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07-果たされた約束

小笠原から受け取った袋には、USBメモリーが入っていた。

自宅で夕食をとった後、僕は自分の部屋にあるパソコンにメモリーを差し込む。少し間があって、パソコンは沢西のメモリーを認識した。

中には、『1』から『4』と、『最初に読んで下さい』という5つの文章ファイルが入っていた。それが何なのか、ファイルを開く前から、2年前から僕は知っていた。やっぱり沢西はあの約束を覚えていた。僕は少しずつ緊張していった。それは、彼女が約束を破るような人ではないとわかったせいもあるけど、それよりも2年越しに再開する彼女が何を言うのか、それが気になったからだ。

緊張する指で『最初に読んで下さい』と書かれたファイルを開いた。


お久しぶりです。中学校で同じバドミントン部だった沢西サユリです。私の事覚えていますか?藤川君と特に仲がよかった訳じゃないから、忘れられていないか心配です。

私はちゃんと覚えています。放課後の体育館で、私と藤川君と、小笠原さんと白沢君で過ごしたあの時間。夏の蒸し暑い練習も、冬の寒い片付けも、みんなでやった試合も、壁にもたれながらしたおしゃべりも。特別な事は無くても、あの時流れていた時間は、私の中学生活の大切な思い出です。

でも、一番の思いでは、雨の体育館で藤川君と交わした約束です。私がいつかお話しを書いたら、最初に読んでくれると藤川君は言いました。もし私の事は覚えていたとしても、この約束のことは忘れていると思います。でも、私にはとても大切な約束でした。

卒業してから2年が経って、ようやく私はお話を書くことができました。本当はもっと手直しをしたかったのですが、時間が無いのでこのまま渡します。

自分で読み返しても、ひどい文章だと思います。表現も未熟だし、とても面白いとは呼べないものかもしれません。

でも、本気で書きました。だからぜひ最後まで読んで下さい。


それで『最初に読んで下さい』というファイルは終わっていた。高校に進んだ彼女を僕は知らないけれど、それでも中学の時の印象そのままに真面目な、彼女らしい文章だった。

「2年ぶりの同級生に宛てたのなら、もう少しくだけた文でもいいのに」つい、独り言を言ってしまう。このときの僕は、はっきりと自分が緊張しているとわかった。マウスを持つ手は汗をかいていたし、心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。

そのまま僕は『1』と書かれたファイルを開く。2年越しに、約束が果たされようとしていた。


画面の中で紡がれる物語を読みながら僕は、2年という時間を感じていた。まだ20年も生きていない僕には、2年という年月はとても長く感じられ、その年月がそのまま僕に覆いかぶさるような錯覚を覚えた。沢西はどういう思いで2年間過ごしていたのだろうか。

内容はそれほど長い物語ではなく、2時間もしないうちに僕は『4』を読み終える事ができた。そして、物語の最後にさらに文章が続いていることに気がつく。



どうでしたか?

自分で読み返してみても未熟で恥ずかしいです。この物語を完成させて渡せないのは、本当に残念です。

でも、私には時間がありません。

藤川君もいま教会が全国で行っている聖女探しを知っているでしょう。この国の女の人は、みんな教会で検査を受けているはずです。私も受けてきました。そして最近、教会から連絡がありました。

私は、聖女みたいです。

最初は冗談だと思いました。何かのいたずらだと思いました。だって聖女ですよ?この国を救う聖女が、私のような何の取柄もない高校生のはずがないと思ってました。

でも、どうやら本当みたいです。連絡のあった次の日、教会の人が家まで来て教えてくれました。もうすぐ私は他の選ばれた女の子達と眠りに付きます。だからこのお話を仕上げる時間が、私にはありません。完成させずに渡すことになってしまい残念ですが、でもこれはいい機会だったとおもいます。

こんな事でもない限り、私は物語を藤川君に見せるなんて事はできなかったと思うからです。私、追い詰められないと動けないタイプなんです。だから、教会の聖女計画は、私が藤川君に物語を見せるためにおきたと考えるのは傲慢でしょうか。

このお話の感想は、今度会えた時に教えてください。



沢西自身が感じているように、物語の内容ははっきり言って平凡だった。文章は稚拙で、言い回しも下手。漢字の間違いも2つほど見つけた。もし買った本にこのレベルの物語が書いてあったら、間違いなく怒りと後悔をする、そういうレベルだった。

でも、全ての文章を読み終わっても僕の緊張は解けなかった。大きく深呼吸をして、ベッドに倒れこむ。今まで文章を読んでこんなに疲れたことはなかった。

そして、唐突に僕は、デジタルデータの冷たさを理解した。これがもし手書きの文章だったら、文字のブレや筆圧の変化、もしかしたら落ちた涙の跡さえ残っているかもしれない。だがデジタル信号に変換されたこの文章からは、そういった彼女の痕跡は何も感じられない。あるのは文字の羅列だけだ。彼女が泣きながら、嗚咽をこらえてこの文章を作ったとしても、残るのは打ち込んだ結果だけ。まるで彼女がどんな様子でこの文章を作ったのか、お前は知る必要が無いといわれている気がした。

もしかしたら、そんな様子を見せたくなくてデータでの受け渡しを選んだのかもしれない。そう思った。



そうして仰向けに寝転んで天井を見上げながら、中学時代のいろいろな事を思い出す。部活中の沢西の様子。雨の体育館。雨上がりの約束。

そうして僕は、いつの間にか眠りに付いていた。


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