薦めの美容室にやって来た。エリカだけでなく陽菜子ひなこもドキドキしている。


 陽菜子の髪はいつもお祖母様に切り揃えてもらっていたので、陽菜子も美容室は初めての経験なのだ。





 白を基調としたおしゃれで落ちついた店内は、明るくて清潔で、流れているピアノ曲もちょうど良い音量で居心地が良かった。


 受付や美容師たちの接客も丁寧で気持ちが良い。


 付き添いのお祖母様も安心したようで、ソファーでくつろいでいる。





(病院の中にあったお店とはかなり雰囲気が違うのね)


 エリカはとても楽しそうだ。




 予約してあったのですぐに担当者が迎えに来た。


 陽菜子の担当者は渡辺仁わたなべじんと名乗った。20代後半の穏やかな物腰の男性だった。




 まずはお祖母様もまじえてカウンセリング。何度も確認されたのは、長くて美しい髪を本当に短く切ってしまって良いのか、ということだった。


 これに関してはお祖母様も、じつはエリカも心配していたのだが、陽菜子の決意はかたかった。


 次にパンフレットのモデルさんたちの髪型を見て、だいたいのイメージを決める。いろいろな髪型を見て、陽菜子とエリカは女の子らしくきゃっきゃと盛り上がっていたのだが、お祖母様と渡辺美容師には陽菜子が目をキラキラさせながらパンフレットを眺めているようにしか見えなかった。




 髪型は決まった。浄化魔法で清潔なのでシャンプー無しでカットに入る。


 美容師の鮮やかな手捌てさばきに陽菜子もエリカも驚く。


(凄い! 凄い! エリカちゃんとは違うけど、まるで魔法みたい)


 素早く正確に、そして丁寧で大胆な動きはとても美しかった。





 陽菜子の瞳がキラキラ輝く。この輝きは陽菜子のものだ。陽菜子は生まれて初めて何かに夢中になっていた。


 エリカは陽菜子の興奮が微笑ましく、ちゃんと陽菜子に見えるように美容師の動きをしっかり目で追い続けた。




 カットの時間はとても短く感じられた。軽く水で流し、ブローでセットする。


 鏡の中の陽菜子は別人のようになっていた。エリカと2人で選んだ髪型は陽菜子にとてもよく似合っている。


 思いきって短くした髪は顎までの長さで揃え、少し内巻きのショートボブに、前髪はすいて軽くして眉毛の上で切り揃えた。清楚で可愛らしい髪型が陽菜子の顔を明るくしていた。




「いかがですか?」手鏡で後ろの髪を映してくれる渡辺美容師と鏡の中で目が合ったとたん、陽菜子の頬がぽっと赤くなった。


 エリカは陽菜子のその反応に(おや? これは)と思い、すっかり照れてしまっている陽菜子に代わって、美容師にお礼を言った。


「ありがとう。とても気に入りました。あなたの手捌てさばきも素晴らしかったわ」




 渡辺美容師は一瞬目を丸くしたあと、思わずといった感じで破顔した。


「こちらこそありがとうございます。とても光栄です」




 この日の出来事がやがて陽菜子の中で大きな意味を持つようになるのだが、今はふわふわと夢見心地のままで美容室をあとにするのだった。












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