9話 春になって、王たちが戦いに出るに及んで…
今振り返ると、皮肉なことです。この日にできたスローガンがあんな事になるとは思ってもいませんでしたから。
入部式の後、谷高吹のスローガンを決める会議がありました。その会議では、「響け!勝利の歌」という真面目なものから「県大会 銅だと麦茶 銀でソーダ ゴールド金ならビールで乾杯!※」というふざけたものまで、色んな案が出ていました。「会議は踊る」とでも言いましょうか、会議はまるで笑点の大喜利のような感じだった気がします。ちなみに佐渡先生は「ゴールド金ならビールで乾杯」で爆笑していました。でも「さすがにビールはあかんやろ」とそれを却下しました。
結局、スローガンは芦部先輩が考えた
忍耐とは芸術である
調和とは友情である
努力とは成果である
に決まりました。後にこれは『谷高吹の三か条』と呼ばれるようになります。
会議終了後。
ある女の先輩が一年生だけを集め、とんでもない事を発表しました。
「花見係です。もうすぐ霞ヶ関公園で吹部恒例の花見があります。そこで一年生には一人ずつ、すべらない話というものをやってもらいます」
「すべらない話って何ですか?」一年女子の誰かが先輩に対して質問しました。
「自分のとびきりおもしろい話を披露するイベントです」その女の先輩は他人事のようにキッパリと言いました。
「えー!」一年生は凍りつきました。
「どうしてそんなことをするんですか?」と一年女子が困惑しながら聞き返しました。
そしたら女の先輩は笑顔でこのように言いました。
「先輩達が新入部員の名前をいち早く覚えられるようにです。吹奏楽部は部員が多いですので。でも安心してください。先輩達も鬼ではありません。すべらない話は、女子は任意とします。女子はかわりに簡単な一発芸をやってくれれば大丈夫です」
「一発芸ってどんなことをすればいいんですか?」私は怖くなって質問しました。女の先輩はこう明るく言いました。
「何でもOKです。楽器の演奏やダンスなど様々です。でも、脱ぐのだけは絶対にやめてくださいね。見苦しいですから」
いやいや、誰もそんなつもりないし…と私は少しイラっとしました。
男子の一人がおそるおそる質問しました。
「その花見っていつあるんですか?」
「今週の日曜日です」
「…日曜日って、あと5日しかないじゃないですか!」男子部員たちが急に騒ぎ出しました。
「花見係からは以上です。それでは皆さん、先輩の前ですべらないようにがんばってください!楽しみにしていますので」女の先輩はさっさと話を切り上げて、どこかへ行ってしまいました。
入部初日にいきなり追い込まれた私。もちろん私は一発芸なんて一度もやった事ありませんでした。「どうしよう…楽器の演奏はまだできないし」と悩みました。私の中に、入部早々に退部する選択肢もなかったわけではありません。でも私は一発芸をやる覚悟を決め、5日後の花見に向けて練習をし始めました。
私が花見で披露した一発芸は、中学時代の経験を活かしたネタでした。
※「県大会 銅だと麦茶 銀でソーダ ゴールド金ならビールで乾杯!」…吹奏楽コンクールでは、下手な演奏だと銅賞、まあまあな演奏だと銀賞、上手な演奏だとゴールド金賞が与えられる