14-白沢の役目、本当の護衛者
「そういえば、昨日駅前でお前を止めた2人組みの男。あれは誰なんだ?」
僕が白沢にそう聞いたのは、沢西を助け出す計画を話し終わって、少し雑談をした後だった。
「あの2人か。俺に沢西の警護を依頼してきた教会の総務課の人だよ。坊主頭で大柄な方が高部さん。で、もう一人の喋っていた方が富谷さんだ」
「総務の人?」その時の僕は、思い切り怪訝な顔をしていたはずだ。
「そう言っていたけど?」そういう白沢の顔が、なぜそんな顔をするんだ?と言っていた。
「本当にあの人たちって総務課の人なのか?俺は教会の特殊部隊かと思ったけど」
あの2人が椅子に座って書類を書いて判子を押す、その様子を、僕はどうしてもイメージできなかった。
「なんだよその特殊部隊って。2人ともいい人だぞ」
そう白沢が言っても、僕は納得できなかった。だから
「じゃあ、何であの人たちは昨日駅前にいたんだ?」
という質問をすると、そこで白沢も僕の感じている不自然さに気がついたようだった。
「……たまたま近くを通りかかっただけじゃないのか?」そう答えながら、答えた白沢自身が全くそう思っていないと分かった。
「……だといいんだけどな」あの場所で教会の人が現れた。それを偶然と考えるか必然と考えるか。
「とりあえず今度会ったときにそれとなく探りを入れてみるよ」
「頼むよ。ちなみに、どんな人なんだ?」
「俺の前に現れるときはいつも2人だな。家と学校はあの人たちに車で送り迎えしてもらっているんだけど。運転するのは高部さん、富谷さんは助手席だな。
探りを入れると言っても高部さんは全く喋らないから、情報を聞き出すとしたら必然的に富谷さんからって事になる」
そうなのか、と感想を話そうとしたとき
「やれやれ。もう少し褒めてくれてもいいんじゃないのか?」
体育館に、第三の声が響いた。
その声は、昨日駅前で聞いた声だった。隣に座っている白沢は、信じられないものを見るような顔で体育館の入り口を見ている。
つられて僕も入り口を見ると、そこにはスーツを着た2人の男の姿があった。
一人は坊主頭で体育館の中だというのにサングラスをしている。もう一人は長めの髪をしっかり整え、どこか白衣が似合いそうな雰囲気を持っていた。
「……どうして、ここに?」かすれた声で白沢が尋ねる。
長めの髪の男は、白沢のそんな言葉をさえぎって
「その前に藤川君に自己紹介させてくれ。こんにちは、はじめまして…じゃないね、昨日会っているから。こんにちは、藤川君。僕が、富谷だ。これからよろしくね」
富谷さんは笑みを浮かべながら僕を見て、そう言った。ということは、もう一人の坊主頭の、昨日白沢の腕を押さえた男が高部さんという事だろう。
白沢が言っていた、教会の総務課に勤めている二人。昨日駅前に現れ、白沢を止めて去っていった二人。彼らがこのタイミングで僕達の前に現れたという事に、嫌な予感がしていた。
「どうして、ここにいるんですか?」再び白沢が尋ねる。
「どうして、か。神のお導き、って事で納得するかい?」そう答えをはぐらかす富谷さんに僕は、
「あなた達は、本当は何者なんですか?総務課に勤めているなんて嘘ですよね」
はっきりと聞いた。
「…そうだね、確かに藤川君の言うとおり、僕達は総務課所属じゃない」
そう前置きして、富谷さんは自分たちの事を語り始めた。
聖女計画はこの国の教会にとって重要な計画だ。そしてその鍵となる聖女たちの警護もまた、非常に重要な事だった。聖女達に事前に告知が行われていることは教会内部でも限られた人しか知らない。だから聖女を警護する者達も極秘に集められた。富谷と高部が在籍する、存在が秘密のその組織には、与えられる名前もなかった。
彼らはあらゆる手段を用いて聖女を護る。世間では誰が聖女か公表されていない。そのため、聖女であるという理由で狙われることは無い。
だから、彼らが警戒するべきは日常そのもの。
信号無視のトラックや、ナイフ片手に金を要求する少年達や、たまたま起きる災害など、誰にでも起こりうる日常の不運から彼女たちを護る。それは想像を絶する苦労だった。
誰を警戒していいかわからない。何を警戒していいかわからない。いつ警戒していいかわからない。
だから、近づく者は誰でも警戒し、不審物じゃない物を警戒し、時計の針が動く限り警戒をした。
そんな彼らを見てある司教はこう言った。―彼らは運命から聖女を護っている、と。
白沢は富谷や高部のカムフラージュだったのか、というとそうではない。彼にも役割があった。事前に通知を行う事で、ストレスが聖女にかかる事は簡単に想像できた。そんな精神面の補助役を務めるのが、白沢の役目だった。それぞれの聖女のもとには、教会関係者でなおかつ聖女と過去に面識のある者が、表向きの警護者として派遣されていた。だが、彼らの本当の目的は、彼女たちがストレスにつぶされないように支える事。―倒れる事を許さないために。
いわば白沢は鎖だった。沢西がストレスにつぶされないように支え、同時にどこかへ行かないように縛り付けている鎖。もっとも白沢にはそんな意識は欠片もない。彼は心の底から沢西を大切に思っていた。だが、支えると縛るとは、同義である。
この教会が用意した2種類の警護によって、聖女達は完全に守られながら日々を過ごしていた。
「君は沢西様の心を支え、そして私たちは体を護る。別に白沢君をだまそうとしたわけじゃない。ただ、言う必要が無かっただけだよ」
富谷さんはそういって話を終えた。
「言う必要って…。そんなのは言い訳でしょう?一方的に黙っていられていい気分はしませんよ」そういう白沢に
「それでも、面と向かって嘘をつくよりはマシじゃないかな?例えば、中学時代の友達を知らない人だと言うとかね」笑って富谷さんは、白沢と並んで立っている僕を見た。
「…俺の言うこと、信じてなかったんですね」白沢の硬い声が響く。
「僕の歳になると人の嘘が判っちゃうんだよ。やっぱり沢西様絡みだとこっちも手を抜くわけにはいかないからね。もし聖女様に危険が迫っていたら、それを止めるのが僕たちの仕事だしさ」仕方なかったんだよ、と肩をすくめながら富谷さんは悪びれずに言った。
「沢西には危険が迫らないんじゃないですか?」
「普通はね。彼女たちのことは公開されていないから。だから、直接誰かに狙われるって事は無いよ。今回のような事態を除いてだけどね」
そういわれると白沢は押し黙るしかなかった。
彼ら2人が、秘密にされているはずの自分たちの役目について堂々と語るこの状況は、僕達にとっていいものじゃないという事はわかった。
「白沢君なら、なんで僕達がここに出てきたのかわかるだろう?」
「…一つ、確認させてください。いつから、その扉の前にいたんですか?」という白沢の質問に富谷さんは少し苦笑しながら
「そうだね…。ちょうど君達二人が後輩の文句を言うところかな」
と言った。
「…盗み聞きしていたのですか?」相変わらず白沢は硬い声だったが、事態に対応し始めている。昔から彼はそうだった。部活の大きな大会でも、数分で会場の空気になれるその様子を僕は近くで見てきたのだ。
「人聞きが悪いよ。神の導きでここに来たら、偶然聞こえてきただけだよ」
「堂々と盗み聞きしましたと言ったらどうなんだ?」
富谷さんのあまりにも不真面目な言葉に、ついそう言ってしまった。いい加減、彼の受け答えにイライラしていたと言うのもある。
「聞こえたって事は、神様が聞かせてくれたんだよ。偶然じゃない。神様はサイコロ遊びをしないんだ」それでも富谷さんの答えは相変わらずだった。カッとなってさらに言葉を続けようとした僕より先に、白沢が口を開く。
「俺達の計画、当然止めますよね?」
「仕方ないよ。聖女様達に無事眠りについていただくことが僕たちの仕事だからね」
「何が眠りだよ。やっていることは拉致じゃないか」
「藤川君、僕達教会とどこかの独裁国家を一緒にするのはやめてくれないか?」本当に心外そうに、富谷さんは言った。
「どうやって俺達を止めます?拘束しますか?それとも、俺達も眠らせますか?」
「さて、どうしようかね。教会の内部に裏切り者が出た場合は全く想定されていないからね。とりあえず君たちの会話を聞いた以上、沢西様の警護を任せるわけにはいかなくなってしまった。白沢君は解任だ。
そしてこれから先、沢西様に近づいてはいけないよ」
「そんな子供向けの脅し文句で、本当に俺達が行動を起こさないと思っているんですか?」白沢の発言も熱を帯びてきた。
「そう熱くならないでくれ。別に馬鹿にしている訳じゃないんだ。そうだな、質問を質問で返すようで悪いけど一つ聞かせてくれないか。
藤川君は、沢西様が『聖女になりたくない』と言ったのを聞いたのか?」
その質問を教会の人が口にして、僕は平常心を保つ事ができなかった。
「何を言ってるんだ!?そんなこと聞くまでもないだろ!」
そういって富谷さんに詰め寄ろうとする僕を、白沢が止める。そして
「俺は直接聞いていませんよ。でも、藤川の話しでは沢西は聖女になりたくないそうです。今は、それを信じます」
「じゃあ、改めて藤川君に聞こう。君は沢西様が『聖女になりたくない』と思っている、そういうんだね?」
「ああ、そうだ。あいつは聖女になるのが怖いって思っているんだ」
「沢西様が聖女というのは公にされていないから、誰かが作った嘘、という可能性も低いだろうね」
そう言って富谷さんは少し何か考える素振りを見せてから、
「もし沢西様が『聖女になりたい』と言ったら、それでも君達は彼女の邪魔をするかい?」と言った。
「は?」
僕達2人の口から同時に同じ言葉が漏れる。富谷さんの言っている意味が分からなかった。
「だから、沢西様自身が聖女になるって言った場合だよ。それでも君達が計画を進めると、それはただの犯罪となってしまうんだけど…」
「ふざけるなよ、あいつは聖女になんてなりたくないんだ!それを分かろうともしないで自分勝手に沢西の気持ちを語るな!」
そう怒鳴りながら今度こそ本気で富谷さんに掴みかかろうとする僕を、白沢は後ろから羽交い絞めにして何とか抑える。
「あくまで沢西様は聖女になりたくないと、そういうんだね」
そんな僕の姿など気にしている様子見せず、富谷さんの口調は変わらなかった。
「くどい!何度も言わせるな!」そう怒鳴る僕に
「いやいや、誰かの為にそこまで本気で怒れる君がうらやましいんだよ。……全く、昔は僕もそうだったのかな。それすらもう覚えていない」
その言葉の中に少しだけ本心が混じっているのに僕は気がついた。少しだけ落ち着きを取り戻す。
「だから、なんだ。俺たちはお前達の言うことは信じない。だから俺達の計画も投げ出すつもりはない」
僕は目の前にいる富谷さんに向けて、はっきりと言い切った。
「ああ、そうだろうな。君たちが本気だって事はわかった」
そう言って富谷さんは僕たちにに背を向けて体育館の入り口へ歩き出す。気がつくと高部さんの姿はなかった。
「…どこへ行くんだ?」
富谷さんの行動に戸惑いながら問いかける。富谷さんは振り向かず、
「ここでこれ以上話しても仕方ないからね。会いに行こう」
「会いに行く…誰にだ?」
「沢西様だよ。彼女の口から、その真意を直接聞いてみるといい」
それだけ言って、体育館を出て行った。