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①突然のできごと

武 頼庵様主催「繋がる絆」企画参加作品です。

     突然のできごと



「祐、おめでとう!」

 まだ眠たい目を目をこすりこすり、居間におりてきたぼくは、母さんのことばで一気に目が覚めた。

 本日、六月十日は、ぼくの十三歳の誕生日。

 外は、朝っぱらからあいにくの雨降りだけれど、気分は上々。

 なんてたって、ひと足早く届いたおじいちゃんとおばあちゃんからのお祝いで、ほしかったゲームソフトがゲットできそうだし、ハンパないおいしさとうわさの、杏子堂のバースディケーキはすでに予約ずみだ。

「今宵のディナーはいかがいたしましょう?」

 母さんがおどけた口調でたずねる。

 わが笹村家では、毎年誕生日のディナーは、メインゲストのリクエスト最優先なのだ。去年はお寿司やさん、その前の年は中華レストランに連れていってもらった。

「そうだなあ」

 行きたいお店の候補はいろいろある。が、今日は朝からガッツリ焼き肉の気分。家で好きなだけ焼いて食べたいな。想像しただけでおなかがグウッと鳴り出しそうだ。

「家で焼き肉がいい! カルビもホルモンもたっぷりね!」

 そう言うと、母さんは、すかさず指でOKサインを作ってうなずいてみせた。

「まかせといて。フクフクで、とびきりおいしいのを買っておくから」

 フクフクとは、わが家ごひいきのお肉やさん。上質な国産の肉を扱っているわりに値段が良心的だと、母さんのお墨付きである。

 登校の準備が整うと、ぼくは元気よく玄関のドアを開いた。

「じゃ、お肉たのんだからね。行ってきまあす」

「行ってらっしゃい。祐、雨ふりだから気をつけるのよ」

 雨音にまぎれて、母さんの見送る声が、背中ごしに聞こえた。


 ぼくが通っている城北中学校は、城北小、中、高と一貫校として人気が高い。特に力を入れているのが英語教育らしく、将来、国際人として活躍できるよう、ハイレベルな学力をつけさせることが一貫校としての目標らしい。

 まさにその英語の授業中に、担任の水城先生はやって来た。

 英語教師の川本先生と小声でやりとりしたあと、水城先生がぼくを手招きする。

 どうしたんだろう? すぐさま席をたち、廊下に出た。

「祐、あのな……」

 先生の声が、心なしか震えていた。

「たった今、お父さんから連絡があってな、お母さんが事故で病院に運ばれたそうだ。車で送るからすぐ行こう。さあ、早く!」

 いつもおだやかな水城先生が、別人みたいな険しい顔つきでぼくをせきたてた。


 病院に着くやいなや、先生と小走りで母さんの病室に向かう。

 ドアを開けた瞬間、プンと鼻をつくアルコールの匂い。

 別世界のように、おそろしいほどの静けさがぼくを包み込む。

 目に飛び込んできたのは、白い布で顔をおおわれ、ベッドに横たわった母さんと、青ざめた顔で立ちつくしたままの父さんのすがただった。

「祐……」

 ぼくを見つめる父さんの声が震えている。

「……フクフクの前で、飛び出してきたネコをよけようとしたはずみに、対向車と正面衝突したそうだ。父さんがかけつけた時にはもう……」

「ドジ!」


 とっさに口をついて出たのは、そのひと言だった。

 頭の中がグジャグジャになる。どうしてそんなことでという気持ちだけが、あとから、あとからわきあがる。

「母さん、いつだってドジなんだから。なんでぼくの誕生日に……なんで……」

 ベッドに近づいて、そっと顔の布をとった。

 かすかな寝息が聞こえてくるような、安らかな顔。

 胸に組んだ手をとると、とてもあたたかい。

 うそだ!

 死んでしまったなんてうそに決まっている。

「ねえ、母さん、生きてるじゃないか。ちっとも冷たくなんかないよ」

「祐、そういうもんなんだよ」

 ふりしぼるような声で、後ろから水城先生がぼくの肩を抱きすくめた。

「親ってのはな……母親ってのは、最後まで子どもを温めてくれるもんなんだよ」

 父さんの肩が小刻みに上下にゆれる。


 六月十三日。

 楽しみにしていたぼくの誕生日は、皮肉にも母さんがあの世に旅だった日と重なってしまった。


 葬儀の夜。

 母さんの骨を抱いてもどった。

 あんなに元気でコロコロと笑っていた母さんが、小さな箱におさまってしまった。

 白くてもろくて、これがあの元気だった母さんの骨なのかと、長いはしでつまみあげながら、ただ、ただ信じられなかった。

 お肉のリクエストなんてしなきゃよかった……。

 幾度となくこみあげてくる苦い思い。

 だけど、どんなに後悔しても、それで母さんが生き返るわけじゃあるまいし。


「祐をしばらく寮生活させたらいかがですか?」

 葬儀から一週間ほどたったころ、水城先生がそんな話をもちかけてくれた。

 ぼくの父さんは、システムエンジニアの仕事をしていて、夜はかなり遅くなるし、泊まりがけの出張も多い。

 おじいちゃんとおばあちゃんはといえば、両方とも遠方に住んでいるし、七十歳以上の高齢でもある。

 いざ、これからぼくの面倒をみてくれる人が、父さん以外には近くにいないのを水城先生は心配してくれているらしい。

「幸いにもうちは、中学、高校と一貫校ですから学寮があります。原則として市外から通ってくる生徒しか入れないことになっていますが、祐の場合、特例として認めてもらうことができますよ」

 そう言って、特別なはからいをしてくれたことは、ぼくにとってもありがたいことだった。

 父さんがいない夜、ひとりきりで過ごすなんて、とてもできそうになかったから。


 身のまわりのものと母さんの写真を持って、寮への引っ越しを済ませた夜のことだ。

 夕方から降り出した雨が、窓ガラスに次々に水滴を集めては、伝い落ちていく。

 手持ちぶさたにスマホをいじりまわして、ゲームを始めたら意外にもはまってしまった。

 ふと気がつけば十二時。原則として十一時で消灯だが、個室なので多少の時間オーバーには目をつぶってくれる。それをいいことに、ぼくはダラダラとゲームを続けていた。


 ペシッ!

 いきなり後ろ頭に、強くはたかれたような衝撃が走った。

 ー何時だと思ってるのよ! もう寝なさい!

 おそくまでゲームするたび、母さんにこっぴどく叱られたっけ。

 だけど母さんはもういない。これってきっと幻覚なんだろうな。


 いちおうベッドに横になってみたけど、寝なきゃと思えば思うほど、なかなか眠気は来てくれない。

 こうなりゃ眠くなるまでゲームしてやれ。また、ごそごそと起き出した時だった。

 ゴツン!

「あいたっ!」

 強力なげんこつが一発。そしてぼくの目の前に、何やら白いものが現れたのだ。

 ……ん? なんだ?

 よくよく見つめ、その正体がわかったとたん、ぼくは大きく息をのんだ。

 白いものは手だった。


 左右の手首から下の部分が、ぽっかりと宙に浮かんでいるのだった。

 左の手首に並んだ二つのほくろ。

 どんな時も左手の薬指につけていた結婚指輪。

 それはまぎれもない母さんのものだ。

 手は、最初はぎゅっと結んでゲンコツをつくっていたが、やがてゆっくり開くと、ぼくに向けて左右にゆれはじめた。


―祐、母さんよ、わかる?

右手の人差し指がしきりにベッドを指さす。

「早く寝なさいってこと?」

 おそるおそるたずねると、すかさずOKサイン。

 おとなしくベッドに横たわると、手はすうっと近づいてきて、よしよしと頭をなでてくれた。


「か、母さん、どうして?」

 思わずたずねてしまった。

「手だけなの?」

 左右の手のひらが、上を向いたままかたまった。

 きっと、自分でもわからないのだろう。

「な、何か心残りがあるんだよね」

 すると、再び人差し指がすくっと伸びて、ぼくの鼻先を指さす。

―これこそ最大の心残り!

 そう言ってるのにまちがいない。

「だったらさあ」

 思いがけずぼくの目から、涙がはらりとこぼれおちてきた。

「母さん、ドジなんだから。バカなんだから。なんでネコよけたくらいで死ぬんだよ。どうして急にいなくなるんだよ!」

 これまでずっと、心にためていた思いのたけをぶつけまくった。


 ぬぐっても、ぬぐっても涙は、どんどんあふれてくる。

―ごめんね。祐。ホントにごめん!

 声にならない母さんの声が聞こえてくる。そして手は、優しくぼくの身体をなでさすってくれるのだ。

 夢でもいい。ずうっとこのままでいたい。

 目を閉じ、そう願っているうち、ぼくはいつしか眠ってしまった。



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