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04-動き始めた計画

ふと、目が覚めた。

といっても部屋で寝ていたわけじゃない。場所は学校、時間は数学。黒板には簡単な微分方程式が書かれている。

窓の外は薄く曇っている。その中で教室の蛍光灯だけがやけに明るく光っていた。

昼食後の最初の授業だった。

「気をつけろよ、ここはテストに出すからな。じゃあ85ページの練習問題、20分後に解いてもらうからな」そういいながら黒板から振り向いた教師が見た景色は、ほとんどの生徒が寝ている惨状だった。

さっきまで寝ていた僕には、黒板に書かれた数式の意味が分からなかった。半分寝ぼけた頭で、その問題をとく意味に付いて考える。将来僕が生きていく中で、微分ができることは本当に役に立つのだろうか?

きっと役に立つのは将来じゃなくて、もうすぐ行われるテストだ。そうわかっていても、僕は眠気に勝つことはできなかった。解けない問題を子守唄に、もう一度眠りに身を任せた。


僕は、平均的なレベルの高校へ進学した。そこで普通の成績をとっていれば国立は無理でもそこそこの大学へは進学できるし、一浪する覚悟があれば国立だって狙える。

けれど僕は大学へ行く目的が、大学の先にある就職した自分のビジョンが、自分の夢が、高校2年が始まってからも見つけられないでいた。

幼稚園にいた頃は、そんな事は考えなかった。

小学生の頃は、きっと中学生になれば見つかると考えていた。

中学生の時は、高校に入って見つける、と考えていた。

そして、高校生の今。大学に入れば何とかなる―とは考えられなくなっていた。

毎日が嫌なわけでも、楽しい事がないわけでもない。ただ、将来のイメージがつかめない事には、すでに慣れていた。きっとこのまま、普通のサラリーマンになるのだろう。

中学3年の時に感じた、恐ろしいまでの脅迫観念を僕はいつの間にか飼いならし、緩やかな諦めを抱いて高校生活を送っていた。だけどそれははっきりと意識しているかいないかの違いで、誰でもある程度はそうやって生きているのだと思う。


学校が終わり、放課後になった。カバンに適当な筆記用具を詰めて帰ろうとしたとき

「おい藤川、今日これから暇か?」

背後から声がかかる。

「ああ、暇だけど。なんだ、予定でもあるのか?」

僕は振り返りながら声の主に問いかける。

声の主は一瀬という。僕の高校生活で一番親しい友人だ。雰囲気と言動が面白い男で、僕はよく彼と一緒にいた。二人とも部活はやっておらず、放課後が大抵暇だというのも僕たちが一緒にいる原因でもあった。中学を卒業してから、僕は一度もラケットを握っていない。

「欲しいCDがあってな、買いに行くから付き合えよ」

一瀬はすでに支度を終えていて、その口調は人に頼む時のものじゃない。だけど僕は彼のそんな言動に慣れていた。

「CD?駅前のあのお店か。いいよ、行こうぜ」

そうして僕たちは、放課後のけだるいざわめきが残る教室を抜けて、部活動でにぎわうグランドに背を向けて、学校を後にした。


そのお店は、学校の最寄り駅の駅前にある。本とCDを扱うお店で、品揃えはあまりよくないがその立地条件から僕の学校の生徒はよく出入りしていた。ある意味、僕の学校に寄生しているようなものだった。学校がなくなるとこのお店もなくなるというのが僕たちの間では通説だった。

自動ドアを抜けて店内に入る。本やCDのにおいと、うっすらとかかった冷房と、流行の曲が僕たちを出迎えてくれた。スピーカーから流れる男の裏声が、夢を追うことの素晴らしさを語っていた。

壁に貼られた週間ランキングを一瀬と一緒に見る。一瀬は食い入るように、僕は流すように。

「……だめだ、やっぱりトップ20にもランクインしていない」残念そうに一瀬はそうつぶやいた。

「欲しいCDはそんなにマイナーなのか?」僕は正直、音楽に興味がない。流行の曲はむしろ嫌いな部類にはいる。

「あのなぁ、世の中でどれだけ曲がリリースされていると思ってるんだ?トップ20に入っていなければマイナーなんて考え方はやめたほうがいいぞ」そう言いながら、一瀬はアーティスト別にCDが並んでいる棚へ歩いていった。

そうしているうちに店内に流れる歌はサビへと入る。

怖がらないで夢を追いかけよう。信じていればきっと叶う。躓いても諦めるな―。店内が綺麗事で満ちていく。

夢を追いかけたり叶えたり、ましてや諦めるには、夢を持っていなければいけない。けれど僕には、自覚できるような夢が無い。元々持ち得ない者は、どうすればいいのだろうか。その答えを歌っている歌を、僕は未だに知らない。

「駄目だ、この店には置いてない」

がっかりしたように言う一瀬と、店を後にする。外に出ると太陽は傾きかけていた。僕と同じ学校の生徒が駅へと歩いていく。

「仕方ない、立岩まで行こう」どうしても諦めきれない様子の一瀬が口にした場所は、ここから電車で20分ほどかかる繁華街だった。巨大なショッピングセンターが駅ビルの中に入っており、そこまで行けば大抵の物は手に入る。

「そんなに欲しいのか?別に今日じゃなくて土日でもいいだろう」

駅まで歩きながらそうは言うが、僕は立岩まで行く事に反対していない。この後、特に用事もないからだ。

僕も一瀬も電車通学をしていたから定期を持っていて、券売機には並ばずに直接改札に向かう。

電車に乗り、一瀬はドアのすぐ横にある席に座り、僕はドアの前に立つ。一瀬はどうして座らないんだ?という目をしていたが、口には出さなかった。

動き出した電車の外、夕焼けに照らされた街が目の前に現れては消えていく。

僕は小さい頃から、電車から外の景色を眺めるのが好きだった。だから電車では椅子に座ることよりも立っていることのほうが多かった。その癖が今も抜けず、通学の時も立っている。

外を眺めながら、ふとこの先のことを考える。大学を出て社会人になって、着ているものが制服からスーツに変わり向かう場所が学校から会社に変わり、最初は信じられなかった通勤ラッシュの満員電車にも慣れながらただ歳だけを重ねていくような、そんな生活を何十年も続けるのだろうか。


駅ビルは7階建てで、CD売り場は5階にあった。フロアが丸ごとCD売り場という圧倒的な規模と物量を誇っていて、そこには他校の生徒やスーツを着た若いサラリーマンなどで混み合っていた。その中に一瀬は目的のCDを見つけ出すため飛び込んでいく。僕も最初は売り場にいたが、ここでも流れている曲が耳障りだったから他の階へ移動した。

向かう先はどこでもよかったのだが、気が付くとテレビ売り場に来ていた。暇をつぶすには最適の場所だった。壁一面には大型の液晶テレビがかけられていて、昔テレビアニメで見た秘密基地の司令室を連想させた。壁にかけられた一番大きな画面は、100インチを超えていて、一体どんな家がこんなスクリーンのようなテレビを必要としているのか、僕には分からなかった。テレビの前には大勢の人がいて、誰もが画面を注視していた。

そこで僕は違和感を覚えた。足を止める人が多すぎる気がしたのだ。壁にかけられたテレビを見て、その謎は解けた。色々な局を放送しているが、どれもニュースを流している。アナウンサーと、見たこともないようなコメンテーターがスタジオで難しい顔をしていた。この時間はニュースとバラエティーを足して2で割ったようなワイドショーが中心のはずだ。よく見るとテロップには「緊急!」や「特別構成」という文字が見える。

何か起きたんだ、という事はわかった。一番大きな100インチ超えのテレビに群がる人とは少し距離を置いた、45インチ画面の前で立ち止まる。これでも十分大きな画面だ。

「…それでは東京大聖教会の第三特別礼拝堂から中継です」

アナウンサーがそういって画面はスタジオから切り替わり、どこか巨大な建物の中にいるアナウンサーを映し出した。

「はい、こちら第三特別礼拝堂です。もうすぐ大司教様本人の記者会見が行われる時間となります。今日午後1時に突然の記者会見開催を発表されてから、この東京大聖教会の第三特別礼拝堂はご覧ください、このように多くのマスコミが詰め掛けて混雑しています。大司教様本人が直接記者会見を開かれるのは極めて異例な事であり、今回の記者会見は…」

第三特別礼拝堂は一般人は入れない場所で、このとき初めて僕はその中を見た。

石造りで、広さは学校の体育館の2倍以上はあるだろう。正面には巨大な十字架がかけられていて、窓は少なく外からの光を光源として期待することはできなさそうだ。その代わりに天井には電気がつけられていて、やわらかい光が礼拝堂の中を照らしていた。中世の教会と映画館を足したような印象を受けた。

マスコミはその最後列に詰め込まれていた。カメラに向かって話すアナウンサーの後ろでは、他局のアナウンサーが原稿を読み上げる様子や、その向こうで打ち合わせをしているまた別のアナウンサー、脚立を立ててその上で写真を撮ろうとしている人、それを邪魔だと注意する人の様子までもが写されていた。そんな慌しい様子が、どんな言葉よりもマスコミの困惑具合を伝えていた。

そんなマスコミの前にいて、なおかつ礼拝堂の大半を占めているのは、黒い服を着た神父たちだった。全国から集まってきたのだろう。

そして最前列には彼らと向き合う形で、11人の白服の老人が座っていた。彼らが恐らく司教だろう。彼ら11人の司教と1人の大司教、12人が、この国の教会を統べていた。

大司教はこの国の教会組織のトップに立つ人物で、僕が覚えている限り直接記者会見を行うという事はこれまで一度も無かった。そもそもカメラの前に出てくるような人物ではない。その人物が、直接記者会見を行うという。確かにこれはただ事ではないと感じた。

そこで画面は再びスタジオに戻される。アナウンサーとコメンテーターが今回の記者会見の内容を予想していた。隣の38インチテレビを見たが、他の局でも違う顔ぶれが同じような事をしていた。周囲の人だかりが、また少し大きくなったようだ。


「あ、はい。えー、礼拝堂に大司教様が現れたそうです。それでは、中継です」

アナウンサーとコメンテーターの同じような話の繰り返しとその合間を縫って入れられる執拗なCMに嫌気がさした頃、ようやく画面が切り替わった。

そうして、壁一面にかかったテレビが一斉に同じ映像を映し出す。

テレビの中で、一人の老人が説教台の前に立っていた。他の司教と、黒服の神父、さらにはその後ろのマスコミからは一段高い位置にいる。この老人が、大司教なのだろう。

教会内のざわめきが収まるのを待って、大司教は話し始めた。

「この国は今、かつて無い危機に見舞われています。

前世紀末頃から不可解な事件が多くなりました。たいした理由も無く親を殺す子供、子供を殺す親。友達を、後輩を、先生を。さらには通りすがりの他人を。金が欲しいから、いらいらしていたから、人を殺してみたかったから―。

我々はそれを、心の闇と呼びました。そしてその闇は、今もなお増え続け人々を蝕んでいます。

警察は、事件を起こした犯人を逮捕する事はできるでしょう。ですが、彼らが、いいえ彼らだけではありません。今この世を生きる人々が抱えた心の闇を取り除くことはできません。それを行うのは、神の代行者たる我々の役目です。どうすれば人の心から闇を、不安を取り除き、平和で誰もが笑える世界を造れるのか。我々は主に祈り続けました。そして先日、ついに答えを得たのです。

主は申されました。

わが息子たちよ。お前たちの苦しみは私も十分に理解している。だから、私はお前たちに救いの道を示そう。

私は、私の分身を聖女として地上に放った。彼女たちを集め、私の元に返してくれれば、この世界を救える。今の私には彼女たちの力が必要なのだ」

ここで一度、大司教は間をおいた。それは時間にすれば3秒ほどで、スピーチの流れを途切れさせるような物ではなかった。

「私はこれを信じます。

このすさんだ、今のこの国を救える聖女を集めます。」

大司教はこれだけ言うと、説教台を降りた。

そしてこの瞬間、この国の教会が進む方向が決まった。

拍手も、歓声もない。静寂が支配する中、大司教は礼拝堂を出て行く。その後に、11人の司教が続いた。

カメラはそこでスタジオに戻る。映し出されたアナウンサーも、コメンテーターも驚いた顔をして、次の言葉が見つからない様子だった。

「え、ええ。東京大聖教会の第三特別礼拝堂から中継でした。…この発表を聞いてどう思われますか?」

ここで、テレビの周りに集まった人達もざわめき始める。

「なんだかよくわからない発表だったな」

いつからいたのか。僕の横で一瀬がつぶやいた。

「ああ、そうだな。聖女がどうとかって」

「教会主催のミスコン開催のお知らせにも見えなくないな」

一瀬はそういうが、そんなお気楽な雰囲気ではなかった。

「そういや、お前CDは?」

「ああ、さすが立岩だ。しっかりあったぞ」

そう言って一瀬は、お店のロゴが入ったビニール袋を満足そうに僕に見せる。そうして僕達は駅に向かって歩き出した。

お店を出たとき、

「教会の発表。あれさ、神様が私の元に聖女を返してくれって言ったんだよな?」

と一瀬が聞いてきた。

「大司教はそういっていたよな」

歩きながら軽く答える。その答えを聞いて一瀬は不思議そうに

「聖女を神の元に送るんだろ。それってつまり、殺すって事か?」

と言った。


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