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06-2年振りの再会

「この間の数学のノートあるか?」

僕はそう一瀬に声をかけた。前回の数学の授業を寝て過ごしたため、その日の分のノートが抜けていたからだ。

「あるけど…。そうか、前の授業、お前は寝ていたからな」

そういう一瀬は、授業中は絶対に寝ない。だからノートの補完率は100%で、テスト前に彼の株は急上昇する。当然、成績もなかなかいい。

「そうなんだ、だからその時のノートを見せて欲しいんだけど」

そういう僕のお願いを、

「仕方ないやつだな、ノート貸してやってもいいよ」

好青年の笑みを浮かべながら、一瀬は聞き入れた。だけどそれで安心するほど、僕は彼との付き合いが浅いわけじゃない。だから

「但し、一つ条件がある」

彼が笑顔を浮かべたままそう告げても、驚かなかった。

「分かってるって。その条件ってなんだ?」

「この前、立岩まで行ってCD買っただろ?あれ2枚目のアルバムでさ。今はもう3枚目が発売されているんだ」

この前、というのは、僕が数学のノートを取らなかった日で、立岩のテレビ売り場で大司教の記者会見を見た日だ。あの日、壁のテレビはすべて同じ老人の顔を映していた。大小さまざまな、だけどすべて同じ顔で一杯になった壁は、逆に自分が見られているような印象を受けた。

「…それで、どうすればいいんだ?」

「今月、もう財布がヤバイんだよ。だから、藤川が買ってきてくれ。大丈夫、来月になれば金は払うよ。数学のノートは、3枚目のアルバムと交換だ」

「…でも、このあたりだと売っていないんだろ?」

「大丈夫、立岩なら売っている。先週確認した」

「今すぐ買ってこいって言うのか!?」テスト前の貴重な時期に?と言葉の端ににじませる。だがそれに気がついても、一瀬は態度を変えない。

「俺は別にいつでもかまわないよ。だけどお前はなるべく早いほうがいいんじゃないか?」

それが彼の強さだった。


僕は、CDと一瀬のノートが入ったカバンを持って、立岩の駅ビルの中を歩いていた。今日中にCDを買うからノートを先に貸してくれ、とお願いして一瀬から目当てのノートは借りてきていた。決して一瀬の言いなりになったわけじゃない。僕は自分の為に最善を尽くしただけだ。

CDを買い、後は帰るだけになって、足は自然とテレビ売り場へと向かっていた。

ここで教会の発表を聞いてから1週間以上が経とうとしている。世間は教会の行いに賛同的で、ニュースでは教会へ行くことを推奨し、最近ではテレビCMまで流れている。

でも今の僕の関心事は目前のテストで、世間で騒がれているほどこの聖女計画に関心は無かった。選ばれるのは10人程度だろうし、それなら僕の知り合いが選ばれる可能性は考えるだけ無駄だと思っていた。自分の知らない所で、知らない人が選ばれて眠りにつこうが、僕には関係ないと思っていた。

しばらくテレビを見てから、僕はテストを思い出す。立岩のテレビ売り場で教会のしている事を考える時間があれば、それは勉強にまわすべきだろう。そうして駅に向けて歩き出そうとした時。

「藤川、君?」

後ろから僕を呼ぶ女の声が聞こえた。

振り返ると、一人の女子高生が立っていた。きている制服は僕の高校の物ではない。髪は茶色のセミロング。そして相手の顔。この顔には見覚えがあった。

「…もしかして、小笠原か?」

中学時代。同じバドミントン部だった子の名前をあげる。


「久しぶり、卒業してから会うのは初めてだな」

場所はやはり立岩の駅ビルの中にあるファーストフード店。テレビ売り場で立ち話をして別れるのかと思ったのだけど、

「うわーすごい久しぶり、元気だった?卒業後初じゃない?顔も変わらないねぇ。すぐに藤川ってわかったよ。そうだ、駅の方にお店あるからそっちに行こうよ」

という彼女の誘いを断れなかった。ノートを写す時間が無ければコピーすればいい、と僕は僕に言い訳をして今こうしてお店でポテトをかじっている。

「でも藤沢、全然変わってないよね」小笠原はフフっと笑いながら言った。

「まだ卒業して2年だぞ、そんなすぐには変われないって」それにお前の方こそ変わってないじゃないか、と言葉を続けようとしたけど、それはできなかった。まるで僕の言葉を遮るように

「でも、ほんの数日で、何もかもが変わる事もあるんだから」

そう言った時だけ、小笠原の顔から笑顔が消えた。が、それも一瞬。すぐに彼女は話を戻す。「1組の岡島覚えてる?あの子なんてすごいんだから。高校デビューって言うの?もう中学時代の面影はないよ」と、中学時代の知り合いの話を始めた。

僕は高校に進学してから、ほとんど中学の友達と連絡を取っていなかった。だから彼女が話す事は全て初耳で、その名前を聞くたびに少しずつ中学の記憶がよみがえっていくのを感じた。

しばらく彼女と話をしたが、彼女の話しはまだ終わらない。まさか小笠原は中学時代の友達の近況報告をしたくて僕を誘ったのだろうか、と疑問がわき始める。そして小笠原の説明がひと段落したタイミングで

「すごいな、俺はもう中学の時の友達と連絡取ってないからさ、全然知らない事ばっかりだったな。だけど小笠原、その話しをするのに俺をここまで誘ったのか?」

一瞬、小笠原の顔が引きつる。それは、泣き笑いのような顔だった。でもやっぱりそれも一瞬で、大げさにやれやれと言った。

「藤川って時々鋭いんだよね」

「そうか?俺は全然自覚ないんだけど」

「そうだよ。まぁ自覚がないところが藤川らしいんだけど」

そこで少し言葉を切った。このとき僕は、やっぱり小笠原は僕に言いたかった事があって、それは決して知り合いの近況報告なんかじゃないことを感じ取った。

そして、小笠原は

「サユリ、沢西サユリさん、覚えてる?」

と言った。

その一言で、彼女の記憶があふれ出す。部活でのたわいもない会話、小笠原達とやったダブルスの試合、そして放課後の約束。

突然あふれ出した記憶に僕自身驚きながら、覚えてる、と何とか返事をする。そして、それがどうしたのだ、とも。

「実はサユリ、聖女になるんだって」

まるでなんでもないことのように小笠原が言ったその言葉の意味を、すぐに理解できなかった。

「聖女に、なる?」

「そう、聖女。今教会が集めているでしょ。この世を救うために眠りに就く、選ばれた人」

「…でも誰が聖女になるかなんて分からないんじゃないのか?」

「世間ではそういう事になってるけど、本人とその家族には教えられるみたい。サユリとは幼馴染で中学卒業してからも時々会ってるんだよ。それでこの間サユリ言ってたんだ、『私、聖女みたい』って」

沢西が聖女だという話は、とてもすぐには信じられなかった。ついさっき自分の知り合いが聖女になる可能性はものすごく低いと考えたばかりなのに、今こうして知り合いが聖女になろうとしている。

「なぁ、聖女ってあの聖女だよな?」

「この国の教会が集めている、神様が地上に遣わした御身の分身。彼女達が眠りにつくことでこの国は救われる、その聖女だよ」

そうして、小笠原は自分のジュースを一口飲んで

「サユリ、はこの国を救う天使だったんだね」

静かに、笑顔で、そう言った。その小笠原の一言が、とても僕にはおぞましいものに聞こえた。そして同時に気がついた。僕はこの計画が、嫌いだ。

もし、聖女が選定され眠りについて、それでも世間では理解に苦しむ事件が増えていったら、結局この国は救われなかったということになったら、彼女たちの失われた年月はどうなるのだろう。自分たちの犠牲が無駄だと知ったときの彼女たちの無念は、怒りは、そして失われた時間はどうなるのだろうか。

「それで、今日の報告の本命はそれか?」

心の中の混乱が納まらないまま口を開いたから、言い方がきつくなってしまう。小笠原はそれに少し驚いたような、むっとしたような表情を浮かべながら「そんなわけないでしょう」と言って

「私がそれを聞いた日、サユリから頼まれた事があって」

カバンからラッピングされた袋を取り出す。プレゼントが入っているようなカラフルな袋で、表面にはきれいな字で僕の名前が書いてあった。手触りで中に入っている物の大きさや固さを調べるけど、なんだか分からない。そんなに大きくない、ちょうど人の指と同じくらいで、固い。

「これ何?」

「私に聞いたって分からないわよ。中身見たわけじゃないんだし」

小笠原は怒ったように言って、それから急にカバンを手に席を立った。どうしたんだろう、と思う間もなく

「じゃあ、渡したからね」それだけ言って、彼女は足早に店を出て行った。

残されたのは、二人の食べかけのポテトと、ラッピングされた包みと、混乱した僕だけだった。

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