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02-似たもの同士だった

僕と彼は、結局似た者同士だったと思う。

少なくとも中学3年生だったあの時、僕はそう思っていた。

パシッ、パシッ、とバドミントンの羽―シャトルを打つ音が体育館に響き渡る。コートの中に、僕ともう一人彼がいた。時刻は午後6時を過ぎようとしている。4月の後半、もうずいぶんと暖かくなった。桜は散り始めている。

バシッ、という一際高い音と共に、相手が気まぐれに打った鋭い一撃を必死に返す。ネットの向こう側に見える相手はそれを見て満足そうに笑った、気がした。

バシッ、と今度はこっちが打ち込んでやる。相手のコート端を狙った、なかなかいいコースだ。だが相手もそれを何とか返してくる。そのとき僕の顔に浮かんだ表情も、やっぱり満足そうな笑顔だった。

シャトルがコートに落ちる事なく、もう5分以上はこうして打ち合っている。時々お互いが鋭い一撃―スマッシュを打ち合うがそれも何とか返しながら、ラリーが続く。練習試合という形を取っているが、お互い本気で打ち合ってはいない。

だがそんな繋がりは、相手のミスで突然終わる。

「あ」

という声と共に、対戦相手は豪快に空振りをした。コツンという音をたててシャトルはようやく地面に落ちる。

「あーあ、何やってるんだよ白沢」

試合である以上これは僕のポイントになるが、やったという気持ちよりこのラリーが終わってしまった事への不満を込めて僕は相手に文句を言う。

ネットの向こう側で悔しそうな顔をしているのは、友達の白沢タクヤ。中学に入学したばかりでまだ友達も少なかった時、たまたま席が隣になったのが彼だった。

最初の会話が何だったのかもう覚えていないが、互いの趣味や好みがよく似ていると気が付いた。偶然二人とも同じ部活を選んだけれど、それは決してどちらかにあわせた訳じゃなかった。

「汗でラケットが滑ったんだよ」

白沢はそういいながら大げさにラケットを振り回す。

ラリーが途切れて、白沢も僕もコートを出た。

「あ、ねぇ、コート空いたの?」

それを見ていたのだろう、僕達の後ろから声が聞こえた。この声の主は小笠原マキ、彼女も同じ3年生だが、クラスは違った。

「ああ、開いたよ」白沢が振り返らずにそっけなく答える。

「ひどい、もうちょっと丁寧な言い方できないの?ねぇ、サユリもそう思うでしょ?」

そこで僕と白沢は振り返る。

声をかけてきた小笠原と、その隣にサユリと呼ばれた二人の少女がラケットを手に立っていた。

サユリと呼ばれた彼女は、沢西サユリという。彼女と小笠原は幼馴染みで小さい頃からの知り合いらしい。そんな彼女たちだが、性格は正反対だ。小笠原が思った事、言いたい事をはっきりと口にするのに比べ、沢西はどちらかというと後ろで静かに微笑んでいるような印象を持っていた。

この時だって白沢の文句を言うのは小笠原で、沢西は文句を言い返す白沢と小笠原を微笑みながら見守っているだけだった。そんな彼女と、白沢と小笠原の言い争いを見ていた僕の目が一瞬合った、気がした。

小笠原は白沢の受け答えの素っ気無さがまだ気に入らないようで、文句を言いながらもコートへ入っていく。

「あいつらいちいちうるさいな、いいじゃないか俺がどうやって返事したって」

僕と白沢、二人で体育館の壁に背中を預けて座り込んでも、彼は文句を言い続けていた。口ではそういうが、そんな会話を白沢が楽しみにしているのを僕は知っていた。でも、何も言わなかった。きっとそういったところで白沢は否定するだろうから。

「あいつらって、文句を言うのは小笠原だけじゃないか」そう言う僕に、

「あの二人はいつもあんな感じだからな。沢西ももう少し話せばいいのに、顔はわるくないんだから」

突然会話の流れが変わって、僕は何と答えていいのか悩んでしまう。返事が無いのに不安を覚えたのか、

「お前はそう思わないのか?」

意外そうな顔をした白沢に、そう聞かれた。

「そうだな、悪くはないと思うけど…」

これが、この時の僕の精一杯の答えだった。

「ふーん、まだお前の好みのタイプだけは分からないんだよ。どんな子がいいんだ?」

「どんなって、人をそんな物みたいに言うのはよくないと思うけど」

そうやんわりと話を逸らしながら僕は、コートでさっきの僕たちと同じように打ち合いを始めた小笠原と沢西を見ていた。


それから数日後。

その時も僕たちは体育館の壁に背中をもたれさせていた。何かを話していたはずだけど、内容は覚えていない。多分、ついさっきまでやっていた試合の内容を振り返っていたんだと思う。

「ねぇ、ちょっとききたいんだけどさ。昨日配られた進路の希望表あるでしょ。あれなんか書いた?」

小笠原は突然話しかけてくる事が多くて、この時もそうだった。だけどそれを嫌に感じさせない、そういう魅力も持ち合わせていた。白沢の正面に小笠原が座り、無言でその横に沢西が座る。ちょうど僕たち4人で輪を描くような形になった。

進路希望表。それは自分の意思を示す紙で、まだ4月だから内容はそれほど具体的ではない。進学か、就職か。進学ならば普通高校か工業高校か商業高校か。その程度の質問だった。

そしてそれは、今年は特別な年だという事を感じさせる序章のようなものだった。今年で義務教育は終わる事や、初めて自分で自分の進む道を考えなければいけない事や、そして今までの友達との別れがもうすぐそこに迫っている事を、その紙切れは告げている、そんな気がした。

「私はまだ何も考えられないんだけど。藤川は?」

突然話を振られて戸惑った。あの時の僕は、未来の自分の姿が想像できないという漠然とした不安を抱えていたように思う。それでも無理に想像すると、未来の僕はドラマのエキストラのような『その他大勢』の中に紛れ込んでしまった。きっと来年の僕はどこにでもいる高校生になっている。そんな予感がしていた。

「俺もまだ書いていないよ」

「やっぱりそうだよね、みんなまだ進路とか分からないよね」

それに小さく西沢はうなずき、僕はまぁね、と答えた。

白沢もそれに続いてうなずく―かと思ったが、彼の返事が無い。僕達3人の視線が、彼に集まる。

「なに、白沢は何か考えがあるの?もしかして中学卒業してから職人に弟子入りでもするつもり?」

からかう口調で小笠原がそう言うが白沢は反論しない。それは、何かを言うか迷っている様子だった。

そして彼の口から出てきたのは

「俺は、神学校へ進もうかと思ってるんだ」

という言葉だった。

「はぁ、なんだそれ!初めて聞いたぞ!」

「えー、そうなの!?初めて聞いた!」

と声を上げ驚く二人と、声は出さずに目を開いて驚いた顔をする沢西。

「当然だ、俺も初めて言ったからな」

そう言った時の白沢の、少し照れたような誇らしいような、その笑顔を僕は忘れられない。

そしてそれがきっと、僕と彼との決定的な違いとなった。


今、この全世界でほとんどの人が信じている宗教がある。この世界を創造し、全ての生き物を生み出し、深い慈悲と愛をもって世界を見守る大いなる父を唯一神とした教え。

町内には必ず一箇所以上は教会がある。図書館の場所を知らない同級生も教会の場所は知っているし、結婚から葬式、悩み事の相談まで、色々な事で人は教会を利用している。そして、教会の管理をし、人々に神の道を説き、悩みを聞いて助言を与え、結婚や葬儀も執り行う者―それが神父で、その神父になるために行く学校が神学校だった。

全寮制、完全男女別学の学校はその実、内部でどんな授業が行われているのかあまり公にされていない。世間も内部でどんな事をやっているかあまり気にしてはいないようだ。彼らは内部の教育がどうなっていても、自分の近所の教会の神父が立派な者ならばそれでいいのだろう。神学校はかなりレベルが高く、各学校の成績トップの者が行くような所だった。

そして白沢は、その神学校へ行きたいと言った。

「へぇ、すごいね。もう自分の進路決めてるんだ」素直に感心する小笠原に白沢は、

「まだ考えているだけだって。大体、言い出したお前はどうなんだよ、少しは将来の事、考えているんだろ?」と小笠原に切り返す。

「私?私はまだだなぁ。とりあえず普通に進学しようかなって思っているけど」

小さな声で私も、と答える沢西。そこに合わせるように僕も

「そうだな、俺もとりあえず普通の高校に進学することになると思うよ」と言った。

それを聞いて、

「せっかく義務教育が終わるんだから、自分だけの道を進みたいって思わないのか!?」と言う白沢に対し、

「白沢みたいなのが神父になるなんて考えられないわ。もし自分の近くの教会にあんたが神父として来たら、私は次の日から悪魔崇拝者になるわ」

小笠原は薄笑いを浮かべて、

「俺は悪魔崇拝はしないけど。白沢が神父になれるなら、俺はきっと神になれるんだろうな」

僕はまじめな顔でそう言ってやった。

そして大笑いをする3人に白沢は落ちていたシャトルを投げつけながら

「お前ら覚えておけよ!俺が神父になってもお前らは救わないからな!」

と神父の卵としては問題発言をしたのだった。


この時は、あと1年後にはこんな話ができなくなることが、とても信じられなかった。

確実にやってくる別れに、まだあまり実感が持てなかった頃だ。

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