01-プロローグ
その部屋の壁は石で出来ており、窓は巨大なステンドグラスが聖書の教えを説いていた。入り口の扉は巨大な木製で外部の音が聞こえないほどの厚さを誇っており、扉と反対側の壁、部屋の一番奥には人を磔にできるほど大きな十字架がかかっていた。
外の天気は荒れていた。ステンドグラスを叩く雨音がその激しさを伝え、時々光る稲光はそこに描かれた物語を一瞬浮き上がらせる。
この部屋の灯りは、壁にかけられた無数の蝋燭だけ。10や20ではない、優に100を超える蝋燭が静かに室内を照らしていた。
そんなオレンジの灯りの中、部屋の中央には巨大な机があり、そしてその周囲には12人の人物の姿があった。
誰も口を開かない。部屋に落ちるのはバラバラとステンドグラスを叩く雨音と、時折響く雷鳴だけ。絶対的に光量がたりない部屋にあって、彼らがどのような顔をしているのかお互いにうかがい知ることはできない。だが、部屋に落ちる分厚い沈黙は彼らの心の内を完璧に代弁していた。
彼らは全員、老人だった。どの顔にも深いしわが刻まれている。それは、彼らが感じてきた苦悩をそのまま刻み込んだかのようでもあった。
「本国からは、何の通達もないのですか?」
入り口付近に座った老人が、ようやく沈黙を破る。
「進むべき方向は決めるが道は決めない。それが本国の方針だ」
別の老人が短く答えると、全体から軽いため息が漏れる。それは『やっぱりそうか』という類の諦観を含んだものだった。
「このままでは、我々の存続にかかわる問題に発展しかねない」
今度の発言は誰が言ったものか判らなかった。だがそれは誰もが思っている事で、誰が口にしてもおかしくない事だった。
「何か行動を起こさねばならない」
その言葉で彼らの間に静かな動揺が波紋のように広がる。
それを見て、壁にかけられた十字架の下に座っている老人が静かに口を開く。
「一番大切なことは」
その一言で静かになる室内。
話している老人の後ろの壁には十字架と共に最も多くの蝋燭がかけられており、逆光で顔は見えない。
「我々が今までどおり存続していくことだ。これから先も我々を必要とする人々のためにも。だから今権威を失うわけにはいかぬ。そのために必要な事は説教ではなく、行動だ」
静かに、威厳に満ちた声で語る。それはまるで、
「計画を、実行する」
十字架が彼の口を借りて語っているかのようだった。