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トラブルメーカーとモブ少年《仮》  作者: シミズ
っっh
1/6

泣きたいのはこっちの方だ






 平穏で退屈な日常の中、猛烈に憧れて

 頭の中で何度も思い描いた、その風景

 

 


 立ち並ぶ石造りの家、所狭しと並ぶ露天。

 色鮮やかな果物のような商品たちに、吊るされた干物のようなもの。

 行き交う人々の金の髪。青い瞳。身にまとうは見慣れない服。

 

 

 『まさに異国』。憧れた世界。希望の風景。


 


 しかし、そんな中


 彼が味わったのは





 その『興奮』や『喜び』をかき消すほどの


 

 『焦り』

 『孤独』

 ───そして、絶望だった。

 


  

 空高く舞い上がる噴煙

 生では見たことのない火の柱

 ほぼ同時に鳴り響いた轟音に、逃げ惑う人々

 

 

 

 決壊した水のように流れ込んできた人の波。

 一瞬で攫われていくのは、今の今まで『隣にあったはずの顔』

 

 

 


 『彼』は必死に手を伸ばした。

 こちらに伸びる手を掴むために

 


 『彼』は必死にその名を呼んだ。

 不安に染まるその表情が、少しでも和らぐように

 


 


 『行くな

  行くな!


  逸れたくない!

  離れたくない!』




 

 しかし、その指が──手を掴むことはなく

 名を呼ぶ声も虚しく、不安に染まったその顔は そのまま

 


 

 人混みに呑まれ、消えていった。






 『───冗談じゃない

  冗談じゃない

 

  こんなはずじゃ、なかったのに』









 

 






 

「ハーイ。おにーさん!

 お安くしちゃうよ♡ どーぉ?」



 青い空に白い雲。人があふれる昼前の大通り。

 ちょっと焼け焦げた屋根の下、露天商の娘の呼び込みが通りに響く。

 

 

 よく通る明るい声に振り向いて、いくらかの人が目を向ける中──露天商の娘は、道行く男性に的を絞って、愛嬌のある笑顔でウインクを飛ばす。


 

「ここ、コストリアの名物だよーっ!

 この街を出たら買えないよ? さあさあ、買った買ったーっ!」

 


 よく通る華やかな声に誘われたのか、それともその娘の容姿からか。()()とは別に、むさ苦しい人だかりが出来ていくのを視界の隅に捉えつつ──……



 

 その『男』は

 こわばった表情でただ、耐えていた。




 自分に詰め寄る、どこかの店主だと思われる女性と

 自分を『盾』にしている少年の間に挟まれて──息すら詰めて背を伸ばす。



(──どうしてこんなことに) 

(なんでこうなる)


 

 口は固く固く閉じて、誰にともなく心の中で問いかける男。

 ほんの少し前まで、彼を取り巻く環境は、こんなものではなかった。

 

 ──なかった のに──……





「逃げるんじゃないよ! さあ! 観念しなッ!」

「───×××××××!!」

「───ハァ!? 何言ってんのかわかんないよっ!!」

「××××! ××! ××××××!」

「アンタが盗ったのは解ってんだ! ほら! 出てこいっての!」

「××××××××××~ッ!」

「………………………………」

(──どうしてこうなっちまうんだ……ああもう……)

 


 

 出るのは愚痴。声には出していない。

 そもそも、彼自身、自らの身に何が起こっているのか、正確に理解しきれていなかった。

 ただ、『巻き込まれた』のだけははっきりしていた。




 背中には、見ず知らずの少年。

 眼の前には、完全に怒った様子の女店主。

 もちろんどちらも知り合いではない。

 縁もゆかりもない。



 とりあえず『なんか知らないけど巻き込まれた』のである。

 



 しかも、背中で自分を巻き込んだ少年については、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。

 『どこの国の言葉ともわからない『音』で、何かを言っているのだけはわかる』状態だ。


 そして、自分に迫る女店主らしき人物は、とにかく最初からクライマックスで怒っている。




 その、(あいだ)に、何も知らない彼ひとりが──挟まっているのである。





 はっきり言ってさらりと退散したいところではあるが、残念ながら。

 背中の少年は自分の武器ホルダーを『ぎぅッ!』っと握っているし、目の前の女は、今にも手に持った瓶を振り上げそうな勢いだ。


 


 ──逃げ場は ない。



「──あんたねぇ……! 馬鹿にするのもいい加減にしなよっ!!」

「××××××××××××~ッ!」

「…………………………」

(──あー……空が綺麗だ、こりゃ……)

 


 自分を挟んで、ヒートアップしてきた二人を尻目に、彼は遠い目で天を仰ぐ。




 ──嗚呼 一体、何故こんな事になってしまったんだろう?

 ──嗚呼 どうして自分は今、こんな事に巻き込まれているのだろう?



 思い返せば遠い昔、知り合いに言われたことがある。

 『お前はトラブルメーカーだ』と。


 その頃は若さもあり、ちょっと今思い返せば恥ずかしいことも言ったし、正義感を振りかざして首も突っ込んでいたような気がするが──



 しかし今は。


 そんな気持ちなんか微塵も起きず、巻き込まれるのなんかまっぴらゴメンだった。

 自分はただの、通りすがりの旅人である。

 こんなところで窃盗だか食い逃げだかの騒ぎに巻き込まれる所以(ゆえん)もなにもない。


 


 しかし、現在進行系で勃発しているのは、『自分を挟んでの攻防』。

 生きた心地がしない中、聞こえる怒号は気のせいだとと言い聞かせ──彼は見上げた空の中、ゆっくり動く雲を目で追いかけながら──思いを馳せる。






 嗚呼 長い事歩いて、やっと辿り着いた街だったのに。

 久しぶりにゆっくりと腹を満たし、体を洗って酒でも煽りたかったのに。

 ああ、煽りたかったのに。



 どこかで美味しそうな肉を焼く匂いがする。

 鼻腔を刺激する、この芳醇な香りはここらで採れるフルーツだろうか。


 風のうわさで聞いた、この街一番の名産品『にゅらむん』という食べ物はもう売り切れてしまっただろうか?




 『早く栄養』とうるさい腹をさすりながら、のほほんと大通りを歩いていた、ついさっきが懐かしい。

 人々がざわめき始め、さぁっと掃け始めた時に、自分も掃けていればよかった。



 そうすれば、この『背中の少年』にいきなり背中を捕まれ盾にされることも、女店主に詰め寄られることもなかったのに──……


 

 ──などと思っていても、現状は変わらない。



 騒ぎを聞きつけ、『なんだなんだ?』と野次馬根性丸出しで注がれる視線が痛い。集める気なんかさらさらない。どうせ集めるのなら札束のほうが良いという話である。

 


(…………やってられねぇ~……俺は関係ないんだよ、くっそ……!)



 注がれる視線に思わず愚痴。


 『『なんだなんだ』 じゃねえんだぞ助けろ』と思うが、遠巻きに見ている連中にすごんでも仕方ない。彼が可憐な少女ならば、勇気ある男が助けてくれたかもしれないが、悲しきかな彼は三十路を前にした男。




 ワインレッドの髪に褐色の瞳、肌は若干日に焼けて、鍛えられた体は逞しく、頼もしさを感じさせる。そんな成人男性を──……



 誰も 助けくれるわけがない。




 むしろ今、盾にされているのだから『助ける』側なのだろうが──

 繰り返すが、彼はもう、こういったことには関わりたくないのである。



 一刻も早く抜け出したい。

 これ以上の騒ぎになる前に。

 本格的な「なにか」に巻き込まれてしまう前に。

 一刻も早く、『その他大勢』になりたいところなのだが──

 

 


 先程より強く、前面で受ける気配的な圧。

 先程より強く、背中で感じる物理的な圧。

 どうも震えているらしい手で、ぎゅうっと掴まれている剣のホルダー。



 そぉっと確認するが──やはり、逃げ場が ない。


 

「……………………」

 ──フウ……



 様子をうかがって、一つ。男は小さく息をついた。

 



(──……このままだんまり決めててもなぁ……

  腹も減ったし、仕方ねぇ──……)




 ──と、胸の内で呟いて 男が仕方なしに口を開け──



「──あのよぉ、」

「わっけのわからない言葉で煙に巻こうったってそうは行かないんだからね!!」



 男が声を上げたその瞬間。それを見事にかき消して、女店主の声が響く!

 


「あ・の・ね・え・ぼ・う・ず!

 良いから! 金! 払うんだよッ!

 金だよ金! 聞こえてるんだろ、えぇ!?」

「………××××××××!」

「だっから何しゃべってんだいっ!! リカル語!? 何語!?」

「……××! ××! ×××××××!」


「だ! か! ら! おちょくってんの!?」

「×××××××××××××~~~~ッ!!」

「いい加減にしろッ!!」

(──うぉおおおおお……ッ!)



 開きかけた口もそのまま。

 背中で縮こまっている少年に容赦ない女将の怒号に、板挟みの男は若干仰け反った。

 この女将の殺気、野生のオーガにも引けを取らない『圧』である。

 さすがの板挟みの男もこれには引きつり、口をもう一度ぎゅっと閉じると



(──こぉれは……た、盾も欲しいわぁなぁ……)

 と、背中の少年に同情しながらも


(──なんてことに巻き込んでくれたんだ、こいつ……!)

 改めて、巻き込んでくれた少年に恨み節。

 


 しかしその瞬間──……左頬で感じる、今までより強い『圧』。

 どうも、今まで背中の少年に向けられていた殺気が『二人』に纏められているような気がして、彼は表情をこわばらせ、数センチ退いた。



 …………これは──不味い。

 いくら彼が鍛えている旅人とはいえ、この状況は──……



(──さて、考えろ。この状況をうまく切り抜けるには──!?)

 命の危機を感じて、男の脳内にいくつかの選択肢が舞い上がる!




 ① 引き渡す

 ② 金を払ってあげる

 ③ 引き渡す

 ④ 引き渡す

 ⑤ ここは金を払っ


(──いやいやいや! なんで! 馬鹿か!)




 一瞬、彼の代わりに金を支払う自分の未来がちらついたが、高速で頭を振った。

 自分自身もお金はないのだ。そんなことをしている余裕はない。



 ──したがって、ここは、間違いなく、どうあったって



(──『引き渡す』一択!)

「──おいおまえ、いつまで俺を盾に──!」

「…………××……ッ……! …………×ッ……!」

「──……!」




 かけた声のその先で、小さく揺れ動くつむじから聞こえたのは



 震えた 声。

 背中から伝わる、少年の『恐怖』。




 思わず目を見開き視線を流せば、肩越しに見えるその手が




 小さく

 小さく


 

 震えている。



「────………………」


「──ちょっとアンタ?

 何。さっさとそいつを引き渡しておくれよ。

 今そうするつもりじゃなかったの?」




 黙りこんでしまった彼に、疑いの眼差しで詰め寄る店主。


 引き渡すか、それとも別の方法を取るのか。

 運命の分かれ目とも言える場面で──……


 男の口から、滑り出した言葉は



「──……ま、まあまあ、お嬢ちゃん……っ!」



 意外にも、少年のフォローだった。


 先程まで、あれほど沈黙を守っていたのにも関わらず──

 つい数秒前『引き渡す』という判断を下したのにもかかわらず──


 両手を上げ、少年を守るように背筋を伸ばし、まっすぐに女将を見つめて、口を開く。

 



「──な、なんか?

 この辺のヤツじゃないみたいだし……、どうだろう?」




 考えなしに飛び出た言葉は、上ずりかけた声に乗せられその場に落ちる。




「な・に・が?」

「──あ~……その、なっ?

 こいつも~……その、なにか言ってるし、な?

 ──……こっ、ここは、その……俺の顔に免じ」

「あんたの顔に免じるもんなんかないよっ!」

「──だっ……だよなぁ~……っ」



 瞬間的に跳ね返された言葉に、男は引きつりながら刻々頷いた。

 今彼が言い放ったのは、脈絡も説得力も、相手にとってなんのメリットもない言葉である。

 

 知り合いでも何でもない旅人の顔を立てる義理も、免じてやるなにかも女店主にはないというのに、勘違いも(はなは)だしい一言だった。

 そのことに、彼は言った後に気がついたのだが、言葉はなかったことに出来ない。


 後の祭りというやつである。


 

 ──しかし、そうなってしまうのも──無理はなかった。




「ほ、ほら、怯えてるし?」

(──なんで知らねえヤロウなんか庇ってるんだ俺は)



 このような交渉や説得が、苦手なのである。



「み、見た所、ガキみたいだし?」


 口を挟んだ以上頑張ってはみるが、慣れない出来事に口が拾い上げる言葉がなんとも頼りない。



「──た、たぶんこっちの言ってること(わか)ってねぇだろうし?」

(『だからなんだ』って言われたらどうしようもねぇぞ)



 そんなこと、わかっては居るものの

 口から出るのは 



「ちょ、ちょっとぐらい見逃してやってもいいじゃねぇか、なっ?」



 中身のない、フォローの言葉たち。



 ──ぴくんっ……

 しかしそんな言葉に──跳ね上がる 女将の──眉。




「しょっ……商品なんて何個もあるんだろ? あ、いやいやいや! そりゃあ、払ったほうが良いに決まってる、そりゃそうだ。

 でもよ、オジョーチャン。どうだろう? ここは~その、慈善活動というか、ボランティアというか、奉仕の精神というか。きっとコイツもそれなりに飢えて飢えて仕方なくて、それで、な?」


「………………は?」

「いやいや、そんな顔しないでくれって! なっ?

 ほ、ほら、怒ったら駄目だろ、怒ったら。

 君は、その~、怒ってるより、笑ってるほうがシワが増えなくて()

「はああああ!? シワああああああああああ!?」

(──ひい──ッ!)


 

 思わず身が小さくなるような怒号が、文字通り男の口を問答無用で封じ込めた。



 お見事である。

 板挟みの男の慣れない『説得』は、問答無用で彼女の地雷を踏み抜いたのだ。


 一瞬の(ひる)みに乗じて、女店主は目を釣り上げて口を開く!



「アンタね! こちとら、一昨日の騒ぎで店が燃えたんだよっ!? シワがどうとか言葉がどうとかそんな余裕ないんだよ! 払ってもらわないと困るの! そいつが食べたモンの売上で、今夜の晩ごはんが決まるのわかる!?」

「──は、ハイッ!」

「怒鳴ってるあたしが悪いのかい!? 違うだろうソコにいる男が悪いんじゃないか! 怒ってるほうが悪いって風潮なんなんだい! さてはあんた、そいつの仲間だね!?」


「ち、違う違う、知らない知ら」

「じゃあなんで庇ってんの!! あんた実はこいつの言ってることわかってるね!? はあああん、共謀ってわけかバレてるんだよ金払いなッ!!!」


「──ちっ……! ちがっ……!」

「そもそもね! その泥棒男が食べたヤツだって、ウチも仕入れてるんだよ! 金を払ってんだよ! 『一つぐらいいいじゃないか』? 『いっぱいあるだろう』? じょぉぉぉぉだんじゃないよッ! 仕入れ値と売値を見せてやろうか!?」


「まっ……」

「仕入れと売値に人件費もろもろ乗せてごらん! 儲けなんか微々たるもんだよ!? 微・々・た・る・も・の! そぉこからアンタ、税金だぁなんだぁ収めてごらんよ、残るのはいくらだい!? えぇ!?」

(──……しまった……! しまったッ……!)



 後悔しても、もう遅い。

 彼が踏み抜いた地雷は、見事他の地雷までも爆発させまくったようだ。



 一度吹き出した不満は、誘爆に誘爆を重ね、もはや損益分岐の話を繰り広げている女店主の猛攻は止まらない。

 それを、小さくなりながら、ただ後悔の中で聞き続ける男の前で──


 店主の愚痴は、店の売上や修理費、税金への不満や夫の愚痴にまで流れていくのであった……

 


 

 

 

 




 




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