4話 花は咲く
高1の4月某日。
生徒会が主催した部活紹介のイベントは、市ヶ谷高校の校舎に併設されている講堂で行われました。
谷高の講堂には大きなステージとスクリーン、800もの座席があり、まるでちょっとした映画館です。「谷高同窓会が全国のOB・OG達から募った寄付金で建てた」とウワサされるこの講堂は、谷高同窓会の人脈力の象徴となっています。
音楽系部活のトップバッターは合唱部でした。指揮をしていたのは当時合唱部の顧問だった佐村河内先生。合唱部はステージで合唱曲「花は咲く」を歌っていました。「まっしろな ゆきみちに」で始まるこの曲は、音楽の教科書にも載っているほどの有名な歌です。皆さんもこの歌のメロディを一度はどこかで聞いたことがあるはずです。
この歌は確か、東北地方で東日本大震災が起きた時に、被災地の人達を応援するために作られたそうです。しかしながら、東日本大震災は私が生まれるずっと前の出来事。詳しいことはほとんど知りません。
私が東日本大震災について知っている知識は…「復興カジノ」くらいでしょうか。
高1の時に受けた池上先生の「政治経済」の授業で「東日本大震災の被災地は、日本政府が復興カジノを設置したことにより急速に復興した」と習った記憶があります。
でもこの知識がまちがいだといけないので、一応確認のために、さきほど自宅の本棚から政治経済の教科書を引っぱりだして、平成時代のページを読み直してみました。
私が高1の時に使った教科書には、復興の一連についてこのように書いてありました。
〜東日本大震災から復興へ〜
【2018年】
日本政府は「アベノミクス Forever!」をスローガンにかかげ、岩手・宮城・福島・熊本などの被災地の復興をおしすすめる政策を打ち出した。
【2019年】
日本政府は復興財源を確保するために、世界の経済成長をすすめる国際条約「ワシントン・コンセンサス」に加盟した。これにより日本政府は国連機関IMFから多くの融資をうけることが決まった。また日本政府は日本銀行の重要な役職にIMFのメンバーを起用し、彼らを日本銀行の運営にあたらせた。
【2020年】
日本政府は、被災地に外国企業を誘致するために国営賭博施設「復興カジノ」を東京都のお台場に設置した。同年に東京オリンピックが開催されたのもあり、たくさんの外国企業が復興事業に参入し、来日する外国人観光客は増加した。
…うーん、難しい用語がいっぱい載っていますね。上の文章を何度か読み直してみましたが、要は「日本はワシントン・コンセンサスに加盟して国連機関から資金をもらって、その資金でカジノを建てた」ということでしょうか。
そういえば、東日本大震災のことでもう一つ、ある事を思い出しました。これも池上先生の授業だったと思いますが、池上先生は確かこのような事をおっしゃっていました。
「日本で起きた公害は『新潟水俣病』『イタイイタイ病』『四日市ぜんそく』『水俣病』です。これら4つは基本事項なので覚えてください。ちなみに今からワタシが言うことは教科書にも問題集にも載っていませんが、日本で起きた大きな公害はもう一つあります。その公害は、今から30年以上前の2011年に、東日本大震災が引き金となって発生しました。
その公害は『戦後最大の企業事故』と言われています。
でも大丈夫です。あなた達がその出来事について知る必要はありません。
なぜなら、受験に絶対出ないからです。受験は要領ですので、出題範囲だけを徹底して覚えましょう」
池上先生は政治経済の授業でこんな感じの事をおっしゃっていました。私は小中高を通して2011年といえば「東日本大震災が起こる」としか習いませんでした。
2011年に東北で何か事件があったのでしょうか?
実は私はまだ一度も東北に行ったことがなく、ゆえに東北の事情にも明るくありません。東北にはいつか旅行で訪ねてみたいと思っています。特に興味があるのは宮城県の松島。松島は日本三景の一つですし、松尾芭蕉が「奥の細道」で詠んだ俳句「松島や ああ松島や 松島や」でも有名ですからね。池上先生のおっしゃった「戦後最大の企業事故」とやらはちょっと気になりますが、今は引越しの準備で忙しいので、そのうち時間ができたら何かで調べてみようと思います。
話はだいぶ反れました。肝心の合唱部の部活紹介ですが、正直に言うと指揮をしていた佐村河内先生が独特なオーラを放っていたこと以外はほとんど覚えていません。この合格体験記に合唱部のいいところも書くつもりでしたが、何分覚えていないもので…谷高合唱部の方、ごめんなさい。
でも、合唱部の次の出番だった軽音楽部の部活紹介はちゃんと覚えていますので、これを読んでる谷高軽音楽部の方はどうか安心してください。
※ワシントン・コンセンサス…ワシントンを本拠にしているアメリカ政府とIMFとの間に成立した合意のこと
※IMF…国際通貨基金。ジョセフ・スティグリッツ「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」参照